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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第27話 「騎士団の呪いってヤツでしょうかね」

 「その目、そして貴様の身体、随分と不摂生をしておると見た。そのような肉体であるからくだらぬ犯罪に手を染めるのだっ」


 びしっと音をたててガドがタクヤを指さした。彼のいきなりの出現にチンピラ(海鮮風)が驚愕の表情を隠しもせずに露わにして、身に付けた小さな鎧を内側から破裂させそうな鍛え上げられた肉体を見入っていた。


 「し、し、しゃーすぞっ!」


 小さいなりにも集団を率いているタクヤは自らに気合を入れるように大声を上げた。彼は目の前に迫る猛獣たちを無視してガドに向き合った。


 「隙ありっ」


 「戦場で敵から目を離すとは愚かっ」


 「やめいっ」


 猛獣たちはここぞばかりにタクヤに踊りかかろうとした、それをガドが大喝一声した。


 「ゑっ」


 声と言うより音圧が猛獣たちをその場に押しとどめた。


 「しゃーすぞっ」


 ガドの視線が猛獣たちに向けられたのを見たタクヤは一気にガドに踊りかかった。チンピラとは言え、踏み込み、構え、気合は猛獣たちの言うとおりで、それなり以上の使い手だった、けど相手が悪すぎた。


 「ふんっ」


 鬼神の表情で迫りくるタクヤに対して、ガドは気合を入れて見事なまでのフロントダブルバイセップスで鍛え抜かれた肉体を見せつけた。そのあまりにもの光景にタクヤはその場に腰を抜かしてへたり込んでしまった。


 「ししししししゃああああすすすぞ」


 「ふふふ、美しかろう、その目に焼き付けるのだ。正しい心をもって、正しいトレーニングに励めば貴様も俺のような美丈夫になれよう」


 目の前で腰を抜かしているタクヤにガドは顔面の筋肉を見せつける様な笑みを投げつけていた。

 あれを笑みと言うならばだけど。


 「しゃああああああああすぞぉぉぉ」


 タクヤは何故かその場で泣きだした。言っていることはさっぱりだけど多分感動しているようだ。

 感動している理由もさっぱり分からないけど。


 「そうか、よし、俺について来い。ともに鍛えよう」


 「しゃあすぞ」


 「我らも一緒に行きます」、「処す」


 タクヤ率いるチンピラ海鮮風は皆、ガドの周りに集まって、彼をキラキラとした目で見つめだした。

 はっきり言って気持ち悪い。


 「何だか分からないけど、トラブルは回避できたみたいだね」


 「私の活躍するところを見て頂きたかったのに」


 「久しぶりに暴れる機会だったんですよー」


 ほっと安堵するボクと反対に猛獣たちはぶーぶーと文句を垂れだしやがった。

 こいつら、ボクの「殺すな」って命令を完全に忘れている。


 「賭けは不成立です~。くそっ」


 ボクたちの喧嘩で一儲けしようとしていたリナが悪態をついている。コイツも猛獣たちとある意味同じだ。


 「あの筋肉ダルマが人助けするなんて信じられませんよー」


 「きっと天変地異の前触れです。何か良からぬことが起きます」


 シュマとコレットの彼への評価は随分と厳しいようだけど、ボクもそう思っているから間違えはないだろう。


 「お久しぶりです。驚きました? アレ、結構変わったんですよ」


 ガドの行動に当惑しているボクたちに知恵袋のレーペさんがニコニコしながら話しかけてきてくれた。以前見た時より随分と血色がよくなっているように思われた。


 「お久しぶりです。………アレ、なんか妙なモノでも食べたんですか? 」


 ボクは誰しもが心に浮かぶだろう疑問を口にした。もし、アレで妙なモノを口にしていなかったら、悪魔か何かに、あるかないか分からない脳みそを弄られたとしか考えられない。

 アイツの脳みそを弄った所で何かの利益があるとは思えないけど。


 「食べ物はいつもと同じですけど、ナンガの街で道路の修復工事をしたでしょ。その時にね、街の人たちから感謝の言葉を頂いたの。筋肉でも感謝されることは嬉しかったようで、何を思ったのか『筋肉は人のためにある』とか言い出して、善行をしようとしているんです」


