表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
40/40

39話 「ブッコワースの血がなす業は感化じゃ」

 「この神殿の裏はな、ここの職員の居住スペースとなっておってな官舎街になっておるのじゃよ」


 ボクらはライオネルおじいちゃんに案内され、「あなたのこの行動はハラスメント」、「一旦止まって右、左 安全管理重視週間」「総合進展て働く精霊や人じゃない人たちのための総合保険」なんかのポスターがあちこち貼られた人気のない薄暗い総合神殿の職員用の通路を通って裏口から出るとそこには街が広がっていた。


 「世知辛い」


 ボクは廊下に貼られていたポスターを思い返して思わずつぶやいていた。少なくとも普通の生活をしているうえで精霊なんてとても神秘的で超常的な存在なのに、保険に入るなんて、なんかとても残念なことを知ったように思う。


 「精霊の世界と言ってものう、精霊が存在するためにはそれなりに苦労が付きまとうもんなんじゃよ。見た目が悪い精霊なんぞ、神殿内で出くわした神官にかわいそうに神聖魔法をかけられてのう。全治するまで1年もかかったのじゃよ。その後もPTSDとかやらで苦労しておる」


 ライオネルおじいちゃんは小さなため息をついた。肺もなにもないだろうにため息をついたんだ。これはすごい事だと思う。


 「精霊の世界も大変なんですね。エルフも精霊を祖に持つとも言われていても結構世知辛いですからねー。年金をかける期間が普通に3桁年だもんね」


 エルフの女性はそう言うと肩をすくめた。長寿の種族もそれなりに苦労があるんだ。年金か、貴族だったころは考えもしなかった。シュマとコレットの老後にも責任を持つことになるし、リナやジャグにも知らないとは言えない。ボクは何か重いモノが肩にのしかかるのを感じた。あ、ルメラは別。彼女は竜だからボクら人間の範疇に当て嵌まらないはず。多分。


 「ここじゃよ。すこーしばかりお金があったもんでな。借家でなく買った家じゃよ。粗末な庵じゃが、お前さんらを泊めることぐらいできる余裕はあるぞ」


 ライオネルおじいちゃんが案内してくれたのはどこかの高級貴族のお屋敷を思わせるような立派な建物だった。しかも白骨死体が住んでいるにも拘らず建物はきれいで、庭には丁寧に世話された様々な花が咲いている。


 「リッチが住んでいる所って廃屋みたいなお屋敷か、廃墟みたいな神殿か、廃墟みたいな坑道かと思っていましたよー」


 シュマの言う通りイメージとしてはそうだけど。何故、廃墟が枕詞のように付くのかが分からない、誰もないとか、打ち捨てられたとかそんな表現もあるんじゃないかな。


 「驚いたかのう。大体リッチになるような連中は身の回りの事に無頓着でな。家賃がかからんとか、誰も来ないとかで済む場所を選びがちでな。しかも、こんな身体になると寒い、暑いはそれなりに堪えんようになるし、病気にもなりにくいから自ずと住む場所はあんな様相になり果てるのじゃ。あんな住まいじゃ、女の子も呼べんじゃろ」


 リッチやら魔物が廃墟みたいなところを好むのは世知辛い世の中の断りに則っての事だったんだ、と改めて思った。やはりこの世を支配しているのは経済なんだ。


 「儂は若いころ、研究に勤しみながら思ったもんじゃよ。世の中は金が全てだと。こう、歳を喰って思うことは、若いころのわしは、間違ってなかったという事じゃ」


 ライオネルおじいちゃんは乾いた笑いをあげながら立派な車寄せのある玄関の前で指をさっと振った。すると、玄関の大きな扉が音もなく開いた。


 「今、帰りましたよー。タマコさーん、少しばかりお願いがあるんじゃ」


 ライオネルおじいちゃんは玄関ホールで声をあげると奥の方から人影が一つ近づいてきた。その人影の正体は少し青みが買った肌に金色の目、羊のような巻いた角を持つ、「こわいまもの」って絵本に載っているような悪魔の姿のメイドを服を着た若い女性だった。


 「ライオネル様、こんな夜に大量のお客様ですか………、はい、はい食事と寝室、お風呂の準備ですね。小さい子もいるから甘いモノも必要ですね」


 タマコさんと呼ばれた悪魔のような女性はボクらを胡散臭そうに見ると小さなため息をついた。使用人としてその態度には問題があるように感じられたのは、ボクが執事や侍女がいる環境で生活してきたからだろうな。


