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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第37話 「君らには随分と楽しい思いをさせてもらったよ」

 「小自然がボクを呼んでいる」


 延々と待合スペースで手続きが終わるのを待っている間、ボクらは暇を持て余していた。ジャグもルメラも走り回ったり、騒いだりすることなく子供向けのパンフレットを眺めていた。さっきステゴロの精霊に〆られるおっさんたちを目撃しているから当然のことだよね。ボクも大人しくしているから。

 しかし、ボクの身体はそんなことお構いなしに無料だからと立て続けに飲んだお茶の影響を受け、すでに堤防が決壊しそうになっていた。今の身体は前の時と違って、尿道が短くなっているからちょっとしたはずみで取り返しがつかないことになる恐れが十分にある。だから、ボクはその危機を回避するためそっと立ち上がり、小自然を開放できる場所に向かおうとした。


 「おいらもちびりそうなってきた」


 「ルメラも行くごん」


 僕の後ろにちびっ子コンビがくっついてきた。連れションも悪くないよね。この身体になってから連れションなんて初めてかもしれないけど。大体、この作業が一番自分の身体が依然と違うってことを痛いほど思知らせてくれるのだから。この身体になってから最初のうちは毎回トイレで泣いていたんだぞ。今はもう慣れたし、諦めもついたけど。


 「すっきりした。みんなちゃんと手を洗うんだぞ」


 それぞれ出すべきものを出してすっきりとしたボクはちびっ子コンビに、身の回りの衛生について注意を呼びかけ、扉を開け廊下に出た。


 「あうっ」


 「ぬかった」


 何かカサっとした籠のような感じのものにボクはぶつかって小さな声を上げると籠みたいなモノも何かを口走っていた。そして、辺り一面に何かの書類がボクの衝突の影響で宙を舞っていた。そんな中ボクは見事なМ字開脚で着地していた。しかも、スカートの下を何もかもさらけ出して。


 「ロスタ姐ちゃん」


 「ーっ」


 ジャグとルメラが血相を変えてボクにしがみついてくる。そして、ボクがぶつかった相手を見て息をのんだ。


 「ほ、骨っ」


 「ふぉっふぉっ、骨か。うん、まさしく骨じゃな」


 それは白骨死体だった。その白骨死体は普通じゃなかった。奴は上級の更に上を行く魔導士だとか錬金術師が着るようなローブを着こみ、しかも喋って動いている。そいつは笑いながら床に散らばった書類を拾い始めた。相手が何であれ、多分、勘だけどこの白骨死体は邪悪な存在ではないだろう、しかもこの原因はボクが作ったのだから、ここはこの白骨死体を手伝わなきゃいけないよね。人として。


 「すまないのう。お嬢ちゃん。そこのおチビちゃんたちも驚かしたようじゃし、そうじゃ、これも何かの縁じゃな。この廊下の先に喫茶店があっての。そこで何かご馳走させてくれんかのう」


 白骨死体の顔面には骨しかないのにも関わらず不思議なことにニコニコしているように見えた。


 「よく確認せずに飛び出したボクがいけないんです。ご迷惑をかけ、ごめんなさい」


 僕は誠心誠意に頭を下げた。相手が白骨死体であれ、やらかした事には謝罪するのが普通だ、多分ブッコワース家は違うと思うけど。


 「なーに、嬢ちゃんがぶつかって来なかったら、あのような眼福は味わえんかったからのう。見かけによらずなかなかきわどい趣味をしておるようじゃし、しかもボクっ娘…。良い、良いぞ。フハハ」


 白骨死体はあごの骨をカタカタと振るわせて笑い出した。こんなのに真夜中に遭遇したら絶対腰を抜かす、いや体内のダムが決壊してしまうかもしれない。決壊してしまうかもじゃなくて確実に決壊するね。これは断言できる。しかし、しっかりとボクの下着を目撃されていた。悪い奴じゃないけど生臭い奴だと認識することにする。白骨死体だけど。


