第22話 「物分かりの良いお嬢さんは好きだよ」
「眠い………」
日が昇るのが早い季節、そんな時に日が昇るのと時を同じくして出発したものだから、幼いルメラやジャグは眠たそうで、欠伸を連発していた。
なんでこんなに早く出発したか。お日様が昇りきってからだと暑くなるから、しかも河畔の道に吹き付ける風は湿気ていて、宿屋の女将さんの言葉だと、身体が不調になるとのことだからだ。何事も安全第一だからね。
「眠いだろうけど、我慢だよ。街についたらゆっくりできるからさ」
ボクは目をこするジャグとルメラに心からすまなそうに言うと軽く頭を下げた。
「この季節、お天道様の下を延々と歩くのはキツイですからねー」
「黒くなってから、暑くなりやすいんですよね」
汗を各部分が少ないシュマやコレット、リナは暑いのは苦手みたいで、リナに至ってはだらりと舌を出している体たらくだ。
………ルメラに関しては良くか分からないけど、額の汗を手で拭っているのを見るとボクらに近いのかもしれない。
「確か、アレのディナーショーが明日だったと思うんだよね。何をやらかしているのか興味があるんだよ」
ボクはあの銀ピカの悪ノリが行き過ぎていれば、ちょっと横槍を入れてやろうと思っていた。
アイツが単に気に入らないって事ではなく、世のため、人のために。
「何かの商機があるかもしれませんからね」
暑さにうだりながらもリナはウキウキしているようだった。
「ルメラはお風呂に入りたい………」
ジャグに手を引かれながらルメラは恨めしそうにすかっと晴れ渡った空を見上げていた。
「竜は天候を操るっていわれているけどルメラもできるの? 」
ジャグは己の手をしっかりと握っているルメラを少し期待のこもった目で見つめた。
「哀れで、惨めで、卑小な竜の出来損ないのルメラにはできないよ」
ルメラは寂しそうに口にした。そして彼女の台詞はボクが詰めた影響が少なからず出ているようだった。しかし、彼女をここまで卑屈したことを少しばかり後悔した。しかし、猛獣に序列を教えることは大切だから仕方ない事だから、と自分に言い聞かせた。
「ここまで躾けておけば、大きくなってから仕返しされないですね」
リナがこっそりとボクの耳元で囁いてくれた。
「うーん、逆に恨みが激しいことにもなりそう………」
ボクはちらりとルメラを見ると彼女と視線が合った。すると、彼女はひきつったような笑みを返してきた。実際、調教された猛獣でも何かのはずみで野生を思い出したりして、主に牙を剥くそうだから、これで安泰ではなく、逆に恨まれているかもしれないと言う恐怖もあった。
「恨まれるのはお嬢様だけですよね。あたしらは特に何もしてませんから」
ボクの言葉にリナがいきなり焦ったような声を出した。君だけが助かろうなんてそうは行かさない。
「ボクが詰めている時、彼女を助けなかった、これは同罪だよ。リナだけ助かろうなんて甘い話はないからね。と、言ってルメラを甘やかして取り入ろうとしたら、付き合いを考えるから」
ボクは眼力を総動員してリナを睨んでやった。
「そ、そんなー、あたしとお嬢様は一蓮托生ですよー」
リナはひきつった笑みを浮かべて、冗談ですよー、と言っていたけど、将来の有るかもしれない危機より、目の前の信用らしきものを選択したようだ。
「ルメラは生まれてちょっとしか経っていないのに、こうやっておしゃべり出来たり、自分で着替えられるんだから、やっぱり竜はスゴイよ」
そんなリナとは反対に、ジャグは素直にルメラの能力を称賛していた。
「えへへ、そうかな。そうでもあるか」
ジャグに褒められ、ルメラは表情を崩していた。竜であれ何であれ、女の子は笑顔が一番だと思った。
その笑顔を曇らせて張本人が言うのはナンだけど。
「この調子で行けばお昼ごろにはワイスの街に着けそうですよ」
