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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第23話 「誰もが体験したことがない物語りなんだ」

 ボクたちが連れ込まれたのは、ディナーショーが開催されるという銀河ホテルだった。しかも、最上階、只管階段を上がる労力を差っ引いても充分に豪華なスイートルームだった。


 「そんなに気負わなくてもいいよ。さ、楽にかけてくれよ」


 あの銀ピカが白い歯を見せ微笑みながら、フカフカのソファーを指さした。


 「うわ、ふわふわだ」


 「おお、これは動きたくなくなる」


 銀ピカの言葉が終わらないうちにジャグとルメラがソファーに飛び乗ってその感触を短い言葉で伝えてくれた。


 「行儀が悪いぞ。大人しくしなさい」


 ボクは彼女らに鋭く注意すると、彼女らは不承不承大人しく座りなおした。


 「………ボクらに何をさせようと言うのですか。場合によっては敵わないまでも、全力で拒否します」


 不思議な事に武装解除されていないのでボクは剣の柄に手をかけて銀ピカを睨みつけた。


 「おやおや、丸腰のボクに凄まなくてもいいんじゃないかな」


 ヤツは大げさに怯えたようなジェスチャーをしてみせたが、ボクたちを取り囲んでいるイカツイ連中がしっかりと武装して睨みを利かせているから、ヤツが完全に丸腰であるとは言い難いんだけど。


 「アンタは丸腰かもしれないけど、お友達ががっつりと武装していつでも飛び掛かれる状態じゃないか」


 ヤバイ状況に陥ってマズイ流れになっているようだけど、ボクは虚勢を張ってみせた。そして、ちらりと猛獣たちを見ると、追い詰められた獣の目になっていた。もし勇気ある人が、彼女らもしくはボクに物理的に生物学的に嫌な事、辱めるような事をした場合、それなりの血(ジャグやルメラも含んで)が流れることが予想された。

 このためにも、奴らに簡単に手を出させるわけにはいかないのだ。


 「何も手荒な事をしたいわけじゃない、特にそこの白と黒の女性には優しくて貰ったからね。皆、下がっていいよ。彼女らは安全だよ」


 銀ピカは手を振ってイカツイお友達を下げさせると、ボクたちを安心させるかのように笑みを浮かべた。

 目の錯覚かもしれないが、ヤツの背後に花が咲き乱れているように感じられた。そして、全身に虫唾が走った。


 「アンタの言葉、信じるよ。シュマ、コレットもう一度言う、牙と爪を納めよ」


 ボクが静かにシュマとコレットに命じると、彼女たちは小さく舌打ちしながらそれぞれの剣の柄からてを放した。


 「で、アンタはボクらを脅して、アンタの英雄譚をぶち壊さないようにさせたい………、否、誰にも話すことができないようにしたいってことかな」


 ボクは内心の不安を押し殺し、出来るだけ尊大な態度でソファーに腰を降ろし、顔を上げ持っている力を総動員して相手をつまらないモノのように見ることにした。


 「まさか、この俺がご婦人に対してそんな事はしないよ。君に合わせたい人がいるんだ。決して悪い話にはならないよ。もう、入ってきていいよ」


 銀ピカはゴツイ男たちが入って行ったドアとは違うドアに声をかけた。


 「女の子と見ればカッコばかり着けて、全く君の動きは無駄が多いよ」


 ドアから出てきたのはリナぐらいの年齢の小柄な真人の女性だった。彼女は黒髪を後ろに束ね、飾り気のない地味な服装だった。銀ピカと並ぶと随分とアンバランスに見えた。


 「うーん、君たちが私たちの計画に気付いたって人たちだね。この件で強請って来るようだったら、私らもそれなりの対応をするつもりだったんだよね。でも、君らはそんな事をするようには見えなかったんだよ。君は強請るぐらいならもっとエゲツナイことをするタイプだよね」


 彼女はにこやかに言うと、ボクの正面に腰を降ろした。ボクらはいきなり現れた彼女を訝しそうに見ていると彼女は、何かに気付いたようで居ずまいを正した。


 「紹介が遅れてごめんね。私はルーダ・エイロン、ストーリーテラーを生業にしているんだよね。でも、これと言ったヒットはないんだ。で、今、私らがやっているのは、誰もが体験したことがない物語りなんだ」


