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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第19話 「俺のファンクラブの特別会員になれるんですよ」

 「ボクの耳にも聞こえるよ。………おっさんの悲鳴が」


 絹を裂くような女性の悲鳴なら、それなりにやる気も下心も出てくるのだけど、聞こえてきたのは腐った雑巾ををぶっちぎるようなおっさんの悲鳴だったものだから、正直な話「危険な事は止めておこう」と言いたいところだったけど、妙にやる気を出しているシュマとコレットを見ていると口にする事ができなかった。


 「ゔわーっ、く、来るなー、だずげでーっ」


 声が聞こえた方向に走って行くと、キラキラ光るものが地面に蹲っていた。それを遠巻きに眺めている、これこそ山賊といういで立ちの男たち数名。


 「何してるんだーっ」


 ボクは取りあえず抜刀しながら大声を出した。こういう場合、これがデフォルトの行動だと思ったからだ。


 「何をしている、と言われてもねー」


 ザ・山賊の1人が肩をすくめて応えてきた。不思議な事に彼ら全員に殺気も襲い掛かる気配もなく呆然と地面に蹲っているキラキラの男を眺めていた。


 「いきなり、この旦那がねー、山賊討伐だと言って襲い掛かってきたと思ったら、こうなっちまったもんだからよ。どうしていいものやら、と困ってたんだ」


 彼が言うにはこのキラキラの男は勝手に襲い掛かってきて、勝手に悲鳴を上げて蹲っているらしい。


 「俺たちが山賊かと言われれば、否定はできないんだが、殺さず、犯さず、貧しきから者からは奪わずの真っ当な仕事をしている山賊だ」


 ザ・山賊の1人がそう言うと偉そうに胸を張った。そんな彼をボクは訝しく見ていたが、シュマとコレットは目を輝かせていた。


 「お嬢様、この方たち義賊ですよー」


 シュマの理解では彼らは義賊らしい。確かに彼らからギラギラした犯罪者特有の気は感じられないけど、義賊と言うのはあくまでも彼らの自己申告に過ぎないんだからね。


 「私、義族の方と会ったのは初めてです」


 多分、世の中の9割方の人たちは義賊に遭遇しないと思う。自称義賊と言う人にはもう少し多くの人が遭遇していると思うけど。


 「コイツは、アンタらに任せた」


 自称義賊はそう言うと、さっさとどこかに去って行った。ボクらの元に残ったのは地面に蹲って悲鳴を上げているキラキラの男だった。


 「………如何なされましたか? 」


 結局は、このキラキラを見捨てることもできずボクはそっと声をかけた。


 「く、くぇむしー、くぇむ、ケムシ、ケムシーっ」


 蹲っていたのは実用性より装飾性を重視した銀ピカの鎧をまとった騎士のような男だった。おっさんと思っていたが、もう少し若いようだった。

 彼は、鼻水と涙とよだれで顔面をぐしゃぐしゃにしながらボクに訴えてきた。


 「ケムシ? 」


 「どっでー、どっでー、げ、ゲムジーっ」


 銀ピカの男は身を震わせながらボクに訴えかけてきた。良く見ると彼の肩に小さな芋虫が驚いた表情を浮かべて(そう見える)ちょこんと乗っていた。


 「悪いね、ちょっとどいてね」


 ボクは落ちていた小枝に芋虫を移すとそっと近くの木にそっと放してやった。芋虫はどことなくほっとしたように見えた。


 「助けてくれてありがとう。黒髪のお嬢さん」


 芋虫を取ってやるといきなり銀ピカが立ち上がり、長い金髪をかき上げてボクに微笑んできた。

 はっきり言って、気持ち悪い。近寄ってほしくないタイプだ。


 「俺の名は、コルセール・エナン。諸国を放浪する自由騎士です。お恥ずかしながら、世間では白銀の騎士とも言われております」