 「タマコさん、すまないねー、この分の手当は出すからね」


 「当然です」


 すまなそうに頭を下げるライオネルおじいちゃんにタマコさんはぶぜんとした態度で奥の方に戻っていった。


 「悪魔を使役するリッチ………、恐ろしすぎますよー」


 シュマがこっそりとボクに耳打ちしてきてくれた。確かに彼女の言う通り、絵面的には恐ろしすぎるが今のやり取りを見ているととてもじゃないが恐怖の「き」の字も感じられず、使用人に気を遣う老人の姿しか見えなかった。


 「でも、あの侍女、態度がひどいですね」


 同じ仕事をしているコレットとしては自分たちの仕事を馬鹿にされたように感じられたのだろう。でも、敢えて言おう、君らも大概だと。


 「ライオネルおじいちゃん、タマコさんって何の種族なの? 」


 人としてのデリカシーを持っていないだろうし、竜だから仕方ないと言い逃れることができるルメラがあざとさを前にに押し出しながらライオネルおじいちゃんに尋ねた。


 「タマコさんは、こことは違う世界からこの世界に呼び込まれたようでな。帰り方がさっぱり分からないんじゃよ」


 ライオネルおじいちゃんは少し悲し気な目(そう見える)でルメラに説明してくれた。


 「タマコさん、かわいそう」


 ルメラまで寂しげな表情になっていた。竜とはいえルメラは邪悪な存在ではないことなんとなく分かってきている。だから今の彼女の寂しげな表情に裏はなく彼女の真意であることは確かだと思う。ただ残念なことに人としての常識がいささか欠けているのであるが。


 「悪魔を使役するリッチ、この恐ろしさが分かるか? 俺たちの命はライオネル殿の掌の上にあることを忘れるな。決して失礼なことをするな」


 イケメンに戻ったエドモント・シヴィーが同じくイケメンに戻った部下たちに真剣な表情で指示を出していた。ライオネルおじいちゃんを見かけだけで判断していれば彼らの行動は強ち間違えではない。

 しかし、悪魔、タマコさんは果たしてライオネルおじいちゃんに使役されているのだろうか。さっきの言動から察するにうちの猛獣どもと同じような問題を抱えている様に見えるのだけど。


 「皆さん、食堂に来てください。ライオネル様、暇ならお客様を案内してください。こっちは食事ができるように準備してますから」


 タマコさん玄関ホールで佇んでいるボクらに不愛想に声をかけてきた。しかし、ついさっきライオネルおじいちゃんが指示したのにもうできているって流石は悪魔、格が違うという事だろう。



 「食糧庫はこれで空になりました。貴方たちのおかげです」


 タマコさんは厭味ったらしくボクらとライオネルおじいちゃんをジトっとした見つめてきてくれた。


 「こんな夜にご迷惑をかけて申し訳ありません」


 ボクはタマコさんの圧に負けて思わず頭を下げていた。


 「タマコさん、食糧庫にはさっき補充しておいたぞ。どうせ誤発注ばかりで腐らせてしまう物じゃ。我らでしっかり使ってやるのも生産者に対する感謝を表す一つの形じゃ」


 ライオネルおじいちゃんは心配するなとばかりに明るくタマコさんに問題は解決したってしれっと言っていたけど、これって横領じゃないのかな。


 「ライオネル様に食事は必要なかったのでは」


 タマコさんがあきれのこもった目でライオネルおじいちゃんを見ていた。確かにそうだけど、彼のパフェを食べる姿はとても自然だった。生前の習慣なのかな。


 「食を忘れてしまって、なんの生の楽しみがあろうかと言うもんじゃ。好きなモノを好きなだけ食す、これは生あるものの特権じゃ」


 ライオネルおじいちゃんの食に対する態度は生前の習慣ではなく、彼なりの思い入れであることが分かったけど、生を謳歌するリッチってなんだか納得できない。悪い事じゃないけど、でも食料の横領は悪い事だと思う、その辺りはリッチとしての矜持とかの兼ね合いはどうなのかな。でも、いきなりここでリッチの本領を発揮されても、それはそれで思いっきり困るんだけど。



