第30話 「人とは臭いモノなんだ」
「よぉ、お客人はこちらに。誰かの目を気にする必要はないぞ。ここに居る連中はエイラーやドゥカーティにムカついているヤツか、奴らにヒドイ目にあって欲しいと心底願っているヤツか、その両方のヤツしかいないからな」
夕暮れの暗がりに荷物に身を隠すようにして船から降りたボクたちに沖仲仕の親分らしいごっつくて傷だらけの大男がにこやかに話しかけてきた。
それにしても、ここの二大巨頭、どこまでも人望が無いんだな、ブッコワース家も多分、否、絶対にこいつらと同じだろう。………もう関係ないけど。
「嬢ちゃんたちはこの荷物と一緒に領主の館に入る予定だろ。倉庫中は埃っぽいが飯は準備しておいた。腹が減ったら暴れることは出来んからな。こっちとしては出来るだけ派手に暴れてもらいたいってのもある」
親分はガハハと豪快に笑うと、子分たちに指示を出して波止場に積まれているボクが余裕で寝たり起きたりできるぐらいの木箱を領主の館に向けて運び出した。
「魔法なのでしょうか? 」
リナがボクにそっと話しかけてきた。確かに巨大な木箱を両肩に担いでさっさと歩くヤツなんて常識としてあり得ない。
「嬢ちゃん、これは魔法でも何でもないぞ。ブッコワース様が常日頃、仰られている ”体を鍛えよ” を実践しているだけだぜ」
親分は夕闇の中でも輝く白い歯を見せてニヤッとわらった。しかし、これだけのガタイを持ちながらも牙を剥けさせないドゥカーティの私兵とは余程の腕利きなんだろうな。ここは、注意をしないと。
「今日も運搬、お疲れさまです」
領主の館に入る時、門番の騎士がにこやかにボクたちに挨拶をしてきた。
「見られました。始末しますか」
コレットが爪を出しながらそっと聞いて来た。
「嬢ちゃん、早まるなっ」
親分がコレットと門番の間に割って入った。あの木箱を両肩に担いだまま。
「嬢ちゃん、そのおっかねぇ爪はしまってくれ。俺たちゃ、ここで門番しているが、エイラーの手下の騎士なんて、アイツにムカついているヤツか、アイツにヒドイ目にあって欲しいと心底願っているヤツか、その両方のヤツしかいないんだぜ」
門番は良い事言っただろうみたいな感じでサムズアップしてウィンクしてきやがった。気持ち悪い………。
それにしても、エイラーって人望が無いんだ。なんだか、ちょっと同情してしまった。
「作戦だと、このまま倉庫で深夜まで待機して、そっと人質を解放するんだよね」
「おう、そう聞いているぞ」
「俺たちが見回りを疎かにするから、その時を狙うんだぜ。ちゃんと合図はするからよ」
ボクの言葉に親分と門番は任せろとばかりに分厚い胸板を叩いた。
何か、おかしい。事が上手くいきすぎている。何かの罠なのか。港に降りた時からずっと何かの違和感を感じていたけど、
「おじさんたち、そんなに力があるのに、どうして戦わないの? 」
ジャグが親分に不思議そうな表情で尋ねた。確かに、ずっと今まで感じていた違和感はこれだったんだ。
「ひょっとすると家族が人質になっているかもしれないよ」
ルメラがジャグの袖をそっと引っ張った。
「俺らが何故、反旗を翻さないか? って」
親分はジャグの言葉に笑い声を上げた。
「こいつら、やっぱり」
「お嬢様、作戦は変わりますが、このまま突入を」
コレットとシュマが剣に手をかけ牙を剥いた。シュマに至ってはいつもの間延びした口調ではない。
「ジャグ、ルメラ、あたしから離れないように」
リナがカバンから怪しげな呪符を取り出し、幼い2人を背にかくまった。
「こうなったら、やるだけやる。あの世で会ったら、その時はよろしくな」
ボクがニヤッと笑いながら皆を見回した。
「おい、慌てるなって。俺達は少なくなとも嬢ちゃんたちの敵じゃないって」
親分はひきつった笑みを浮かべていた。
「反旗を翻したら謀反人じゃないか。例え上が酷くても俺たちが謀反人になる。そうすると再就職どころか凶状持ちになるだろ? 」