 ルーダと名乗った女はキラキラと目を輝かせながら奇妙な事を口走った。彼女の言葉にボクらは首を傾げるしかできなかった。


 「いいかい、今までの物語は本だとか、吟遊詩人の歌だとか、お芝居ぐらいでしか体験できないでしょ。でも、今、現在進行しているのは物語の中に入って、物語を五感で体験できる企画なんだよ」


 彼女は熱く語り掛けるけど、本なら版権、吟遊詩人にはおひねり、お芝居には観劇料、でも彼女のやっている新しい物語はどうやってお金を得ているのか分からない、と考えているとはっと思い出した。


 「つまり、ディナーショーのためにあちこちで悪党退治をしたりしていた? 大がかりだなー」


 ボクは彼女のやっていることがどうも効率的な事業に見えず思わず感想を漏らしていた。


 「ディナーショーは儲けの一部。他の物語の主人公みたいに架空の存在じゃなく、実際に存在するコルセール・エナンの冒険譚、普通に本も歌もお芝居でもお金は入ってくるからねー。そこの尻尾のお嬢さんが持っているハンカチなんかのにグッズでもお金が入って来る。悪い商売じゃないよ。………コルセール、お客様にはお茶とお菓子を忘れたのかい? 小さい子もいるんだよ。いいかい、君はどんな時にも女性の味方、女性の思い描く理想の恋人じゃなくちゃいけないんだ」


 彼女はそう銀ピカにそう言うと指をパチンと弾いて、イカツイのを呼び出して、ボクたちのお茶とお菓子を持ってくるように命じた。



 「それで、ボクたちに何を望んでいるんですか? 永遠に口を閉じさせるつもり? それは、さっきも言ったけど、全力で拒否するよ。傭兵は伊達でやっている訳じゃないんでね」


 ボクは余裕があるように見せることに全力を注ぎながらワザと横柄な態度を取り続けた。元々キャラじゃないんでそれなりに消耗するんだけど。


 「ロスタお姐ちゃん、このお菓子おいしいよ」


 「なかなかの美味だよ」


 ボクの気苦労なんかどこ吹く風でジャグとルメラは出された焼き菓子に舌鼓を打っていた。流石に猛獣たちはそんな事がないだろうとちらっと見ると………、彼女らも気持ちいいぐらいに餌付けされていた。


 「お嬢さんたちに気に入ってもらって嬉しいよ。俺たちは力づくで君たちをどうこうするつもりはないよ。俺らからお嬢さんたちに望むことは、ルーダに説明してもらう」


 今まで、ただ居るだけだった銀ピカが無理やり存在感を出そうと頑張ってきた。そんな事になれているのかルーダは敢えて突っ込むこともせず、ボクをじっと見つめて口を開いた。


 「この物語の新たな展開に協力してもらいたいんだ。旅の自由騎士が旅先で何かと出会った訳アリの傭兵の主従、更に訳あり感ありありの行商人、新に物語を作り上げるのに最高のキャラクターなんだよ。特に、亜人もいるし、うん、いいお話が作れそうだよ。だから、君たちに協力してもらいたいんだ。勿論、只で、何て言わない、それなりの報酬を約束するよ。………君たちが主要な働きをする物語一つにつき、本やお芝居から得られる額の………」

 