 「おお、そこの嬢ちゃん…、ん? これは珍しい竜の子とは。今日は良い日じゃな。かわいい娘2人とかわいい竜の子に会えるとは。長生きはするもんじゃな」


 多分、貴方は死んでいるはず、でも、普通は白骨になったら動かないか。


 「おじいちゃん、ルメラが竜だって分かるの? ごん」


 ルメラが怯えることなく白骨死体に近寄って行くとあざといしぐさで首をかしげて尋ねた。そんなあざといポージングを誰が教えたのかな。


 「お、おじいちゃんとな? 一度はそう呼んでもらいたかった。つくづく長生きはするんもじゃな。なーにお嬢ちゃん角と尻尾を見れば竜だとすぐ分かるぞい。しかし、かわいいのう。思わずたぎってしまいそうになったぞ」


 この白骨死体、悶絶した途端、何気にトンデモないことを口走りやがった。どうやったらコイツを神の御許に送ることができるのかな、そんなことをふと思ってしまった。しかし、たぎるようなモノは存在しないと思うんだけど違うのかな。ボクも無いけど。それ以前に、死体だと思うんだけど。

 おじいちゃんと呼ばれて喜んでいるのを見ると、生前は………かわいそうだからこれ以上考えないことにした。


 「おじいちゃんは何でお話したり、動けるの? ごん」


 ルメラがド直球な質問を白骨死体にぶつけてくれた。これについてはボクも気になっていたところであり、思わず彼女に拍手を送りそうになった。


 「わしのことか、わしはな。アンデッドじゃ。つまり生きている死体じゃな。普通のアンデッドは死霊術死(ネクロマンサー)に操られる知性のかけらもない下等な連中じゃ。しかし、わしは違うぞ。自ら不死を求めこの姿になったのだ。つまり、リッチじゃ。お嬢ちゃんたち、リッチのライオネルおじいちゃんじゃ」


 リッチのライオネルおじいちゃんと名乗った白骨死体は久しぶりに孫娘にあった祖父のように目じりを下げっぱなし(のように見える)だった。そんな彼を観察しながらもボクは彼が取り散らかした書類を全部回収した。


 「ん? 」


 回収した書類をみるとデカデカと赤いスタンプで「禁呪」って押してある。これって一体、ひょっとしいて見ちゃいけないものだったかも。それに気づいた途端、ボクは手が震えてきた。書類がガサガサと音を立てている。目の前のリッチがゆっくり僕に手を差し出してきた。見ちゃいけない物を見たから始末されるんだ。でも、ジャグとルメラだけは守らないと。


 「お嬢ちゃん、ありがとうな。お礼にお茶とお菓子をご馳走させてくれんかのう。ここのパフェは美味でな。誰もが認める甘党のわしのお気に入りなんじゃよ」


 「ゑっ! 」


 リッチの予想外の言動に思わず声を出してしまった。彼はこの書類をボクが見たことを全然気にしていない、しかもお茶とお菓子をご馳走したいなんて、斜め上すぎる展開だ。


 「わー、ルメラも甘いの大好きごん」


 「おいらも、甘党のおじいちゃんのおすすめって楽しみだよ」


 ちびっ子ズはすでに白骨死体に篭絡されてしまった。と言うか、このリッチっていい人(と言って良いのか分からないけど)かもしれない。性癖は危険かもしれないけど。


 「ボクも。お言葉に甘えて。おじい様」


 毒キノコを食わば石突きまでだ。ボクは現在ボクができるあらん限りのあざとさを発揮して人(と言って良いのか分からないけど)の良さげなリッチに迫ってやった。


 「良い、良いぞ、ボクっ娘のおねだり。良い。良いぞぉ。返す返すも長生きはするんじゃ」


 多分、貴方は生きていないと思うんだ。だってさっき自分のことを死体だと言ったよね。この辺りはアンデッドとそんなに、と言うか全く付き合いのない(大概の人は彼らとの付き合いはないはず)ボクにはよくかわからない。



 「見よ、これがここの名物、激甘極盛りパフェじゃ」


 思わず、冗談だろ? と言いたくなるようなシロモノがボクたちの目の前に鎮座していた。例えるならそれは甘味できた巨大な山塊、幾万の敵兵に囲まれてもビクともしない甘味の要塞だった。そして、信じられないことに目の前の白骨死体が旨そうにそれを食っている。確かに咀嚼して嚥下しているのだけど、それが骨の間から漏れることもなく、甘ったるいお茶を飲んでも漏れることはなかった。恐るべしリッチのライオネルおじいちゃん。


