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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第20話 「10回のうち、2回ぐらいしか事故らんから」

 「街道から少し外れた所でした。山賊みたいな人に絡まれている時に颯爽と現れて、山賊どもを追い払って頂いたんです」


 ボクは事実を少々脚色して話すと頭からざばーっとお湯を被って身体を流すとゆっくりと湯船に浸かった。


 「で、どうだったの? 」


 「やっぱり格好良かったんでしょ? 」


 ご婦人たちは湯船の中でゆっくりと身体を伸ばすボクに彼女たちがにじり寄ってきた。

 そんな彼女らの圧に少しばかり恐怖を感じボクは身を知らずのうちに反らしていた。


 「ええ、あの、連れの者たちも手を付けられそうになった時、コルセール・エナン様が颯爽と現れて、山賊たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、挙句の果てには目にもとまらぬ速さの剣技で追い払って頂きました。あの方に命を救って頂いたのです。有難いことだと思っています」


 ボクはありもしなかった事、多分彼女らが期待していると推測したことを彼女らに事実のように話した。現実はヤツの肩についていたイモムシを取り払っただけなんだけど。


 「ああ、何て羨ましい」


 「私も助けて頂きたかった」


 彼女らは羨望半分、嫉妬半分の表情でボクを睨みつけてきた。前の身体だったら袋が縮み上がっていたことだろう。でも、恐怖で縮み上がっていても何も始まらない、アイツについて聞きださないと。


 「お恥ずかしい話なんですけど、田舎者ですから今日、助けて頂くまでコルセール・エナン様を知らなかったんです。この街でディナーショーのポスターを拝見すると随分とご活躍されているのに知らなかったなんて恥ずかしいことです」


 ボクは彼女らにすまなそうに言うと、顔を伏せた。


 「田舎者なら仕方ないですわね。コルセール・エナン様は半年ほど前、彗星の如く現れた救国の英雄、白銀の騎士様なのですよ。都会の若い女性で彼を知らない者はいないでしょう」


 「剣の腕はハボクック王国内に並ぶ者はおらず、軽妙でウィットに富んだ話術、その美貌は全ての乙女をときめかす、超新星のような方です。実は、今回のディナーショーで初めてお会いすることが叶いました」


 ちょっとだけ昔の娘さんはうっとりと夢見る乙女の表情を浮かべた。

 彼女らの言葉にボクは少し疑問を持った。ディナーショーに行くという2人ともアイツのはっきりとした実績は知らないようで、ただ流行っているだけで追っかけているように見えた。


 「ディナーショーのお値段って、あたしたちが到底手の届かないぐらいなんでしょうね」


 湯船にゆっくりと入ってきたリナがちょっと昔のお嬢さんたちに尋ねた。


 「そうよ。尻尾持ちには高価すぎるかもね」


 「尻尾はあの方に相応しくないから、心配する必要はないわ」


 彼女らはリナに随分とキツイ言い方をしてきたが、リナはそんなのどこ吹く風とばかりに聞き流していた。


 「実は、あたし行商人をしていまして、できれば白銀の騎士様のお近づきになりたいんです。お金なら心配はないと思います」


 「お金だけじゃないのよ。尻尾さん、白銀の騎士様のグッズについている応募券を30枚集めて、初めてチケットが買えるのよ。アナタには無理だと思うけど」


 リナの話にちょっと昔の娘さんは自慢そうに語った。あんなヤツのディナーショーのために随分とお金をかけたんだろうな、と思わず感嘆してしまった。

 お金ってある所にはあるもんなんだ、と改めて認識した。

 伯爵家の嫡男だからお金に困ることはなかったが、それは必要な事に限って話で、書物の購入やちょっとイイ感じのお茶なんかに使うお金には常々苦労していた。だから、お金の価値は分かっている積りだ。

 だからこそ、あんなのに大金を突っ込むなんてボクには考えられない事なのだ。

 はっきりと言おう、正気の沙汰じゃない、と。(実際に口にはしないけど)


