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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第26話 「しゃーすぞっ」

 「コルセール様と知り合えた事の幸運………、親切って、いつかは自分の所に戻って来るんですね」


 ボクは両手を合わせて潤んだ目でアイツを見つめてやった。

 この場で、ボクは親切な訳あり傭兵の少女を演じることにした。そして、あの偶然出来事が如何に素晴らしい出来事だったのか力説してやった。

 ボクの話に観客のちょっと薹が立ったお嬢さん方が嫉妬の眼差しを向けられた。でも、向けられているのは訳ありの傭兵の少女、ロスタにはダメージは入らない、はずなんだけどね。


 「お水を持っていて良かった。あんなお水でも美味しそうに飲んで頂いて………」


 シュマが身をくねらせながら大げさに感動をしている………、のように振る舞っていた。


 「ハンカチを手渡せたことも、とても幸運な事でした。多分、一生分の運を使い果たしたと思います」


 コレットも感動のために泣きそうになっている風を装っている。使い果たした運って、アイツと遭遇した悪運の事と理解していいよね。


 「コルセール様みたいなお兄ちゃんがいたらいいよね」


 「ルメラは、コルセール様みたいな人のお嫁さんになる」


 ジャグとルメラが作られた子供らしさで無邪気な台詞を口にした。これは、ボクが提案したことだけどちょっと心苦しい。


 「コルセール様の物語はこれからも語り継がれ、旅先で難儀している人に出会ったなら親切にしなさい、と、私みたいな行商人の教えになります」


 リナもなんだかよく分からないけど、よいしょしている事は確かなことを口にしながらうっとりした視線をアイツに投げかけていた。


 「本当に、あの時、君たちが天使か女神に見えたよ。君たちのおかげでボクは凶悪な山賊を退治することができたんだからね。ここに来る時に船を襲ってきたのは、アイツらの生き残りだったようだよ。大人しくしていれば、今頃楽しくどこかでお酒でも飲めただろうにね」


 あの三文芝居をこうも堂々と自分の手柄にして………、確かにルーダさんの脚本の通りなんだけど、恥ずかしげもなく、アイツのメンタルは戦記に登場する英雄以上の力があるみたいだ。腕もそれぐらいあればいいんだけどね。あと、カタツムリ程度良いから自分を省みる能力があればルーダさんの気苦労も少しは楽になるんだろうけど。



 「はい、これが報酬。宿は明日の朝まで取ってあるから、好きな時間に出て行ってもらっていいよ」


 拷問のようなディナーショーを3回こなしたボクたちにルーダさんが嬉しそうな表情でお金の入った革袋を手渡してくれた。


 「成功したと見ていいんですね」


 「アイツのファンシー趣味が開花することは予想外だったけど、それがイイ感じのギャップとなって、ますます人気が出そうだよ」


 ルーダさんは苦笑を浮かべると肩をすくめた。そんな彼女の背後でソファーに寝そべりながら、お気に入りのクマタンと戯れているアイツの姿があった。

 ルーダさんの苦労は当分の間続くんだろうな。



 「お嬢様ーっ、魔晶石、夜光石、どちらも凄い価格で取引できましたよー」


 商工会の待合室でその日払いの仕事の貼り出しを眺めながらリナを待っているボクに彼女は飛び切りの笑顔で報告してきてくれた。

 いい取引ができたのは良い事だし、それより彼女の笑顔が何よりうれしい。


 「リナ姐ちゃんの交渉術、凄かったよ。少しでもいい金額にさせるために、足見せたり、胸はだけたりしてさ。おいらも、早くボンキュッボンってなりたいよ」


 色仕掛けか………、でも獣人の色仕掛けって、何かと微妙なんだよね。そこがイイって、ちょっと変わった性癖の人には地域殲滅魔法ぐらい威力があるんだけどね。

 それとさ、ジャグ、ボンキュッボンだけが女性の魅力じゃないからね。


 「お嬢様、次は港街ですね」


 コレットがぱっと表情を輝かせた。多分、港街での食事の事、新鮮な海の幸の事を考えてたんだろうな。


 「コレット、よだれが出てますよー」


 ニコニコしているコレットにシュマが冷静に突っ込むと、はっと真顔に戻ったコレットは手の甲で口元を拭った。


 「海の幸も楽しみだけど、本来は王都に行くことが目的だからね」


 ボクは再度、目的をはっきりと彼女らに告げた。


 「お嬢様、なんでそんなに王都に行きたいんですか? やっぱり王都観光したいとかですか? 今日の儲けでドレスぐらい新しく作ることぐらいできますよ。着飾って、他のお上りさん連中を悔しがらせましょうよ」


