第21話 「夢から醒めたくはないですから」
猛スピードで小舟は、派手な船の船首あたりに横付けすると絵に描いたような悪党たちが派手な船に乗り込んで行くのが見えた。あの悪党らしき連中は、乗り移る時に随分と手間取っていたから、金ピカと同じで見てくれだけなんだろうな。
銀ピカは河に落ちてもいいけど、茶番に付き合わされている悪党みたいなのが落ちないように祈らずにはいられなかった。
「………何とか乗り移れたようだね。落ちなくて良かった」
ザ・悪党が派手な船に無事乗り移るのを見守ったボクは安堵の溜息をついた。
「遠くて良く見えないですけど、音は拾えますからお伝えしますね」
コレットがボクの横に来るとピタッと身体をくっつけてきた。そして、ボクを逃がさないと言うように尻尾をボクに巻き付けてきた。
「………命が惜しければ、有り金全部差し出せ………、良くある脅し文句を吐き散らかしていますね」
コレットはボクの耳に口をつけるぐらい近づけて囁くように実況中継をしてくれた。
「悲鳴ぐらいはボクの耳でも聞こえるよ」
大方の予想通り、派手な船から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。ちょっと濁った音だったけど。
「白銀の騎士が、乱暴はよせ、このまま立ち去るなら痛い目に合わずに済むと言ってますね。………それに対して、悪党の人たちは、自分たちはこの辺りでは有名な盗賊集団だと言ってます。だから、大人しくしていれば命までは取らないと。気持ちがいい位、会話がかみ合ってませんね」
コレットが耳にしたことをボクに説明してくれながら、ふふっと笑い声を上げた。
吐息が耳にかかってくすぐったいような気分になるし、笑い声も妙に艶っぽくてボクの中の益荒男が久しぶりに元気になりそうな感じだった。
「何か、こっちに向けていますよー」
シュマが派手な船の上でこっちに向けて筒みたいなものを向けてい悪党を指さした。
「ここからじゃ、良く分からないけど、あれって魔道筒みたいね」
リナが目を凝らしながら聴きなれない言葉を発した。
「マドーツツ? 」
ボクは思わず聞き返していた。言葉の雰囲気からして物々しい武器みたいな感じがするけど………。
「魔力を限界まで注ぎ込んだ魔晶石を爆発させてその勢いで弾を撃ちだす武器ですね。威力は結構あるみたいで、城壁に穴をあけることができるって言われてます。肩打ち式は初めて見ましたが、据え置き式せよ、肩打ち式にせよ暴発しやすいって噂で、その割に値段は結構するそうですが、そんなモノをどうやって手に入れたのかしら」
リナが魔道筒について説明してくれたが、どうも納得いかないようで首を傾げていた。と、言うかそんな物騒な物が何で民間の、しかもあんな連中が手にしているんだ。危険物の管理はどうなっているんだと、どこにぶつけていいのか分からない文句が湧いて出て来たけど、どうしようもないことだった。
「それ、こっちに向けているよ」
ルメラが派手な船を指さして他人事のように呟いた。ルメラの言うとおり、派手な船の上で魔道筒をこっちに向けているザ・悪党の姿があった。それを確認したボクは思わず周りにいた人たちに
「伏せてっ! 」
って声を上げた。ボクの言葉にボクたち一行の全員は伏せたんだ、ルメラは無理やり押し倒したけどね。
「嬢ちゃんたち、なにやってんだ? 」
伏せて一撃に備えているボクたちに船長が笑いながら声をかけて来た。
「なーんにも心配することはないぜ。ちょいと臭いが、間違っても死ぬことはないぜ」
船長は派手な船の方をじっと見つめていた。ボクもじっと見ているとコレットが小さな声で囁きかけてきた。
「これを見たら考えが変わるぞって。多分魔道筒をぶっ放すつもりみたいです。あ、カウントダウンです。3………2………1、発射ーっ」
