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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第36話 「実力を持って排除させて頂きます」

 「ここは、関係者立ち入り禁止島なのか」


 船長は虚ろな目で辺りを見回しながら気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーに答えた。


 「ベンジャミン・スミス氏がやらかして、我々が呪われた禁断の島でござる。神の導きか、ここにあの時の人から物がすべて揃っているのござる。今日こそ、あの時の借りを清算するのでござる」


 気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーはベンジャミン・スミス氏に噛みつくぐらい顔を使づけて吠えていた。


 「複雑な経緯があるみたいですね」


 リナがそっとボクに耳打ちしてきた。誰が見ても彼らの関係が単純なモノじゃないのは確かだ。


 「恋愛関係にあるとややこしいですよー」


 シュマがワクワク感を隠しもせずに浮かべながらボクをつついてきた。シュマに言っておくが男だった時からこの手の趣味をボクは持ち合わせていない。今でも、多分恋愛の対象となるのは少なくとも男じゃないはず。多分。


 「船長は良いんだけど、相手が気持ち悪いだから絵的にダメです」


 コレットは何かの評論家みたいに彼らのやり取りを腕組みしてじっと見つめている。噂では聞いたことあるけど、女性たちの間で少しばかり特異な恋愛分野が人気があるらしいけど、これがそうなんだ。多分。


 「さ、ベンジャミン・スミス氏、貴殿がやらかしてくれた現場、儀式の神殿に向かうでござる。何も心配する必要はないのでござる。ホイッスルと弁当は準備しているのでござるからな」


 荒縄でぐるぐる巻きにされたベンジャミン・スミス氏の背中を叩きながら気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーが楽しそうな声を上げた。


 「この無意味領域も無くなるのですにゃん」


 コレットが嬉しそうにしている気持ち悪い海賊たちを眺めながらぽつりと呟いた。ん、彼女の言葉に何か違和感があるように感じた。


 「物理的な危機を回避することは出来なくなるので注意が必要ですわん」


 シュマがはしゃいでいる海賊たちを眺めながらも少し心配そうな声を上げた。ん、彼女も言葉に何か違和感があるぞ。この違和感は何だろう。


 「2人とも何を今更、キャラ付けしようしているのこん。語尾ににゃんとかわんなんてベタ過ぎるこん」


 リナも言葉が何かおかしいが、彼女の言っていることは彼女自身も含めてボクの感じた違和感を具体的表現していた。


 「ロスタ姐ちゃん、姿がおかしいよ」


 ジャグが泣きそうな顔になってボクに飛びついてきた。姿がおかしい? 周りを見ると皆頭が大きくなっいるように感じる。と言うか頭身が低くなっている。2頭身とまではいかないまでも、皆4頭身ぐらになっている。


 「これも呪いの影響なのかなごん」


 ルメラが口に手を当てて恐怖の色を滲ませながら呟いた。その前に、語尾の「ごん」って、ドラゴンだからなのか、そうすると随分とベタ、と言うか雑な呪いである。それ以前にルメラの竜としての矜持に差しさわりがないのだろうか。


 「もうすぐ呪いは解かれるはずだから、心配はいらないと思うよ」


 自分に言い聞かせるようにジャグに言うと彼女の頭をそっと撫でた。


 「ちょっとー、これはどういうことなのよー」


 エルフの女性が気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーに一定の距離を取りながら喰ってかかっていた。


 「我らの受けた呪いが強くなってきているのでござる。直接呪われておらずともこの島にいる事実がその影響を強くしているのでござる」


 「ひょっとしたら、私らもアンタたちみたいな姿になるってのかい」


 傭兵の女性が気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーに詰め寄って行った。


 「呪いが解ければ心配ござらぬよ。我らも元のイケメンに戻るのでござる。全てはベンジャミン・スミス氏にかかっているのでござるよ」


 「………名前を呼ぶな………」


 船長は熱にうなされているように力なく声を出したけど、海賊たちはまったく気にしていないようだった。


 「ホイッスルと弁当がどう関係するんだろう? 」


 「その手の書物に時折記述はありますが、詳しい事は全く記載されていませんでしたにゃ」


 ホイッスルと弁当に関しては気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーと船長が最も詳しいと言う訳か、ま、当事者だからね。


