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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第5話 「身体を鍛えるのだ」

 「リナ、荷物を頼む」


 僕とシュマ、コレットは背負子の緊急切り離しの紐を引っ張った。

 この紐を引くと背負い紐が本体から解除され、あっという間に空身になれるのだ。

 荷物を切り離して身軽になったボクたちは、むさ苦しい男どもと対峙した。


 「でやっ」


 シュマが気の抜けた掛け声とともに、野盗の1人に短剣を振った。短剣の剣先から目に見えぬ気による刃が飛びその野盗の剣を持った腕を切り裂く。


 これは「斬気」と呼ばれるこの世界の不思議の一つだ。剣を気合を込めて振ることにより、衝撃波のように目に見えぬ刃が発生し、斬りあいの間合い以上の敵を斬ることができるのである。

 ただし、強さ、鋭さ、距離、打てる回数は鍛錬、体力、気力、その時の気分などにより変わってくる。

 ごく一般的に見ればシュマの腕前はは出来る方であり、平均的なゴロツキは余裕で勝てる………らしい。。


 「とうっ」


 コレットが猫族の身軽さを活かして、野盗を翻弄するように飛び跳ね、短剣で空間を鋭く十字に斬る、十字型の斬気が野党の胸にバツ点の傷をつける。

 コレットの腕はシュマより上だと本人は言っているが、どう見ても同程度だろう。シュマは大きいのを単発、コレットは小さいのを連続で放つという差はあるけど。


 「舐めんなっ」


 ボクは細身の剣でスパンっと空間を切り裂く、その剣先からは斬気が目の前の野盗の首めがけて飛んでいく。

 野盗は咄嗟に首を腕で庇う、彼の腕に鋭い切り傷が発生する。

 で、ボクの腕前はと言うと、シュマとコレットと同程度か、少し上だと思っている。

 残念な事に、ボクは父上やガドみたいに巨大なハンマーのような斬気を飛ばすことはできない、その代わりと言っては何だけど、剃刀のような斬気を飛ばすことはできる。

 悲しいことに、どんなに鍛錬してもハンマーのような斬気は飛ばせなかった。


 だから、ボクは最大限できることをする。仲間と自分の身をまもるめたに。そして、男としての矜持のため。


 何とか、野盗を半分ほど戦闘不能にした時、僕は全身に鳥肌が立つような気配を覚えた。


 「道からどくんだ。来るぞっ」


 ボクは気配を確認することなく、咄嗟に叫ぶとさっと街道わきの林の中に飛び込んだ。

 ボクは剣を構えながら周りを見ると皆が林の中に逃げ込み、野盗だけが道路上に取り残され、ポカンとした表情を浮かべていた。

 ボクらが逃げた後、街道上に特大の斬気が吹き抜けていった。野盗たちは、枯葉のように数メートル吹き飛ばされ、手足を不自然な方向に曲げて街道上に転がった。


 「若様、あれは一体・・・」


 リナが街道上に転がる野盗を見ながら震える声で尋ねてきた。


 「特大の斬気だよ。あんなのが放てるのは、父上か………アイツしかいないよ」


 ボクたちが斬り結んでいた辺りに馬で駆け付け、転がる野盗たちに駆け寄る半裸の男をを見ながらボクはリナに言った。


 「シウス様ですね………」


 いきなり、何も確認せず、巨大な斬気を放ってくるなんて、常識としてあり得ない、穏やかなボクでも、流石にガドの愚行が許せなくなり、文句の一つも行ってやろうと街道上で倒した野盗をどうするか思案している彼の元に駆け寄った。