コレットはボクへの実況を楽しんでいるようだった。もし、あれの弾が当たったらボクたちは皆穏やかでいられないんだからね。他人事じゃないんだよ。
コレットの発射の声と共に魔道筒が筒先が光った。何かが来る、ボクは身体を固くして伏せた。しかし、いつまでたっても衝撃も音もしない。ボクはそっと目を開けた。
「合図があった、火を付けろ」
船長が松明を盛った船員に命令を飛ばした。船員は「はっ」と了解の言葉らしきものを発すると鍋の中のぼろに松明で火を付けた。ぼろはあっという間に燃え上がり黒い煙を派手に煙と嫌な臭いをまき散らしだした。
「あ、銀ピカが何か踊っている? 妙な動きをしてますよ」
シュマが派手な船を目を凝らして見ながら声をかけて来た。確かに銀ピカが手を振りまわしている。何かを召喚するのか、何かに変身するのかとボクは期待しながら見ていた。
「よーし、消せ」
銀ピカが踊り終えると船長が命令を下した。すると、濡れたゴツイ布を持った船員2名が煙を上げる鉄鍋をその布で覆い隠した。これで煙と嫌な臭いはこれ以上発生することがない状態になった。
「………貴様らの攻撃は俺の前では無力だって、言ってますよ」
コレットは笑いをこらえながら派手な船で何が起こっているか話してくれた。ここで一つはっきりしたことがある。アイツのやっていることは正しくアトラクション、否、茶番だ。
「ああやって、実績があるように見せているんですね。随分とて残ったことをするもんですね」
リナが軽蔑の眼差しで銀ピカを見ながら呟いた。
「何か裏で大きなモノが動いているみたいだ」
遠くで行われている田舎芝居めいたチャンバラを眺めながらボクは思わず声にしていた。
「! 」
その時、ボクは船上の銀ピカと一瞬目があったような気がした。
「気のせいかな………」
もし、アイツがボクたちのことに気付いていれば多分だけど、面倒な事になりそうな気がするんだ。
「アイツ、あたしらの事に気付いたみたいですね。ちらちらとこっちを見てますからね」
リナが派手な船の上のチャンバラを見ながらボクに伝えてくれた。
「港で歓迎会があるかもね」
ボクはこれからの事を推測して思わず口にしていた。ボクの言葉にリナも真剣な表情で頷いた。
「………あの船から、殺気と言うかな、否な感じが飛んできてる」
ルメラがしかめっ面で派手な船を睨みつけた。
「喧嘩売られている時みたいな感じ」
ルメラの横でジャぐが不安そうな表情になっていた。
「飛んでくる火の粉は払わないといけませんよねー」
シュマが腰に佩いた短剣の存在を確かめるようにトントンと叩いて笑みを浮かべた。
「しっかりと躾けてやります」
コレットも両腰に佩いた短剣を撫でながら不敵な笑みを浮かべている。コイツら絶対に戦う気でいる。目が捕食者のそれになっているし………。
「嬢ちゃんたち、すまねぇ。うっかりしていたぜ、しっかし嬢ちゃんたちが襲われるかもしれないとなると、何とかしなくちゃだな」
船長はボクたちが懸念していることを話しあっているのを聞いてすまなそうに言ってきた。
「ワイスの前の小さな港に着けるからよ。そこで降りな。船賃を割り引く代わりに、これを持って行ってくれや」
船長はすまなそうにボクらに言うと魚の干物を束ねたモノと防水布で作ったポンチョのようなモノを手渡してくれた。
「この魚はよ、ちょいとクセはあるが、火にあぶるとなかなかイケるぜ。それと、このポンチョは吹き曝しの甲板の上でもこれを着ていれば濡れないってぐらいのタフなシロモノだ。新品じゃないが持って行ってくれ」
船長はそう言うとすまなそうにボクたちに頭を下げた。
「お心遣いに感謝します。野宿するかもしれませんので、心強いです。ありがとうございます」
ボクは船長に丁寧にお礼を述べると、残りの皆も一斉に頭を下げた。ルメラはジャグに無理やり頭を持たれてだけど。