シュマが道の脇に建っている道標を見つけてボクに話しかけてきた。その道標は苔むした腰のあたりまでの高さの石で、その表面に「ワイスまで半日」と彫られていた。
ここで言う半日とは、お日様が出てからお昼までぐらいの時間を普通に歩いてと言う意味だ。道路を作ったり、橋を架けたりする時の測量には別の単位が使われるが、それだとピンと来ないという意見の元、感覚に訴えた単位となっている。距離に関しては、無いよりマシってレベルだけど、この道で目的地に行ける事を保証するという意味ではありがたい存在だ、ただそれだけの存在だけど。
「じゃ、お昼はワイスで食べようか」
「美味しい川魚があるかもしれませんね」
ボクの提案にコレットが嬉しそうな表情を浮かべてくれた。
「お肉もいいですよねー」
シュマも負けじと昼食のリクエストらしきことを口走る。何を食べるのもいいけど、路銀が無限にあるわけじゃないからね。
「お財布に優しい食事で行こうと思う。宿もそれなりの値段だろうし、銀ピカのおかげで臨時に値段を上げているかもしれないし。清潔で安全な宿が第一、食事はその次にしたいと思う………、リナ、大丈夫だよね」
ボクたち一行の経済を一手に握っているリナにボクはご機嫌を伺うように尋ねた。
「先日手に入れた魔晶石やら夜光石が売れれば、お魚でもお肉でもお酒でもいい感じで行けますけど、現在は節約も兼ねて、お嬢様の仰る通りにしたいですね。お金が足りなくなると、赤いモノを口にすることになるかも知れませんから」
リナは暗に身体を売らなくてはならなくなると仄めかして、コレットとシュマを睨みつけた。
「良くお食べになって、良くお飲みになれる方がおられますからねー」
「お嬢様を御守りするには体調が万全でないと」
「情報収集の道具としてのお酒は有効ですよー」
コレットとシュマが引きつったような笑みを浮かべながらリナに説明していたが、ふと、何かを思い出したようで、ジトっとした目つきでリナを凝視しだした。
「………リナ、あのパンツは商品として買ってないよね」
「怪しい下着の類も………」
「あ、あれは、これから扱う商品で、その前にあたしが試着して着心地を確かめているだけだから」
いきなりリナの動きが妖しくなった。ボクが何かあるのかと訝しく彼女を見ると、その動きがぎこちなくなってきていた。
「あのパンツって、ロスタお姐ちゃんが男だった時に買ったヤツだよね」
ジャグがぎこちない動きのリナに追い打ちをかけるように明るく言い放った。
「そうよ。全く気付いてもらえなかったんだよ。際どいスカート穿いたのに。でも、諦めていないからね。こんどはもっと際どいので迫るから。ロスタ様には、もっとせくしーなモノを用意しますからね」
随分前にやたら短いスカートを穿いて、御用伺いに来たことがあったっけ。あの時は、まだまだ子供だったからあのスカートの意味も時折見えたパンツと思しきものの正体と意味がやっとわかった。でも、今のボクに迫ってもらってもどうしようもできないんだけど。
この原因を作ったのは、リナなんだけどね。
「聞き捨てならないことを言ったね」
リナの吐いた台詞にコレットが全身の毛を逆立てて歩み寄った。その剣幕に思わずリナは後ずさりしていた。
「素敵な事を思いついたね。私、思わずブワッとなっちゃったよ」
コレットは怯んでいるリナのを手を取るとブンブンと上下に振り、満面の笑みを浮かべていた。
「気づかなかったよー。でも、それ、絶対に良いよ」
シュマも尻尾をブンブンと振って、リナの手を取っている。そして、3匹が一斉にボクに視線を向けてきた。
彼女らの眼は、捕食者の眼だった。
ボクはこれから捕食される小動物の気持ちが少し分かったような気がした。
「折角、女の子になられたんですから、お洒落も楽しまないと」
「そうですよー、勿体ないですよー。スタイルがいいんですからー」