 リナの中でボクらが王都で何をするかのプログラムができているようだけど、ボクの目的は観光やらショッピングじゃない。シュマやコレットには、取りあえず行くように言っていたが、実はボクなりの目的があるのだ。まだまだ口にするわけにはいかないけど。


 「それはいいかも知れないね」


 ボクはリナの提案に乗るようにぼやけた事を答えた。

 ボクの目的を今皆に聞かせると、誰も後戻りできなくなるから。ここまで来て何だけど、皆を巻き込みたくないんだ。

 最悪、頭と胴体が分離させられるのはボクだけにしたいんでね。


 「んんん、王都か楽しみ。何か美味しい物がいっぱいある予感がする」


 「どんな物が商われれているのかなー」


 ルメラはまだ見ぬ王都のグルメを想像して涎を垂らしているし、ジャグは商人らしく新たな商機があると夢見ている。彼女らの気持ちに水を差す気には到底ならない、そして巻き込みたくないと改めて思った。


 「港街への船は来た時と同じように貨客船にしますね。そうじゃないとあのご婦人方と鉢合わせするかも知れませんから」


 リナはボクにそう告げるとジャグを連れて船を探しに出て行ってくれた。


 「あの怖いおばさんたちと一緒になると考えるだけで、鱗が逆立つ」


 ルメラは恐怖の表情を滲ませながらブルっと身震いした。竜の場合は鳥肌ではなく鱗が逆立つのかと、妙な事に感心してしまった。


 「あの人たち、絶対に面倒臭いですよー。あの人たちと一緒になるぐらいなら、腐ったお魚と乗っている方がマシですよー」


 シュマが口を尖らせて首を振った。腐った魚の方が彼女らよりマシなんだ。何となく分かる気がする。

 シュマにとっては、腐った魚の臭にもあのご婦人たちも鼻につくという意味では同じ仲間なんだろう。


 「でも、お魚は腐りかけが風味があってイイんですよね。味の分からない真人や犬系の人たちには理解できないと思いますけど。お魚と違って、あの人たちは煮ても焼いても、揚げても蒸してもどんなに手を尽くしても食えない人たちですけど」


 コレットが独自の魚の価値について話し出したが、ボクは新鮮なのが好きだからね。臭いとか酸味とかは嫌だからね。第一、ボクのお腹は獣人ほどタフじゃないから。



 「嬢ちゃんたち、再度の乗船。歓迎するぜ」


 リナが見繕ってきた船はここに来た時と同じ「カロン号」だった。10回中、2回しか事故らない素晴らしい船だ。ボクは船長の顔を見た時、残念な2回に当たらないことを神様にお祈りした。


 「………よかった」


 港に着いた頃には、すっかり日も暮れていたけど、ボクは神様に感謝していた。10回中の2回に当たらなかったことに。


 「動かない地面は安心できる」


 船から降りたボクたちは地震以外では微動だにしない大地をしっかりと両足で踏みしめ、揺れない事に感謝をささげていた。


 「お嬢様、この程度の船旅でリバースされているようでは、王都へ向かう船旅に耐えられませんよ」


 食事をする場所を探すため、リナが鼻をひくつかせて匂いを拾いながら嫌味ったらしくボクに言ってきやがった。


 「次の船旅には効果のある酔い止めを準備しておいてほしいな。あんな、不味いだけの粉はいらないから」


 船に乗る前にリナから酔い止めだと手渡された粉薬は、不味いという以外形容しようがない味の白い物体だった。不味いのを我慢して服用にしたにもかかわらず、その不味さが尾を引いて船酔いをさらに激しくしてくれただけだった。