 「さっき、書類に禁呪ってスタンプが押してありましたが、あれってボクらが目にしていいものじゃないんじゃないかなと、心配なんです」


 ボクはちょっとばかり心に刺さっている疑問についてライオネルおじいちゃんに尋ねてみた。もし、誰も目にしていけないモノだったら、このパフェが最後の晩餐となるのだろうけど。ちょっとこれは頂けない気がするけど、ルメラとジャグも巻き込みたくはない、彼女らだけは逃がそうと、肩にかけているシースナイフに手をやった。


 「あれはちょいと特殊な魔術でな、使うには大量の魔力となんだかんだの準備やら使用できる時期がシビアなんじゃよ。威力は絶大なんじゃが、そればかりに目が行っている考えが足りない連中が手にするとあっという間に準備するだけで破産するでのう。だから禁呪なんじゃ」


 禁呪の理由ってそんな事というか、財政に関わる事だから重要だと思うけど、ちょっと期待外れと言うか………。


 「禁呪って、おいらてっきり人の心を操ったり、魔物に変えたりできるモノかと思った」


 ジャグが禁呪に抱くイメージとボクの禁呪に抱くイメージは同じだ、と彼女の言葉で確信を持てた。


 「ああ、あの手の下品なヤツか。ありゃ、禁呪ではなく外法と言われておってのう。手を出したところで得るものが少ないんじゃ。人を魔物に変えてそれからどうする? 国のトップの心を操って国を乗っ取ったり、戦争を起こしたりしても、それからどうする? ってやつじゃな。何もかもぶっ潰したいにしてもマスターするまで時間がかかる。このライオネルおじいちゃんみたいにリッチにならん限りな。そしてな、ここまで生きると世界をどうのこうのとか、巨大な富とかはどうでもよいことになってしまうのじゃよ。そんなことよりかわいい女子とお茶をすることのほうが魅力的に思えてくるんじゃよ」


 なるほど、噂に聞くような魔術は簡単に手にすることはできないのか。禁呪ではなく外法があることも知ったし、いろいろと勉強になるな。人は年を取ると精神的にも枯れてくるんだ。いい事か悪い事かはわからないけど。継母様もリッチになれば伯爵家の跡継ぎなんてどうでもよくなるのかな。


 「この禁呪はどんな魔術なの? 」


 「ん? これか、これは「ユ・ルクナール」と「ガ・マンデ・キン」じゃな。人が死んだり、傷ついたりする魔術じゃない。しかし、確実に尊厳は破壊されるがな」


 何かベタな感じのするネーミングな気がする。でも、そんな物騒なモノとは無関係でいることが安全かつ安心に生活するコツなのだから、これ以上の詮索はダメだとボクの本能が警告を発してきた。


 「なんか、おっかないね。ロスタお姐ちゃん、これと関わらない方がいいよ」


 「人が手にするには危険すぎる、とルメラは思うごん」


 ボクもジャグとルメラの意見に賛同する。ネーミングからしてし不穏なモノしか感じないから。


 「嬢ちゃんたちの言う通りじゃ。こんなモノを手にしたがるのはバカか、変な妄想に憑りつかれたヤツか、バカで変な妄想に憑りつかれたヤツしかおらん」


 ライオネルおじいちゃんは禁呪のスタンプを押された書類をひらひらさせてため息をついた。骨なんだけど、なんとなくイラっとしているのが伝わってきた。


 「でも、そんな連中がいるんですね」


 「そんな連中は何故か金の払いは良いからのう。どこぞの貴族や大商人のバカ倅どもなんじゃろうな。どんな連中であっても正式な手続きと手数料を払えば手に入れらるぞ。バカにならん金額じゃがな」