コレットとシュマの頭の中では、ボクを裸にひん剥いている事が予想できる。
このままだと、既定路線になってしまう。
「路銀が怪しい時に、妖しいモノを買う必要はないよ。そんなモノにお金を使うなら、ジャグやルメラにお菓子を買う方が建設的だと思うね」
ボクは彼女らの企みがあまりにも杜撰であることを指摘してやった。
そして、ボクはこの一行の中では比較的常識人だと思っているジャグに一役買って貰おうと思った。
「おいらも、やっぱりロスタお姐ちゃんのカッコイイ姿を見たいな」
ジャグよ、お前もか。ボクの下着姿なんか見た所で、一銭にもならないし、何の得もない。そして、それ以上にボクが傷つくから、………泣くぞ、思いっきり泣き喚くぞ。
「ボクの事より、早くワイスに着くのが今の最大の問題だと思うよ」
「ロスタの言うとおりだよ。お腹が空いて動けなくなる前に街に着かないとヤバイもん」
ボクはかの話題を無理やりにでも変えたかったわけではない。あくまでも、今の行動についてちゃんと方針を決定していかないとイケナイと判断したからだ。
何より、年少者が割と常識を弁えていたことにボクは感動を覚えていた。
「そうですねー、お腹が空いたころに着くのがイイ感じですね」
シュマが自分のお腹を撫でながらニコニコしだした。多分、彼女の頭の中には今日のお昼のメニューが開かれているのだろう。
「兎も角、前に進めですね。街に着かないと何も始まりませんからね」
コレットも気持ちを切り替えてくれたようで、ちょっと安心した。
「パンツのことは街についてからでも考えられますからね」
リナも今の重要事項を認識してくれたようだ。でも、パンツについては重要度は低いから。
「やっと着いたーっ」
暑い中、文句も泣き言も言わず黙々と歩いてきたジャグが嬉しそうな声を上げた。
そろそろお昼の食事をしようかと言う時間にボクたちはワイスの街の門に辿り着くことができた。
「行商人と護衛の傭兵か」
門番にボクらの身分証明書を見せると彼はつまらなそうに一瞥するとさっと返してくれた。
「ディナーショーは中央広場に面した銀河ホテルで夜からだ。暗くなる前にホテルに入っておけよ。物騒だからな」
彼はボクたちに関係のない説明と注意するべきことを教えてくれた。どうも、予め説明文があるようで、それをそのまま口にしている感じだったが、取りあえずお礼だけは述べておいた。
「とりあえず、ご飯を食べようか。どこかイイ感じのお店ないかな」
そろそろ不平をこぼしだした腹の虫を宥めながらボクはリナに尋ねた。旅慣れている彼女なら、初めての場所でも鼻が利くと思ったから。
「んー、そうですねー、あそこの行列ができている所に並びましょうよ。美味しくて人気があるから行列ができますからね」
リナが指さした小さな店の前に、こんな街ではお目にかかれないような行列ができていた。その行列を見ながらリナは自分が如何に旅慣れているかを自慢気に胸を張った。
「リナ、悪いけど、アレって似顔絵屋だよ」
「白銀の騎士と一緒にいるように描いてもらえるみたい。お値段は………私はいらないよー」
ドヤ顔のリナにコレットとシュマがジトっとした目で突っ込んでいた。
確かに、お店の前に「コルセール・エナン様とツーショット」って看板が出ているね。結構目立っている。
「いつものリナが帰ってきた」
思わずボクはそう呟いていた。妙に鋭いリナより、こっちの方が何となく安心できるのは何故なんだろうか。
「おい、こっちだ」
ボクがリナの相変わらずの冴えっぷりに感心しているといきなり、路地の方から声がかかった。
「? 」
思わず、ボクは声のした方向を見た。そこにはカロン号の船長の姿があった。彼は、周りを気にしながらしきりに手招きしていた。
「カロン号の船長だよ。目立たないように路地に行くからね」