 ルーダは自分の考えを一方的にまくし立てると、ポケットから取り出したメモに数字を書き込んでボクに見せた。


 「お嬢様、ここは商人のリナにお任せを………、エイロンさん、これだとあたしたちの取り分が少なすぎますよ。せめてこれぐらいは………」


 リナはボクの横から顔を出すとルーダと本格的な取引の話をしだした。


 「リナ、何を勝手に進めているんだ? ボクはまだ彼女の話に乗るなんて言ってないぞ」


 ボクはリナの襟首をもってぐっと引き寄せた。


 「お嬢様を差し置いて勝手な行動、万死に値します」


 「なーに勝手に話をしているんですかー。喉笛、食いちぎりますよー」


 ボクに引き寄せられたリナの首とお腹にコレットとシュマが手にした短剣があてられていた。


 「お嬢様、しゃしゃり出た事はお詫び申し上げます。が、この状況であたしたちがこの話を断れるとお思いですか。確かにコレットとシュマがいればお嬢様を逃がすこともできるでしょうが。ジャグはどうなります? ジャグは私の徒弟、彼女の身について全責任は私にあります。可愛い徒弟を守るのは親方としては当然の事です。ルメラはお嬢様しか頼る者がいないのですよ。彼女の身をどうやってお守りになられるんですか」


 短剣を当てられながらもリナはボクをきっと見つめて彼女なりの考えを伝えてきた。確かに、彼女の言うように、今のボクらに選択肢は無い。無い中でも最も良い道をリナは作ろうとしていただけの事だった。

 独断専行したけど。


 「コレット、シュマ控えていいぞ。すまなかった。リナ、値段の交渉は任せた。………これから、ボクたちは具体的に何をすればいいんだ」


 ボクは置き去りにされがちな銀ピカことコルセールに尋ねた。もし、ヤツの彼女になれなんてことなら、この場で拒否してやるつもりだ。


 「まずは、白銀の騎士の世界観を知ってもらうためにディナーショーに来てもらうよ。これはお仕事の一つ、宿泊はこのホテルに部屋を取ってあるよ個室は無理だったから、君ら全員が同じ部屋になるけど良いよね」


 コルセールは白い歯を見せてにっこり微笑んできた。何度見ても鳥肌が立ってしまうがここは我慢だ。


 「………君たちに希望することは、ディナーショーでは、話を合わせてほしいんだ。………つまり、手傷を負って倒れていた俺を君たちが助けてくれた。そして………」


 コルセールが考え考えボクたちに要求することを伝えようとしてきた。ボクたちを口説いて来た時のような流ちょうな話し方はそこになかった。多分、口説き文句以外を口にするのは苦手なんだろうなと、勝手に理解することにした。そんなコルセールにしびれを切らしたルーダさんが割り込んできた。


 「旅の行く先で不思議な縁で君たちとコルセールは邂逅する。そして、危機に陥った君たちをコルセールが颯爽と現れて救う。ここから難しくなるんだけど、ロスタ嬢には、助けてもらっても『私で何とかできたんだから』とか、ツンでいて欲しいんだよ。ここでデレっとなるとファンの女性から恨まれるからね」


 ルーダさんそれはそれで、ファンの女性から恨まれると思うんだよね。ボクはこの時ほど男で合ったらよかったのにと、もう失われて久しいマイサンを思い起こしていた。


 「今夜のディナーショーでは、ボクたちはコルセールの話を肯定すればいいだけなのかな。助けたと言っても毛虫を取っ払ってあげただけ、なんだけど」


 ボクは目の前の優男が小さな毛虫にパニックになって泣き喚いていた姿を思い出しながらルーダさんに尋ねた。すると、彼女の表情がいきなり険しくなって、コルセールを睨み殺す勢いで見つめた。


 「また、やらかしたのかい。少しぐらい耐性をつけてくれよ。なにも毛虫と恋人になったり結婚するわけじゃないんだよ」


 ルーダさんはそう言うとため息をついて頭を抱えてしまった。確かに、物語の主人公にするには致命的な欠陥だろうね。あの取り乱し方は、見苦しいと言う言葉がぴったりと当てはまるんだよね。


 「うねうねしていて、足がいっぱいあるのは普通じゃない。足がないのも普通じゃない。存在があり得ないんだ」


 「君の狼狽え方があり得ないよ。いくら、私らがお膳立てしても、君のソレで何もかも台無しにしてしまうんだ。ロスタさんたちも君のアレを見たから観客にはなれなかったんだ。君のその悪癖のおかげでどれだけのシナリオを作り変える羽目になったか………、こんな事が続くなら主役の変更を考えないといけないからね」