 「ご馳走様でしたー」


 「おいしかったー」


 食事が終わるとジャグとルメラがタマコさんにニコニコしながらお礼を述べていた。うん、いい子に育っている。良かった。


 「そういってもらえると嬉しいわ」


 仏頂面だったタマコの顔に笑顔が宿っていた。さすが我らの天使たち、周りの人があまりにもあまりなのにまっすぐに成長している。これは、ボクの努力のたまものかもしれない。多分、それに違いない。

 

 「死体に構われるのも結構ですが。温かいうちに食べるのがいいですよ。冷えたら、美味しくなくなります。なんせ短時間で作ったものですから。毒は入っていません。こんな見た目ですが、悪魔ではあませんからね」


 タマコさんはずらりと料理が並べられたテーブルを指し示してくれた。ビュッフェ方式の小皿に取り分けるタイプだ。で、取り分けられる料理は量はあるものの内容は簡単な料理だった。あの短時間でこの量を作るならこれでもすごい事だ。タマコさんの魔法なのかな。でも、いま彼女、自分は悪魔じゃないと言い切ったけど………。


 「いつ見ても恐ろしいまでの手際の良さじゃのう。この量をあの時間で魔法も使わずじゃからな」


 「その分の賃金をあげて頂ければ良いです」


 彼女、魔法は使っていなかった。そうするとこれを物理的にやってのけたんだ。


 「コレットならできる? 」


 「シュマと二人がかりでも難しいよ」


 「「おそるべし」」


 シュマとコレットが互いに見合って驚嘆していた。確かに曲がりなりにも侍女をやっている2人からしてもタマコさんの能力はトンデモナイらしい。


 「温かいうちに皆で頂こうよ。冷めてしまったら勿体ないからね」


 ボクは皆に食事をするように促した。ちびっ子たちは北の言葉を聞くなり料理に誘引されがっつきだした。


 「子供たちが元気よく物を食べる姿はいつ見ても良いモノじゃ」


 ライオネルおじいちゃんは目を細めて(いるように見える)ちびっ子たちを眺めていた。その時でもちゃんと彼は卵焼きを食べていた。生を謳歌しているんだな、リッチだけど。


 「タマコさん、短時間で大量に料理する秘訣なんかあるんですか」


 コレットが部屋の片隅でつまらなそうにお茶を飲んでいるタマコさんに尋ねていた。教えを乞うのは良いけど、食べながらと言うのは頂けない。


 「食材に適した献立、肉は煮込むと時間がかかるけど、薄切りにしてさっと焼けば時間はそんなにかからない。その肉と野菜を適当に切り刻んで炒めるだけでそれなりの料理になるものよ。だから、料理のレシピは多いほど便利、それなりになるまで30年くらいかかったけど」


 彼女の言っていることは尤もだけど、30年って、彼女はどう見てもリナより少しお姉さんぐらいにしか見えないけど。


 「私の年齢が気になるみたいですね。前の世界にいた時は普通に年齢を重ねていたんですよ。こちらに来てからは、あの死体が言うには生命力がやたら強くなったみたいで、歳は取らないし、怪我もすぐに治るし、病気もしない身体になってしまいました。でも、魔力や戦闘力は普通の人並みかそれ以下ですよ。見た目で随分と警戒されますが」


 彼女はとんでもない事を何気なく語っていた。つまり、彼女は不老不死なんだ。ライオネルおじいちゃんと一緒にいるならこの上ない特技だ。


 「しかし、ロスタ嬢ちゃんは面白い身の上をしておるのう」


 ライオネルおじいちゃんはデザートのフルーツポンチを食べながらボクに話しかけてきた。


 「ブッコワースの血がよーく出ておる」


 「ぶゑっ」


 思わず食べていたなんだか良く分からない肉の炒め物を吹いてしまった。


 「その様子からすると隠しておられたようじゃのう。申し訳ない、()()()殿」


 ライオネルおじいちゃんはボクの慌てた姿を見て軽く頭を下げた。彼はボクの正体を知っていた。


 「ボ、ボクの………」


 「お嬢様っ」


 「やはり、何か企んでいた」


 シュマとコレットがボクとライオネルおじいちゃんの間に割って入りボクを護る姿勢をとった。

 リナも懐から何かお札を取り出して身構えているし、ルメラに至っては吐しゃ物じゃなくて指をのどに突っ込んでブレスを吐く準備までしている。


 「待て、待てと言っておるに。儂にこの嬢ちゃんを害す気は一切ないぞ。嬢ちゃんについて儂が知って居ることをちょいと説明させてくれんかのう。ここは人が多すぎる、タマコさん、応接室は使えるかな」