 「薬屋は効くって言っていたんですけど」


 「リナには薬で随分な目に合わせてもらっているからね」


 リナは他人事のように首を傾げたので、ボクは厭味ったらしく言ってやった。マイ・サンが消えた責任の多くは彼女にあると思っているからね。


 「可愛いくなられたことですか? 」


 コイツ、全く悪いなんて思っていないようだ。ボクはリナに何か言いたいことがあるだろう? と、シュマとコレットに視線を送った。


 「そうですよねー、とても可愛くなられましたからねー」


 ボクの正室になれなくても側室の筆頭になると豪語していたシュマがボクを舐めるように見つめてきた。


 「可愛くて、可愛くて、もう襲いたいぐらいです」


 コレットが身をよじらせて不穏な事を口走った。彼女もボクの正室か側室筆頭になると常に断言しているのに。

 こいつら、ボクが女の子になったことに関して何も思ってないどころか、逆に良い事だと思っていやがる。


 「そうだよねー、お嬢と一緒にお風呂も入れるし、一緒のベッドに入ることもできるもんね」


 ジャグもボクの身に起こったことに対して前向きに捉えている。ボクは男としての魅力が乏しかったのかと悲しくなってきた。


 「ルメラは、ロスタが男の時を知らないから、でも、今の方が好き」


 確かにルメラ言うとおり、彼女はボクの美少年だった頃を知らないから仕方がないことかもしれない。もし、前のボクに出会っていれば彼女の意見は多少は変わっていたかもしれない。


 「食堂の匂いを捕まえました」


 ボクの地味に傷ついている表情に全く気付かないリナが暮れて来た空の下で未だに明るい一角を指さした。


 「お魚料理の良い匂いがします」


 鼻をひくつかしているコレットの口元が僅かに濡れている。頭の中は魚料理のことで一杯なんだろうな。

 ボクの精神状態より魚料理が優先されているのだろう。


 「コレットったら、お嬢様の気も知らずに………」


 流石シュマだ。ボクのことをちゃんと分かってくれている。


 「お嬢様は、お肉をご所望されるはずですよー」


 分かってくれていなかった。彼女らには、ボクの身体の変化よりもたらされる様々な問題より、食事の方が重要な事項らしい。

 悩んでいても腹は減る、くよくよ悩んで時間を浪費するより、腹を満たした方が建設的だ。不幸はひもじい、寒い、もう死にたいの順で来ると西方の賢人の言葉があるけど、まさにそのとおりだ。

 そして、男が悲しみを見せていいのは背中だけなんだ、と自分に言い聞かせることにした。



 「お嬢様、お身体の調子が優れませんか? 」


 男は背中で語る、実践していたボクにシュマが真剣な表情で尋ねてきた。


 「先ほどから、何もおしゃべりになってませんし」


 コレットも心配そうに尋ねてくる。どうやら彼女らには、ボクが背中で語っていることが全然通じていないようだった。

 心配してくれるのはありがたいけど、自分たちが食事を掻きこんで食後のお茶を飲んでから気づくと言うのは侍女として如何なモノか。


 「シュマ、コレット、お嬢くらいの年代の男の子は、ハードボイルドな世界にあこがれるモノなのよ。だから、いきなりぶっきらぼうになったり、ありもしない過去の傷に苦しむってややこしいことをしたりするるの。そうでしょ。お嬢様? 」


 ボクがこんな姿になった原因の9割を作ってくれたリナがボクのことを中二病と診断してくれやがった。

 

 「君らにボクの悲しみなんて分からないだろうね」


 ボクは寂しげに薄い笑いを顔に浮かべた。背中で語りつくせぬ悲しみを君らに分かるようにしてやったのだ。さぁ、察しろ。そして、自分たちがやらかした罪深い行為を悔やむが良い。