親分は自分たちが実働しない事の理由というか言い訳を尤もらしく説明してくれた。
「謀反人にならなくても、この領の責任者になっちまうじゃないか。そうなると、ゆっくり酒も飲めないし、慣れない社交なんてものもやらなきゃならない。だから、その辺り後腐れのない人に実行してもらいたいんだよな」
つまり、自分たちは美味しいとこだけ持って行きたいって腹積もりなんだ。これは、分かる気もするが、何となく納得いかない。
「騎士団に相談しなかっのですか? 彼らならその役を担うに足りる存在だと思いますが」
「あの知恵袋の嬢ちゃんが人質になったもんだからよ。あいつら泣きながら筋トレしかしなくてよ。話ができないんだ」
ブッコワース騎士団ならあり得る話だ。基本的に連中に話は通じない、最近のガドたちが異例中の異例だっただけなんだ。
「お嬢、手っ取り早く、ここはレーペさんを救出して、面倒くさいことは騎士団にやってもらえばいいじゃないですか」
リナがため息交じりに、これ以上面倒くさいことに関わるなと囁いてくれた。
「何か釈然としないけど、君らを信じることにする」
「それが一番だ。じゃ、倉庫に案内するぜ」
何とも言えないモヤモヤ感を残したまま、ボクたちは親分について館の倉庫に向かう事にした。
「お嬢様方、お待ちしておりました」
倉庫に入るとビシッとスーツを着たザ・家令という感じのロマンスグレイの紳士が背後にメイドを従え、恭しくボクたちを迎えてくれた。
「やっぱり、罠か」
ボクの言葉にシュマとコレットがさっと剣に手をかけて身構えた。
何もかも不自然にうまくいきすぎるはずだ。目の前のザ・家令は気持ち悪いほど余裕を物価増してくれているし、口元には妙な笑みすら浮かべている。この状況からボクたちが罠にかかったと充分に判断できる。
「お、お嬢様方、ご、誤解です。剣をお納めください」
ザ・家令がいきなり慌てだした。彼の背後のメイドたちは表情を強張らせて立ちすくんだ。
あれ、何かおかしい感じがする気がするような………。
「メイドさんたち、ご馳走を準備してくれているよ」
ジャグがボクの袖を引っ張りながら落ち着いた声で指摘してくれた。うん、完全に早とちりしたようだ。うん、ここは素直にゴメンナサイだ。
「申し訳ありませんっ。早とちりでした。シュマ、コレット爪と牙を納めよ」
ボクが命じると猛獣たちは剣を納め、さっとボクの後ろに控えた。
「いえいえ、無理を申し上げているのはこちらです。誤解が解けたのは何よりです。それより、エイラー様がお休みになるまでの間、ここでしばらくお休みください」
ザ・家令はニコニコしながらメイドたちに配膳を命じた。倉庫の中にぱーっと花が咲いたような気分になった。
「お嬢様、夢にまで見たお魚がーっ」
コレットが涙やら涎やらを垂れ流してボクをキラキラとした目で見つめてきた。
「お肉もありますよー」
シュマが目の前のステーキを凝視しながら涎を流している。そして、悲しそうな表情を浮かべてボクを見た。つまり、彼女らは今、おあずけ状態にある。トーテムがイヌのシュマは仕方ないとして、トーテムがネコのコレットがおあずけ状態にあるのも妙な気がするけどあまり気にしない事にしておく。
「頂きます」
ボクが料理に手を出すと猛獣たちが一斉にがっつきだした。何故かリナたちも同じだった。
キツネや竜にもおあずけって効くのかな。
「エイラー様がお休みになってから、囚われているお嬢様方を解放して頂きたいと思います。お嬢様方が居られるのは、庭の離れです。心配なさらなくても、赤いモノを食されることはしておりません」
ザ・家令はお腹の膨れたボクたちに今後の行動について軽く説明してくれた。
人質の事を考えてくれているのはありがたいんだけど、どこまでも最後の引き金は他人任せなんだな。
「エイラー様が床に入られました。人質を解放する時刻です。建物までご案内します。鍵は多分入り口に落ちています」
ザ・家令はボクたちの先頭に立って案内しだした。
「鍵を受け取る方が確実だと思いますが」