ボクらは出来る限り、自然な風を装って彼がいる路地に足を向けた。
「この先に店がある。そこで話をする。できるだけ目立たないようにしてくれ」
船長は辺りを伺いながら、薄暗い路地を静かに歩き出した。ボクらはその後をただ黙って付いて行った。
「嬢ちゃんたち、俺の船に乗っているのを見られていたらしい」
船長が案内してくれたのは、場末のごみごみした大衆食堂兼酒場だった。まだお昼だと言うのに出来上がっている連中がいたり、如何にもワケありなのがいたり、身一つで稼ぐ古くからある職業に従事している赤いモノを身に付けたケバイおねーさんなどが、あちこちのテーブルでそれぞれのやり方で食事やお酒を楽しんでいた。
「見られたって、誰にですか? ひょっとして、あの銀ピカ野郎ですか」
ボクは船長に予想されることを聞いていた。ボクの言葉に船長頷いて肯定してくれた。
「特に隠れるようなことはしていませんでしたからねー」
「隠れるなんて、私たちは何も悪くないんですから、堂々としていればいいんです」
シュマとコレットは船長が言ったことの意味がとれないようでそれぞれが首を傾げたり、ムッとした表情を浮かべていた。
「問題はそこじゃないんだぜ、尻尾の嬢ちゃんたちよ。あの襲撃が茶番なんてこの川で生計を立てている連中ならとっくに知っている事さ。なんせ、この十数年あの手の荒事は起きていない。大体あんな大騒ぎな事をしたらすぐに目をつけられるだろ。やるなら、こそっとだ。なんで客船なんて目は多いのに貴金属ぐらいしかないのを襲う? 奴らは、嬢ちゃんたちみたいな旅人に知られるのが嫌なんだよ。あちこちで、言い回られるとマズイ事になるみたいだからよ」
船長はシュマとコレットに説明するとボクにきっと視線を投げかけた。
「今朝、俺の船に見ねぇ顔の連中が来てよ。乗せていた客は何処に行ったって聞いてきやがった。ありゃ、嬢ちゃんたちを探しているね。船の上で見たことを口外されたくないんだろうな。この街にいる間は気を付けるこった。できれば、さっさと出て行くことを薦めるぜ」
船長はそう言うと目の前に置かれたボトルでラッパを吹いた。
「貴重な情報をありがとうございます。ここでのお代はお礼として私どもが払います。………どうして、そんなに親切にお教えいただけたのですか? 」
ボクは丁寧に船長にお礼を述べ、何故そこまでしてくれるのかも尋ねた。すると船長は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「俺の船に乗った船員以外、旅客として乗った第一号が嬢ちゃんたちだ。旅客の世界じゃ、最初のお客が女だと幸運だと言われているらしいから、別嬪が6人も最初のお客だ。幸運の女神様を邪険にゃ出来んだろ。女神様からの好意はそのまま受け取るけどよ」
船長はガハハと笑いながら店を出て行った。彼の背中を見送るとボクは猛獣たちに話しかけた。
「彼の言ったこと、誰かがボクらの口を封じたいみたいだと言う事、悲しいけど、今のボクにその言葉を否定するだけの情報はない。銀ピカ一人だけじゃなくて、アイツの取り巻きがどれだけいるかも分からない、安全を考えればワイスの街からさっさと出て行くのが一番かなと思う………けど」
ボクはここまで言って言葉を区切って猛獣たちの顔を見つめた。
「そんなに短期間で商品はさばけませんよ。出来たとしても足元見られてしまいます」
リナが腕組みをしながら、商人としての視点からの意見をくれた。
「アイツらのために動くなんて、負けたみたいで気にい喰いません」
コレットはアイツらのおかげでこっちの行動が決められるのが気に障るようだった。
「お嬢様の御心のままにして下さいよー。私は付いて行きますからー」
シュマは危機感を感じているのか感じていないのか分からない、ほわっとした返事をくれた。