 「この料理が思ったより美味しくなかったからですかー」


 「お魚よりお肉が食べたかったとか………」


 少しでも期待したボクが悪かった。こいつらさっぱり分かっちゃいない。ボクは頭の上に ? マークを浮かべている侍女たちを見て大きなため息をついた。


 「お二人とも、長年お嬢様………、若様とお付き合いされているんでしょ。だったら、分かるはずですよ」


 リナが分かったような事を口して、シュマとコレットを諫めたけど、コイツこそ何も分かっちゃいないの親玉の癖に。


 「お嬢様が中二病に疑われようとも、敢えて表現されたいこと、それは一言で言うと、大人ね」


 リナがドヤ顔でボクのことを解説し始めやがった。言っていることは何となく近似値だけど、方向は多分、明後日の方向だろう。


 「少し愁いを帯びた大人の女の演出。愁いを帯びるなんて、私たち獣人ではなかなか出来ないことだもんね」


 訳知り顔でリナが明後日の方向について話し出した。君の推測は頭から否定したいけど、こいつらがボクをどう見ているか知るいい機会だと思ったから、暫く泳がせることにした。


 「確かに、私たち獣人が、ちょっと物憂げと言うか寂しそうにしていても、傍から見ると可哀そうの一択になっちゃういますからねー」


 シュマが成程とリナの言葉に感心している。


 「お嬢様が大人になって行かれているのですね」


 コレットがうっとりしたような表情でボクを見つめた。

 ここでボクは彼女らの見解が誤っていることを示すため、大きなため息をついた。


 「ボクの悲しみ、喪失感は言葉にはできないから、背中で語っていたのさ」


 ボクは、ふっと薄く口角を上げて笑みを浮かべた。気分は地獄のような負け戦帰りの傭兵だ。


 「背中で………ぷふっ」


 コレットが吹き出しやがった。そもそも、女性に男の浪漫を理解してもらうこと自体が困難であるとボクは軽い絶望と共に理解した。


 「それが絵になるのは苦み走って、酸いも甘いも噛み分けた大人の男ですよ。可愛い女の子の姿では絵になりませんよ」


 リナが笑いをこらえながら指摘してくれやがった。悪うござんしたね、誰のおかげでこんな形になったのかな。


 「形はこんなんだけど、心はいつまでも男であり続けたいんだよ。そうじゃないと、ボクがボクでなくなってしまう」


 この姿になってから、身体は違えど、心は常に男だと思ってやって来た。この事だけでも彼女らに知っていて欲しい。


 「女の子のパンツを穿いていてもですか」


 「可愛らしい髪飾りを嬉々として付けていてもですか」


 シュマとコレットが疑い深い視線を投げてくる。確かに、彼女らの言うとおり、今、ボクが身につけているものは全て女性ものだ。


 「心は常に、戦装束を纏っているつもりだよ」


 ボクの言葉を聞いて、猛獣たちは小さなため息をついた。


 「お嬢様は、女の子ですからね」


 コレットが当然の事のようにボクに言い聞かせてきた。確かに見た目はそうだけど。


 「心配なさらなくても、心も身体に馴染んできますよー」


 シュマがにこやかに恐ろしいことを口走る。


 「お嬢様、人とは常に変化しているものですよ。このジャグがいい例ですよ。あたしたちと会う前と、後では全然違う、この旅に出てからさらに変わった。お嬢様が目の当たりにしてきた事ですよ」


 確かにリナの言うとおり、当初は犯罪的ストリートチルドレンだった。それがジャグがボクたちと出会って商人の見習いとなり、この旅に出てから女の子らしくなった。彼女の言う、人は常に変化する、と言う言葉は正しい。でも………。


 「普通は性別まで変わることはないよ」


 「世の中何があるか分かりませんから。柔軟に対応できる生き物が生き残れるんですよ」


 むすっと答えるボクにリナはあっけらかんと言い放ちやがった。


 「私は、お嬢様は生き残る、強者になると信じています。その優れた特性を持つお子を是非、産ませてください」


 コレットがずいっと身を乗り出して、ボクの目を正面からじっと見つめた。店内が暗いためか、瞳孔はまん丸になっている。

 コイツ、マジで言っている、ボクは何か得体の知れない恐怖を感じた。


 「お嬢様に産んで頂いてもいいんですよー」


 シュマが尻尾を振ってニコニコしながら恐ろしいことを口走ってきた。こっちも目が真剣だ。


 「君たちの真剣さは伝わって来るけど。残念ながらボクは心は男でも、身体は君らと同じだよ。産ますもことも、産むことも難しすぎると思うんだよね」


 ここで完全否定はしてはいけない。頭から否定したら彼女所の事だ 「やってみないと分かりません」 とか 「気合と根性があればできます」ってなって、何らかの生物学的な強硬手段に訴えてくるだろう。そうなったら、貞操だとか何だかんだの危機になりかねない、否、なりかねないじゃなくて、絶対に危機になる。