 「そうでしたか、残念です」


 リナは表面上とてもがっかりした様子を見せていた。この演技力は日々の商人として取引の場で腹の探り合いをしているから身に付けたものなんだろう。そして、今日は妙に冴えているし。


 「あの女たち、無礼ですねー」


 「今日は新月、サクッといきましょうか」


 ボクの背後で白いのと黒いのが非常に不穏な事を小声で話し合っている。


 「ステイ、ステイ」


 ボクは手をひらひらさせて猛獣たちを黙らせたが、彼女らの目はまだ獲物を前にした捕食者のソレのままだった。



 「アイツの実績って結局はっきりしないって事が良く分かった」


 部屋に戻ったボクたちは浴場で得た情報を分析、と言うほど立派なモノじゃないけど、取りあえずしていた。


 「人気があるって言われて、流行に遅れまいと動いているようですね。グッズを買わないとディナーショーのチケットの購入権が発生しないなんて、裏で商人が動いているようです」


 リナは先ほどのご婦人たちの言葉から推測したことを話した。

 ヤツのやっていることは確かに彼女の言うように流行に乗り遅れまいとしている人たちを旨く利用しているように見える。


 「意外かもしれませんが、あの男それなりに腕は立つようですよ」


 コレットが昼間のことを思い出しながらアイツが見掛け倒しではないことを話しだした。


 「ハンカチを差し出した時、アイツの腕を見ました。あの筋肉は剣を振って作られたものだと思います」


 コレットが自分の腕をアレの腕に見立てて身振り手振りで説明してくれた。


 「剣だこもありましたよー」


 シュマがコレットの考えが正しいと肉球の付いた手を開いて、ヤツの剣だこの位置を教えてくれた。


 「単なる見掛け倒しじゃないのか。そして、毛虫が嫌いなのは偽ってない、ホンモノか………」


 ボクは昼間のヤツの毛虫に対する醜態と浴場で見たヤツに対しての異常なまでの買いかぶりはホンモノだった。


 「見掛け倒しじゃないですが、あの功績は見せかけですね。確かに彼のグッズに関する情報は手に出来ていませんでしたが、それ以前にあれだけの活躍をしている人物がいれば、確実に耳に入ります。それがないんですよ。不思議な事です」


 リナが真剣な表情を浮かべ、考えだした。


 「いい男だから、役者にでもなればいいんですよー」


 「役者だったら、ケムシに遭う事も少ないでしょうからね」


 シュマとコレットはヤツが騎士業をやっていること自体が不思議みたいだった。


 「ひょっとすると、無理やり英雄を作り出そうとしている? 」


 ジャグとルメラがベッドの上で興じている謎のカードゲームと同じく、全く訳の分からないことがボクの頭に浮かび上がった。


 「無理やり英雄を作り上げる………、お嬢様、それいい線かもしれませんよ。2人ともゴメンね。ちょっと向こうで遊んでいてね」


 遊びに盛り上がって、ゴツゴツと身体がぶつけてくるジャグとルメラを顔しかめつつもリナは優しく追い払った。


 「分かった」


 「んーっ」


 2人は謎のカードを手にしてちょっと離れた場所でゲームを再開しだした。リナはそんな彼女らの様子を見て少しほっとしたような表情を浮かべた。


 「実績より先に名声を上げて、仕官したり、ちょっとした討伐を盛っ話を吟遊詩人させる。そうすれば、あっという間に有名人ですよ。実績の真贋は兎も角、雇いたい連中はあちこちに出てくると思います。しかも高額で」


 リナは自分が推理したことを思索しながら話し出した。


 「まずは、流行に敏感な上流家庭のご婦人に、これから有名になる人、であるとか、素晴らしい人なんて噂をばらまいて、グッズで持っている、持っていないの差別化を図って、どんどんグッズを売り上げる………、挙句の果てにディナーショー、どう見ても個人でやっているように見えませんね」