 「当事者に効くのが一番ごん」


 ルメラは僕たちに告げるとさっと気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーの元に走って行った。流石、竜だ、あんな気持ち悪いのに水から近づくなんて、ボクにはちょっと無理だ。



 「ねぇ気持ち悪い人間、さっきからホイッスルと弁当って言っているけど、どういうことごん? 」


 ルメラは小首を傾げ見上げるようにしながら気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーに尋ねていた。少し肌の色が濃くてエキゾチックな美幼女に話しかけられたら、男としては何としても彼女の望みを兼ねえてあげたいって庇護欲みたいなのが湧いてくるから、普通の人間、呪われた人間関係なく彼女の思惑通りになるのは火を見るよりも明らかだ。


 「ルメラちゃんで良かったでござるな。ホイッスルと弁当は強力な加護を得るために必要なアイテムでござる。ホイッスルを正しく吹き、それに合わせて弁当を食べるのでござる。ただ、食べるのではござらぬよ、ホイッスルの合図に合わせて決めらた物から口にしていくでござるよ」


 気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーは腰をかがめてルメラと視線を合わせて笑顔で(当然気持ち悪い笑顔だ)彼女の問いかけに丁寧に答えてくれた。


 「かご? あ、ごん」


 ルメラよ、ごんって意識して付けているのかな? ま、細かい事みたいだから気にしないでおくことにする。


 「拙者たちがウケようとした加護は、頑丈と根性の神、キ・アイ様から頂く絶対浮沈の加護だったのでござる。あの、女体の神秘号は元の名は白い砂浜号だったのでござる。海軍の最新かつ最強の艦になるはずだったのでござる」


 成程、彼らは元軍人だったのか、で、あのふざけた艦もれっきとした軍艦だったと言う事か。しかし、頑丈と根性の神、キ・アイって初めて聞く名前だ。


 「キ・アイ様は、物造りする人たちや船乗りの人たちの間で信仰されている神様ですこん。我らが商人の神、ナー様と並ぶ専門化された概ね108柱の神様の1柱ですこん」


 確かにボクらの住んでいるハボクック王国は多神教だからすべての神様を把握するなんて難しい事なんだけど、概ね108柱って表現は少し頂けないと思った。ひょっとすると靴擦れの神様とか夜間頻尿の神様とかいるのかもしれない。


 「そう言えば、遠い親戚でさかむけの神様を信仰していた人がいましたわん」


 「随分とニッチな神様な気がする。信仰すればさかむけになりにくくなるとかかな」


 さかむけの神様って信仰すればどんなご利益があるんだろうか、まさかボクが想像しているようなご利益なんてことはないよね。


 「こちらが指定した人物にさかむけを起こすことができますわん」


 「さかむけって水仕事とか香辛料を多用する料理の時こまるのですにゃん」


 「随分と怖い神様な気がする」


 何それ、それってご利益と言うより呪いだ。絶対にそうだ、その神様って絶対に禍神に違いないと思うけど。


 「お嬢様の言うとおりですわん。お祀りを間違えると一生治らないさかむけができるそうですわん」


 何とても嫌で怖すぎる。まさか、そんな神様がこの先にいるなんてことないよね。普通に考えたらあるわけない、そう思いたい。


 「この関係者立ち入り禁止島はこの世界のあるゆる加護を授かることができる、複合神殿施設なのでござるよ。間違って知らない神様の神殿に入るとマイナスの加護がつくこともあるから要注意でござる」


 しれっと気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーがトンデモない事を口走った。複合神殿施設ってなんだよそれ。神様がそれぞれショップを出しているモールみたいなものなのか。


 「皆さん、この砂浜で日光浴しようが、ここから逃げ出そうが勝手でござるが、拙者たちと言葉を交わし共に行動していれば十分に呪われているのでござるよ。呪いを説くには拙者たちに付いて来と貰う必要がござる」


 気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーがボクらを見回して真剣な表情で言い放った。


 「これは最後まで行くしかないこん」


 リナがため息交じりに呟いた。誰も、こんな連中とアヤシイ所に行きたいわけがないが、現在進行形の呪いが行きつくところまで行きついてしまえば、ボクらもあの気持ち悪い連中と一緒になってしまう。これだけは絶対に避けたい。つまり、ボクらの行動は一択になった。