 レーペさんは嬉しそうにアイツの変わった理由を教えてくれたけど、アレは人の考えの斜め上を行くような事をするから手放しで喜べないと思うんだけど。


 「やっとトレーニングする理由が見つかったんですね。後付けだけど」


 「むやみやたらにポージングされるよりマシですよー」


 コレットとシュマはアレの変化に好意的な態度を示しているけど、何故だかよく分からないけど、ボクはなぜか胸騒ぎを覚えた。


 「タクヤと言うのか、線は細いが、鍛えれば美しくなる要素を持っておるぞ。俺達と共に美しく、強くなろうではないか。そして、筋肉無き民の筋肉となるのだ」


 「しゃあ~すぞ~」


 ガドがタクヤの肩を抱いて空のあるヌ方向を指さして、なんだかそれらしいことを口走っていた。

 そして、タクヤも何故か涙を流して空の有らぬ方向を見上げていた。

 それでも、口にする言葉は『しゃあすぞ』なんだ。


 「ああやって、訳の分からないのを拾ってくるのが困りものなんですけどね。騎士団の訓練を受けさせたら大概が1日で姿を消しますね」


 「でしょうね」


 アイツらのやっていることは訓練の名を借りた、度を越えた苦行だ。

 どこの世界に1200/分の腕立て伏せがあるのか、否ない。大体、残像が見える腕立て伏せってのがあり得ない。これをブッコワース騎士団の連中は苦も無くやり遂げる。これをついさっきまで普通の世界にいた連中に要求し、出来るまで休まさないと言うのが彼らの新人に対する訓練だ。

 大概、一日も持たない、最悪死んでしまうこともある。

 幸運にも生き延びることができたら、脳みそまで筋肉となったブッコワース騎士団員になれるわけだ。

 どっちにしろ、人として終わってしまうんだけど。


 「アレの心配ですか? 普通なら身体を壊す、運が良ければ思考を放棄した人の形をした、人に非ざる者になるだけです。どちらにせよ、世間的には何ら影響はないですよ。チンピラが居なくなるだけよくなるってもんですよ」


 レーペさんは人の一生と言うか生命がかかってくるような事をしれっと言ってのけた。

 ボクとしても、あんな連中がどうなったことで知った事ではないが、あの騎士団が増強されることが気に入らない。

 あの訓練をパスで斬る奴なんてそうはいないんだけど。


 「どう転んでも、ボクたちに実害はないってことは理解できました」


 ボクはレーペさんに笑みを持って応えた。何度も言うけど、正直アンなのがどうなろうと気にならないからね。


 「あ、癒しのジャグちゃん、ルメラちゃん」


 ボクが喋っているのに、レーペさんはガドにくっついて去っていくタクヤたちを害虫を見るような目で見ているジャグとルメラに駆け寄り、ガバっと2人を同時に抱きしめた。


 「可愛い女の子の素敵な香り、あんな筋肉ダルマの汗の臭いしかない世界にいたから………」


 戸惑うジャグとルメラを脇においてレーペさんは感動の涙を流していた。そりゃガドたちと四六時中一緒なんて精神衛生上とても悪いことは明らかだからね。ボクだったら一日も持たない自信がある。