「人間ってやっぱり弱いよね。雨に打たれて冷えるだけで命に係わるなんて」
ルメラがボクらが貰ったポンチョを検分していると、ニヤニヤしながら変に上から目線で話しかけてきた。
「そりゃ、竜に比べれば柔な存在だよ。だから、これから強い竜のルメラは宿に泊まらなくてもいいよね。ボクらは屋根や壁があって雨風化凌げて、柔らかくて暖かい寝具がないと死んじゃうかもしれないけど、ルメラはそうじゃないからね」
ボクはニコニコしながらルメラに言ってやった。すると彼女の顔からすっとニヤニヤ笑いが消えた。
「えー、それはダメだよ。竜も寒いモノは寒いんだよ。熱いモノは熱いし、お腹も減るし、それに………寂しいよ」
ルメラは泣きだしそうな表情でじっとボクを見つめてきた。ここで、この生き物に誰が一番エライのか、この群れの中で彼女の立ち位置を明確にしてやろうと思った。
「でも、ルメラは強い竜なんだよね」
「………」
ボクはニコニコしながらルメラに尋ねると彼女は何も言わず俯いてしまった。
「ルメラは、ブレスを吐いたり、大空を飛んだりできるんだよね。ボクらなんかよりずっと強いんだよね」
少々意地が悪いようだけど、小さい時に序列を叩き込んで置かないと、大きくなられた時にコントロールできないし、最悪の場合、ボクたちの命にかかわることだから、ここは詰めていく。
何も、常に偉そうにしているルメラが泣きそうになっているのが面白いって訳じゃないからね。
「できないの知っているのに………」
ルメラは小さく涙声で訴えてきた。ここは、あと一押し、何も虐待しているわけではない、竜と言う規格外の生物との戦いなのだ。
「でも、竜なんでしょ。大地の気を食べて身体を造り、強大な魔力を身にひめる。ボクたちヒトなんて歯牙にもかけない、気分次第で街の一つや二つを踏みにじることができるんでしょ。そんなスゴイ存在がこんなちっぽけなヒトに関わることない………、あ………」
ボクはふふんと薄ら笑いを浮かべてルメラを見た。そしてやりすぎたことを悟った。ルメラが子供と同じように目に一杯涙をためているのに、懸命に泣き声堪えている姿があった。
彼女が泣き声を上げて泣きださないのは竜としてのプライドなのかもしれない。
「ルメラは小さいのに………、竜の力もないのに………、食べさせてもらってるのに、大きな態度でごめんなさい」
彼女は涙をボロボロ流しながら謝罪してきた。その姿を見た時、ボクは何をしでかしたのかと自己嫌悪に
にかられてしまった。
「ルメラは事あるごとに、人間はー、とか、ヒトはーってすぐにに言うだろ。それは、私はヒトじゃありませんって、大声で言っているようなモノなんだ。………竜の身体は捨てるところがないって話を聞い事があるかな? 」
しくしく泣いているルメラにボクは優しく話しかけた。ルメラには気の毒だけど、ここで手を緩めない、ここでのやり取りが今後のボクたちの安全を左右するからだ。竜に護られるか襲われるか、の2択の場合大概と言うか9割以上の人が前者だと思う。もし、後者を希望するヤツがいたなら、それは名を上げたいヤツか、余程のバカか、悲しいかなその両者の特性を併せ持った可哀そうなヤツになるだろう。
勿論、ボクは前者だ。
「捨てるところがない? 」
「そうよ。前に言ったかも、だけどね。竜の皮は軽くてしなやかで頑丈だから、防具だとか使われるし、骨も魔道具や武器に使われる、お肉は高級食材だし、牙や歯は綺麗に磨き上げれば装飾品や魔道具、血や内臓はクスリにって具合にね………、商人としては最高の商品なんだよね。でも、あたしらはルメラが仲間だからそんな事はしないよ。でも、他の連中についてはそんなに優しくないと思った方が良いよ」