 「無人島にしては随分と手入れされた道だこん」


 ボクたちはこんな楽園風南の島に似つかわしくない立派な石畳を気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーを先頭に誰に命じられたわけでもなく隊伍を組んで歩いていた。


 「立派な石畳だし、あの道の両側にある馬とも鹿とも言えそうな石像は何かな? 」


 ボクは道の両端に等間隔で突っ立っている妙な動物を眺めながら、この中では一番博識そうなリナに尋ねてみた。


 「多分、馬とも鹿とも言えそうな石像だこん」


 コイツ、知ったようなすました顔でいい加減な事を言いやがった。そうだ、コイツは基本的にこんなヤツだったんだよな。と、思った物の少しドヤ顔しているリナには黙っておいた。


 「アレは、とっても貴重で硬いな神石という意思で作られた馬とも鹿とも言えそうな神獣の石像でござるよ。あれ一体で普通の一家が3年は働かずに暮らせるぐらいの値段がするのでござるが、とてつもなく重いので持って帰ることはあきらめた方が良いでござるよ」


 ボク他の会話を耳にした気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーが親切にボクの疑問に答えてくれた。と言う事は、リナの言ったことは正しかったのか。「出まかせを言ったね」と口に出さなくて良かった。ボクは少し焦ったけど、顔には出さなようにした。


 「綺麗な石だから適当に分割して素材として売ればいいかもにゃん」


 「王都でお家を買う事もゆめじゃなくなるかもわん」


 ボクの侍女たちが獲れていない獲物の料理の仕方を論じだした。素材として回収してもいいけど、アレは腐っても神獣の像、絶対に嫌な罰が当たるか呪われるはずだ。


 「君たち、罰当たりな事は口にしない方が良いよ。もし、神様が聞いていれば逆にボクらが何かの素材にされるかもしれないよ」


 ボクははしゃぐ二匹にそっと釘を刺しておいた。


 「神様関係の品に不正に手を付けるとロクな目に合わないこん。実際それで人生が狂ったり、終わったり、来るって終わったのが数え切れないぐらいいるこん」


 リナ、それは君の実体験による言葉じゃないよね。神様は案外根に持つそうだから


 「そこの商人が言うとおりでござる。ここは既に神域、滅多な事を口にしたり、行動したりすると髪の怒りを買う事になる。様々な禍をよびこむ体質になったり、神に物理的に痛めつけられることもあるから要注意でござる。軽はずみな行動は命に係わるでござるよ」


 気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーが気持ち悪い真剣な表情でボクたちに警告してきた。イケメンをこんな気持ち悪い姿に変え、どんな物理攻撃も無意味にしてしまう呪いがかけられた場所なんだから、注意をしすぎる事はないだろう。



 「この神殿って島より大きいんじゃないかな」


 ボクたちは見上げても最上階が霞み、両端も見つくせない巨大な建物の前に佇み、あまりにもの巨大さにジャグがポツリと漏らした以外はボクたちは皆無言だった。


 「目の前にあるのが複合神殿施設、総合神殿なのでござる。やっと来られた………」


 気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーは真剣な眼差しで、総合神殿を睨みつけていた。


 「一体、誰が作ったんだこんな巨大なモノを」


 ボクはその総合神殿の大きさとその荘厳な白亜の建物に圧倒され、口にできたのこの言葉だけだった。


 「どれだけお金がかかったのかしらこん」


 「お掃除大変そうだわん」


 「維持費とか大変そうだにゃん」


 猛獣たちは非常に現実的な事が良く分かった。しかし、ボクは違う、ボクは浪漫が分かる男なのだ。だからこそ、この巨大でありながら荘厳さと繊細さを醸し出している今まで見たことがない建物なんて、浪漫の塊と受け取っていた。こんなすごいモノを人が造れる訳がない、きっとこれを造ったのは神様なのだろう。そう言う事にしておこう。


 「この神殿の中にこの神殿についてのパンフレットとガイド付きのツアーがあるのでござるが、ツアーに関しては予約制なので日を改めてもらいたいのでござる」


 来ることすら難しいこの島の施設に事前の予約をどうやって入れて、予約とおりに来ることができるのか、確認したいところだけど、これ以上の深入りは危険だとボクの内なるガイアが騒いでいるのでスルーすることにした。