 「全ての部屋は使える状態にしています。勿論、地下のカタコンベもいつでもお使いいただけますよ」


 「カタコンベは地下と決まっておる。それにあれは墓所ではない、近くに死体があると落ち着かんしな。あそこは儂の秘蔵ワインの貯蔵庫じゃ。まさか、タマコさんあの中のものを」


 ライオネルおじいちゃんは慌ててタマコさんを睨んだがタマコさんはジトっとした目で彼を見ながら肩をすくめた。


 「まさか、あんな妖気漂うワインは金をくれるって言われても飲みませんよ」


 「飲んで居ったら、わしは泣くぞ」


 「勝手に泣いていてください」


 ライオネルおじいちゃんとタマコさんは息の合ったボケとツッコミを聞きながら、漫才は良いから早くボクについて教えてくれって言葉が喉元まで出かかっていた。


 「ん、その顔は早く本筋に戻れっていう事じゃな。センシティブな話になるかもしれんからのう。ロスタ嬢ちゃんだけ来てくれんか」


 すまなそうな表情(に見える)でライオネルおじいちゃんはボクに言うと手招きした。リッチが手招きする光景、普通なら絶対に逃げなきゃならないしはな、ここの職員の居住スペースとなっておってな官舎街になっておるのじゃよ」


 ボクらはライオネルおじいちゃんに案内され、「あなたのこの行動はハラスメント」、「一旦止まって右、左 安全管理重視週間」「総合進展て働く精霊や人じゃない人たちのための総合保険」なんかのポスターがあちこち貼られた人気のない薄暗い総合神殿の職員用の通路を通って裏口から出るとそこには街が広がっていた。


 「世知辛い」


 ボクは廊下に貼られていたポスターを思い返して思わずつぶやいていた。少なくとも普通の生活をしているうえで精霊なんてとても神秘的で超常的な存在なのに、保険に入るなんて、なんかとても残念なことを知ったように思う。


 「精霊の世界と言ってものう、精霊が存在するためにはそれなりに苦労が付きまとうもんなんじゃよ。見た目が悪い精霊なんぞ、神殿内で出くわした神官にかわいそうに神聖魔法をかけられてのう。全治するまで1年もかかったのじゃよ。その後もPTSDとかやらで苦労しておる」


 ライオネルおじいちゃんは小さなため息をついた。肺もなにもないだろうにため息をついたんだ。これはすごい事だと思う。


 「精霊の世界も大変なんですね。エルフも精霊を祖に持つとも言われていても結構世知辛いですからねー。年金をかける期間が普通に3桁年だもんね」


 エルフの女性はそう言うと肩をすくめた。長寿の種族もそれなりに苦労があるんだ。年金か、貴族だったころは考えもしなかった。シュマとコレットの老後にも責任を持つことになるし、リナやジャグにも知らないとは言えない。ボクは何か重いモノが肩にのしかかるのを感じた。あ、ルメラは別。彼女は竜だからボクら人間の範疇に当て嵌まらないはず。多分。


 「ここじゃよ。すこーしばかりお金があったもんでな。借家でなく買った家じゃよ。粗末な庵じゃが、お前さんらを泊めることぐらいできる余裕はあるぞ」


 ライオネルおじいちゃんが案内してくれたのはどこかの高級貴族のお屋敷を思わせるような立派な建物だった。しかも白骨死体が住んでいるにも拘らず建物はきれいで、庭には丁寧に世話された様々な花が咲いている。


 「リッチが住んでいる所って廃屋みたいなお屋敷か、廃墟みたいな神殿か、廃墟みたいな坑道かと思っていましたよー」


 シュマの言う通りイメージとしてはそうだけど。何故、廃墟が枕詞のように付くのかが分からない、誰もないとか、打ち捨てられたとかそんな表現もあるんじゃないかな。


 「驚いたかのう。大体リッチになるような連中は身の回りの事に無頓着でな。家賃がかからんとか、誰も来ないとかで済む場所を選びがちでな。しかも、こんな身体になると寒い、暑いはそれなりに堪えんようになるし、病気にもなりにくいから自ずと住む場所はあんな様相になり果てるのじゃ。あんな住まいじゃ、女の子も呼べんじゃろ」