ボクの言葉引き継いでリナが泣いているルメラの耳元でそっと囁いた。リナの言葉は嘘でも脅しでもなく真実だった。竜を生け捕りにするか、その新鮮な死体を見つけると言う前提は伴うけど。
「ルメラもバラバラにして売るの? 」
ルメラは少し恐怖の色を滲ませてリナやボクに尋ねてきた。
「ルメラは大切な仲間だからそんな事はしないよ。でも、自分が竜だって、ルメラが隠さずいると護りきれないと思う」
ボクは真剣な表情でルメラに釘を刺した。ルメラは今は見た目並みの力しかない、そしてその見た目も特殊な趣味の連中には途轍もないご馳走になってしまうから、その価値は計り知れない、それが知れ渡ったら毎日どころかひっきりなしに刺客に狙われる生活になってしまう、それはどうしても避けたいからね。
「すまねぇな。ここの港から明日の朝から歩けば昼頃にはワイスに着ける。今日はやめとけよ。真夜中に歩くことになる。そこの尻尾の姐さんたちなら何とかなるかもしれないが、そこの小さな子を連れてとなると危なすぎる」
船長の親身なアドバイスをもらいながら、ボクたちは銀ピカとのトラブルを避けるためワイスの手前にある小さな港で船から降りた。
「夕方と言うには早いけど、船長の言うとおり今日はここで宿を取ろう」
久しぶりの揺れない足元を確かめながらボクは背伸びした。身体のあちこちが悲鳴を上げているような気がしたので、気のせいではなく本当に疲れているんだと確認した。
「………」
宿を探そうとしているボクは袖を引っ張られてふと視線を下げると、そこには不安を思いっきり顔面に貼りつけたルメラがじっとボクを見上げていた。
「心配しなくてもいいよ」
「ルメラも一緒でいいの? 」
「ダメだなんて言わないよ」
泣きだしそうな声をで尋ねてくるルメラの頭を優しく撫でながら安心させるようにボクは答えた。
これで暫く彼女が「人間は~」とか「ヒトって~」なんて口にしないだろう。人の世界にいる間は彼女は珍しい種族であることで押し通すしかないのだから。トラブルを敢えて呼び込む人はして欲しくないんだ。
「この港、地図にはありませんよ」
リナが地図と呼ぶにはお粗末すぎるシロモノを縦にしたり、横にしたり、逆さまにしたりして首を傾げていた。その姿を見てボクは、いつものリナに戻りつつあることを察して、ほっとしたような、残念なような気分になった。
「………料理とお酒の臭いがあっちからしますよー」
港で佇んでいるとシュマが鼻を使って宿屋と思しき匂いがする方向を指さしてくれた。
「この辺りは比較的安全みたいですけど、早く宿を取った方が良いみたいです。ジャグちゃんとルメラみたいな小さな子は狙われやすいですから」
コレットはシュマが指さす方向をじっと見つめ、さらに風に乗る匂いから様々な情報を読み取ろうとしていた。
「ここにじっとしていも埒が明かないから、さっさと行こう、お日様が沈むまでに少しは余裕があるって言って余裕こいていられないからね」
ボクは皆に先立ってシュマが指さした方向に足を進めた。
「こんな田舎に別嬪さんとは珍しいねー」
宿の受付にいた体格のいいオバさんが猛獣たちを見てニコニコして揉み手をしていた。
「これは、サービスだよ」
彼女は様々な色のキャンディーの入った猫瓶をボクたちに差し出してきた。
「皆の分も取らしてね」
リナはそう言うと猫瓶に手を突っ込んで何種類かのキャンディーを人数分取り出した。
「赤いのは取らないのかい? 」
オバさんがちょっと不服そうにリナに尋ねた。その言葉を聞いてリナがちょっと怒ったような表情になった。
「あたしは商人だよ。あたしが売るのは商品だけ、皆そうだよ。下手な事をしたら噛みちぎるって言っておいてね」
「そうかい、すまなかったねぇ。残念だけど」
オバさんは猫瓶をリナから奪い取るように戻すと、むすっとしながらカギを渡してきた。