ここまで丁寧な仕事をしているのに、何故鍵の受け渡しが杜撰なのか気になったボクは彼に尋ねてみた。
「鍵をお嬢様方にお渡した場合、鍵の管理責任について問われますので。できれば、強奪して頂きたいぐらいですが、こうなると労災の申請など面倒な書類仕事に忙殺されますので、申し訳ありませんが、このような形をとるしかない事をご理解ください」
責任をだれもとりたくない事だけははっきりと分かった。
「謀反を起こしたとか疑われたりすると、次の就職に不利になりますもんね」
「ええ、食い盛りの子どもを3人も抱えていますと、路頭に迷う事は避けたいのです」
彼はバツの悪そうな表情となりボクらから視線をずらした。責任を取りたくない気持ちがある事は分かっていたけど、後ろめたい気持ちもある事は分かった。
しかし、もやっとした気分は立ち去ってくれない。
「我々が案内できるのはここまでです。鍵は出入り口の階段の上に落ちてます。ほら、あそこです」
ザ・家令はレーペさんたちが幽閉されている建物の前まで案内してくれると、丁寧に落ちている鍵を指さして教えてくれた。
「釈然としない気持ちもありますが、ありがとうございます」
ボクは複雑な気分で落ちていると言うか、置いてある鍵を拾い上げ、扉を開けた。
「食べ物がおいしいから、お腹が大きくなったみたい」
「そりゃ、食っちゃ寝だからねー」
扉の中には、10名程度の若い娘がそれぞれ好きな場所に陣取ってクッキーだとかの甘いモノを片手に女子会を開いていた。
「マッチョな男子に取り囲まれているんでしょー。いいなー」
「どこがイイのよ。アイツら筋トレしか頭にないんだよ。会話も成立しないし」
どこかで聞いた声がしたので、その方向を見るとちょっとアルコールを入れたのか桜色になったレーペが同年代の女性に日々の愚痴をこぼしている所だった。
「レーペさん、助けに来ました」
ボクは彼女に駆け寄ると力強く話しかけた。
「ロスタちゃーん、会いたかったよー。私の癒しのジャグちゃんとルメラちゃんは? 」
彼女は危機感がないようで、自分の身の安全より欲望を優先しているようだった。多分、アルコールのなせる業なのだろう。
「この館の外で待機していますよ。さ、早く、ガドたちにエイラー子爵を捕縛するように命じてください。これ以上、アイツに好き勝手させていたら、取り返しのつかない事になる、と多分思いますから」
「それよりー、ジャグちゃんとルメラちゃんが私にとって重要なの」
「ウダウダ言っていると、赤い実を無理やり食わされますよ。残念な事にボクもジャグもルメラもお客にはなれないけど。エイラーたちを捕縛したら、ジャグやルメラと一緒に食事でも如何ですか? 」
「そうね、そうなると瞬きする間も勿体ないわ。じゃ、行ってくるよ」
目の前に餌をぶら下げた途端に彼女の眼の色が変わった。公の事より個の事が優先された瞬間だった。
酔っぱらっているからこんな判断をした、と言う事にしておくことにした。
「騎士団の方が到着されたら本館の謁見の間にご案内をお願いします。エイラー様を起こして、準備させておきますから。本日はドゥカーティ様も来られておられますので、ご一緒に準備させておきます」
「寝込みを襲った方が手っ取り早いですよね」
コレットがそっとボクに話しかけてきた。
「お嬢さん、それでは私どもが謀反を起こしたと疑われます。あくまでも私どもはエイラー様の忠実な下僕である、と言うスタイルは壊せません。再就職にも関わってきますので」
「そのどこか他人任せなスタイル、ブレないですねー」
「お褒め頂き、感謝申し上げます。お嬢様方、こちらも討ち入られる準備がございますので、館の入り口の詰め所でお待ち頂きたいのです。茶菓子も準備しておりますので」
ザ・家令に討ち入られる準備ってなんだよ、と突っ込みたくなったが、どうせ我が身可愛さの言葉しか聞けないだろうから、敢えて突っ込まない事にしたけど、どこまでも他人任せな行動は少しも共感できなかった。