 リッチやら魔物が廃墟みたいなところを好むのは世知辛い世の中の断りに則っての事だったんだ、と改めて思った。やはりこの世を支配しているのは経済なんだ。


 「儂は若いころ、研究に勤しみながら思ったもんじゃよ。世の中は金が全てだと。こう、歳を喰って思うことは、若いころのわしは、間違ってなかったという事じゃ」


 ライオネルおじいちゃんは乾いた笑いをあげながら立派な車寄せのある玄関の前で指をさっと振った。すると、玄関の大きな扉が音もなく開いた。


 「今、帰りましたよー。タマコさーん、少しばかりお願いがあるんじゃ」


 ライオネルおじいちゃんは玄関ホールで声をあげると奥の方から人影が一つ近づいてきた。その人影の正体は少し青みが買った肌に金色の目、羊のような巻いた角を持つ、「こわいまもの」って絵本に載っているような悪魔の姿のメイドを服を着た若い女性だった。


 「ライオネル様、こんな夜に大量のお客様ですか………、はい、はい食事と寝室、お風呂の準備ですね。小さい子もいるから甘いモノも必要ですね」


 タマコさんと呼ばれた悪魔のような女性はボクらを胡散臭そうに見ると小さなため息をついた。使用人としてその態度には問題があるように感じられたのは、ボクが執事や侍女がいる環境で生活してきたからだろうな。


 「タマコさん、すまないねー、この分の手当は出すからね」


 「当然です」


 すまなそうに頭を下げるライオネルおじいちゃんにタマコさんはぶぜんとした態度で奥の方に戻っていった。


 「悪魔を使役するリッチ………、恐ろしすぎますよー」


 シュマがこっそりとボクに耳打ちしてきてくれた。確かに彼女の言う通り、絵面的には恐ろしすぎるが今のやり取りを見ているととてもじゃないが恐怖の「き」の字も感じられず、使用人に気を遣う老人の姿しか見えなかった。


 「でも、あの侍女、態度がひどいですね」


 同じ仕事をしているコレットとしては自分たちの仕事を馬鹿にされたように感じられたのだろう。でも、敢えて言おう、君らも大概だと。


 「ライオネルおじいちゃん、タマコさんって何の種族なの? 」


 人としてのデリカシーを持っていないだろうし、竜だから仕方ないと言い逃れることができるルメラがあざとさを前にに押し出しながらライオネルおじいちゃんに尋ねた。


 「タマコさんは、こことは違う世界からこの世界に呼び込まれたようでな。帰り方がさっぱり分からないんじゃよ」


 ライオネルおじいちゃんは少し悲し気な目(そう見える)でルメラに説明してくれた。


 「タマコさん、かわいそう」


 ルメラまで寂しげな表情になっていた。竜とはいえルメラは邪悪な存在ではないことなんとなく分かってきている。だから今の彼女の寂しげな表情に裏はなく彼女の真意であることは確かだと思う。ただ残念なことに人としての常識がいささか欠けているのであるが。


 「悪魔を使役するリッチ、この恐ろしさが分かるか? 俺たちの命はライオネル殿の掌の上にあることを忘れるな。決して失礼なことをするな」


 イケメンに戻ったエドモント・シヴィーが同じくイケメンに戻った部下たちに真剣な表情で指示を出していた。ライオネルおじいちゃんを見かけだけで判断していれば彼らの行動は強ち間違えではない。

 しかし、悪魔、タマコさんは果たしてライオネルおじいちゃんに使役されているのだろうか。さっきの言動から察するにうちの猛獣どもと同じような問題を抱えている様に見えるのだけど。


 「皆さん、食堂に来てください。ライオネル様、暇ならお客様を案内してください。こっちは食事ができるように準備してますから」


 タマコさん玄関ホールで佇んでいるボクらに不愛想に声をかけてきた。しかし、ついさっきライオネルおじいちゃんが指示したのにもうできているって流石は悪魔、格が違うという事だろう。