「ボクもこのまま引き下がるつもりはない。アイツらにこの喧嘩が如何に割に合わなかを身をもって学習させたいんだよね」
ボクも素直な気持ちを表明した。口では格好良く言ったつもりだけど、実際のところ全く自信はなかった。でも、一方的にやられるのは癪に障る。
「受けて立とうと思う。ジャグとルメラには悪いけど、君たちだけで行動しないようにね。リナの商売にはボクたち全員が同行する、問題ないよね」
ボクは全員にこのワイスの街での行動方針について伝えると、誰からも反対の声は上がらなかった。
「じゃあ、この方針で行くよ。あの銀ピカについては空いてはアイツだけじゃないって事、警戒態勢をとって、いつでも動けるようにしておくこと。ジャグとルメラは勝手な行動しないようにね」
ボクの言葉に皆が力強く頷いてくれた。根拠はないけど、この調子ならあの銀ピカに勝てるような気がした。うん、全く根拠はないんだけど。
「気合を入れようか」
ボクの言葉にリナが反応したようで、シュマとコレットに話しかけた。
「あー、あれですか」
「最近やってないねー」
コレットとシュマは何かを思い出すようにしてから、リナが言った言葉の意味を悟ったようだ。
「あれって、ちょい恥ずかしいです」
コレットは乗り気ではないようだ。恥ずかしい気合の入れ方って何だろう、ちょっと興味が湧いてきた。
「大声でやらないよ。ここに居る皆に聞こえる程度」
リナが気合の入れ方の要領について説明すると、コレットは渋々頷いた。
「私としては、あれは吠えるようにやるものだと思いますよー」
シュマはのんびりとした口調でちょっと穏やかでないことを口にした。気合を入れるには大声は必要だったりするからね。
「あたし、シュマ、コレットの順ね」
リナが2人を見て宣言すると彼女らは静かに頷いた。それを見たリナは静かに深呼吸し、低い声を出した。
「汝らの爪と牙は何するものぞ」
ボクの言葉を聞いたリナが真顔になって低い声でポツリと呟いた。
「我が爪は、主の敵を切り裂くため」
リナと同じようにコレットが低く呟いた。
「我が牙は、主の敵を噛みちぎるため」
シュマもいつもののんびりした口調ではなく、低くキツイ口調で呟いた。
「我ら爪と牙、主の敵を屠るためにあり」
最後は3人で揃って唱和した。突然の彼女らの行動にボクどころかジャグまでもが目を丸くしていた。
「誰かに仕えている獣人が闘いの前に気合を入れるためのお祈りだよ。知識としては知っていたけどホンモノを見たのは初めて」
驚くボクとジャグにそっとルメラが教えてくれた。ボクとジャグはいきなりのルメラの解説に言葉を出すこともできず、彼女を見つめた。
しかし、リナはフリーのような気がしたけど、細かいことは突っ込まないでおこう。
「………竜は卵を産む時、その子に持っている知識を全部与えるの。だから、知っているの」
ルメラはちょっと恥ずかしそうに言うと顔を赤らめた。
「獣人もさることながら、流石、竜だね。ルメラの知識、あてにしているからね」
ボクはルメラの頭をガシガシと撫でてやると、彼女は子供らしい笑顔を浮かべてくれた。
こういう表情を見ていると、ルメラも子供なんだって改めて思った。
「ルメラ、スゴイね。うん、腐っても竜だよね」
ジャグ、君はルメラを褒めているつもりのようだけど、それは誉め言葉じゃないからね。でも、ルメラが嬉しそうにしているからこれはこれで良いか。
「さ、気合も入れたから、何が来ても………それなりに対応できる………かな」
見事な気合を入れる儀式をしたものの、リナはどこか自信がないような雰囲気だった。
「多分、それなりに戦えると思うよ」
「気合を入れないより、マシですよー」
コレットとシュマもお世辞にも自信に満ち溢れているように見えなかった。
「おまじない程度だからね」