 「アイツがそんな頭を持ち合わせているように見えないよ。きっと誰か後ろにいると思うね」


 ボクはリナの推理から自分なりの考えで発展させてみた。


 「人とは随分とまどろっこしい事を考えるんだ」


 ルメラが切り札となる「三日前のハンバーグ」のカードを場に置いて勝利宣言した後、不思議そうにボクに尋ねてきた。


 「大金を手に入れようとするとそれなりの手間がかかるの。金額が大きくなればなるほど手間が増えていくものなのよ。その手間をうんと省いて、大金を手に入れるようとすれば、悪いことに手を染めることもあるのよね」


 ボクはルメラに言うと肩をすくめた。彼女はボクの説明が理解できたのか、できなかったのか不思議そうな表情を浮かべていた。


 「お嬢様、アレを如何なされますか? 」


 リナがボクの顔じっと見つめて尋ねてきた。


 「気に入らないヤツであることには変わりはないんだけどさ。実害はないから、このまま観察を続けて、マズイことになればそれなりに嫌がらせをしてやろうかなって思っているんだけどさ」


 確かにアイツは気に入らない、でもそれだけでアイツを攻撃したり、嫌がらせをするのは人として如何なモノかと思ってしまう。


 「アイツに騙されて、高額な契約金を払う人がいるかもですよー」


 シュマが少し不安そうな表情を浮かべていた。


 「実績がないのに、あるような振りをしていてもすぐにバレて馬脚を露しちゃいますよ。そうなれば、勝手に潰れます。騙されるのは注意が足りないだけですよ」


 コレットがぴしゃりと言ってのけるとベッドに上向きに転がった。

 彼女は自分たちに関係がない限り非常にドライな所がある。このおかげでボクが余計なお節介をしたりすることを防いでくれるので有難いと言えば有難いんだけど。


 「さっさと潰れてくれればいいんだけどね」


 ボクは部屋のあちこちにあるアイツ関連のグッズを見て、吐き捨てた。


 「もう寝るよ。明日は昼前ぐらいにワイス行きの船があるようだから、それに乗ろう」


 ボクはそう言うと、出来るだけアイツのグッズを見ない様に頭からシーツを被るようにしてベッドに潜り込んだ。



 翌日は朝から気持ちよく晴れていた。


 「気持ちいい天気、これであの野郎のポスターが無ければ言う事なしなんだけど」


 ボクは町のあちこちに貼ってあるアイツ関連のポスターを出来るだけ視野に入れないようにしがら港へ向かった。


 「この船にしましょう」


 リナは港に停泊しいる貨物船の前に足を止めると、ボクにこの船に乗ることを告げてきた。


 「この船、貨物船だよ」

 

 その貨物船は、両側に水車がついたあまり見たことの無い形の船だった。


 「客船に乗ると他の客に注意しなくちゃいけないし、これだと貨物の隙間に居るだけ、しかも運賃が安いんですよ。行商人はこういうのを利用して、船賃を安く抑えているんですよ」


 リナは、凄いでしょ、と言わんばかりにボクを見つめてきた。

 まるで、投げられたボールを加えて持って帰って、褒めて、褒めてって期待している犬みたいに見えた。

 キツネだけど。イヌ科だから問題ないかも………。


 「よし、子供も含めて一人、中銀貨3枚だ。飯と水は自分たちで準備してくれ。出向は昼の鐘の後、一服した後だ。遅れるなよ。このカロン号にようこそ。10回のうち、2回ぐらいしか事故らんから大船に乗った気でいてくれ」


 船長の眼帯の男は豪快に笑いながら、穏やかでないことを口走っていたが、多分、冗談だろう。そう信じたい。


 「普通の客船にした場合、船賃ってどれぐらいかかるの? そのお弁当、良い値段するよ」


 昼飯用のお弁当や水を手に入れるために商店街に繰り出し、お弁当を物色しているリナにコレットが心配そうに声をかけた。確かに、今回の弁当は豪勢だ。そしてお値段も豪勢だ。ボクたちの路銀は全てリナが握っているから無茶な事はしないと思うけど、やっぱり気になる。


 「普通に客船だと1人当たり大銀貨1枚と中銀貨2枚ぐらいかかりますよ。お食事つきの値段ですけど。今回、あたしらは1人当たり中銀貨3枚、浮いた分はいいお食事にするんです。いい考えでしょ」