 考えなしの危険な行為かも知れなかったが、姿形が変わっているので絶対にバレないという自信もあった。なんせ相手はガドなのだから。


 「いきなり、あんな斬気を放ってくるって、殺す気ですかっ」


 街道上に転がる野盗たちにポージングしながら


 「身体を鍛えるのだ。トレーニングすれば怪我などすぐに治る」


 と、謎理論を説明しているガド・シウスにボクは大声で怒鳴りつけた。


 「まだ、悪党が残っていたか」


 ボクの声にガドは剣に手をかけ、こちらを睨んできた。


 「ボクたちは、その男たちに襲われていたんですよ。なんでボクらが悪党なんですか。むさ苦しいのにと戦っている女の子がいたら、常識的に悪党はむさ苦しい男になるでしょ」


 よく考えれば、ボクの理屈も全くデタラメだけど、普通可愛い少女と、薄汚いおっさんが闘っていたら、可愛い少女に味方するのが普通だろ。


 「こいつら比べて、お前らは筋肉がついていないじゃないか。筋肉がついていれば、それだけトレーニングしている、つまりいい人じゃないのか」


 ガドは当然のように言い放った。こいつらの価値観は普通じゃない、そのことをすっかり忘れていたことに、ボクは歯ぎしりそうになった。


 「筋肉云々は置いといて、何も確認せずに斬気を放つ、これで被害者側の私たちが死んだりしたらどうするんですか。考えているんですか」


 「でも、こいつらの方が、お前より良い筋肉しているからな。身体を鍛えれていれば問題ない」


 全く話が通じない、父上と話し合う時のような魂がガツガツ音をたててすり減って行くのを感じてボクはウンザリした気分になってきた。


 「シウス様、その者が言っておることが正しいのです。この悪党たちの人相書きに転がっている者たちが描かれています。こいつらは、強盗、殺人、追剥、拐かし、そのた諸々の常習犯です。捕えてしまいましょう」


 ボクの言葉を理解するために考え込みながらポージングしているガドに彼の副官らしい女性が声をかけた。


 【知恵袋をつけたのか】


 ボクは馬上の小柄な女性を見ると、少しほっとした。


 ブッコワース騎士団の特徴の一つとして、難しいことは考えない、と言うか考えられないというのがある。

 このため、「知恵袋」と呼ばれる役職の人物がくっついて、判断に迷う事や、常識が分からない時に助言するようなっている。

 この役職に求められる素質は寛容であることであった。


 彼女がその「知恵袋」なんだろう。彼女の胃に穴が開かないことをボクは心の中で祈った。


 「うむ、レーペ承知したぞ」


 ガドは了解のダブルバイセップスをきれいに決めると、転がる男たちを部下に命じて縛りだした。


 「すみませんでした。私が早く気づいていれば、あのような事はさせなかったのですが、気づいた時はもう手遅れでした」


 レーペと呼ばれた女性は馬から降りて丁寧に僕に頭を下げ、謝罪してくれた。

 その顔は、リナぐらいの年齢なのだろうけど、整った顔に色濃く滲んでいた。


 「貴女が謝る必要はないと思いますよ。あの人が問題なんですから」


 ボクは彼女に同情を感じながら、非難を込めた視線でガドを睨みつけたが、彼は何にも気づいていないようであった。


 「あの方が、自分が何をしたのかを理解できるとお考えですか。普通の騎士団員なら、こんな知恵袋なんて役職はありませんよ。知恵袋は騎士団による事故を未然に防ぐためにあるのですから。申し訳ありませんでした」