 「滅多に来ることができないように言っているのに、それなりに人がいるごん」


 海賊たちの後について神殿の中に入ると、混んではいないもののそれなりに人らしき姿をしたモノたちが受付と表示され窓口の当たりに群がっていた。


 「君たちはそこの待合スペースで寛いで待っているのでござる。さ、行くでござるよ、ベンジャミン・スミス氏」


 気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーはミノムシ状態の船長を引きずるようにして空いている窓口に向かっていった。


 「あの窓口の女性、人じゃないるふ」


 エルフの女性が受付窓口の女性を凝視しながら呟いた。るふ? エルフたがらるふなのか。それでいいのか長寿生命体。


 「結構雑な呪いだごん」


 「捻りがないにゃん」


 「随分適当だわん」


 エルフの女性の言葉に突っ込むところはそこか、ボクもそうだったから何も言えないけど。あの受付嬢、確かに美人だけど何となく人と違う雰囲気がある事に気付いた。


 「ロスタ姐ちゃん、あのおねーさんたち、このパンフレットによると「総合神殿の受付スタッフは全て精霊です」ってことらしいよ。どれぐらいお手当貰ってるのかな」


 ジャグがカラー印刷された綺麗なパンフレットをボクに見せてくれた。綺麗な紙に総天然色、多色刷りで印刷されている。これ1枚でもいい感じのお金がかかっていると見た。パンフレットの製作費より精霊ってなんだ?


 「あの人たちが精霊だって。人にしか見えないけど、精霊って何なの? 」


 「この世界の自然現象含む森羅万象の現象がが人格を持ち具現化したものが精霊よるふ」


 頭身がおかしくなってきたエルフの女性が羨望が入り混じった視線で彼女らを見つめながらため息を一つついた。


 「自然現象が人格を持つって? そんなことがあるのか? 」


 「にわか雨、陽射しとか、それぞれ人格持つ精霊がいるるふ。エルフは精霊が人と交わってできたという人がいるけど、私たちは最初からこういう種だから、そこは間違えないように。あ、るふ」


 ボクが思わす口走った言葉にエルフの女性がが簡単に説明してくれた。ついでにその語尾のるふもどうやら無理をして付けているんだろうな。そこまで無理する必要があるのかな、それを強いるのが呪いなのかもしれない。


 「本来、精霊ってなかなか姿を見せないものだごん。何か弱味を握られて無理やり働かせられているかもしれないごん」


 ルメラが不思議そうに受付のおねーさんたちを見ながらボクに訴えてきた。ルメラが彼女らのことを心配しているが、仮に彼女の言うとおりだったとして精霊の弱味って何だなのだろうと、そっちの方が気になってしまった。


 「お嬢さんたち、精霊のことについてあまり知らないみたいね」


 待合スペースで待ちぼうけを喰らっているボクらにサービスのお茶を出してくれている質素な感じだけど綺麗なおねーさんがにこやかに話しかけてきた。


 「精霊には絶対的なヒエラルキーがあるんですよ。地水火風の精霊は精霊界の頂点です。その下に雨や火山、森なんかの大自然の精霊、そして何だかんだの精霊が居て、私はにわか雨のでできた水たまりの精霊なんですよ」


 「で、あたいがゲリラ豪雨でできた水たまりの精霊なんよ。これはサービスの総合神殿クッキーね。あそこの売店で売っているからお土産に買っていってねー」


 ちょっとケバ目だけと綺麗なおねーさんがにこやかに総合神殿の正面出入り口がプリントされたクッキーを配ってくれた。精霊って随分細分化されていることが良く分かった。しかも、細分化されるほどヒエラルキーが下がって行くというのは何となく分かるような気がするけど、残酷な感じもした。


 「わたしらヒエラルキー下位の精霊はね、ここで雑用とかで雇ってもらって生活している訳よ。こんな場所だから人みたいな生き物が働いていたら説得力ないでしょ。だからわたしらが雇われているってこと」


 精霊の世界ってもっとファンタジーなモノだと思っていたけど、世知辛い世界なんだと知ることができた。


 「弱みを握られていなくて良かったごん」


 「どんな存在も必要とされる所があるんだね」


 ルメラとジャグはおねーさんたちが不当に扱われていない事に安堵しているようだが、ボクたちは未だに現在進行形で呪いに蝕まれている、シュマ、コレット、リナから人らしさが失われ犬、猫、狐に近くなってきている。現にコレットは毛づくろいをはじめているし、シュマはあちこちの臭いを嗅いで回っているし、リナは獲物になる小動物を探している。