 リナがドヤ顔でサムズアップして見せた。うん、今日も冴えている。多分、明日ぐらいで元に戻るだろうけど。


 「………リナ、到着まであとどれぐらいかな………」


 荷物の隙間のちょっと開けた場所にボクは転がりながらリナに尋ねた。


 「あとどれぐらいって、ついさっき出港したんですよ」


 船が動き出すと同時に酔った。朝食が後3揺れぐらいでリバースされる、あ、2揺れだった。

 ボクは川に撒き餌をしながら涙目になっていた。


 「これぐらいで酔ってたら、空なんて飛べないよ」


 ルメラが呆れたように言ってきたが、君は一度も飛んでないよね。それ、前の記憶だよね。


 「飛ぶ予定はないから。そこは安心していいよ。もう少しすれば慣れる………はず」


 ボクはリバースその2を川に撒いた。お魚たちが喜んでいるだろうな。


 「これから船速を上げるから、振り落とされるなよ」


 河の中央あたりに来ると船長はボクたちに声をかけ、鐘を激しく叩いた。すると、甲板の下からくぐもった声が響いてきた。その声にボクが疑問に思っているだろうと察した船長はニヤッと笑うと、その場で売胸を張った。


 「あの声は、牛だな。この船は牛を動力源にしている。牛が車を回すと、これが動いて流れに逆らって進むことができる」


 船長が自慢げに話すと船の側面についていた水車が勢い良くまわりだした。コレで少しでも早く着くなら少々水しぶきが気になるけど我慢できる。


 「コイツは優れモノでな、10回中3回ぐらいしか故障しないぞ」


 何気に事故る回数より多い気がするけど、文字通り乗り掛かった舟、このまま行くことにする。

 毒キノコは石突きまで食べるのだ。


 「風が気持ちいい」


 胃の内容物を全てリバースしたら、何となく船酔いがマシになったようでボクは河面を渡る風を感じる余裕まで出てきた。


 「うっ」


 そんな風流な気分は激烈な小自然が暴れ出したため、あっという間に雲散霧消してしまった。


 「お嬢様、どうかなされましたか? 」


 今までのんびりと河面を見ていたボクが身体をモジモジと動かしだしたことに気づいたリナが静かに尋ねきた。


 「催してきたようだね。ちょっと行ってくるよ」


 ボクは少し恥ずかしい思いをだきながら、そうに答えると俯いてしまった。このカロン号にはトイレは確かにあったが、男用の小便器と使用するのに思いっきり勇気が問われる汚れた便器の個室があるだけだった。

 しかし、ボクはあのばい菌だらけの便器を使わずとも男子用でさっとすますことができる。

 心配そうに見つめるリナにボクは笑顔で応え、男子用便所に向かった。

 便所に近づくにつれ激烈な臭気が襲ってくるがちゃちゃっと済ませればいいわけで………。


 「あっ」


 ズボンの前ボタンを外そうと手を伸ばした時、ボクは自分がスカートを穿いている事に気付いた。

 そして………。


 「ないよね………」


 マイサンが鎮座している辺りをさっと探ったが、彼の存在は何処にもなかった。


 「あーっ」


 ここでボクは自分が現在、生物学的に雌性であることを再認識した。

 つまり、通常の手段で用を足そうとするとあのばい菌の塊に腰を降ろさなくてはならないことに気付いた。


 「これは、いかんぞ」


 この身体になってからというモノのボクの中では性別はあやふやなモノになっていて、自分やリナたちの性別何てどうでもいい事になっていた。そして、その認識の甘さが現在の危機を招いていた。

 恥ずかしい話だが、この身体になってから小自然の要求を我慢することが以前より困難になっていることを自覚している。これは緩いとかではなく、構造的に仕方のない事なのだ。