 彼女に少し口が混じりに丁寧に謝られると、これ以上怒ることもできず、ボクは「仕方ありませんね」とあやふやな笑顔を浮かべる事しかできなかった。


 「結果的に、助かりましたので、感謝いたします。騎士様」


 ボクは、彼女に礼を述べると皆に集まるように声をかけた。

 そして、心の中で彼女の健康を祈った。


 「怪我はしていないかな? 」


 リーベから事細かに指示を受けているガドを横目にボクは林から出てきた皆に確認した。


 シュマとコレットは互いに身体を見回して、怪我をしていないことを確認し、リナはしゃがみ込んで、目の前でジャグにくるりと回らせ怪我をしていないか確認していた。


 「シュマ、コレット、怪我はありません」


 コレットがボクに怪我はないことを報告してくれた。


 「怪我無し、荷物も異状なしです」


 リナがボクたちが切り離した荷物を確認してからほっとしたような表情で報告してくれた。


 「良かった。じゃ、さっさと移動しよう」


 ボクたちは背負子を背負い直していると、ガドたちが野盗を縛り上げ馬に荷物のように積み込んでいた。


 「ボクたちは、ナンガに向かいます。取りあえず助けて頂いてありがとうございます」


 ボクは知恵袋のレーペに挨拶をすると、彼女は疲れた顔に苦笑浮かべて会釈してくれた。


 彼女の横でガドが不思議そうにボクたちを見ていた。多分、彼には何をやらかしたのか、何をしているのか理解は出来てはいないだろう。

 そんな彼でも、ボクたちとの別れの挨拶が必要だと思たようで


 「身体を鍛えるのだ。鍛えていれば全てを乗り越えられる」


 と、訳の分からないことを言うとラットスプレッド・フロントをしてくれた。



 「あいつら、これからどこに行くんだろ」


 ボクはサックの方向に馬を進めるガドたちを見ながらポツリと呟いた。


 「なんでも、サックに戻ってアイツらを裁きにかける、とあの人たちが口にしていましたが、ただ口にしているだけで、具体的に何をしに行くかも理解はしていませんね」


 リナはボクたちと反対方向に進んでいく騎士団員を見ながらため息をついた。


 「今に、はじまった事じゃありませんよ。ここの騎士団の9割は、ややこしいとか、難しいとか、ややこしくて難しいと思ったら思考を放棄しますから」


 コレットは何か別の生物を見るような目で彼らを眺めると、深いため息をついた。


 「あんな人たちのことなんて、いくら考えても無駄ですよー。もともと何も考えていないんですから。さっさと行きましょうよ」


 シュマは何処か悟ったような、諦めたような表情を浮かべていた。そして、彼女はため息をつくと諦めたように頭を振った。


 「さ、行こう。アイツらの事は脳みそを筋肉にならないと、どんなに頑張っても理解できないよ」


 ボクは彼らについて、何の期待もしていないし、彼らの考えを理解したいとも思わない。

 アイツらの頭の中には身体を鍛えることしかないのだから、しかも無目的に。


 それから、ボクたちはひたすら悪路の一歩手前、数日で獣道になると言われても疑わないような道をナンガに向けて歩いていた。


 「若様、そろそろお腹空いてきたよ」


 ジャグが足を止めて、僕を何か物欲しそうにして見つめた。


 「若様、何か良い匂いがしますよ」


 シュマが辺りに漂う匂いを拾って嬉しそうな表情を浮かべた。ボクの鼻には何も感じられないけど。


 「………この匂いは、お肉系ですね。それと甘い匂いも」


 リナも漂っている匂いを読んでぺろりと舌なめずりした。


 「人の音もしているみたいですね。この先にお店がありますよ」


 コレットがそう言うと、ジャグの表情がぱっと明るくなった。


 「若様、早く行こうよ」


 「おい、走ると、すぐにばてるし、ここの道は悪いからこけるぞ」


 ボクは、はしゃぐジャグに注意をしたが、自分も食事にありつけると思うと、恥ずかしいことに足が軽くなっていた。



 「いらっしゃい」


 街道わきに一軒家が建っていて、その前に看板だとかベンチが並べられ、行商人やら傭兵が数名がそこで寛いでいた。

 そんな店先で、ボクたちの姿を確認したエルフ族の少女のように見える(彼女らは得てしてを見た目と実年齢の乖離が激しいので、エルフ族の女性に対しては若い娘さんを相手にするように接するのが礼儀とされている。)店員がにこやかに声をかけて来た。


 「5人だけど、大丈夫でしょうか? 」


 リナが尋ねると彼女は笑顔を変えることなく、店内を手で指し示した。

 この一連のこなれた動作から、彼女の見た目と実年齢の乖離は相当あるとボクは判断した。


 「どうぞ、中にお入りください」


 彼女はそう言うと、ボクらを店内に案内してくれた。

 店内は、素朴な造りで壁に貼り付けてある板に綺麗とは言い難い文字でメニューが書かれていた。

 しかし、値段はその文字を金色に装飾しても良いんじゃないかな、と思うぐらいの値段だった。

 こんな離れた所に食材を持ってくるだけでもお金はかかるからね。

 ボクたちはそんなメニューの中からお財布に優しい値段の料理を注文した。


 「若様、今回はあたしがここのお勘定を持ちますね。さっき、ちゃんと護衛の仕事をして下さったお礼です」


 リナは財布が入っているポーチをポンと叩いた。これなら、もう少し高い料理にしておくべきだったとボクは後悔した。


 「お客様、これからナンガに行かれるのですか? 」


 お会計をしているリナにエルフ族の少女らしき人が尋ねてきた。


 「そのつもりですが」


 「ここから、夜になるまでの間、宿はありませんよ。隊商用の宿営地と井戸はありますけど、女性ばかりだと………」


 エルフ族の少女らしき人は心配そうな表情を浮かべた。


 「リナ、隊商ってのもヤバイの? 」


 「護衛に荒くれ者を雇っていたら厄介ね。雇っている方は護衛が何をしでかそうが、護衛されしていれば良しだから気にしない。特に、若い女は尻尾があろうがなかろうが、餌食になりやすいよ」