 「完全に動物になっているぞっ。理性は何処にやった」


 ボクは彼女らに厳しめに喝を入れた。この状態で理性を無くされたらボクたちの解呪も旨く行かなくなるだろう。あの猛獣たちは禁止されている事項は悉くやらかす本能を持っているから。


 「あ、申し訳ありませんわん」


 「意識していないとは言え、恥ずかしい限りですにゃん」


 「本能の赴くままに生きるのも良いものですよこん」


 シュマとコレットはボクの懸念を理解してくれたけど、リナ、コイツは全く理解していない。


 「お嬢様は常識だとか、男であることに縛られすぎだこん。時には理性をかなぐり捨てて本能のままに動くことも必要ですよ。ほらここに素敵な雌がいるっぎゃっ」


 ボクが男に拘る大きな理由を作ってくれたヤツが何をぬかすのか、カチンと来た時、シュマとコレットが同時にリナの顔面にボクが手を下すより早く拳をめり込ませていた。


 「お嬢様と番になるのは私だわん」


 「お嬢様の番は私こそ相応しいにゃん」


 白黒の二匹が互いに威嚇しあい始めた。やっぱり君らも獣になりつつあるぞ。呪いの影響がこれほどとは、改めてその恐ろしさが身に染みた。


 「2人とも呪いの影響を口実にロスタにちょっかいかけているごん。ルメラはそんな影響受けてないごん」


 確かに竜人とかではなく、竜そのもののルメラが言葉に()()がつくだけの影響しか受けていない、ボクは彼女の言葉で冷静さを取り戻し、猛獣たちを凝視した。


 「え、にゃー、猫だからよく分からないにゃ」


 「何のことなのか分からないわん」


 ボクの言葉に2人はお預けを喰らった犬、おもちゃを取り上げられた猫みたいな表情を浮かべた。そして、じわっと涙目になって黙ったままその濡れた瞳でボクを凝視しだした。


 「愛玩動物ならではの姑息なやり方ですこん。野生の気高さが失われますこん」


 野生ではとても生きて行けそうにない狐が謎の上から目線で2匹を眺めながらニヤッと笑みを浮かべていた。


 「ロスタ様ぁ」


 リナはそう言うとゴロンと仰向けになって転がった。これは、絶対服従の姿勢じゃないか。

  

 「誇り高い野生がゴロンをすることに意味があるこん」


 コイツもあの2匹と同じだ。野生だとか言っているくせにやることは愛玩動物と同じなんだから。


 「リナ、そう言う事は良いから、ここは神殿だぞ。静かにしなきゃ、罰を当てられても文句は言えないぞ。ジャグとルメラを見てみろ、大人しくここのパンフレットを読んで、後学のために成るようにしているぞ」


 ボクは 「これで君も総合神殿博士になれるぞ。総合神殿大百科」 を頭を突き合わせるようにして読んでいるジャグとルメラを猛獣どもに指示した。さっきのパンフレットと言い、この総合神殿大百科と言い、この神殿随分と広報に力を入れているような気がする。


 「この受付嬢になるための地獄の試練って怖いね」


 「ルメラは絶対に拒否するごん」


 「採用試験が地獄の試練って事ね。………活火山の火口の溶岩に飛び込む、隕石を身体全体で受け止める、千メートル級の海溝の底まで素潜りって、普通の人を採用する気がないよねこれって」


 「あ、それって随分盛っているから、火山に関係する精霊なら溶岩なんてお風呂のお湯と大して変わらないし、大地に関係する精霊なら隕石ぐらい何とかできるし、海関係なら水深なんて意味ないし。それより、お局様やらハラスメント上司、モンスター信者の方がキツイよ。知り合いに精霊がいたならその辺りの事を良く考えて採用試験を受けるように言ってあげてね」


 ボクが総合神殿の採用基準について驚いているとさっきのゲリラ豪雨でできた水たまりの精霊がボクたちが食べた後のクッキーの包装紙を回収すると、どこか諦めたような表情になった。