 ボクは身体全身に鳥肌をたてながらリナたちの元に戻ってきた。


 「簡単に用を足すことはもうできないんですよ。ここに居る全員は。ロスタ様を含めて」


 リナがため息をつきながらボクに訴えてきた。

 しかし、こんな危機に直面する羽目になったのはリナのせいでもあるんだから、とちょっと怒りが湧いたが、小自然が荒れ狂っているのでそんな余裕はなかった。


 「お嬢様、あとどれぐらい持ちますか? 」


 シュマがボクに確認してきた。ボクはモジモジしながら彼女らに助けを請うように口を開いた。。


 「もう、余裕がない。ボクの尊厳が損なわれるのは時間の問題だよ」


 ボクは歯を喰いしばりながら辺りをさっと見回す。すると、船べりに甲板に振る雨水や、打ち上げる波、大切な小物やお金を河に逃がすための横広の穴があるのを見つけた。

 これを利用しよう。


 「シュマ、コレット、マントを出して、そう、外から見えないようにして」


 シュマとコレットにマントで目隠しを作るように命ずると、彼女らはボクの意図をくみ取ってすかさず、マントで目隠しを作ってくれた。

 で………。

 事件は未然に防ぐことに成功した。ボクの尊厳はギリギリで護られた。

 我慢したボク、エライ。咄嗟にマントを出してくれたシュマ、コレット、エライ。ボクに性別について自覚させてくれたリナ、エライ。皆に感謝だ。

 因みにこのやり方でボクたちは皆、尊厳を守ることができた。うん、凄いことだ。


 「大切な事を気付かせてくれてありがとう。性別の事なんて忘れていたよ」


 ボクはリナたちに深々と頭を下げた。


 「そんなに雄とか雌とか重要な事なのかなー」


 ルメラがボクの態度に疑問を持っているようで、頭の上に?が見えるぐらいに首を傾げていた。


 「竜は雌しかいないみたいだよね。卵を産むんだから」


 「そだよ。竜に雄はいない、竜は雌のみ」


 どこに自慢する箇所があるのか分からないが、ルメラはジャグの問いかけに自慢げに答えていた。


 「卵か………、ルメラにはおへそあるよね」


 風呂場で確認しているから彼女には可愛い臍がある。卵生で臍があるのはちょっと分からない。

 ボクはこの疑問を彼女に投げつけてみた。


 「うん、臍ぐらいあるよ。でもね、竜の姿の時はないんだよ。人の姿の時にはあるんだ。不思議だよね」


 本人が不思議なんだから、第三者であるボクたちはもっと不思議なんだけど。この辺りはあまり深く掘り下げると危険な領域に踏み込みそうになるので、これ以上の追及はしないことにした。


 「そういうもんなんだー」


 ジャグも分かったような分からないような微妙な表情を浮かべていたが、賢明な彼女もやはりそれ以上は突っ込まなかった。


 「世の中には知りすぎないことがいい事もあるんですよね」


 ルメラとのやり取りを見ていたコレットがしみじみと呟いた。



 「お嬢様、なんか派手な船が来ますよー」


 そろそろ日が暮れかかろうかとしている頃、キラキラな船が派手に水車を回して水しぶきを上げ派手にまき散らかしながらカロン号を追い抜こうとしていた。

 その派手な船をシュマが指さして珍しいものを見るように目を凝らしていた。


 「本当に派手だねー」

 

 ボクもシュマが指さす派手な船を見てため息とも感嘆ともつかない声を出した。


 派手なのは船体だけではなく、乗客たちも派手だった。一歩間違えると悪趣味に分類されそうな船だ。 

 ボクの主観からすると派手を既に超越しているように思えた。

 乗客も船と同じように皆、派手に着飾った妙齢プラスアルファの御婦人方で、船の最先端の舳先には銀ピカ、つまりアイツ、コルセール・エナンが腕組みして河面を見つめていた。ご婦人方は皆、舳先の銀ピカをうっとりと見つめているので、ボクは彼女たちの目に光で悪影響があるのではないかと他人事ながら心配になった。