 「噂では、女性同士でも子をなす秘薬があるとか………」


 リナが恐ろしいことを口走りやがった。コイツ、ひょとして義母様から送り込まれた刺客なのかと勘繰ってしまう。


 「え、そんな秘薬があるんですか。私、頑張って産みますよー」


 シュマがリナに詰め寄って行った。そして、何気に恐ろしいことを口にしている。


 「お嬢様の御子を産むのは私しかありません。………お嬢様も一緒に産みましょうね。三人で同時に産んで皆で子育てするんです。きっと楽しいですよ」


 コレッとがうっとりとした表情で未来のことを語りだした。ボクは、大きなお腹をした自分を想像して全身に鳥肌が立った。


 「あたしもいますからね。あたしなら、1人とか2人とかじゃなくて、騎士団ができるぐらい産んで見せますよ」


 リナがなにやらやる気を見せてくれているけど、やる気は商売だけで良いと思うんだけど。


 「同じ産むなら、俺達のガキでも産まねぇか」


 「女同士でやるより、良い思いさせてやるぜ」


 「しゃーすぞー」


 ボクは声の主たちを見て思わずため息をついてしまった。どこの街にでもいる典型的なチンピラだった。ただ、他の街のチンピラと違うところは、彼らの服装が船乗り風であることだけだった。


 「誰に断って、我らに話しかけているのですか」


 コレットが獲物を狙う肉食獣の目でチンピラを睨みつけた。


 「話しかけてきた無礼は許してあげますから、あっちに行って下さいねー」


 シュマがにこやかに手で追い払うような仕草をしてみせた。2人とも明らかにチンピラどもを挑発している。


 「おい、あまり怒らせるな。話がややこしくな………」


 「お嬢様との素敵な時間に泥だらけの足で踏みこんできて」


 「あまつさえ、下品な言葉をかけてくるとは」


 コレットとシュマが静かに臨戦態勢になっている。毛を逆立てたりしていないのは懸命に自制しているのだろう。


 「にーさんたち、悪いことは言わないから、あたしたちのことは放っておいてもらいたいんだけど」


 リナがまるでGを見る様な目で彼らを見つめていた。

 なんで、喧嘩を売るんだろう、ボクは平和な状態でいたいのに。


 「俺たちが用があるのは、毛皮を着こんだお前らじゃない。こっちの別嬪さんだ」


 奴らは何とボクに目をつけていたのだ。気持ちが悪い、吐き気がする。目の前のチンピラに対して嫌悪感しか湧いてこなくなった。


 「シュマ、コレット他のお客様の迷惑にならないようにね」


 ボクはチンピラたちを無視して彼女らに店の表に出て徹底的に迷惑だと言う事を物理的に分からせてくれ、と言外に匂わせながら命じた。


 「面白いじゃねぇーか」


 「毛皮もしっかり可愛がってやるぜ」


 「しゃーすぞーっ」


 「表、出ろやーっ」


 ボクの言葉も彼らの無駄なやる気を増長させただけのようだった。


 「ロスタお姐ちゃん、ガンバレ」


 「応援している」


 ジャグとルメラが闘技場に向かう剣闘士へ無責任に声援を送るようにボクらに声をかけて来た。


 「さて、どっちが勝つ? 賭けてみない? ねー、そのおじさん」


 リナはちゃっかりとこの喧嘩を賭けに利用している。転んでも只じゃ起きないというか、ボクらを商売のネタにしていると言うか………、いつか、しっかりと話し合う必要があるようだ。