 ライオネルおじいちゃんはため息をついて、肩をすくめて見せた。骸骨がどうやってため息をついているのか知りたかったけど、マナーに悖ると考えてやめておくことにした。


 「素敵なパフェとお話ありがとうございました」


 「おいしかった。ありがとう、またね」


 「とーってもおいしかったよ。ありがとう、ライオネルおじいちゃん。あ、ごん」


 「なーに、かわいい少女とこうやってテーブルを共にできるだけで身体全体が若返るからのう。こちらこそ礼を言わせてくれ」


 ボクたちはフレンドリーな白骨死体に礼を言うと彼もニコニコと(のように見える)しながら返してくれた。そして、ボクらはお腹を膨らませて待合スペースに戻った。



 「お嬢様、今までどこに行かれていたのですかにゃーっ」


 「心配で毛が全部抜けそうになりましたよーわん」


 コレットとシュマがボクに身体をこすりつけてきた。多分、自分たちのにおいをボクにつけて所有権が自分たちにあるということを言いたいのだろう。ボクには君らの所有物になったという自覚も事実も何もないからね。


 「禁呪を申請されている、紅き明日の夜明け団の代表の方、整理券を持って37番窓口までお越しください」


 ボクが猛獣に身体をこすりつけられているとき待合スペースにきれいな女性の声でアナウンスが流れた。禁呪がライオネルおじいちゃんが言っていたように手続きとそれなりのお金を払えば簡単に手に入れられると言う事実に改めて驚かされた。


 「散々待たせやがって、俺を誰だと思っているんだ、あいつらは」


 待合スペースに煌びやかなザ・貴族という身なりの若い小太りの青年が文句をブツブツ吐き散らしながら立ち上がるといかついお供を引き連れて呼ばれた窓口に肩で風を切って歩いて行った。あの調子で窓口の精霊の精霊のお姉さんに喰ってかかるとステゴロの精霊にきゅっと〆られる事を理解しているのだろうか。きっと理解していないだろうな。しかしそれ以前に、紅き明日の夜明け団ってネーミングはちょっと恥ずかしい感じがする。

 

 「お前らごときがこの僕を散々待たせるとは。この責任は取れるんだろうな。僕は優しいから、お前を専属の慰安用奴隷として引き取ってやる。さ、来いっ」


 あの貴族のぼんぼんはボクの予想通りのことをやってくれていた。受付のお姉さんも困って… 、いないぞ。


 「ここに禁呪「ユ・ルクナール」と「ガ・マンデ・キン」の写しがあります。再発行は受け付けませんので紛失されないようご注意ください」


 お姉さんはぼんぼんの言葉なんぞ耳に入っていないように、事務的に彼に応えていた。あんなのにいちいち真剣に相手していたらどれだけ魂がすり減るかわかったもんじゃないからね。


 「僕が優しくしてやったのに。その恩を仇で返すとは。成敗してやる」


 ボンボンがきらびやかな衣装の下に隠していたナイフを取り出した。…装飾がナイフの本体を覆い隠してしまっているモノでナイフと分類していいか難しいけど。多分、刃がついているからナイフなんだろうな。


 「総合神殿内での武器の使用は固く禁じられております。規則通りに行動してください。気に入らないならお帰り下さい。出口はあちらです」


 おねえさんがさっと手を動かすと、さっきのステゴロの精霊が音もなく現れた。


 「武器をおしまい下さい。これは最後通告です。通告に従われない場合は、実力を持って排除させて頂きます」


 ステゴロの精霊はぼんぼんたちに軽く会釈すると冷たく言い放った。ここで武器を振りかざすようなヤツは絶対に知的生命体じゃないね。


 「誰に向かって口をきいているんだっ」


 ヤツは知的生命体じゃなかったようだ。そして、誰もが予期したよう、ステゴロの精霊に一撃でキュッと〆られ、首根っこをつかまれてゴミくずのように運ばれていった。その時、あのボンボンがきれいな封筒に入れた状態にしてある禁呪を二つを手放していないことには少し感心した


 「あんな事するから、貴族って嫌がられるんだよ。でも、ロスタ姐ちゃんは違うから」


 ジャグが引きずられて行くぼんぼんを眺めながらぽそっと呟くと、ボクを見てニヤっと笑った。


 「ボクはもう貴族じゃないよ。今は駆け出しの傭兵のロスタだよ。…あんな所に帰りたいとは思わないよ。もし、帰ったら良くて一生座敷牢、普通に考えて始末されるだけだね。捕まったら確実にそうなるね」