 不安に感じたコレットがリナに聞いたけど、その答えは彼女の不安を大きくするだけだった。


 「若様に何かあれば、困りますよー」


 「困るで済めばいいけどね」


 シュマが心底嫌そうな表情を浮かべ、コレットはむすっとした表情になっていた。


 「そこは、考えているよ。ボクは皆の方が心配だからね」


 ボクは彼女たちを安心させように二っと笑って軽く言った。


 「そうなんですね。若様も貞操の危機を体感されることになりかねませんからね」


 シュマがジトっとした目で恐ろしい事を聞いてきたが、そこは笑顔でスルーした。



 街道を5人で歩いて行くと、人気のない何もない両サイドを森に囲まれた辺りで日も暮れてきた。


 「暗くなってきましたよー、本当に何もありませんねー」


 シュマが辺りを見回して、不安そうな表情を浮かべた。でも、暗くなっても君らは目が利くのではなかったっけ。少なくとも、ボクよりかは見えているはずだ。


 「怖くなってきた、お腹空いた、疲れた」


 ジャグは機嫌が悪いようで、むすっとしていた。確かに僕もお腹は空いているし、疲れてもいる。

 ジャグの気持ちはよく分かる。


 「リナ、この辺りの動物で危険なのいるかな」


 「いたとしても、この獣除けの香で近づかない程度ですよ」


 ボクの問いかけにリナは心強い答えを返してくれた。


 「リナ、分かった。コレット、この辺りの森の中で地面が平らで湿っていない場所を探してくれ。そこで野宿する」


 ボクはコレットに命じると彼女はささっと森の中に入って行った。彼女の黒い姿は暗くなった森の中に溶けていった。

 

 「若様、こちらにいい場所がありました」


 森の中から出てきた黒い人影が嬉しそうな声を上げた。これがコレットだと知らなかったら悲鳴を上げていただろう。


 「コレット、ありがとう。じゃ、皆でそこに行くよ」


 ボクは皆にそう言うと、コレットに案内されるように森の中に入って行った。


 「若様、暗いでしょうから、私の手を持ってくださいよ」


 シュマの白い毛におおわれて、肉球の付いた手をボクは握ると彼女は足元の良い所を選んで先導してくれた。シュマの肉球の温かみが僕をほっとさせてくれた。

 リナもジャグの手を引いてボクたちの後をついてきた。


 「ここです」


 リナが探してくれた場所は、大きな木の下の開けた場所だった。


 「ここが、今日の宿泊場所だよ。隊商の宿営地だと、何をされるか分かったものじゃないから。常に気を張っていたら疲れが取れないからね」


 ボクは荷物を降ろすと、小さなランプを取り出し火を灯した。あたりが柔らかな温かい光がうっすらと闇の中に滲んだ。


 「ジャグ、ここから動かない様にね。ボクたちは暗い所で目が利かないから、はぐれたりしたらもう戻れないし、穴ぼこなんかに落ちたらそれこそ終わりだよ」


 つまらなそうな表情を浮かべているジャグにボクたち人は獣人たちの足手まといになるとやんわりと伝えた。


 「薪拾ってきますよ」


 「携行食で簡単なモノを作りますね」


 シュマとコレットはボクが命じるまでもなく、ささッと動き出してくれた。


 「あたしは若様に、女性の身体に付いてお教えいたしましょう」


 リナは肉食獣の目でボクに顔を寄せると舌なめずりした。獣人と言えどその豊満な肉体と玄人から見れば拙い色気だが、経験値0のボクには強烈すぎるそれは、ボクの中の益荒男を騒がせるに十分な威力があった。