 苦手なモノを思い出して顔色を失っているコルセールにルーダさんが冷徹に言い放った。


 「見た目、剣の腕、機転、女のあしらいどれをとっても及第点なのに、毛虫のことで全てを台無しにしているんだよ。自覚してもらいたいね。主役の交代ってことも視野に入れておいて」


 ルーダさんは居心地が悪そうにしているコルセールに冷徹に言い放った。


 「そっちの事情は分かりましたが、私たちは何をすればいいのでしょうか? 勿論、違法な事は拒否しますよ」


 コレットが2人の会話を遮るように鋭く質問した。違法な事や生物学的にいかがわしい事なら絶対に引き受けられないから。ここは重要な事だ。


 「さっきも言ったようにディナーショーでは、彼と話を合わせてほしいんだ。で、ここからが重要なことなんだ。ディナーショーが終わったら、このホテルの近くにある「こうぎょく亭」って言うレストランに言ってもらいたいんだ。ディナーショーでは食事も出るけどちょっとばっかり量が少ないんだよね。そこで、人相の悪いのが絡んで来るから、反撃せずにオロオロしていてもらいたいんだ」


 ルーダさんはそう言うとチラリとコルセールを見つめると、身を乗り出して小声で話し出した。


 「そこをコイツが助けに入るって筋書き。君たちに絡んで来るのは訳ありの君たちの訳ありの部分に関わっているって設定で行くからね。それっぽい台詞があったら合わせてよ」


 ボクたちの危機をコルセールが救う、しかも襲われた何か訳あり、襲った連中も関係あり、見ている者に何となく謎を与えて、次を見たくなるように仕向けるようだ。


 「ルーダさん、この後の展開はどうなるんですか? 」


 今までコルセールのやっていることは他人事だと思っていたけど、もうボクらは当事者に成り果ててしまっている、これからの動きを知りたくなるのは当然だ。それを聞く権利がボクにはある、はず、と思う。


 「うーん、今考えているのは、ロスタさんは実は、どこかの大物貴族、王族の御落胤ってことで、手に入れたいとか、始末したいってのが居るってお話にしようかなと思っているんだ」


 考え考え話すルーダさんの言葉を聞いて、何となく既視感を持ってしまった。これって、作り話なんだよね。


 「うーん、そのお話はいいけど、ボクの行動に思いっきり影響が来そうなんだけど」


 「大丈夫、大丈夫、そこはお話の肝になる所だから、隠していくよ。だから、安心していいよ」


 彼女はこれからの展開を考えているらしく、明るく、事も無げに言い切った。でも、安心しきれないんだよね。この物語は不特定多数が楽しんでいるんだから、どこかのバカが明後日の方向に深読みして収拾がつかないってことになりかねないと思うんだよね。


 「お話は受け取り手の気持ち一つでどうとでもなるんだよね。お嬢様にいらないちょっかいをかけてくるバカが湧いてくるのは頂けません」


 コレットがボクの不安を代弁するようにキツクルーダに突っ込んでくれた。


 「私たちとコルセールさんが何かと関わって来るとなると、多くの女性に嫉妬されそうで怖いですよー」


 コレットの言う事も一理ある、あのご婦人方を敵に回したら、どんな攻撃をされるか見当もつかないけど、陰湿な攻撃であることは想像できる。あの継母のスーチェで思い知らされてきたからね。

 食べ物の中に縮れた毛が入っていたり、宴席にワザと呼ばれなかったり、間違ったドレスコードを教えてくれたり、うん、実家と距離を取りたかったから、あんまり気にならなかったけど。


 「そこは、ぼやかすよ。はっきりとしたイメージがあると下手な嫉妬を呼び込むからね。そこは、薄幸の令嬢として描きたいからね。特に、君はイメージに合っているんだよね。令嬢であることを隠すためにあえて男の子みたいな話し方をしたり、傭兵をしていたり、そして尻尾のお嬢さんたちとの関係もいいからね。特に、そこの子、謎を深くするには良いキャラとしているよ」