リナが自嘲気味に笑ったが、あれは、それなりに恰好が良かったと思う。ちょっと恥ずかしいし、突っ込みどころも満載だけど、それはそれで良い。何か、心を揺さぶるモノがあった。
「じゃ、気合も入れたようだから、これから宿を探しに行こうか」
「商工会で行商宿を借りましょうよ。安い上に、安心できますから。その上、商売のネタの仕入れには苦労しませんよ」
ボクの言葉を受けてリナはテーブルから立つとボクたちを見まわしてから、にやっと笑みを浮かべた。
「ここは、頼れるリナお姐ちゃんが一肌脱ぐから、皆、安心してね」
傍から見ているだけで随分無理しているように見えるけど、ここは年長者としての矜持なのだろう、ここは一つ彼女の顔を立てておこう。
「リナ、頼りにしているよ。さっきの気合入れだけど、ルメラの話だと主に仕えている獣人がするってことだけど、リナはフリーだよね」
突っ込まないでおこうと思ったけど、やっぱり気になったから聞いてみた。
「このリナ、お嬢様の専属の御用商人ですよ。私の商いは全てお嬢様のためです」
リナはボクの言葉に立て板に水のようにスラスラと歯が浮くような台詞を吐きだした。
「そうだねー、主の性別を変えてしまうなんて普通の商人には出来ないもんね」
「そうです。私はそこらにいる凡百の商人とは違うのですよ。この身も心も全てお嬢様に捧げていますから」
こいつ、全然気にしていない、それどころかこのボクの身の上に起きた惨劇を手柄のように口にしやがった。
「今まで、殿方と言う事で一線を引いていましたが、今はそれもなくなりましたからねー」
「小さい頃は一緒にお風呂にも入っていたのに、最近は妙によそよそしくなられていましたから、これはこれで良い事だと思いますよ」
侍女の2人もボクの悲劇を好機と捉えているようだ。
「おいらたちと同じになってもらって、嬉しいよ」
ジャグも前のめりするぐらい前向きに捉えている。何がどう嬉しいのか知りたくないけど、やっぱり腑に落ちない気がする。
「探しましたよ」
ボクたちが店を出ようかとした時、店の奥の方からどこかで聞いた声がした。
「君たちには是非とも、俺のディナーショーに来てもらいたくてね」
声のした方向を見ると、銀ピカの鎧こそ着けていないものの、こんな場末の飯屋にそぐわないキラキラした成金貴族みたいな衣装を着た、アイツがいやがった。
「お誘いは嬉しいのですが、我らはしがない行商人と傭兵、幼い子も抱えていますので、先立つモノがないので、ご遠慮………」
「些細な事だよ。ここに居る全員をボクが招待するよ」
ヤツはボクたちを値踏みするように見てからニヤッと笑いやがった。無性に苛立ったから殴りつけたくなったけど、そこは何とか我慢した。ボク、エライ。
「着て行く服もありませんし………」
何とか断ろうとしていた時、コレットがボクの背中を軽く突いて、視線をさっと当たりに走らせて見せた。
「? 」
何のことか分からないまま、ボクも同じように視線を動かすと
「囲まれた………」
ボクが呟くとリナがさっとジャグとルメラを庇うように抱きしめ、コレットとシュマは無言のまま腰に佩いた短剣に手をかけていた。
「ここで事を構えると、君らだけですまないよ。何も知らない人たちを巻き込む気かい」
ヤツの言葉につられて周りを見回すと昼間から飲んだくれているおっさんたちが目に入ってきた。こんな連中なら巻き込んでもいいかな、と一瞬思ったけど、少なくとも逃亡中の身なので目立つことは避けたい。
「シュマ、コレット、牙と爪を納めるんだ」
ボクはコルセール・エナンを睨みつけながら、喰いしばった歯の間から声を出した。
シュマとコレットも同じようにヤツを睨みながらそっと剣から手を離した。
「物分かりの良いお嬢さんは好きだよ。さ、付いてきてもらおうかな」
ボクらは颯爽と歩くアイツの後をイカツイ連中に取り囲まれながら付いて行くことになった。