 目の前には世の中の9割の女性が歓声を上げそうな美男子がにこやかに微笑んでいる姿があった。

 でも、涙とか鼻水でカピカピになっているから、その微笑みの威力は随分と削がれていると思う。


 「自由騎士様ですよー」


 シュマが美形の旅芸人を見るようなうっとりとした目になっていた。


 「騎士様、どうぞお使いください」


 コレットが恥ずかしそうにしながら銀ピカにハンカチを差し出していた。真っ黒だけど長年の付き合いで分かる。多分、赤面している。

 女性と言うのはこの手の男、つまり、美男子には好意的だとボクは理解した。


 「ああ、ありがとう、尻尾のお嬢さん」


 銀ピカはコレットからハンカチを受け取ると顔面を拭き上げ、笑みを浮かべた。確かにどう見ても美男子だ。


 「そうだ、これをお礼に取っておいてくれませんか。俺のサインの刺繍が入ったハンカチです」


 ヤツは爽やかな笑みを浮かべながら綺麗なハンカチを取り出した。近くで見なくても高価な布が使われているのが分かった。


 「え、こんなに素敵なモノを私に」


 「黒いお嬢さんにこそ、この純白のハンカチは似合うのですよ」


 奴は気障ったらしく、しかも両手を添えてコレットに手渡した。そして、コレット、何を恥ずかしがっているんだ。


 「騎士様、喉が渇かれたでしょ」


 シュマ、何でしなを作りながら水筒を差し出しているんだ。で、おい銀ピカ、何でそれを当然のように受け入れている。


 「白い尻尾のお嬢さん、何にも勝る美味でしたよ。これは、俺からの気持ちです」


 で、お前、何で当然のようにハンカチを出す、しかもコレットにやったのと同じのを………、あちこちでこんな事をしてるんだろ。

 ボクはジト目でその銀ピカを眺めていた。


 「そして、俺を窮地から救ってくれた女神、黒髪の君には………」


 ヤツはキラキラと光る歯を見せながらにこやかに近づいてきた。普通の女性なら何かウキウキとしたり、嬉しかったりするのだろうけど、ボクはただ肌が粟立つだけだ。


 「黒髪のお嬢さん、貴女へのお礼がまだでした。これを貴女と会えた事を記念して、どうぞ受け取ってください」


 ヤツはボクに何かコインのような手渡してきた。なんと、ご丁寧にボクの手にソレをおくと、両手でボクの手を包み込んでくれた。これがコレットなら尻尾がリスみたいにぶわっと逆立っているだろう。


 「あ、ありがとう」


 コインを見るとコイツの横顔がレリーフになっている。そして飾り文字で白銀の騎士、コルセール・エナンより感謝を込めて、と書かれている。これをどうしろと言うのだろうか。コインを貰ったボクは思わず首を傾げていた。


 「このコインを見せると、俺のファンクラブの特別会員になれるんですよ。特別会員になれば俺のディナーショー、そして小粋な俺のトークを楽しむことができるんですよ。しかも、俺と同じテーブルで」


 ヤツはコインについて説明するとボクにウィンクをしてきやがった。

 マジで鳥肌が立った。


 「そんなに感激してもらえるとは、嬉しいですよ。この出会いも神様が用意してくれた、いや運命かもしれません。どうですか、俺と一緒に旅をしませんか」


 ヤツはニコニコしながらボクに手を差し出してきた。こんなのと一緒に行動していたら世の女性の嫉妬をどれだけ買うか分かったもんじゃない。

 どうやって断ろうかと思っていた時


 「お嬢様、ご無事ですかー」


 ボクが引きつった笑みを浮かべて銀ピカと対峙している所にリナがやってきた。


 「白銀の騎士様? 」


 駆け付けたリナは銀ピカを見るなり顔を赤らめた(毛皮で見えないけど多分)。そして、その場で嬌声をあげた。

 そこまでする事なの?