 ルーダはニコニコしながら最後にルメラをじっと見つめた。そして、少し首を傾げた。


 「私の知っているリザード族とも違うし、見たことがない種族みたいだけど、うん、良いキャラだね。君の種族は何なのかな? 」


 ルーダの問いかけにルメラにはちょっと困ったような表情を浮かべると


 「分からない」


 と、簡潔に答えてくれた。本当のことを口走られたら大騒ぎになることは確実だから、本当にほっとした。後で、何か甘いモノでも奢ってやろうと思った。良い子にしていたからね。


 「分からない? 君はこの子とどうして知り合ったんだい? まさか、奴隷商から買ったなんてことはないだろうね。………買ったとしたらその理由が問題になって来るな………」


 ルーダさんはぶつぶつと独り言を言いだした、ボクの予想だと、彼女はルメラを主にした物語を考えている最中なんだろう。


 「街中で彷徨っている所を保護して、身寄りがなさそうだったから、ボクが保護者になっている。こう見えても、元服はすんでいるからね」


 ボクはルメラの肩を抱きながらボクとルメラの関係について簡単に説明した。勿論、彼女が竜であることは伏せたけど。


 「そっかー、訳ありが連れている訳ありの少女………、しかもどこか神秘的だし、うんうん、良い感じだよ」


 ルーダさんはそう言うと軽く目を閉じて創作の世界に没入してしまった。


 「あ、あっちの世界に入っていたよ。イケナイ癖なんだよね。で、改めて聞くけど、君たち、この話に乗るかい」


 ルーダさんはにこやかに手を差し出してきた。その手を握れば契約となる。ボクは躊躇いながらもその手を握ることにした。


 「細かな金額や条件に付いては、リナに任せている。彼女と話をしてもらいたい」


 ボクはルーダさんにそう言うと、初めて出されたお茶に口をつけた。

 温くなったお茶はとても苦いように感じられた。



 「お嬢様、あのお話を受けて良かったんですか。下手すると目立ってしまいますよー」


 大きなホテルの一室に通されたボクたちが無理やりにでも寛ごうと強いる時、シュマが心配顔で言いにくそうにボクに尋ねてきた。彼女の心配も当然の事だ。


 「リナが言ったように、あの場所では請ける以外の手はなかった。面倒なヤツに目をつけられたもんだよ」


 ボクはシュマが心配しすぎないようにできるだけのんびりした口調で明るく答えた。


 「お金も良い感じで手に入れられますよ。今回のお芝居込みで大金貨3枚ですよ。良い交渉したでしょ。流石、将来の大商人リナ様ですよ」


 リナが思ったよりも収入があることにホクホク顔でボクに訴えると、犬や猫が甘える時みたいに褒めて、褒めてと頭を突き出してきた。ボクはちょっと苦笑しながらもその頭をワシワシと撫でてやった。


 「魔晶石と光石を売っただけでもいいお金になりますから、今回の収入で路銀は随分と豊かになりますよ。野宿することも無く、王都へ行くための船も良いのを選べますよ」


 リナは多分頭の中で算盤をはじいてるのだろう。見込まれる儲けにいくら隠しても顔がにやけるようだった。その通りになることを心から祈っている、なんせボクらの生活に直接かかわることだからね。


 「面倒な事に巻き込まれているんですから当然の事です。これでタダ働きになるなら、アイツらを………」


 コレットは憮然と呟くと鋭い爪を指先から出して、いつでもとってやる、の決意を見せてくれた。


 「訳ありの訳ありって、これからどうなるのかな」


 ルメラが焼き菓子を齧りながらボクに尋ねてきた。ボクの場合の訳ありってのは事実に近いから良いとして、ルメラの場合は竜だと言う事はルーダさんが想像する以上の訳ありになるんだろうな。


 「どこかの国のお姫様だったりかなー」


 ルメラの隣で黙って話を聞いていたジャグが面白そうに彼女に話しかけた。


 「ルメラはお姫様じゃないよ。ルメラはルメラだよ」


 ルメラがちょっと口を尖らせながら応えていた。ここで竜と言いださないのは今までの教育の賜物だと、ちょっときついようだけどアレはアレで間違いがなかったとボクは納得した。



