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着替え

「じゃあ着替えてくるね!」


 ラナはそう言って寝室を後にした。

 かわいいからそのままでいいのに、と言ったら「王女ってバレたらデートどころじゃなくなるよ!」と少し怒られた。

 確かにその通りだ。まだ頭が起きていないらしい。


 俺は手早く着替えを済ませ、寝室を出た。

 選んだ服は灰色のスラックスと白いシャツだ。もう冬なので黒いコートを羽織ることも忘れない。

 無難な感じにしたが、服装のことは詳しくないのでこれで合っているのかはわからない。


 ……あとでラナにおかしくないか聞かないとな。


 寝室はリビングに繋がっていて、そこから部屋の外に出られるようになっている。

 

 リビングに行くとラナの姿はなかった。

 おそらく自分の寝室で準備をしているのだろう。女の子の準備は時間がかかる。常識だ。

 

 思えばサナも昔から準備が長かった。あの頃は特に気にせずに急かしていたが、今やそんな愚は犯さない。

 待つのも男の甲斐性というやつだ。


「さて、どうするか」


 手持ち無沙汰になってしまった。


 ……そういえば暇な時間なんて久しぶりだな。


 今までは空いた時間なんて無かった。そんな時間があれば刀を振っていたし、こちら側(レスティナ)に来てからは情報収集も行っていた。

 

 だから本当に、何もない時間というのは久しぶりだ。

 初めて地獄()を見てから今に至るまで一度も無かったように思える。


 ……全力で突っ走ってきたもんなぁ。


 そんなことを思いながら、俺はソファに座った。

 流石は王族が使うソファだ。身体が沈み込んでいくぐらいに柔らかい。


 ……俺はやり切った。だからこんな時間もたまにはいいか。


 窓から差し込む日差しが顔に当たり、とても気持ちがいい。

 やっと起きたのに、また眠くなってしまいそうだ。だけど寝てしまうとラナが悲しむだろう。

 だけど幸い、眠気に耐えるのは得意だ。だから心配はいらない。

 

 そのまま天井を見つめてぼーっとしていると、窓の外から気合の入った声が聞こえてきた。

 耳を澄ませると、何かを打ち合うような音も聞こえる。


 ……なんだ?


 俺はソファから立ち上がり、窓から外を見た。声は下から聞こえる。窓を開けて下を覗き込むと、そこには広場があった。


 ……たしか第一訓練場だったか?


 城にはいくつかの訓練場がある。

 その中でもとりわけ広く、設備が充実しているのがこの第一訓練場だ。ここでは純白の鎧を纏った白光(びゃっこう)騎士団が訓練を行っている。

 

 白光騎士は騎士団長と魔術師団長、両名に実力を認められた者のみが任命される、名実ともに王国最強の騎士たちだ。

 そこに身分は関係ない。実際に平民出身の騎士も多くいると聞いた。


 その中に見知った顔が二人。

 一人は騎士団長だ。召喚した時に会っている。名前は確かソルド・シトラムス。体格が良く、大柄な男だ。

 そしてもう一人。


「サナのヤツ、何してんだ?」


 そこでは白光騎士たちに混じってサナが木剣を振るっていた。対人形式なのか、次々と騎士を倒していく。

 見ていて清々しい気分になるが、サナの表情は険しい。

 接戦を制しても、その表情に喜びはなかった。


 ……やっぱ焦ってるのかな。


 サナは魔王と戦うことができなかった。

 王国でも最強の白光騎士を倒している事から分かる通りサナは強い。S級冒険者とでも渡り合えるだろう。


 だが、それでは足りなかった。

 魔王はその遥か上をいく。そしてレニウスや枯死の翠はそれ以上だ。

 

 俺はあの時の判断を間違っているとは思わない。

 あそこでサナやウォーデンが一緒に戦っていたら、ものの数秒で殺されていただろう。

 だけど、仲間が戦っているのに自分は見ているだけというのは心にクる。


 ……俺も協力できることがあればするか。


 前は情報収集で手一杯だったが、今は特に必要ない。だからサナの訓練に付き合うのもいいだろう。

 なにせサナは勇者だ。

 魔王が前勇者なのは確定している。だからサナもあの境地に至れるということだから。


「レイ?」


 名前を呼ばれて振り返ると自分の寝室から出てきたラナがいた。


 思わず見惚れてしまった。

 銀の髪を指に絡めながら、上目遣いで俺を見てくる。少し頬が赤いのは照れているのだろうか。

 ともあれ破壊力が凄まじい。


「……ど、どうかな?」


 今のラナは薄水色のシャツに紺のロングスカート、白いコートといった、良いところのお嬢様みたいな格好だ。

 大人しめの格好だが、それがラナの持つ上品さを際立たせている。


「似合ってるよラナ」

「ふふ。ありがと」


 ラナが小さく笑みをこぼす。

 だが、大人しめの格好だというのに溢れ出る美しさが隠せていない。


「でもそれだとすぐバレちゃうんじゃ?」


 ラナは美しいため、とにかく目を引く。だから顔を知っている人には第一王女だとバレてしまうだろう。

 だがその心配は杞憂に終わった。

 

「そんなこともあろうかとコレ!」


 ラナが後ろ手に持っていたのは、つば広の帽子と丸い眼鏡だった。


「変装か」

「そう!」

 

 それを着けると、一目でラナだとはわからなくなった。昔テレビで見た変装した有名女優がこんな感じだった気がする。


「でもなんか勿体無いな」

「勿体無い?」

「せっかく綺麗なのに隠さなきゃってのはな」

「……ッ!」


 俺の言葉にラナは更に顔を赤くした。すこしキザだっただろうか。だけど本心だ。


「もう! ほらこれ! レイも付けて!」


 ラナが慌てながらコートのポケットからサングラスを取り出した。それを俺に押し付けてくる。


「俺もいるのか?」

「いるに決まってるでしょ! 黒の暴虐サマは人気なんだから!」

「……勘弁してくれ」


 苦笑を浮かべながらサングラスを受け取るとサナはクスリと笑った。

 俺はサングラスを掛ける。


「どう?」

「うん! 似合ってる似合ってる!」

「ホントに? なんか胡散臭くない?」


 完全な偏見だが、サングラスを掛けているとなんだか胡散臭く感じるのだ。

 だけどラナは首を傾げるだけだった。

 

「そう? 私はカッコよくて好きだけどな」

「……ならいいか」


 デートの相手であるラナがそう言ってくれるなら俺はなんでもいい。


「……服はどうかな? 変じゃない?」

「大丈夫。似合ってるよ!」

「ありがとう。……じゃあ」


 俺はラナに手を差し出す。

 前に映画で見た、騎士が姫をエスコートするように大仰な動作で。


「お姫様。いきましょうか?」

「うん! いこう! レイ!」


 そうして俺たちは城下町へと繰り出した。

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