 「キツネのお嬢さん、俺のことを知っておられるんですね。ありがとう」


 銀ピカはリナに歩み寄ると手を差し出した。リナはその手を両手でつかんでうっとりとした表情を浮かべた。


 「ロスタ姐ちゃーん、見てみて、スゴイのみつけたよ」


 「ルメラもこんなの見るの初めて」


 銀ピカと握手して感極まっているリナが目に入っていないのかジャグが枝をもってボクの所に駈けてきた。


 「見てみて、大きいよ」


 ジャグがボクの目の前に枝を差し出してきた。その枝の先には迷惑そうな(そう見える)表情をした巨大な黒とオレンジの縞模様の芋虫がしがみついていた。


 「大きな芋虫だね」


 「ルメラも驚いた」


 ボクがしげしげと芋虫を見ていると、銀ピカの動きが妖しくなってきた。


 「イ、イモムシ? 」


 ヤツが恐怖を滲ませて聞いて来たので、ボクはジャグから芋虫がしがみついている枝を借りて顔の前に突き出してやった。


 「げ、ゲムジっ」


 「毛虫というより芋虫ですよ」


 「ゲムジ、ゲムジ………」


 ヤツの顔色は一瞬にして変わった。そしてうわごとのようにブツブツと呟きだした。それを見てボクはいいことを思いついた。


 「ジャグ、ルメラ、あの木を思いっきり蹴飛ばして。それより大きいのが見つかるかも」


 「分かった」


 「うりゃーっ」


 ボクがジャグとルメラにニヤッとしながら提案した。そして、あの銀ピカの一番近くの木を指さした。するとちびっ子たちは思いっきり走り出した。


 「この木だね、とうっ」


 「竜の力を見よ」


 2人は木に向けて思いっきり走り出して、見事な飛び蹴りをかましてくれた。

 ルメラの言う、竜の力は彼女の見た目より少し威力がある程度だった。

 それで十分たった。


 「ーっ!! 」


 2人によって揺すられた木から、銀ピカの恐怖の根源がこれでもかと降ってきたのだ。そして、あろこうとかその内の1匹が彼の顔面に貼りついた。

 ヤツは絶叫を上げながらどこへともなく走り去っていった。さっきまで恰好をつけていたスカした野郎は何処にもいなかった。


 「格好つけてもアレじゃ………ね」


 「台無しですよねー」


 コレットとシュマがボクに同意を求めるように言い寄ってきた。


 「2人とも言い寄られて満更でもないようにみえたけど」


 ボクの言葉に2人は笑い声を上げた。ボクは彼女らの行動に首を傾げた。


 「気持ち悪いのより、綺麗なのが良いじゃないですかー」


 「お嬢様が美人を見て鼻の下を伸ばすのと似たようなモノです」


 そういうモノなのかな、深く考えない事にしよう。


 「さっきのキラキラ面白かった。ムシさん、ありがと」


 ルメラが落っこちてきた毛虫たちをそっと木に戻しながら笑い声を上げていた。


 「なんか気色悪いヤツだったよね」


 ジャグが銀ピカが逃げ去って行った方向に視線をむけながら笑い声を上げていた。勿論、ボクもだ。


 「ちょっと見ましたけど、お嬢様、あの白銀の騎士に対して随分と塩対応されていたようですけど、何かされたんですか。………されたなら、このリナ、全ての財力、知力、体力、命全てをかけてあの男に償わさせます。狐族の恨みは深いですから」


 いきなりリナがボクを抱きしめて穏やかならざる口走ってくれた。


 「何もされていないから、アレに何かする必要はない。………あの手の男はどうも好きになれないんだ。ちょっと面がイイからって、それだけでどんな女でもついて来るって思いやがって………」


 嫉妬だ。この気持ちは嫉妬だ。確かに前のボクは醜男じゃなかったと思う。少なくとも父上やダグより美男子だったと思う。過去形になってしまうのが少し悲しいけど。

 偏見かもしれないけど、あの手の男は絶対信用できない。絶対に裏で何かしているに決まっている。


 「お嬢様、ひょっとして私たちが白銀の騎士様とお話しているのを見て焼きもち焼いたんですかー」


 シュマがニヤニヤと笑っている。焼きもちを焼くだと、これはあの銀ピカに対する男としての嫉妬だ。

 しかし、シュマのニヤニヤはちょっとムカつく。

 ボクがむっとしているといきなりコレットが背後から抱き着いてきた。


 「私のために焼きもちを焼いて下さるなんて………、罪深い私ですが、幸せです」


 コレットがうっとりしたような声を背後で上げている。これは、これで怖い。でも、コレットが幸せならそれを否定することはしない。コレットの表情を見て、否定するなんて、そんな勇気は持ち合わせてもいない。


 「シュマとコレットがポーっとするのも当然ですよ。あの方は、今売り出し中の自由騎士のコルセール・エナン様、またの名を白銀の騎士、美貌と華麗な剣技、正義の使者と言われ若い女性の間で人気なんですよ」


 リナが自分もハンカチを貰っておけば転売できたのにとちょっと悔しそうだった。


 「リナの場合は安定の商売第一だね」


 こういう時のリナは安定感があって安心できる。商人ならどんな時でも商売第一だからね。


 「それより、早く行きましょう。ワイスの街に行くには、この先のモルカ河の畔にあるイーラックって町で船にのって遡りますね」


 リナはあやふやな地図を見ながらボクたちを急かしてきた。ぐずぐずして、こんな木以外何もない所で夜を過ごしたくないのでボクは銀ピカとの遭遇の余韻に浸っているシュマとコレットに出発することを告げ歩き出した。



 「夜になる前につきましたね」


 いい加減な地図といい加減な方向感覚のリナの合わせ技で、ボクたちはいい感じでイーラックの町に辿り着くことができた。

 イーラックの町は広大なモルカ河を行ったり来たり、時々沈没したりする船の大きなターミナルみたいな町で、暗くなっているのにもかかわらず通りに多くの人が行ったり来たりしていた。