「部屋は2階、一番大きな部屋だ。アンタら全員そこだよ。代金は晩飯と朝飯付きで大銀貨2枚、水浴びは裏庭の井戸を使っておくれ。目隠しの塀は作ってあるから」
オバさんは厄介者を追い払うように言うと、受付の奥に入って行ってしまった。
「なんで、あのオバさん不機嫌になったんですかねー」
ボクらがとった部屋は、ベッドが6台と簡単なテーブルとイスがあるだけの質素な部屋だった。
適当に自分の寝床と決めたベッドに荷物を置きながらシュマが不思議そうな表情を浮かべた。
「泊まる女性は全て赤いのを取るって決めてみるみたいで不愉快でした」
コレッとも荷物を床に置くとベッドの上に身体を投げ出してむくれた表情になっていた。
「こんな所じゃ、あの手の楽しみ以外に娯楽がないんだよ。後は、潰れるまで呑むかぐらいしかね」
ボクはシュマとコレットを宥めるように声をかけた。男の楽しみなんて、臍から下の要望を叶えることが大半なんだ。特に若いうちは………、その楽しみを奪われたボクだからこそ、その手の娯楽に関しては憧れがあったり、嫌悪感があったりと複雑なんだけどね。
「お楽しみは結構ですが。随分と汚れましたから、特にお口の周りが………、さ、行きますよ」
コレットがベッドから身を起こしてボクを見つめると、仔猫を運ぶようにボクの襟首を掴んだ。
「シュマ、沐浴の準備をお願いね。さ、行きますよ」
コレットの言葉にシュマ黙って頷くとリュックからタオルやらブラシを取り出して行った。
この後、ボクは尊厳を無くすような事態に陥るだろう。間違いなく。
「おいらも行くよ。河のしぶきでベトベトだもん」
「綺麗にしておくのがマナーだよね」
ジャグも自分のリュックからお気に入りのタオルとルメラのために新たに購入したタオルを手に取ると、彼女の手を取ってさっと部屋から飛び出て行った。こうやって見るとジャグはちゃんとルメラのお姉ちゃん役をこなしているようで頼もしく思えた。
「お嬢様、手を上げてください」
「髪をまとめますからじっとしていて」
そして、ボクはと言えば未だにシュマとコレットの弟………、否、妹の立場のまんまだった。
何となく、情けない気がするのは、気のせいじゃないと思う。
「………水を入れる所からだったね」
スッポンポンになってから沐浴用のタライに水がないことに気付いたボクたちは苦笑する以外なかった。
「どんどん汲んで」
「やってるわよ」
「変に踏ん張ると、イロんなモノが見えますよー」
今更服を着るのも面倒臭い気がするので、ボクは天然の毛皮を纏っただけの彼女たちが井戸から水をくみ上げ、巨大なタライに満たして行くのをしゃがみ込んでじっと見ていた。
「ロスタお姐ちゃんもイロんなモノが見えているよ」
「基本的にはルメラと同じなんだ」
気づけばジャグとルメラがボクの正面に回り込んで、ボクの身体で一番違和感がある部分を覗きこんでいた。
「見られて減るもんじゃないけど、見ないで欲しいな」
ボクは慌てて立ち上がった。前の立派(自称)なマイサンでもじっくり見られると恥ずかしかったものだ。見られるほど興奮できるまでには、様々なモノを失うような修行が必要だけど、そんな修行をするつもりもなかった。
「おいらと一緒だよね。前のヤツもそれなりにかっこよかったけど、ロスタお姐ちゃんが同じになってくれて嬉しいよ」
ジャグが己の股間を指さして嬉しそうな表情を浮かべた。君には嬉しいことかもしれないけど、ボクはそうでもないどころか、悲しいぐらいなんだけど、ここは男らしくそんな気配は見せない。
「そうだねー、ジャグやリナ、シュマ、コレットとお揃いだ。ついでにルメラも」
何も望んでお揃いになったわけじゃないけど、男なら振り返ってメソメソしない、泣くときは背中で泣くのだ。
「ロスタお嬢様、準備できましたよー」
「お身体をお洗いしますからどうぞこちらに」
シュマとコレットが見事な肉体美を惜しげもなくボクに晒しながら手招きしていた。