 しかし、良いことなのか、悪いことなのか、そうはいかなかった。


 「リナは私と一緒に薪拾いだよ」


 目は笑っていないが微笑むシュマがリナの背後にぬっと立っていた。

 リナはシュマに襟首をつままれるとズルズルと森の中に引きずられていった。

 森の中に居る魔物がまるで人を襲うように。

 おかげで、益荒男はしゅんとなって小さくなっていった。


 シュマたちが集めてきた薪に火を付けると、コレットがそこに鍋をかけ、携行食となる干し肉やら乾燥した野菜などをつかって夕食の準備を始めた。


 「多分、明日も野宿になると思うけど、このスタイルで行こうと思う。身体の汚れについては、近くに川か泉があればそこで済ませよう。暑い季節だからね。でも池とか沼はダメだよ。病気になることもあるから」


 ボクは気持ちよく燃えるたき火を眺めながら、明日からの夜の過ごし方について話すとあからさまに皆がうんざりしたため息をついた。ため息つきたいのはこちらもだからね。


 「若様のお口に合うかは分かりませんが、夕食ができましたよ」

 

 コレットが木の椀に鍋から携行食のごった煮状のモノをすくってボクに渡してくれた。


 「ありがとう、良い匂いがするよ。もう、貴族でも何でもないんだから、最悪ゴミを漁って、泥水を啜る覚悟はしているつもりだよ」


 ボクはコレットから椀を受け取るとごった煮の匂いを嗅いだ。それは、温かくてどこか懐かしさを感じる優しい匂いだった。そして、味も匂いと同じく優しい味で疲れた身体に染みわたって行くように感じられた。


 「若様、隊商の宿営地であっても私たちが居れば対処できますよ。どうして野宿に拘られるんですか」


 夕食の片付けが終わった後、焚火に薪をくべながらコレットが尋ねてきた。


 「今日の朝、ガドが言ってただろ。シドレ・ブッコワースは領主を殺害しようとして大けがをさせ、現在逃走中だって。つまり、ボクは今や凶状持ちなんだよ。見た目は思いっきり変わったけど、ロスタが傭兵となった時期、お供の獣人のこと、左手の傷、そして若様と呼ばれていることなんかを合わせると、そこにシドレが浮かび上がってくると思うんだ。だから、あまり顔を知られたくないし、できる限り館から距離を取りたいんだ。それから、人がいる前でボクを若様って呼ばないで欲しい。気軽にロスタと呼んでもらえるとありがたい」


 ボクは、シドレがどんな状況にあるかを説明し、皆に若様と呼ばないようにとお願いした。女の子に若様って、どこかおかしいと思ったからだ。


 「若様じゃなくて、ロスタ様?何か違和感があるよ」


 「お嬢様、お嬢かな」


 「じゃ、あたしはロスタお嬢様」


 シュマたちはそれぞれボクの新たな呼び名を模索しだした。


 「あたいは、ロスタ姐ちゃんと呼ぶよ」


 何故か、ジャグの呼称しかたがしっくり来たけど、これって彼女しか使えないよね。他の人は皆年上だし。


 「それじゃ、夜の見張りを決めよう、1人当たりの時間はこの獣除け線香が燃え尽きるまで、朝まで3本くらい必要ね。最初は、あたしが着くよ。わか………ロスタお嬢様はどうぞお休みくださいね。で、あたしの次はシュマとコレットどっちか選んでね」


 リナはそう言うと、シュマとコレットにさっさと寝るように促した。

 ボクたちは薄い毛布を体に巻き付け、油引きした厚いシートの上に転がった。


 「おいら、若様………、ロスタ姐ちゃんと一緒に寝る」


 ジャグはそう言うとボクにくっつくように寝転がった。


 「羨ましい」


 「相手は子供、でも………」


 ボクを護るように寝転がったシュマとコレットは、何か引っかかるようでブツブツ言っていたが、暫くすると、静かになって穏やかな寝息が聞こえだした。


 「若様………、お嬢様、この旅の目的地はどこですか? 」


 ボクがまだ眠りに落ちていないのを知っているのか、焚き火をかき混ぜながらリナが低い声で尋ねてきた。


 「リナが安心して、お店を構えられるところかな。そこで、街付きの傭兵になるのもいいかなって」


 「お店のお話はうれしいです。でも、お嬢様が本当になさりたいことをして下さいね。あたしたちは、お嬢様の我儘に付き合うのが楽しいんですよ」


 ボクの答えにリナは優しく微笑みながら答えてくれた。

 その笑みにボクは何故か安心したようで、あっさりと意識を手放した。

知恵袋なる役職は、ブッコワース騎士団のみに存在しています。

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