 その中にはどこから見ても船乗りみたいな連中も多く、彼らをカモにしているおねのーさんたちの姿もちらほらと見えた。


 「人の街って街ごと違うんだね」


 はぐれない様にルメラの手を引きながら今夜の宿を探しているボクを見上げるように彼女が不思議そうに尋ねてきた。


 「うん、街がある場所、気候はどれも違うからね」


 ボクが簡単に説明するとルメラは納得したようで、珍しそうに行き来する人や店に視線を走らせていた。


 「お嬢様、これ見てください」


 コレットが小洒落たカフェの店頭に銀ピカの拙い似顔絵と何かが描かれているポスターを見つけてボクに知らせてきた。


 「ひょっとして手配書? 」


 「いいえ、ワイスの街でディナショーをするってお知らせですね。1人当たり大銀貨3枚だそうですよ」


 コレットはポスターにかかれている金額をちょっと驚いたような表情を浮かべて教えてくれた。


 「高値いね」


 金額を聞かされてボクは思わず口走っていた。あんな奴と飯を食うのになぜ金を払わなきゃならんのだ。逆に払ってほしいぐらいた。


 「盗賊の討伐、悪徳領主の追放、攫われた深窓の令嬢の救出………、どこまで本当なんでしょうねー」


 シュマがヤツの今までの業績を読み上げながら首を傾げていた。確かに出来すぎている。こんなスゴイ奴がいたのなら、ブッコワース家に仕官させようとか、早いうちに潰そうとかの話がボクの耳にも入ってきてもおかしくないのに………。


 「ボクが不勉強だからかもしれないけど、コルセール・エナンって名前を君らは聞いたことがある? 」


 ボクは猛獣たちに尋ねた。ひょっとすると女性の間では知ってて当然の存在かも知れないから。


 「聞いたことありませんよー」


 「今日知った名前ですね」


 「さっき言ったこと以外は知りませんね。グッズにプレミア価値が出るんじゃないか程度の噂以外は」


 猛獣たちも知らないようだった。

 そんなマイナーなヤツがディナーショーなんてやった所で赤字を出すだけじゃないか、全く他人事だけど興味が9割、心配が1割の気持ちになってきた。


 「ボクたちには関係ない事だわ。それより、安全な宿を探しましょう」


 ボクは彼女らにゆっくりと眠れる今夜の寝床を探そうと促した。こんなに雑多な所で下手な宿で夜を明かすなんてことになったら、金品どころか貞操まで危険にさらしてしまうことになりかねないからね。



 「レディース宿屋………? 」


 リナの行商人ネットワークで安全な宿と言う事で探し当てたのは町はずれにある、とてもとてもファンシーな見た目の宿だった。女性専用とあるとおり、男には敷居が高すぎる造りになっている。


 「女性しか宿泊できませんので、貞操は守られます。お値段はそれなりですが、比較的安全だとおもいますよ」


 リナが商人仲間から仕入れたことを自慢そうに話しているのを聞きながら、ボクは意を決して宿に入った。



 「6人、今夜泊まりたいんです。できれば部屋は一つで」


 ボクは目の前には、多分宿屋の人と思われるクマの着ぐるみがいた。


 「6人で1部屋だねー、うん、あるよー。お食事はどーする? 」


 やたらフレンドリーすぎるクマにちょっとむっとしたけど、ボクの横にいるジャグとルメラが目を輝かしてクマを見つめているので、相手のペースに合わせることにした。


 「お食事? 」


 「えーとね。この辺りで撮れたお野菜とお肉、そしてデザートにはフルーツとハチミツをたっぷり使ったケーキがついてくるよ」


 「お食事つきで」


 早速、シュマが喰いついた。多分、ケーキが決め手になったんだと思う。


 「お嬢様、ここにしましょう」


 シュマの中ではすでに決定事項になっているらしい。


 「お風呂は? お風呂」


 コレットにとってはお風呂は重要事項らしく、クマに喰いつくように身を乗り出して尋ねていた。


 「あ、あるよー。大きなお風呂」


 クマがちょっと押され気味に答えると、コレットは二マーと笑みを浮かべた。


 「お嬢様、ここに決めましょう」


 コレットがボクに迫ってきた。しかし、それ以前にお値段のお話があるような気がするんだけど。


 「お嬢様、大丈夫です」


 リナはニコニコしながら心配するなと伝えて来てくれた。こうなると断る理由がないので、ここは彼女らに任せることにした。


 「おいらもここがいいなー」


 「ルメラもそだよ」


 ちびっ子二人組もここでいいみたいだし、クマに飛びついている所を見ると随分と気に入っているよだから、ますます拒否する理由がなくなった。

 ボクとしては、とても居心地が悪いんだけど、それは些細な事だ。我慢すればいいだけなんだから。



 ボクたちを部屋まで案内してくれたのはウサギの着ぐるみだった。コイツはお道化たような動きで部屋までボクたちを誘導してくれた後、くぐもった声で大浴場の位置まで教えてくれた。そして、物欲しそうに手を差し出しやがった。その手にご丁寧にリナがチップを置くとそれを数えて少し不満げに頭を下げた。