 「食糧庫はこれで空になりました。貴方たちのおかげです」


 タマコさんは厭味ったらしくボクらとライオネルおじいちゃんをジトっとした見つめてきてくれた。


 「こんな夜にご迷惑をかけて申し訳ありません」


 ボクはタマコさんの圧に負けて思わず頭を下げていた。


 「タマコさん、食糧庫にはさっき補充しておいたぞ。どうせ誤発注ばかりで腐らせてしまう物じゃ。我らでしっかり使ってやるのも生産者に対する感謝を表す一つの形じゃ」


 ライオネルおじいちゃんは心配するなとばかりに明るくタマコさんに問題は解決したってしれっと言っていたけど、これって横領じゃないのかな。


 「ライオネル様に食事は必要なかったのでは」


 タマコさんがあきれのこもった目でライオネルおじいちゃんを見ていた。確かにそうだけど、彼のパフェを食べる姿はとても自然だった。生前の習慣なのかな。


 「食を忘れてしまって、なんの生の楽しみがあろうかと言うもんじゃ。好きなモノを好きなだけ食す、これは生あるものの特権じゃ」


 ライオネルおじいちゃんの食に対する態度は生前の習慣ではなく、彼なりの思い入れであることが分かったけど、生を謳歌するリッチってなんだか納得できない。悪い事じゃないけど、でも食料の横領は悪い事だと思う、その辺りはリッチとしての矜持とかの兼ね合いはどうなのかな。でも、いきなりここでリッチの本領を発揮されても、それはそれで思いっきり困るんだけど。



 「ご馳走様でしたー」


 「おいしかったー」


 食事が終わるとジャグとルメラがタマコさんにニコニコしながらお礼を述べていた。うん、いい子に育っている。良かった。


 「そういってもらえると嬉しいわ」


 仏頂面だったタマコの顔に笑顔が宿っていた。さすが我らの天使たち、周りの人があまりにもあまりなのにまっすぐに成長している。これは、ボクの努力のたまものかもしれない。多分、それに違いない。

 

 「死体に構われるのも結構ですが。温かいうちに食べるのがいいですよ。冷えたら、美味しくなくなります。なんせ短時間で作ったものですから。毒は入っていません。こんな見た目ですが、悪魔ではあませんからね」


 タマコさんはずらりと料理が並べられたテーブルを指し示してくれた。ビュッフェ方式の小皿に取り分けるタイプだ。で、取り分けられる料理は量はあるものの内容は簡単な料理だった。あの短時間でこの量を作るならこれでもすごい事だ。タマコさんの魔法なのかな。でも、いま彼女、自分は悪魔じゃないと言い切ったけど………。


 「いつ見ても恐ろしいまでの手際の良さじゃのう。この量をあの時間で魔法も使わずじゃからな」


 「その分の賃金をあげて頂ければ良いです」


 彼女、魔法は使っていなかった。そうするとこれを物理的にやってのけたんだ。


 「コレットならできる? 」


 「シュマと二人がかりでも難しいよ」


 「「おそるべし」」


 シュマとコレットが互いに見合って驚嘆していた。確かに曲がりなりにも侍女をやっている2人からしてもタマコさんの能力はトンデモナイらしい。


 「温かいうちに皆で頂こうよ。冷めてしまったら勿体ないからね」


 ボクは皆に食事をするように促した。ちびっ子たちは北の言葉を聞くなり料理に誘引されがっつきだした。


 「子供たちが元気よく物を食べる姿はいつ見ても良いモノじゃ」


 ライオネルおじいちゃんは目を細めて(いるように見える)ちびっ子たちを眺めていた。その時でもちゃんと彼は卵焼きを食べていた。生を謳歌しているんだな、リッチだけど。


 「タマコさん、短時間で大量に料理する秘訣なんかあるんですか」


 コレットが部屋の片隅でつまらなそうにお茶を飲んでいるタマコさんに尋ねていた。教えを乞うのは良いけど、食べながらと言うのは頂けない。


 「食材に適した献立、肉は煮込むと時間がかかるけど、薄切りにしてさっと焼けば時間はそんなにかからない。その肉と野菜を適当に切り刻んで炒めるだけでそれなりの料理になるものよ。だから、料理のレシピは多いほど便利、それなりになるまで30年くらいかかったけど」


 彼女の言っていることは尤もだけど、30年って、彼女はどう見てもリナより少しお姉さんぐらいにしか見えないけど。


 「私の年齢が気になるみたいですね。前の世界にいた時は普通に年齢を重ねていたんですよ。こちらに来てからは、あの死体が言うには生命力がやたら強くなったみたいで、歳は取らないし、怪我もすぐに治るし、病気もしない身体になってしまいました。でも、魔力や戦闘力は普通の人並みかそれ以下ですよ。見た目で随分と警戒されますが」