 「レーペさん、辛いんだね」


 「ルメラに辛いのが伝わってくる」


 なんと、ジャグとルメラがそっとレーペさんの頭を撫でていた。本当にいい子に育ってくれた。彼女らの思わぬ成長に思わず涙しそうになった。


 「ジャグちゃん、ルメラちゃんありがとー」


 レーペさんは感激の涙を流しながら彼女らに頬ずりしていた。


 「癒されている所申し訳ないんですけど、シドレ様の行方は掴めましたか? 」


 数か月ぶりに愛犬と会った愛犬家の如くジャグとルメラをモフるレーペにリナが静かに尋ねた。


 「あ、シドレ様、………忘れていたわけじゃないんだけど………、ガドたちに振り回されて………」


 レーペさんの言葉はやたら歯切れが悪かった。この様子だとシドレ捜索は全く捗っていないと考えていいだろう。ボクは少し安堵した。


 「シドレ様は未だにどこに行かれたか分からないのですか………」


 「大変ですねー」


 コレットとシュマが表面上は同情したようなそぶりを見せていた。動物は嘘はつかないって言われるけど、獣人は人だからその範疇にないことを如実に見せつけてくれた。


 「シドレ様の足取りは全く掴めていないんですか? 」


 自分の事だから気になるのは当然だ。レーペさんも目の前に探し人がいるなんて思いもしていないだろうけど。


 「どこに行かれたか、さっぱり分からなんです。噂や見間違いは時々あるんですけどね」


 レーペさんはため息をつきながら肩をすくめた。その表情は優れなかった。


 「見つけないと帰れないし、手掛かりはないし、ガドたちはああだし………、こうなったら………」


 「こうなったら? 」


 「王都に居るって言われている、伝説の占い師、タルア・ハモッケさまに占ってもらおうかなって」


 苦しい時の神頼み、溺れる者は藁をもつかむ、貧すれば鈍する、信じる者は足元すくわれる、何となく負のスパイラルに陥って行くような気がする。ガドがそうなるなら何とも思わないけど、レーペさんがそうなってしまうと、何となく罪悪感を感じてしまう。ここで「ボクがシドレだ」って言うと彼女を危機から守れるかもしれないけど、わが身が可愛いのは事実だし、目的地が同じなのはよろしくない。

 ここは、助言程度にとどめておこう。


 「王都行きも良いかも知れませんが、お尋ねしますが、シドレ様は路銀を如何ほどお持ちでしたのでしょうか? 」


 「ゑっ? 」


 この表情からさっすると、追いかけているヤツの事をあまり考えていなかったようだ。


 「普通、追跡となると相手の情報を集めますよね。性格とか、持っているであろう物とか、集めた情報から行動を予測して、居そうな所を重点的に捜索すればいいんじゃないかなって、思うんですよ」


 ボクは当然の事を口にしたが、それを聞いたレーペさんは、ポンと手を打って、それからがっくりと項垂れた。


 「そんな常識的な事を気づかないなんて、普通ならそうするのに………」


 自分が気づかなかったことを悔しそうに呟いていた。そんな彼女の頭をジャグとルメラが宥めるように優しく撫でていた。つくづくいい子に育ったと嬉しくなってきた。


 「騎士団の呪いってヤツでしょうかね」


 悔恨の念に悶えているレーペさんを眺めているボクの耳元に長くとがった口を近づけてリナがそっと囁いた。


 「騎士団の呪い? 」


 初めて聞く言葉にボクは思わず聞き返していた。奴らが呪われている? ボクからすれば連中こそが呪いそのものだ。


 「騎士団に近しい者は、騎士にならなくとも難しいことを考えられないようになってくるって噂ですよ」


 リナが言う事は何となく実感を持って分かることができた。騎士団と取引していた商人が最終的には計算すらままならなくなるって話は何回か耳にしていたからね。あれ、噂じゃなくて事実だったなんて、ボクは背中に冷たいモノが走る感触を味わった。

 普通の人に比べるとボクは連中と近しいから。


 「ゑぉぇぇっ、わ、私、このまま脳細胞が筋肉になってしまうんですかーっ。そんなの、そんなのあんまりです」


 レーペさんがその場に崩れ落ちて泣きだしてしまった。彼女の場合、先祖に化け物が居て、自分にもその血が発現して、バケモノに成り果てるって知らされるぐらいショックだろうな。


 「あくまでも噂ですよ。噂です。レーペさんは妙なポーズもとらないし、基本アイツらを毛嫌いしているからセーフです」


 ボクはべそをかくレーペさんに寄り添い、彼女の背中をさすりながら優しく語りかけた。


 「ロスタ、レーペが可愛そう、この街にいる間だけでも一緒にいようよ」


 「アンなのと一緒にいたら、考えがまとまらないし、いいアイデアも出ないと思う」


 レーペさんの涙にほだされたのか、ルメラとジャグが面白そうな事を提案してきた。


 「レーペさんにも都合があるから、簡単に宿舎を変えることは出来ないと思うよ」


 ボクはジャグとルメラにそんなに簡単に彼女のスケジュールなんて買えられないことをやんわりと伝えた。何より、彼女が近くに居たらボロを出したら命取りになりかねない。ここは、無理だと言い聞かせよう。