 「………」


 その態度にボクはむっとしたが、我慢することになった。


 「ーっ! 」


 しかし、部屋に一歩入ってボクは叫びそうになった。部屋の中のあちこちにあの銀ピカのサイン入りのハンカチだとか、ディナーショーのポスターだとか、極めつけはヤツの等身大の肖像画がドーンと飾られていた。流石にキレそうになった。


 「どうどう、お嬢様、落ち着いて、落ち着いて」


 ボクは無意識のうちに抜刀していたようで、背後からシュマに羽交い絞めにされていた。彼女は優しくボクを宥めるように語りかけてくれていた。


 「アイツはここにいません。安心してください」


 コレットがボクの手から剣をそっと奪い取ってくれた。


 「………お風呂に行きましょうよ。そこで、何か聞けるかも知れませんよ。実績がはっきりしないヤツがここまで持て囃されるのって、納得いかないし、騙されているような気がしますから」


 リナが珍しく真剣な表情で真面目な事を言いだした。彼女は時折非常に明晰になることがある、これがずっと続いていたらきっと今頃大商人になっていたかもしれない。


 「あの日になったんですねー」


 シュマが鼻をひくつかせながらリナに尋ねると彼女は黙って頷いた。


 「明日ぐらいかな………、と言うか、そんな事をお嬢様の前で言わないでよ」


 「お嬢様は言われなく人を嫌う事をしない人です。そのお嬢様が、あそこまで嫌悪すると言う事は、何かあるんです。リナの考えの方向は間違ってないと思う」


 ちょっと恥ずかしそうにしているリナにコレットが彼女の手を取って、悪を暴こうと言わんばかりの勢いで迫っていた。


 「………そんなことよりさ。早くお風呂に行こうよ」


 「身体がムズムズする」


 ちびっ子二人組がお風呂に行こうとせがんできた。あんなヤツのことは垢と一緒に洗い流してさっぱりするのが一番だ。


  「そうだね。じゃ、お風呂に行こう、そしてご飯を食べて明日の船旅に備えましょう」

 

 ボクは出来るだけ明るく言った。そう、ここでサイコ野郎みたいにあの銀ピカに妙な拘っていても始まらない。気分転換は必要だ。



 「コルセール・エナン様のディナーショー、今から楽しみですわ」


 「きっと素晴らしい夜になりますわよ」


 浴場には先客がいた。リナより少し………随分少し年嵩のご婦人たちが居られた。彼女らは、口々にあの銀ピカについて話していた。内容から察するとあのディナーショーに行くのだろう。


 「あらあら、尻尾の人たちが入って来たわ」


 「抜け毛が身体に付くと厄介なのよね」


 ご婦人方は態々聞こえるように猛獣たちに嫌味を言ってきた。そんな嫌味を猛獣たちは薄ら笑いで受け流していた。


 「お風呂に浮いている毛って不愉快ですよー」


 「特に縮れた毛なんて身体に付くと気持ち悪いですからね」


 「あたしらは身体を洗うためには、タオルだけですみませんからねー。念入りに手入れしないと弛んだり、シミだらけになりますからねー」


 猛獣たちはにこやかに嫌味を返していた。相手の御婦人方が引きつった笑みを浮かべているのが湯気越しにも分かった。


 「コルセール・エナン様に今日会えたことはとても幸運でしたわね」


 ボクは身体を洗いながら、いかにもお嬢様らしく振舞いつつ、ご婦人方が乗ってくるように仕向けてみた。


 「かっこいい方でしたよね」


 「まるで、物語に出てくる王子様みたいでした」


 シュマとコレットも話を合わせて来てくれた。


 「王子様ってコルセール・エナン様みたいな人だよね」


 「かっこのいい人間って初めて見た」


 ジャグとルメラも話を合わせて来てくれた。彼女らの機転にボクは感謝した。でも、ルメラはちょっとズレているように感じたけど。


 「え、貴女たち、コルセール・エナン様とお会いになったの? 」


 「どこで? 」


 ご婦人方が早速喰いついてきてくれた。彼女らの反応にボクは内心ほくそ笑んだ。

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