 「お召し物をお持ちしました」


 そろそろ日が暮れるかなと言う時、扉をノックする音がして、侍女風の真人の女性が3人ワゴンを押して入ってきた。


 「今夜のディナーショーにはこれを着て参加してください。貴女たちのサイズに調整していますので、着付けに手間がかかることはありません。主のルーダ様より、このドレスは貴女様方に差し上げることを伝えよと言いつけられております。着付けで分からないことがあれば、お声をおかけください。廊下で待機しておりますので」


 彼女たちはワゴンを部屋の中に入れると深々と頭を下げ、静かに部屋から出て行った。


 「廊下で待機って、見張られているんだ」


 コレットが彼女らが出て行った後、ドレスを手に取ると廊下の方に視線と耳を向けて嫌そうな表情を浮かべた。


 「契約したから信用してもいいのに、半ば力で脅されての契約みたいなものだしね。だから、リナが頑張って、取り分を増やしてくれた。そのお返しかもね」


 ボクは彼らが用意した淡い水色のドレスに手を通しながらコレットの愚痴に付き合った。この身体にも慣れてきたから、着替えも一人でできるのだ。


 「そんな着付けじゃしわが出ます」


 「御髪が乱れてますよー」


 ボクの自立心を猛獣2頭が噛み潰すように手を出してくる。


 「そのドレスには、この髪飾りが良いです。黒髪と絶対に合います」


 リナが商品の中から銀製の髪飾りを取り出してボクの頭に着けると明るい笑顔を見せた。


 「うわー、ちゃんと尻尾の穴もあるし、尻尾だすところのリボンがイイ感じ」


 ルメラは自分用に準備されていたドレスを見てはしゃいだ声を上げた。こうやって見ると普通の女の子なんだよね。


 「こうやって見ると、前のじーさんたちが準備してくれたウサギスーツよりマシなんだけどね」


 金と力を持っていても男目線の浪漫しかない連中と女性の心理を利用して金儲けしようとしている連中との差がここに現れていると思った。


 でも、ボクはあのじーさんたちのウサギスーツの方が純粋だと思う。と言ってアレを着たいわけじゃないけど。

 でも、他人が斬る分には寛容だからね。


 「これからの行動を確認しよう。まず、ディナーショーに参加する。ここで、アイツから降られた話には肯定のみ。間違っても否定しない、とくに毛虫関連の話は無し。聞かれない限り話さない。ジャグ、ルメラも注意してくれよ。ナメクジとかGを見つけても騒がないし、アイツには絶対見せない。いいね」


 ディナーショーが始まるまでまだ時間があるのでボクは全員にこれからの行動について頭を合わせておくことにした。


 「ディナーショーが終わったら、このホテルの近くにある、えーとなんだっけ? 」


 「紅玉亭ですよー」


 「確か鋼玉亭でしたよね」


 「うん、硬玉亭だった」


 猛獣3頭がボクに即答してくれた。


 「こうぎょく亭に食事に行って、そこでからまれる。この時、反撃しない事、あくまでか弱い女の子を演じ切る事、アイツが出てくるまでの我慢だから」


 これが一番難しいんだよね。ボクが我慢できても、ボクに誰かがちょっかいをかけた時、シュマとコレットの動きを制御できるかと言うと、主人であるボクでさえそこは自信がない。


 「度が過ぎれば、それなりの対応をします」


 「大丈夫ですよー。殺しませんからー」


 コレットとシュマが心強い事を言ってくれたけど、それはナシだから。


 「アイツが来るまで、何もしない。オロオロする演技をするだけだよ。だから、ボクが絡まれてもそれはお芝居だから、そこを忘れないように」


 これだけ釘を刺しておけば充分だろう。ちょっと不安だけど。


 「あまりにも酷いと、この秘薬を使います」


 リナがカバンから小瓶を取り出してニヤッと笑った。


 「えーと、その薬は? 」


 「一生、勃たなくなる薬です。萎びて萎えてしまいます。効果は抜群です」


 ボクの質問にリナはにこやかに恐ろしいことを口走った。そんなモノ喰らったら、死んだ方がマシと思うようになるだろうね。


 「それは、使わないで欲しい」


 ボクは股間に幻肢痛を感じながらリナにその薬を仕舞うように命じた。 

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