 「騎士団のお目付け役でもあられるんですからねー」


 「騎士団をずっと見張って、おかしな事をしでかしたらすぐさま止めさせる、と言う重要なお仕事をされていますから」


 シュマとコレットもボクと同じ考えらしく、何とかジャグとルメラを説得しようしてくれていた。


 「アイツら、ここの騎士団駐屯地にいいトレーニング施設があるって聞いて、頭の中それだけになっています。暫く駐屯地から出てくることも無いでしょう。この時間を利用して私は羽を伸ばし、シドレ様の情報を集めようと思います。幸いここは港街、様々な情報やらうわさが飛び交っているはずですから」


 レーペさんはにっこりしながら言うと、ジャグとルメラの頭を撫でた。


 「そして、どこかでご一緒できるかもしれませんからね」


 彼女は飛び切りの笑顔と不気味な言葉を残してガドたちの後を追いかけて行った。


 「一緒の宿にならないことを祈るしかないのかな………」


 「シドレ様のお姿が激変しいてることなんて彼女は知りませんから大丈夫ですよ」


 「気合の入りすぎた女装をされているんですからねー」


 ボクの呟きにリナとシュマが心配ないとばかりに不安を一蹴した。


 「姿は変われど、あふれ出る優雅さや、神々しさは隠し切れないですからね。油断できません」


 コレットは訳の分からないことを呟いていたけど、言いたいことは安心できないってことで良いだろう。


 「レーペさんは敵なのかな? 」


 ジャグが素直に聞いて来た。ここで彼女を敵認定するとジャグは兎も角、ルメラの動きが怪しくなる。ここははっきりさせず流しておこう。


 「敵とか味方の前に苦労している人だよ。出来る物なら、あの苦労を労ってあげたいね」


 敵に塩を送るじゃないけど、あの人を見殺しにしちゃいけないって思うんだよね。


 「お金は少し余裕がありますから、少しいい宿に泊まれますよ」


 リナが現ナマが入ったポーチを叩きながら、ボクに身体を擦りつけてきた。


 「お嬢様と私だけで一部屋お取りできます。お部屋も私も好きにして下さってよろしいですよ」


 ボクの耳元に息を吹きかけながら、リナが妖しく囁きかけてきた。


 「抜け駆けとは感心しませんね」


 「それは、ダメだよー」


 ボクの内なる益荒男が昂る前に、コレットとシュマがリナの首筋に剣を当て、冷たい目でリナに囁いていた。


 「その物騒なモノをお納めください。血を流すことに躊躇われないと言うのは、心優しきお嬢様に相応しいのでしょうか? 」


 刃物を当てられているにも関わらす、リナは悠然とした態度のまま軽やかにシュマとコレットに語りかけた。


 「仲間に剣を簡単に向けるな。洒落のつもりならその内洒落にならないことになるからね。リナも激しいからかいは洒落にならなくなるよ」


 絡みつくリナを身から離しながら、ボクは猛獣たちに過激な行動をとりがちになることを諫めた。


 「失礼しました」


 「気を付けます」


 「からかっているつもりじゃないのに………」


 猛獣たちはそれなりにボクの言葉に素直に従ってくれたようだけど、リナだけはどうもアヤシイ、コイツは、いつものことだから気にしないことにした。


 「宿は安全第一、次に宿泊費、食事とか設備はずっと後だからね」


 こいつらは、放っておくとふぁんしーな宿を選んだりするから、ちゃんと釘を刺しておかないとね。



 「部屋は2階だ、風呂は裏庭にある、あまりでかくねぇーから、その辺りは注意してくれ。飯は1階の食堂だ。料金は宿泊とは別だからな」


 リナが選んだ宿は安全な事が売りで、その他は後回しにしたような宿だった。しかし、値段は普通に高価い。高級とされる宿歩とでもないけど、同じ金額を払えばお風呂付の宿に泊まってお釣りがあるぐらいだ。しかも、サービスや接客ときたら………、部屋の鍵を投げつけるようにして渡して、営業スマイルも何もなく、不愛想にに宿について最低限のことを伝えてくれる程度だった。