 ブッコワース家の長たる父上はボクがどうなろうと興味はないだろう、それ以前に自分が治めるブッコワース領について同じだろう。でも、継母殿は義弟のダグに継がせたいから、後々トラブルの種となるボクを排除したいだろうからね。現にあの優男のシドレ・ブッコワースが父上に襲い掛かり怪我をさせたとか殺したとか根も葉もない噂をばらまいて、ブッコワース騎士団にボクを追わせているのだからね。


 「そうですよーわん。あんな所はお嬢様がいる所じゃないですよーわん。思い出すのも嫌ですよーわん」


 「あそこはお嬢様の実家ですが、どこよりも危険な場所ですにゃ。もし、帰ると言われるなら、このコレットが全力で阻止しますにゃ」


 シュマとコレットが真剣な表情でボクに迫ってきた。あの屋敷で使用人として生活していた彼女たちもボクの専属と言うことでお腹がはちきれるぐらい冷めたスープを飲まされてきたのだから、これは偽りのない感情なんだろう。


 「キ・アイ様への請願を申請されているお下劣海賊団と関係者の方は27番窓口までお越しください」


 ボクたちがあの忌々しい実家の不愉快な思い出を語り合っている中、唐突に待合スペースにアナウンスが流れた。


 「早く来るのでござる。この機会を逃すと貴殿らは2頭身のリアル着ぐるみみたいな姿で一生過ごすことになるのでござる」


 今何気に気持ち悪いの親玉であるエドモント・シヴィーが恐ろしいことを口走ったぞ。そう言えば僕らの等身はどんどん頭でっかちになってきている。その裡にモンスターか何かと間違われて討伐されてしまうかもしれない。これは、絶対に頂けない。


 「さ、行くよ」


 ボクは猛獣たちやちびっ子ズに声をかけると気持ち悪い連中がかたまっている窓口に向けて歩き出した。


 「お下劣海賊団とそのご一行の方たちですね。キ・アイ様への請願は5階の6号多目的神殿で行ってください。キ・アイ様はこれから3時間後に神殿に降臨されます。その間にご準備をお願いします。神殿内の備品は使っていただいて結構ですが、使用後はきちんと元の場所にお戻しください」


 受付の精霊のお姉さんが案内図を気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーに手渡していた。気持ち悪い連中と一緒にされるのはどうも気分が良くない。


 「皆、神殿に到着したらすぐに弁当とホイッスルを準備するのでござる。ご婦人方も儀式に参加してもらうのでござる。そうしないとこれから先ずっと2頭身でござるからな」


 「そ、それだけは絶対勘弁しておくれよ。儀式でも何でも出てやるからさ」


 「2頭身のエルフなんて化け物でしかありえないでしょ、るふ。それにこんな変な言葉をこれ以上口にするなんて耐えられないるふ」


 ボクも君らと全く同じ意見だ。こんな姿で一生を過ごせるほどボクは強くない。傭兵の女性もエルフの女性も儀式に参加することに関しては諦めているようだ。彼女らもそこまで強くないのだろう。



 「ここが6号多目的神殿なのでござるな」


 お下劣海賊団一行が案内されたのは広い廊下の両側に廊下に負けないぐらいの大きさで同じような装飾がされた扉がずらりと並んでいた。気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーはその中の一つの扉の前に立ち止まると声を張り上げた。しかし、これだけ扉がありながらそれぞれの個性を示しているのは扉の上に取り付けられている神殿の番号のプレートだけだった。荘厳さとか神秘性とかはどこかに置き忘れらているように見えた。


 「この装飾、材料は貴重な金属や宝石を使っているようですけど仕事が雑に見えますこん。大きな工房で流れ作業で作っているような感じがするこん」


 早速リナがこの扉の値踏みを始めた。しかし、この扉は軽くボクの3人分以上の高さがあり取り外すだけでかなりの人手と労力が必要になってくる。ましてやこれを運び出すとなるとどれだけの人手が必要になることやら。もし、リナがこの扉を盗み出そうとしているなら、彼女には多くの人手と労力を何とかできるアイディアがあることになるか、知性が残念なことになっているかのどちらかだろう。