男たるもの、手に入れたいものがあれば、我が身をはってでも手に入れるものだ。
それこそが男らしさというモノだ。
これをなくした時、ボクは本当に 男 ではなくなってしまうように感じているんだ。
「我らが仲間のレーペを監禁した罪は決して許されるモノではない」
ボクが3杯目のお茶をコレットに注いでもらっている時にやっとガドたちがやってきた。彼は、エイラー子爵の館を睨みつけると大音声を上げた。
「エイラー子爵の罪は領民に対して過酷な徴税をやったこと、食品の流通を制限したこと、その他諸々の政の私物化、これらが彼の罪です」
ガドの横でレーペさんがそっと訂正する。彼女の言葉にガドは大きく頷いた。
「………と、言う事だ。分かったかっ!!」
多分、コイツ、レーペさんの言ったことが理解できていないんだ。だから、込み入った(と、ガドが認識している)部分は省略しやがったのだ。
「もう少し、お菓子を堪能したかったんですがー、行かなくちゃいけませんねー」
シュマは、名残惜しそうに菓子皿から一つクッキーを口に入れるとため息をつきながら立ち上がった。
「面倒な事は騎士団に任せてさっさとずらかりましょう」
「最後までどうなるか見届けないと、海賊の爺さんたちに悪いからね。爺さんたちの協力が無かったら、ここまで来られなかったし。どうなったかの結果は話してやらないとね」
ボクはそう言うと、ガドたちの背後にそっと移動した。
「騎士団の皆さま、エイラー子爵が謁見のまでお待ちです。ご案内します。さ、どうぞ」
ザ・家令が門から出てきて恭しくガドに頭を下げた。コイツ、しれっとエイラーが待っていると言わなかったか?
「この襲撃の事、子爵様にお話しされたんですか? 」
リナがボクの利きたいことをザ・家令にに聞いてくれた。
「主に危機を伝えるのは使用人として当然の事です。あ、貴方方を嵌めたとかではありませんから。今の子爵には護衛はおりません。ドゥカーティ様が付き従っているだけです」
「アンタ、一体誰の味方なんだ」
「再就職をつつがなく成功させたいだけの小市民ですよ」
ザ・家令はボクの質問ににこやかに答えてくれた。つまり、コイツは小市民ではなく、小役人だとボクは確信した。ボクの隣でリナも呆れたようにため息をついていた。コイツに呆れられるなんて、このザ・家令は中々の傑物かもしれない。
「イロイロと釈然としない事だらけですけど、悪党退治と素敵なお魚まであと一歩ですね」
「今度こそ、美味しいお肉を食べたいですからねー」
こいつらは自分の欲望にどこまでも忠実なんだ。ふと、ボクと彼女らの欲望のどちらが優先されるのか気になった。知った所でどっちにせよ、ショックを受けることになると思うけど。
「逆賊、エイラー、大人しく縛につくのだ。貴様の身柄は我らブッコワース騎士団が預かるっ」
ガドは吠えると、勢いよくエイラーが待ち受けている謁見の間の扉を押し開いた。
「私は、睡眠を邪魔されるのが大嫌いでね」
「そうだ。エイラー様の貴重な睡眠時間を貴様ら如き騎士団が邪魔するとは万死に値するぞ」
金色の玉座に腰かけたちょっと神経質そうな長髪のおっさんが不機嫌さを隠すことなくガドたちを睨みつけ、玉座の前で小太りのちょび髭、多分コイツがドゥカーティだろう、こいつがガドたちを指さして吠えまくった。
「周りを良く見なさい。貴方たちの護衛の姿は何処にもないではないですか。立ったお二人で我らブッコワース騎士団と事を構えるおつもりですか? 」
レーペさんがずいっと前に出て、凛とした態度でエイラーとドゥカーティに大人しく投降するように訴えた。中々、かっこいい、ボクもこんな風に振舞えたらと思わず思ってしまった。
「ふははは、片腹痛いわ。お前ら程度に私を倒すことは出来ん。この黄金の便器の前には貴様らは殺虫剤を浴びた羽虫程度の脅威もない」