 「ありがとう。サービスの赤いモノは食べないから」


 形だけのお礼と、妙な連中に押しかけられないための予防線を張るのも忘れない。 


 「ああ、分かった。ここはそんな宿じゃないぜ。安心しな」


 「分かってもらえれば幸いです」


 宿の主は口角を少し上げて彼なりの笑みを浮かべてくれた。ボクは彼の心遣いににっこりと会釈して返した。


 「王都行きの船便は明日探ってみます。安全第一で」


 「事故るのが織り込み済みなんてのは、勘弁してもらいたいからね」


 「と、言う事は今日は海の幸をお腹いっぱい楽しみましょう」


 部屋の中でこれからの行動について話をしているうち、何となく方向が定まってきた。

 計画性がないことは分かる。よく考えれば毎回この調子だ。これが騎士団の呪いなのかもと、やたらに不安になってきた。


 「お魚、お魚ですよ。しかも海のお魚。ジャグ、食べたことあるかなー? 」


 「川か湖の魚しか食べたことがないよ」


 「おいしい? 」


 シュマとジャグ、ルメラのちびっ子コンビが海の幸について何だかんだと期待を膨らませている。

 ここは、呪いとか何だかんだは関係ないっ、思い切って海の幸を堪能するため街に繰り出すのだ。

 食欲もこの行動が正しいと言っている。猛獣共を止める術もない。なら、行くぺしっ。



 「最近、視力が落ちたのかな………」


 ボクは海の幸がウリのレストランの前に侵入者を阻むように置かれた看板を見て思わずつぶやいていた。

 いくら貴重な魚を使った料理であったとしても、数字の桁が2桁ほどおかしい。


 「お値段が常軌を逸しています。このお値段は成りたてほやほやのお役人の一月分のお給金に迫ってます」


 リナが看板を指さして信じられないとばかりに訴えてきた。確かにこの金額は高値すぎる、悪い冗談に思えてくるぐらいだ。


 「高級魚じゃなかったら大丈夫ですよー、多分。小魚とか………? 」


 ボクの苛立ちを感じたのかシュマが安そうな大衆魚の料理を指さし、そしてその値段を確認した。

 その瞬間、彼女の顔に夜叉が宿った。


 「っざけんなーっ。何ですか、このお値段。いいお肉が食べられます。お嬢様、今日はお肉にしましょうよ。ここなら、いろいろな所から美味しいモノが集まってきているはずですから………って、なにっ? 」


 シュマが鼻をクンクンさせて魚以外の匂いを探ると、その店頭にさっと移動して店の看板と名物とされるメニュー、その料金を見て絶句していた。


 「お肉も常軌を逸しているっ」


 コレットが悲鳴に近い声を上げた。確かにこんな料金だらけだったら、あっという間に破産してしまう。


 「食料品やらお酒、そして日用品、挙句の果てには街角のおねーさんと遊ぶ料金すら高価い。おかしいですよ。こんな状態じゃ、早いうちに経済が崩壊しちゃいますよ」


 リナが珍しく危機感を感じているらしく、狐族なのにふにゃっとしがちな耳がピーンと立っている。

 商人として真っ当な商売が為されていないことは許すことができないのだろう。


 「だから、壊れる前に持っている物、売り捌きます。こんな時こそ、ぼろ儲けするチャンスなんですよ」


 リナの眼は完全に肉食獣のそれになっている。今の彼女は獲物を狙う一匹の野獣であった。

 ただし、狩の腕は三流だけと。


 「でも、その前に腹ごしらえですね。安そうなお店を探しましょう。味や量よりお値段を重視しますね」


 リナは鼻で匂いを拾いながらボクたちを案内するように歩き出した。



 「アレだったら、携帯食の方がマシでしたよー」


 リナの鼻頼りで見つけた食堂で供されたのは、干からびた川魚(干物ではない)と干からびた野菜(携帯性を高めるために乾燥させた物ではない)を薄い味付け(健康を考えたものではない)で煮たモノだった。