 「お誘いに乗ろうかな。2人とも殺しちゃダメだよ」


 リナのことはいったん置いといて、今はこれからの荒事に集中しなくちゃ。


 店の外に出ると、海鮮風チンピラが4人、ちゃーんとボクたちを待っていてくれた。

 律儀な人たちだとちょっと感心する。


 「しゃーすぞーっ!」


 彼らの中で一番がっしりした体格の男が大声を張り上げた。本当に短い付き合いだが、ボクは彼が「しゃーすぞー」以外の言葉を発しているのは聞いたことがない。彼は何かの修行をしているのだろうか、無言の行とか。


 「タクヤさん、それはいきなりマズイっすよー」


 ひょろ長いのが「しゃーすぞー」の男にニヤニヤしながら応えていた。彼の言葉が通じるんだ。新たな言語なんだろうか。


 「しゃーすぞーっ、しゃーすぞーっ、しゃーすぞ? 」


 多分、こいつらのリーダーなんだろうな。語彙が圧倒的に不足しているけど、何となく何かを訪ねているように聞こえた。


 「………」


 ボクは彼の言葉に親指を下に向けて見せた。彼の言葉に応えるのに言葉はいらない。これで十分だ。


 「しゃーすぞーっ!!」


 「タクヤさんの女になれば痛い目に合わないって言ってるのに。アホなガキだ」


 「処す? 処す? 」


 ひょろ長いのがニヤニヤしながらタクヤの言葉を翻訳した。その横でずんぐりしたのが短剣を引き抜いて笑みを浮かべている。コイツも語彙が圧倒的に不足しているようだ。


 「しゃーすぞ」


 タクヤがボクを睨みつけ、低く唸った。多分、殺すとか、そんな事を言っているだろうと推測した。


 「殺さないように」


 「賜りました、努力はします」


 「出来る限りですが……」


 ボクの言葉に猛獣たちが降尾な言葉で応えると、犬歯を剥きだした。その瞬間、コレットが背後に強烈な蹴りを、シュマが風切り音がするバックハンドブローを同時に同一の目標に、確認もせずに向けて放った。

 その瞬間、鈍い音とうめき声がして、その位置から離れた位置で衝撃音がしてきた。


 「レンーっ」


 ひょろ長いのが叫んだ、どうやら、被害者はボクらの背後にこっそりと回り込んだ奴らの内の1人だったらしい。


 「許さねぇっ」


 ずんぐりしたのが短剣を構えて突っ込んできた。体重を活かした突進だが、それをじっと待ち受けているほどボクもお人好しじゃない。


 「そうかい」


 ボクは彼の進行方向からさっと身を躱すと足をさっと出して引っかけてやった。彼は自信の武器である体重にやられて石畳の上を妙な声を上げながら転がって行った。


 「しゃーすぞ」


 タクヤが低く唸ると、ひょろ長いのがさっと彼に長剣を手渡した。ヤツはそれを自慢気に2・3度振ってボクに向けて構えた。


 「お嬢様、アイツ、ああ見えても」


 「かなりできますよー」


 コレットとシュマが言うように、ヤツは使う語彙とは裏腹に剣の腕は遥かに雄弁のようだ。


 「騎士殺しのタクヤさんを怒らせたようだなー」


 ひょろ長いのがニタニタと笑い声を上げた。


 「ふざけやがってよ」


 ずんぐりがよろよろと立ち上がって怒声を張り上げている。目の前の「しゃーすぞ」だけでも厄介なのに、背後にずんぐりを抱えての立ち回りとなった。


 「多少の出血は仕方ないね」


 「しゃーすぞ、は私とシュマで対処します」


 「お嬢様は後ろのをお願いします」


 猛獣たちのリミッターを解除し、こっちも殺す気でずんぐりと対峙する。


 「お前ら、何をしているっ」


 いきなりどこかで聞いたような大音声が響いた。

 ボクは思わず声の主を見た。そこには、筋肉の塊がいた。


 「このガド・シウス、女性に対する狼藉、見過ごすわけにはいかん」


 「ゑっ! 」


 目の前のしゃーすぞ並みに語彙の少ないガドが、彼にしては随分と難しいことを口走っているのを聞いてボクは思わず声を上げてしまった。

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