 「残業も馬鹿にならないのよ。こうやって接客した後は、このパンフレットの補充、印刷所への増刷の発注、備品の修理に清掃と結構仕事が多いのよ。でも、あの受付の仕事は書類仕事が半端ないから残業、休日出勤当たり前って所だからね。これぐらいの試練に耐えられる体力がないとダメになってしまうのよ。お給金もあの人たちからしたら少ないからね、と言ってあの人たちが高給取りってわけでもないけど」


 にわか雨でできた水たまりの精霊が疲れ切った笑みを見せてくれた。どの世界も結構世知辛いんだな。


 「何かい同じことを書かせるんだっ」


 ボクが彼女に労いの言葉をかけようかと思った時、受付におっさんの怒号が響いた。ルメラとジャグは一瞬ピクリと身体を縮こまらせ、シュマとリナはボクの横にさっと身を置き警戒の姿勢を取った。リナはゴロンしたままだった。それでいいのか野生生物。


 「あの手のお客結構いるんだよねー」


 ゲリラ豪雨でできた水たまりの精霊はゴロンしたままリナや牙を剥いている猛獣たちを脇目にため息交じりに呟いた。


 「確かにね、必要となる書類も多いから。確かここに来た人やら団体の名称や人数、ここでの目的、住民票、各種保険の状況、源泉徴収票、後履歴書も必要だったかな」


 「それとさ、申請理由とか魔法ならその使用目的とか、神様の契約だったらその契約によってもたらせる事業計画書とか必要だもんね」


 ゲリラ豪雨でできた水たまりの精霊がため息交じりに言うと、にわか雨でできた水たまりの精霊とゲリラ豪雨でできた水たまりの精霊が必要な書類などを指折り数えだした。


 「貴女たち、そんなに警戒する必要ないわよ。あの手の輩はね、良ーく見ててね」


 にわか雨でできた水たまりの精霊が怒号を発して受付嬢に食ってかかる黒ずくめのおっさんの一団を指さした。


 「お客様、何かご不満な事がありましたか? 」


 おっさんたちに筋肉ではち切れそうなパツンパツンの黒いスーツを着込んだ身長は軽く猛獣2匹分はある大男が丁寧に話しかけている所だった。


 「ああ、大ありだよ。何回住所を書かせりゃいいんだよ。お前が俺たちの代わりに書けよ。俺達は忙しいんだよ。早くしろっ」


 おっさんの1人は相手が1人なのを良い事に食ってかかった。おっさんの仲間たちもその大男を取り囲むようにして怒気を発しだした。


 「規則通りに行動してください。気に入らないならお帰り下さい。出口はあちらです」


 大男は表情一つ動かさず出口を指さした。しかし、おっさんたちはさらに激昂した。


 「それが客に対してとる態度がっ」


 「コイツで接客ってもんを教えてやるよ」


 おっさんたちは懐から刃物やら鈍器を取り出して大男を威嚇しだした。


 「敵対行動と見なします。実力を持って排除させて頂きます」


 大男はおっさんたちに軽く一礼して、おっさんたちを睨みつけるとその場から急に消え、いきなり囲んでいたおっさんたちの輪の外に出ていた。その後、鈍い衝撃音が響くと同時におっさんたちはその場に何とか原形を保ちながら倒れた。


 「警備のステゴロの精霊、あの人に歯向かったら大概の人間は瞬殺よ。剣豪とか二つ名のある人ならちょっと持って秒殺かな。あー、また散らばった血とか部品を掃除しなきゃ」


 「迷惑なんだよね」


 ゲリラ豪雨でできた水たまりの精霊とにわか雨でできた水たまりの精霊はため息をつきながら、足取りも重く清掃道具を取りに行った。


 「皆、絶対ここでは大人しくしているんだよ。あの動き見えなかったし、あれだけ部品をばらまかしているのにあの人全然返り血を浴びてないんだから」


 ボクが小声で2匹の猛獣やちびった子たちに注意を促すと彼女らは黙ったまましきりに頷いていた。そして、リナはゴロンしながら鼾を嗅ぎ足していた。度胸があるのか無神経なのか、多分後者だと思う。


 「この調子だと暫くかかりそうだな」


 受付の近くの記帳台で大量の書類に何だかんだと書き込んでいる気持ち悪いの親玉エドモント・シヴィーを見ながらボクは呟いた。



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