 「人手や労力をかけても元手は回収できませんこん」


 どうやら諦めたようだ。彼女が後者でなくて良かった。


 「我々が呼んだら、お嬢様方は入ってきてほしいのでござる」


 列をなして神殿に入っていくお下劣海賊団を見送った後、ボクらはだだっ広い廊下に取り残された。


 「神様に会うってさ、地下深くの迷宮に潜って、凶悪なモンスターと戦い、様々な悪辣なトラップをかいくぐって会いに行くってのがデフォルトだと思うんだよね」


 傭兵の女性が大きな扉を見上げながらしみじみと呟いていた。確かに彼女の言う通りだ。偶然の成り行きとはいえ手続きして神と会うと言うのはなんとなく違和感があるんだよね。


 「準備ができたので、入るのでござる」


 気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーが扉を開け、ボクらを中に招いた。


 「これが神殿………」


 神殿の中はお下劣海賊団とボクらが全員大の字になって横たわっても十分に余裕があり、やろうとすれば中で徒競走もできるぐらいだった。入り口の正面になるあたりが一段高くなっていてやや装飾過多な演壇が準備されていた。多分、ここに神様がご降臨されるんだろうな。


 「キ・アイ様がご降臨されるまでまだ時間があるので、ご婦人方はそこでゆっくりしていてほしいのでござる」


 彼が案内してくれたのは神殿の隅っこにパテーションで囲った一角でその中には僕らの人員分の簡単な椅子とポットとカップとお茶菓子が載ったテーブルが準備されていた。


 「お茶とお菓子は神殿のサービス品でござるからお金心配は無用でござる。キ・アイ様の儀式の際に簡単といえど弁当を食べるので注意するでござるよ」


 気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーはそう言うとにっとちびっ子たちに微笑みかけた。気持ち悪い笑顔だけどね。今まで見ていて奴は悪辣なことは働いていない。誰も傷つけていない(無意味領域のおかげもあるけど)し、攫ったボクらに生物学的に不愉快な事をしていても不思議じゃないのに、攫った事は別としてヤツのボクらに接する態度は紳士的だった。多分いいヤツなんだろうな。多分、前の身体の時だったら親しくしていたかもしれない。でも、今は違う。ヤツは良い人なんだと理解しているがあの気持ち悪さが受け付けられないんだ。


 「女の子になったからかな」


 自分が随分と残酷になったような気がして、気づかないうちにポツリともらしていた。もしこれがボクが変化したことによるなら、これからも変わっていくのだろうか。


 「シュマ、あいつら無駄のない動きしているにゃ」


 「気持ち悪いけど、気持ちのいい仕事していますわん」


 気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーに命じられてきびきびと神殿の床を掃除するお下劣海賊団員を見ながらコレットとシュマが感心していた。


 「早くこの呪いを解いてほしいるふ」


 エルフの女性は手鏡を取り出して自分の姿を確認しながらため息をついていた。確かに2頭身のエルフってお店か何かの看板や壁に描かれているキャラクターにしか見えないから、美しいことで定評のあるエルフには耐えられないことなんだろう。


 「ご婦人方、準備ができたのござる。さ、こちらのクッションに座るのでござる。キ・アイ様がご降臨される」


 ルメラが舟を漕ぎだしたころ、やっと気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーがやってきてボクらを儀式の場所までに案内してくれた。僕らに示されたクッションは彼らのものよりふかふかできれいな模様の入った全体的にかわいい感じがするものだった。


 「いい人たちなんだよな。気持ち悪いけど」


 「紳士だこん。気持ち悪いけどこん」


 以前、人の心理を扱った書物で「人は完全に清潔な環境で飼育されたGKBRより、雑菌だらけの野良猫を撫でたがる」と言う一説があったが、まさしくボクが感じる違和感はそれなんだろうな。気持ち悪い姿になるというのは思ったよりヘヴィな呪いなんだろうな。



 「そろそろ、キ・アイ様がご降臨されるでござる。皆、立ってお出迎えるのでござる」


 クッションに座ってお下劣海賊団が動き回っているのを眺めていると、彼らの動きが止まり、気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーが声を上げた。ボクらはヤツの言う通りその場に立ち、頭を垂れた。