 彼女はとんでもない事を何気なく語っていた。つまり、彼女は不老不死なんだ。ライオネルおじいちゃんと一緒にいるならこの上ない特技だ。


 「しかし、ロスタ嬢ちゃんは面白い身の上をしておるのう」


 ライオネルおじいちゃんはデザートのフルーツポンチを食べながらボクに話しかけてきた。


 「ブッコワースの血がよーく出ておる」


 「ぶゑっ」


 思わず食べていたなんだか良く分からない肉の炒め物を吹いてしまった。


 「その様子からすると隠しておられたようじゃのう。申し訳ない、()()()殿」


 ライオネルおじいちゃんはボクの慌てた姿を見て軽く頭を下げた。彼はボクの正体を知っていた。


 「ボ、ボクの………」


 「お嬢様っ」


 「やはり、何か企んでいた」


 シュマとコレットがボクとライオネルおじいちゃんの間に割って入りボクを護る姿勢をとった。

 リナも懐から何かお札を取り出して身構えているし、ルメラに至っては吐しゃ物じゃなくて指をのどに突っ込んでブレスを吐く準備までしている。


 「待て、待てと言っておるに。儂にこの嬢ちゃんを害す気は一切ないぞ。嬢ちゃんについて儂が知って居ることをちょいと説明させてくれんかのう。ここは人が多すぎる、タマコさん、応接室は使えるかな」


 「全ての部屋は使える状態にしています。勿論、地下のカタコンベもいつでもお使いいただけますよ」


 「カタコンベは地下と決まっておる。それにあれは墓所ではない、近くに死体があると落ち着かんしな。あそこは儂の秘蔵ワインの貯蔵庫じゃ。まさか、タマコさんあの中のものを」


 ライオネルおじいちゃんは慌ててタマコさんを睨んだがタマコさんはジトっとした目で彼を見ながら肩をすくめた。


 「まさか、あんな妖気漂うワインは金をくれるって言われても飲みませんよ」


 「飲んで居ったら、わしは泣くぞ」


 「勝手に泣いていてください」


 ライオネルおじいちゃんとタマコさんは息の合ったボケとツッコミを聞きながら、漫才は良いから早くボクについて教えてくれって言葉が喉元まで出かかっていた。


 「ん、その顔は早く本筋に戻れっていう事じゃな。センシティブな話になるかもしれんからのう。ロスタ嬢ちゃんだけ来てくれんか」


 すまなそうな表情(に見える)でライオネルおじいちゃんはボクに言うと手招きした。リッチが手招きする光景、普通なら絶対に逃げなきゃならない、こんなシチュエーションは絶対に居合わせたくなない事の2番目ぐらいだろうね。1番目は2体のリッチに手招きされること。それ以上数ののリッチに手招きされた時点で全て終わっているから考える必要はないとボクは思っている。で、そんな彼に普通なら悪手の極みとされる事、つまりついて行った。


 「お嬢様、危険です」


 「私どもも一緒に」


 コレットとシュマがボクを行かせまいとしたが、彼女らが伸ばしてきた手をボクは静かに振りほどいた。


 「僕には知らなきゃならないことがある。ボクがこれからしようと思っていることに大きく影響すると思うんだよね。ライオネルおじいちゃんが危険な人だったらさっきの食事に何かが混ぜられているよ」


 「でも………」


 「もしかの事が」


 「その時はすぐに君らを呼ぶから、大丈夫」


 ボクはシュマとコレットを安心させるように穏やかに言うとライオネルおじいちゃんについて行った。



 「腰かけてくれんかのう。立ったままじゃと落ち着かん」


 お移設室に入ったライオネルおじいちゃんはボクにちょっと豪華な感じがするソファーを干からびた指で示すとその対面に腰を下ろした。


 「お言葉に甘えて」


 ボクは彼の前に腰を下ろした。


 「まずは、ブッコワースの血について話をしようかのう」 


 ライオネルおじいちゃんはボクの顔を眼球が無くなった眼窩でじーっと見つめてきた。


 「ブッコワースと言えば、物理的に力を考える者が多いが、あれは違う。ブッコワースの血がなす業は()()じゃ」


 すごい事を言ったぞとばかりに少しばかりふんぞり返ったライオネルおじいちゃんはボクにブッコワースの血について説明しだした。

 ブッコワースの血を引く者は周囲の者を自分と同じ価値観に感化することができるというものだった。元々、ブッコワース家は軍人の家系であるが、今みたいに力任せに突っ込むのではなく、緻密に作戦を立案し、それを実現するために様々な準備を綿密に行うことを得意としていたらしい。しかし、何代か前ののご先祖様が力技が好きだったことが災いしたらしい。


