第1話 「この人、誰? 」
「いつもながら、寝るのが早い」
僕は本館の灯りが何時ものように早々と消えるのを見てため息をついた。
ブッコワース家は、早寝が身体を造るとの思い込みから、夕食を食べると早々に眠る生活をしている。勿論、領主が領内で頭を悩まして睡眠不足になることはなく、そう言う意味では健康的な領の運営を行っている。
「シュマ、コレット、準備はいいかい。いつもと同じように明かりを消して、そして脱出だ」
「この屋敷の中で一番最後に明かりが消えるのはこの離れですからね。庶民にくらべたら照明代なんて気にする必要もないのに、寝る前に本すら読まないみたいですからね」
コレットがまるでバカの巣窟を見るように本館を見てため息をついた。
コレットの気持ちは良く分かる。
領内には恐ろしいほど何だかんだと問題がある、治安とか収穫の安定とかライフラインとか………、まだ領の経営について何もしていない僕ですらあっという間に両手の指の数ぐらいの問題を列挙できるのだ。
でも、当の領主である父上は
「このトレーニングで上半身をバルクアップできるか、どのポーズが美しく見せることができるか」
程度の悩みしか持ち合わせていないのである。
その家臣の家令のナグスが頑張ってくれてはいるのだけど、彼も肉体の鍛錬が日々の職務より優先しているから、状況はお察しの通りだ。
なんで、こんな領が持続しているか、それはブッコワース伯爵家は王国内の荒事における使える武器だったに過ぎない。
難しいことは考えず、命ぜられるままにひたすら暴れるだけの存在だから、しかも、怪我することも死ぬことも全く考えずに戦うのだから便利な存在なのだ。
ブッコワース伯爵家のブッコワース騎士団は、怪我をすることも死ぬことも怖がらない、恐れ知らずの集団とされているが、それは誤解であり、実は、彼らが怪我することや死ぬことを理解していないだけである。
「若様は、本当にお母様に似て文化的ですよね。若様がこの領の経営を為されたら、今よりかは絶対にマシになるって、街で噂されていますよ。間違っても飢えで苦しんでいる人に鉄アレイを配布するようなことはしないって」
「買いかぶりすぎだよ。現に僕は長男だけど後継者として認められていないようだし、さっきの噂みたいなので次期伯爵になれ、なんて世論が湧くのを継母様は恐れているから、このままだと近いうちに始末されると思っているんだ」
僕に次期伯爵になってもらいたい、と期待するシュマに僕には自分の生命の方が大事だと言うと、暫く考えてから「そのとおりですね」と、納得してくれた。
「2人に言っておくけど、僕について来るってことは、生命を狙われることになる。何度も言っているから分かってくれているよね。だから、今が最後のチャンスなんだ。今なら、後戻りができる」
僕はそう言うと食堂の飾り棚を押した。飾り棚は音もなく外側に開き、そこに階段に続く通路が見えた。
これは、叔父さんが出奔した時に使ったようで、僕がここで生活するまで叔父さん以外誰も知らないものだった。たまたま飾り棚に持たれた時に発見できたことは僕の人生における幸運の一つだったと思う。これのおかげで、今回の脱出計画が立てられたのだから。
「若様、こっちです」
隠し通路の出口は屋敷の外にある道祖伸様の祠だった。暗い中、夜目の利くコレットに手を引かれ何とか外に出た僕に低い声でリナが呼び掛けてきた。
リナ。18歳の狐族の行商人、離れに住んでいる僕に必要なモノとか、街の噂を持ってきてくれる貴重な存在だ。彼女のナイスバディのおかげで、屋敷の一部ではボクのお気に入りのコールガールと思われているらしいが、彼女の名誉のために言うが、僕たちがそんな関係になったことはない。
もし、そんな関係になりそうになったらシュマとコレットが黙っていない、きっと大変な事になっただろうと思う。
「おい、本当に若様か? 」
いきなり、僕に生意気な問いかけをしてきたのはボサボサの赤毛にソバカスのジャグ、真人で10歳、孤児でスリやひったくりで生計を立てていたようだけど、街に出た僕を狙ってシュマとコレットに散々物理的、精神的に説教されて現在はリナのお手伝いとして生活している。
「本物だよ」