あれって玉座じゃなくて便器だったのか………、すること、ここは巨大なトイレなのか。そしてエイラーは気持ち悪い笑みを浮かべながら、ボクたちを睨みつけると便器のひじ掛けについているレバーをぐいっと引いた。
バクンっと大きな音と共に便器の両サイド、背後に巨大な排気口の様な者が飛び出してきた。
「貴様ら、この裁きの便器の前に力なく膝をつく最初の人間になる栄誉を与えてられるのだ。さ、感謝するんだな」
ドゥカーティは勝ち誇ったかのように笑い声を上げた。
その瞬間、凄い音圧がボクたちを襲った。その音は人体が体内のガスを排出する時の音だった。ボクたちはその音圧にやられてその場から、3歩ほど吹き飛ばされてしまった。
「うわっ」
「臭いっ」
発せられたのは音だけではなく、臭いも一緒だった。しかも仄かに香る程度ではなく、ねっとり纏わりつくような臭いの塊が襲いかかってきたのだ。鼻の良い獣人たちは思わず鼻を押さえてその場に蹲ってしまった。ボクも必死で吐き気と
因みに正面に陣取っていたドゥカーティは派手に吹き飛ばされ、壁には出にぶち当たって動かなくなってしまった。
「どうかね、我が魔道便器の威力は、まだまだまだこれからだよ。ふんっ」
エイラーはそう言うと、顔面を強張らせて踏ん張り、そして湿っぽい轟音が響いた。これは、音だけでなく、身の方のがひり出されるあの音である。
「をゑーっ」
ボクはえずきながらその場から離れようとした。その時だった、エイラーの音圧と臭圧を跳ね返すような気配がした。
「ふんっ! 」
気配の方向を見ると、蹲るレーペさんを庇うようにガドが立ち、そして完璧なまでのダブルバイセップスを決めていた。
「大胸筋が歩いているっ! 」
「どんどん迫って来るよっ! 」
ガドの背後で同じようにダブルバイセップスをキメながら騎士団員が祝福の言葉を叫んでいた。
これは、ブッコワース騎士団のそんなに長くない歴史のなかでも使用できるヤツがそんなに居ない、悪意のあるモノを退ける聖なる力を発揮するポージングだ。
「ナイスバルクっ! 」
ガドが白い歯を見せてにっこりと笑みを浮かべ、全身に力を漲らせた。
「汗臭いですぅ」
「掃除していない地下道場の更衣室の臭いがします」
魔道便器から発せられるスカトロール系の激臭をガドのエクリン腺やアポクリン腺から分泌される成分が変質した臭いが激突していた。
この臭いも獣人たちにはキツイようで、リナに至っては床に這いつくばったまま気を失っていた。
「臭い」
「人とは臭いモノなんだ」
ジャグとルメラも涙目で蹲っている。そして、ボクもエイラーの発すると音と臭いで身動きできなくなっていた。
「我が聖なる筋肉よ、悪しきモノを退けよっ! 」
「我が大腸に宿る神秘の物体の威力を思い知れっっ」
全身に血管を浮き出させてポージングするガド、顔を真っ赤にして踏ん張るエイラー、両者のにらみ合いがしばらく続いた。
「うっ………」
いきなりエイラーが便器の上に崩れ落ち、臭いも音もしなくなった。残ったのはガドの汗の臭いだけだった。
「エイラー様ーっ」
吹き飛ばされ意識を失っていたドゥカーティが意識を取り戻してエイラーに駆け寄った。そして彼の身体をゆすったり、さすったりしだした。
「血圧のお薬をまたお飲みにならなかったんですね………、幾度も言ったはずですよ。踏ん張りすぎは大ごとになると………、まだまだ、夢の途中じゃないですかー、目を、目を開けてください」
ドゥカーティの悲痛な叫び声がエイラーが生者が超えてはならない一線をすでに超えてしまったらしいことを教えてくれていた。
「これで終わり? 」
「物足りん」
ふらふらしながら立ち上がったレーペさんが力なく呟くのにガドがつまらなそうに答えていた。
「エイラー子爵はどうなさったのでしょうか? 」
「多分、切れたと思うよ。無理なふんばりしていたから」
コレットが誰とはなく尋ねた言葉に、リナが顔を手でこすりながらうんざりした表情で答えていた。
取り敢えず、悪党は退治された、と言う事でいいのかな。
これは、これで全然納得いかないけどね。