 「タイミングが悪いと言うか、なる様にしてなったと言うか、その男の力攻めで我が王国は強敵との戦争で思わぬ勝利を手に入れてしまった。そして彼は悟ったのじゃ。力こそパワーだと。これが後々まで尾を引くこととなる。君から見ると高祖父のお父さんにあたる人になる。確かラチェ・ブッコワースじゃったと思う」


 力こそパワーの信念が周りを感化し、飢饉のときに鉄アレイを配給するという離れ業に繋がったのか。全ての誤りの根源がいたことにボクは怒りとも悲しみとも言えない、楽しくない事だけは確かな微妙な気持ちになった。


 「何故そんなことを知っているのですか? 伯爵家と言えど大きくはないし、最近目立った功績も上げていない領なのに」


 「わしの興味の対象の一つとして、生まれながらに人が持っている才能や能力があってな。何も鍛錬せずとも武力や魔力に優れるというのが一般的なのじゃが、周囲を感化するというのは珍しくて注目したってことじゃよ」


 ボクはライオネルおじいちゃんが何故ブッコワースについて知っているのか尋ねると、ブッコワース家も彼の研究対象の一つだったみたいだ。


 「で、シドレ殿からはやはり感化の能力が感じられるのじゃ。それについて心当たりはあるかの? わしが見る限り、あの従者のイヌの嬢ちゃんとネコの嬢ちゃんは今のブッコワースらしからぬモノ、知性が感じられる。あの行商人もじゃな。普通のブッコワースの領民ならあの傭兵の娘さんと同じような気を持っておるものじゃがな。それが、感じられん。シドレ殿の感化の能力のおかげじゃな」


 シュマとコレットに知性があると言われてもピンとこないけど、確かにガドなんかと比べたら随分どころか水たまりと海ぐらいの差はある。でも、ひと月になることがある。


 「騎士団で知恵袋をしている人がいるんですが、その人はあんな連中の中にいて真っ当なんです。それはやはり能力か何かなのでしょうか? 」


 レーペさんの事が気になって思わず聞いてしまった。彼女があんな脳みそが筋肉な存在とは思えなかったからね。


 「極稀に血筋に関わらず能力を持っている者が存在するが、彼女もそうなのではないのかな」


 なるほど彼女はイレギュラーな存在なのかだから、あの集団の中で正気を保てているのか。果たして良い事なのかな。彼女の胃の事だけを考えると良い事とは言えない気がするんだけど。


 「ボクにも感化の力があるなら、領の脳みそ筋肉な政策を変えることができるのでしょうか? 」


 帰る気はないけど、もし、ボクの力が規格外だったりしたらあの量を良くすることもできるかもしれないと思った。


 「親父さんに比べれば、シドレ殿の感化の力はドラゴンとトカゲほどの差があるようじゃ、自分自身とごく近しい者にしかその力は及ばないようじゃ」


 ライオネルおじいちゃんはボクに誠に申し訳ないとばかりに、すまなそうに言ってくれた。彼が何かしでかした事じゃないから気にすることはないと思うんだけど。これで、帰らそうとする連中がいるなら、奴らの口実が一つ減った。これはこれで良いのだけど感化の力まで小さいのかと思うと複雑な気持ちになった。


  「感化の力は筋肉信仰にダイレクトにつながるモノじゃない。ブッコワースの筋肉信仰は親父さんの強烈な信念とそれによる感化の力でなったものじゃな。親父さんの価値観が変われば、周りも感化されて親父さんの価値観に沿った風潮になるじゃろうな」


 「これ以上悪くなることはないと思いますけどね」


 ボクはあの汗臭くて、むさ苦しい屋敷の事を思い出してうんざりした気分になりながら、我が父が少しでも政に興味を持つ日が来ることを願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