 いくら煮ても干からび感がぬぐえないのは料理人の腕によるものか、素材そのものの灰汁の強さによるものかは判断できないけど。

 こんな料理で、普通のお値段高価い目なんだから、コレットが怒りで牙を剥きだしにするのも分かるけど、店を出てから宿までずっとその表情と言うのは如何なモノか。

 機嫌が悪くて尻尾をブンブンと振るのはいいけど、それが当たってちょっと痛いから振る時は考えてもらいたい。


 「お肉も大したものがありませんでしたねー」

 

 シュマも今にも噛みつきそうな表情で唸っている。


 「あれなら、生ごみ漁るを方がマシだよ」


 「人間はあのような物を食べるの? 竜が言うのもなんだけど、アレ食べると身体をおかしくすると思う」


 ジャグとルメラもご機嫌斜めだ。生物というモノは、食べ物が絡むと大概が恨みが深くなる。

 その生物の範疇にはボクも含まれる。

 こんな街に一呼吸する間も居たくない。

 大喰らいなボクたちは、絶対に破産する。ボクはそれほどでもないけど。


 「この前仕入れた、櫛だとかをちょいと値段をイイ感じにして………」


 リナは荷物の中からアクセサリーだとかハンカチだとかを取り出してニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 経験則からすると、彼女の目論見は外れるだろう。彼女自身のしくじりならそれでもいいけど、実際は船賃やらなんだかんだに影響するから、看過できない。


 「あくどい商売は感心できないよ。ここでの滞在が長くなるとお金が心配になるから、節約モードで行こう」


 「心配いりませんよ。この大商人、リナ様が商機を見誤ることなんて………」


 リナはひきつったような笑みを浮かべ、手を振って否定しようとした。


 「前回は偶々運が良かっただけ。それ以外はいつもカツカツで下手すると素寒貧、薬の目利きもアヤシイからね。リナにはその優れた交渉術をもっていい船を早く見つけてもらいたい。これは、リナしかできないと思うから。残ったボクとシュマ、コレットで日雇い仕事をして少しでも稼いでおくよ」


 ボクはベッドに身体を投げ出して横たわると悪い顔をして商品と言う名のガラクタを点検しているリナに危ないことをするなと釘を刺した。そうじゃないと、ここで莫大な借金を作りかねないから。

 彼女が借金を抱えるのは仕方ないとして、高い確率でボクたちが担保にされることになる。そして、生物学的に卑猥とされることを強いられる生活をすることになるのだ。これは、絶対に避けなくてはならない。何があってもだ。

 僕自身もさることながら、幼いジャグやルメラもそんな目にあう事になるかと思うと、思わず虫唾が走ってしまった。

 だから、ここでリナを野放しにはできない。絶対にやらかすから。


 「えぇー折角の商機なのに、でもお嬢様の命とあらば、それを優先するのが御用達商人。その気になれば外洋船の一隻ぐらい手に入れて見せますよ」


 一瞬口を尖らせたリナがぱぁーっと笑みを浮かべて豊かな胸をさらに張って出来そうにない、絶対に出来ないことを口走った。


 「そこまでは期待していないから。できれば、この物価高の原因も探ってもらいたい。ジャグはルメラの相手をして宿に残ってもらえるかな。ルメラの姿を見た悪い奴らが珍しい商品として攫ってしまうかも知れないからね」


 留守番を頼んだジャグはちょっと不満そうだったけど、妹分のルメラの面倒を見ると言うことで、お姉ちゃんらしいところを見せたいらしく、張り切ってボクの頼みを聞いてくれた。


 「シュマ、コレット、明日の朝、商工会に行って日雇い仕事を探してみよう。これだけ大きな街だから、いい仕事があるはずだよ」


 表向きは仕事探しだけど、本当はこの街の物価高の原因を探りたいってのがある。

 こんな経済がここからじわじわと広がられたら、経済に関してはミミズの方が詳しいぐらいのブッコワース伯爵家の人材なんか、豪雨の前のトイレットペーパー並みに何の役にも立たず、あっという間にブッコワース領が崩れるのが目に見えている。

 伯爵家がどうなろうと知ったこっちゃないが、領民が苦しむのは看過できない。

 この問題を旨く解決出来たら、レーペさんに手柄を譲ろう、うん、これで後々まで貸しを作ることができる。

 我ながら良い考えだとボクは自分に満足していた。

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