 「あの船、乗船料が大銀貨3枚ぐらいでしたよ。外から見る分にはそんなにいい船には見えないんですけど」


 リナが派手な船を見て首を傾げていた。彼女の言うようにゴテゴテと飾り立てられているが、その土台となっている船は新しいようには見えなかった。

 でも、トイレはきっとこの船より良いに違いない。


 「河の貴婦人号か、随分とばあさんがめかし込んだもんだ」


 船長が眼帯をずらして両目で派手な船を見て苦笑していた。………その眼帯、飾りだったんだ。がっかりして、思いっきり突っ込みたい気分になったけど、そこは黙っておく、あの眼帯は多分、漢の浪漫だと思うから。


 「あれっていい船なの? 」


 ボクは派手なだけの船を見ながら船長に尋ねた。


 「あの船も元はと言えば、カロン号と一緒の貨物船さ。それをどこかの商人が買い取って、ゴテゴテと飾り立てて、あんな姿にしちまった」


 彼は複雑な表情を浮かべると肩をすくめると、ニヤッと笑みを浮かべた。


 「嬢ちゃんたちよー、暫くすると面白いことが起こるぞ」


 彼はそれだけ言い残すと持ち場に戻って行った。


 「面白い事? 」


 コレットが首を傾げていた。ボクもそうだ。さっぱり意味が分からない。

 あの銀ピカが河に落ちたら面白いかも知れないけど。


 「ロスタお姐ちゃん、船」


 いきなりジャグが叫んで指さした。その方向には多数のオールで水をかいて猛スピードで派手な船に突っ込んで行く小舟があった。


 「人間の世界ではあれを人相が悪いって言うのかな」


 ルメラがその船の上に乗っかっている連中を見つめながら首を傾げていた。

 確かに、その連中は彼女が言うように絵にかいたような悪党面をしていた。

 普通の皮の鎧にこれ見よがしにトゲトゲをつけたり、兜の上に巨大な角をつけたお話の世界のステレオタイプの悪党どもだった。


 「………今時あんなのがいるなんて………」


 コレットは連中のあまりの有様に呆れた声を上げていた。


 「アトラクションでしょ」


 リナは面白そうにその船を見ていた。そして


 「コルセール・エナン様が奴らを撃退して、強さや今までの活躍が本当だと演出させるんでしょうね」


 鼻先で笑いながら事の成り行きを見守ろうとしていた。


 「始まったみたいだな。おい、準備しろ」


 船長が船員に命ずると彼らは大きな鉄の鍋を甲板に設置し、その中に汚れた布なんかを詰め込んで行った。


 「何するんでしょねー」


 シュマは興味津々で船員たちの動きを追っていた。コレットは鍋の中身の臭いを感じ取ったらしく、顔をしかめていた。


 「古くなった油の臭いですよ。何するんでしょ。アレに火を付けたらトンデモないことになりますよ。臭いが取れなくなってしまいます」


 「風下に行かないように注意しないとダメね」


 コレットの言葉を受けてリナが鼻をひくひくさせて風をよもうとしていた。


 「風上はこっちになるよ」


 ルメラがリナの手を引っ張って誘導しようとしだした。


 「え、そっちは風下だよ」


 「もうすぐ風向きが変わる。肌で分かるんだ、だからこっち。竜、嘘つかない」


 「竜の言葉を信じよう。少なくともボクらよりその辺りの力はあると思うから」


 随分とインチキ臭い竜であるが、腐っても竜である。彼女に賭けることにした。


 「嬢ちゃんたち、コイツに火を付けるから注意しなよ。半端なく臭いからな」


 コソコソと動いているボクたちを見つけた船員が鉄鍋を指さしながら声をかけてくれた。


 「ありがと。注意するよ」


 ボクたちが荷物の間をすり抜けながら移動している時、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。


 「合図があったら火を付けるんだぞ」


 船長が松明に火を付けて船員に手渡した。それを見ていたリナが何かに納得したように頷いた。


 「茶番ですよ」


 「さっきの連中と、この鍋の中身………、コイツは小道具ってことだね」


 ボクとリナはこれから茶番劇が行われることを確信した。


 「いい感じに風上からのほうが良く見えるよ」


 ジャグが船べりに取り付くとボクたちを手招きした。


 「何か始まりますよー」


 シュマが指さす方向を見ると、派手な船の上で銀ピカが悪党相手に大見えを切っている所だった。

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