僕はそう言ってジャグに左手を見せた。
僕の左手には幼い頃、手加減を知らない父上との真剣での稽古でできた傷で、僕の掌を横一文字に大きくついている。大きな怪我だったけど、名医たちのおかげで傷は残ったものの、機能には問題ない。
「本物の若様だ」
ジャグはそう言うと僕を満面の笑みで歓迎してくれた。まだ幼く、ダボっとした服を着ているので未だに僕はジャグが男の子なのか、女の子なのか分からない、直接聞くのも失礼なようなので、今までずっとそのままだ。
「さ、馬車をあっちの木の影に待機させています。早く」
リナはそう言うと馬車の位置まで僕たちを案内してくれた。
彼女が準備してくれ炊いた馬車は幌の付いた貨物用の馬車で、サスペンションも何もないヤツで、一部から尾てい骨砕きと呼ばれているタイプだった。
「乗ったら、幌を閉じて」
リナはそう言うと馬車を走らせ出した。流石獣人、真っ暗な中灯りもつけずに馬車を操って街道を進んでいく。
この街道が随分と厄介なのだ。道も使えばあちこちくぼんだり、路肩が欠けたりするのだが、これを整備するのが領主の仕事なのだが、馬車が通れなければ足を使え、走れば鍛えられるとの考えから放置されていた。
「ごぶっ」
「ぐべっ」
「げっ」
荷台で僕とシュマ、コレットはゴロゴロと振動に合わせて転がりながら、妙な喘ぎ声を出す羽目になっていた。
「若様、少し静かにしないと気付かれちゃうよ」
御者台でリナの横に腰かけたジャグが僕たちに声をかけてくれるが、今喋ると舌をかみそうになるので、唸り声で応えることにした。
「サックの街に入ります。静かにしていてくださいね」
夜が明ける頃、御者台からリナが声を潜めて注意を促してくれた。リナの声がして暫くすると、馬車が停まったのを荷台で転がりながら感じた。
「荷物は何だい? 」
「空荷ですよー」
街の衛兵だろうか、リナに積み荷のことを聞いているようだが、リナはしれっと答えていた。
「そっかー、朝早くから大変だなー」
「おっちゃんもがんばってねー」
リナは衛兵と短いやり取りをした後、再び馬車を走らせ出した。
この街の警備に関して、これでいいのか? と、突っ込みたくなったがそこは我慢しておくことにする。
「私名義で借りた家に向かいます」
リナはそう言うと、彼女名義で借りている街はずれの借家に馬車を向かわせた。出資は勿論僕だけど。
「若様、到着しましたー」
「やっとついたー」
リナから到着を聞くと僕とシュマ、コレットは転げ落ちるように荷台から飛び出した。
「もう着いたの。あ、若様、おはよー」
御者台でジャグが目をこすりながら周りを確認して僕の姿を見つけると、さっと姿勢を整えて挨拶をしてくれた。
「ジャグ、おはよう。ジャグとリナのおかげで計画の第1段階が完了したわけだ。感謝するよ。ありがとう」
僕を籠の中から出してくれた2人に改めて礼を言う。これで僕は自由だと思うと、一晩転がされて体のあちこちが痛くて、眠いけど晴れ晴れとした気分になった。
「もう、明るくなってきます。早く中に、周りの人たちに見られたくないです」
リナは僕たちを家に押し込むように入れると後ろ手で扉を閉めると、ほっと溜息をついた。
「この辺りは、街外れですけど、それなりに人の往来があるんです。若様の今の衣装、アンタたちの衣装、どう見ても庶民じゃないでしょ。悪目立ちするから。特に、アンタたち、若様にいつもの調子で仕えていたら、あっという間に身分が露見するから」
リナは厳しい口調で僕たちに注意するようにと言いつけてきた。
「リナ、若様に対して失礼ですよ」
「身分を弁えよ」
シュマとコレットがリナに向けて牙を剥いて威嚇しだした。このままだと、ここで大騒ぎが起こって、それこそ悪目立ちする。僕はそう考えた。
「シュマ、コレット牙を納めよ。リナの言うとおりだ。僕はもうブッコワース家とは関係のない人間になった。庶民になったんだ。だから、もっとざっくばらんに付き合ってもらいたいね」
僕は、牙を剥いている2人の頭を撫でて気持ちを落ち着かせようとした。その時、可愛いお腹のなる音が室内に響いた。
「おいら、お腹減ったよ………」
ジャグが椅子にぐったりと腰かけて、お腹をさすりながら僕たちに訴えてきた。