 「論文を書いていてつい遅刻しちゃったよ。ごめん、ごめん」


 いきなり入り口の扉が開いてぱたぱたとサンダルを思わせる靴音を響かせて何者かが神殿に入ってきた。


 「キ・アイ様、ご降臨」


 気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーが声を張り上げた。


 「論文の筆がはかどっていてね。ちゃっちゃっと終わらせよう。頭を上げていいよ。で、私に何の要件かな。書類には解呪と書いてあるけど」


 ボクらがその声に従って頭を上げると目の前の演壇に大きめの白衣を着た痩せてボサボサの髪のメガネの男が立っていた。彼は受付で気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーが書いた書類の写しを手にしながら首をかしげてボクら見回した。多分、彼がキ・アイ様なんだろう。


 「? 」


 ボクはキ・アイ様を見て思わず首を傾げそうになった。根性の神となると筋骨ムキムキのブッコワースの屋敷の中のあちこちに転がっているようなモノかと思ったけど、目の前にいるキ・アイさまはどう見ても生白く、肉体的労働にいそしんでいるようには見えない、そういえばさっき論文を執筆中って言ってたな。


 「もっと、ゴツイ神様だと思ってた」


 ふと、傭兵の女性が呟いてしまった。これ、絶対に神様への不敬だよね。神罰に巻き込まれないか不安になってきた。


 「大概の人がそういうよね。体を使う根性は鈍感だとできるんだよ。芽も出ないような基礎的な事をモノにするまで続けていく、貧困、馬鹿にされたり、時には異端だと迫害されたり、女の子に全くモテない中、幾度も挫折しながら続けていくことにこそ根性が必要なんだよ。分かるかい、体を鍛えるのと根性は違うんだよ」


 彼女の迂闊な発言がキ・アイ様の何かを刺激したようで彼は早口でまくしたて始められた。確かにブッコワース領の伯爵家に近い人たちは「体を鍛えよ」か「気合と根性で乗り切れ」しか言ってなかったな。それを口にしているのが文官の上級職だとか騎士団でそれなりに階級が高いのがブッコワースの伝統だけど。


 「も、申し訳ございません」


 傭兵の女性はその場で土下座した。神様に対する態度としては間違っていない。


 「何か罰をお与えください。腕立て伏せですか、腹筋ですか、それともスクワットでしょうか」


 彼女の目がボールを咥えて飼い主に「遊んで、遊んで」とおねだりしている犬のように見えた。これは神様への態度としては贔屓目に見ても間違っている。しかも神罰のチョイスが完全にブッコワースの精神に毒されている。しかも、彼女からするとそれは罰ではなくご褒美みたいなモノだけど。


 「あー、もう、神経細胞が筋細胞に置き換わっているヤツは面倒だな。神罰は下さない、そこで黙って皆と動きを合わせておいて」


 キ・アイ様は面倒くさそうに言うと気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーをじっと見つめられた。


 「以前、ここに来たよね」


 「あの時は無礼極まりない事をしでかしてしまい。申し訳ありません。ですが、ここにあの騒ぎの張本人ベンジャミン・スミスも連れてきております」


 キ・アイ様の質問に対し気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーはたどたどしく答えた。いつもの「ござる」を口にしていないから調子が出ないのかな。


 「ああ、あの時ね。儀式がぐちゃぐちゃになった時だね。あれのおかげで研究が滞ったんだよ」


 キ・アイ様は気持ち悪いの親玉のエドモント・シヴィーの言葉を聞いて眉をしかめられた。きっと酷いやらかしだったんだろうな。


 「君らには随分と楽しい思いをさせてもらったよ。どうせ時間に追われていることもないだろう。その形からすると勤め人には見えないからね。さ、あの時のおさらいと行こうか。それによって解呪のための試練を決めよう。さ、楽に座って」


 キ・アイ様はそう言うとボクらに座るように促され、意味深な笑みを浮かべられた。


 「特に、ベンジャミン・スミス君には聞きたいことが山ほどあるからね」


 「お、俺は知らない。あんな事をしことなんて全然覚えていないっ」


 ベンジャミン・スミスはミノムシのように縛り上げられながらも喚き声をあげた。なんとなく、今回の騒動の原因がコイツにあるような気がしてきた。

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