この姿になる前は、こんなに明け透けな事を彼女らはしなかったが、同性のよしみか最近は何かと大胆である。ボクの萎び行く益荒男が何とか息をつないでいるのは彼女らのおかげかもしれないけど、それも時間の問題のような気がする。どんなに魅力的なモノでも見慣れたり、見せ方がぞんざいになればそそられなくなるのは当然の事だから。
「………」
ボクは自分の意志を放棄して、彼女らの言うとおりに動いた。こんな時に逆らっても結局は結果は変わらない事は、水が高い所から低い所に流れるのと同じで当然の事なのだから。
「ルメラ、今日はちゃんと角を磨くからね」
リナがちょっと粗目のタオルを持ってルメラを手招きしていた。彼女も慣れたもので言われるままリナの所に行くとそっと目を閉じた。
「鹿族や羊族の人が使うタオルだから、ルメラにあうかちょっと分からないけど、くすんだ角は頂けないからね」
リナがルメラのこめかみ辺りに生えている小さな角を優しくタオルで磨くように拭いていた。ルメラはくすぐったいのか、身をよじりたくなるのを堪えているのが、辱めを受けているボクの視界の隅っこに入った。
竜としてではなく、人として生活していく上では必要な事なのだと彼女も理解しているようだった。
「昼間の襲撃って、アレのことか? 」
ボクたちが宿の食堂の隅っこで大人しく食事を頂いていると、どこからともなく興味を掻き立てる話が聞こえてきた。
この宿の食堂は酒場も兼ねているから、使用するのは宿泊客だけではなく地元の人たちもお酒を呑みにやって来る、すると自然に地元の話題なんかが耳に入って来る。
「ああ、アレよ。あの程度の事なら、俺でもできるんじゃないかと、騎士様のお付きにきいたんだよ。そしたら、もう間に合っているってよ」
船員風の男が同じような雰囲気の男にぼやくように言うと、ジョッキの中身を喉に流し込んだ。
「あれは、随分と打ち合わせが必要みたいだぜ。その場で雇われても何もできないってことだ。俺も門前払いを喰らったからよ」
もう一人の男も面白くなさそうに酒を煽っていた。
「お芝居か………」
「芝居にしてもお金をかけていますね。グッズとディナーショーだけで元が取れるとは思えないですね。お嬢様も、同じようにすれば、ロスタグッズ、絶対に売れますよ。少なくとも、あたしが買い占めます」
ボクが呟くと、リナが何か自信ありげにボクのグッズを販売しようと言い出した。
「ボクは今、逃走中だから目立つわけにはいかないんだけど」
「そうですよねー。私の商才が先走りました」
リナがはっとした表情を浮かべ、残念そうに言うと小さなため息をついた。
いつものリナになっているようで、ボク少しほっとした。
「でも、あれがお芝居だってこれだけ広まっているってことは、随分と脇が甘いですね。あの船に乗っていた人は知っているのでしょうか」
コレットが首を傾げていた。彼女が言うように、アレの実績が全部芝居だとしたら、彼のファンの女性たちはそれを承知しているのか、だとすればイラナイ事を言って夢を潰すのは無粋の極みだよね。
「それは、大丈夫ですよー。この事を知っているのは船員のむさ苦しいおっさんでしょ、アレの追っかけをしている女性との接点が全くありません。この事を耳にしても、嘘だと決めつけますよー。夢から醒めたくはないですから」
シュマがニコニコとしながらも辛辣な事を口にした。
アレのファンを自任しているご婦人方は、退屈な日常に埋没せざるを得ない生活の中で、アレの姿や活躍(例えでっち上げであっても)に癒しを求めているのだろう。
「ボクは彼女たちの夢を潰す気はないよ。もし、アレの事を暴いたら、敵ばっかり作りそうだからね」
ボクはあの派手な船の上にいたご婦人方全員が敵意をむき出しにしたことを想像してぶるっと身を震わせた。