「若様、お弁当にしましょう。リナとジャグの分もあるからね」
「離れの食材を使い切り、私とシュマが持てる限りを尽くして造り上げたお弁当です」
シュマとコレットが背負ってきた大きな荷物を開けて、粗末なテーブルの上に弁当と言うよりオードブルように料理を陳列していった。
「では、私からは若様の新たな門出を祝してのワイン」
リナが戸棚からワインボトルを取り出してテーブルの上に置いた。
「リナ、気が利いているわね。これ、いいワインよ」
「見て、シュマ。この銘柄、お肉と会うんだよね。私たちの味付けもこれにあっていると思うよ」
ワインを見てシュマとコレットはハイタッチして喜びを表していた。残念な事に僕は下戸でワインなんてグラス一杯で眠くなってしまうから、これは彼女らに譲ろう、と決心した。
「若様、これ、おいしいよ」
空腹に耐えかねたジャグが唐揚げを口にしながら、僕と喜びを共有しようとしていた。僕もジャグに倣って唐揚げを口に入れる。
「うわっ、ジューシー」
口の中に広がる快感に僕は打ち震えそうになった。なんたって空腹は最高の調味料だから。
「この、コレットが作った、フィッシュフライもどうぞ。小骨もちゃんととってますから、がぶりとやっちゃってください」
コレットが僕の目の前にフォークに刺したフィッシュフライを差し出してきた僕は彼女からフォークを取ろうとしたら「あーん」と彼女は目を細めて行ってきた。
僕は戸惑いながらも口を開けるとそっとフィッシュフライが僕の口の中に入ってきた。フライなのに脂っこくなく、淡白な白身の魚と油の香ばしさがマッチした至高の一品と言うべきものだった。
空腹、恐るべし。
「コレット、何勝手なことしてるのよ」
コレットの「あーん」にシュマが抗議の声を上げた。そして、唐揚げを僕の前に持ってきて「あーん」と甘い声を上げた。コレットだけに食べさせてもらったら、後でどんな遺恨が発生するかもしれない。そして、その遺恨の中心は僕になる。そう思うと僕は目を閉じてそっと口を開いた。
「さて、皆で一寝入りしてから次の行動に移るから」
お弁当を食べ終えた僕は後片付けをしているシュマとコレット、リナに声をかけた。ジャグはお腹が膨れたらしく、もう椅子にもたれかかって夢の世界に旅立っていた。
ワインは、飢えた獣たちの胃袋に収まったらしく、一滴も残っていなかった。
「ベッドは人数分あるし、個室は僕が使うよ。起きたらここに集合しておいて。これからの作戦について説明するから」
僕は欠伸をかみ殺しながら寝室に向かい、ベッドに倒れ込むとあっという間に意識を失った。
「お待ちしていました」
日が傾き始めた頃に僕は目を覚ました。欠伸をしながら食堂に行くと、もう皆が起きて僕を持っていた。
「待たせてごめん、リナ、例の物を準備して」
僕はリナにそう言うと、彼女は無言でカバンの中から薬瓶3本と巻紙を3巻取り出した。
「屋敷の連中が僕たちが逃げたことに気付くのは明日ぐらいだろうね。離れは完全に本館と独立しているし、僕は滅多な事が無いと本館に行かないからね。でも、安心できない」
僕はリナから薬瓶と巻物を受け取った。そして、じっとシュマとコレットを見つめた。
「これは、見た目を変化させる不可逆の魔法薬と魔法陣だ。毛の色を変える効果がある。僕はこれで見た目を変えて見つかりにくくしようと思う。シュマとコレットも良ければこれで毛の色を変えてもらえないだろうか。嫌なら無理強いはしない。君らもその毛の色に誇りがあるだろうから」
僕がそう言うと、シュマとコレットがレナから奪い取るように薬瓶と巻物を受け取り、僕をじっと見つめた。
「若様の安全のためなら、毛の色が変わるぐらい安いモノですよ。ね、コレット」
「シュマの言うとおりです。若様と一緒に居られるなら毛皮の色が何色になろうが些細な事だよ」
彼女らの決意は固い様で、僕はほっとしたり、申し訳ない思いになったりと複雑な気分になったが、気を取り直して、魔法薬と巻物について説明しだした。
「この魔法陣を床に展開する。向きは自動的に補正される。そして、その中に入ってこの薬を飲む。気分が悪くなったり、気を失ったりするかもしれないけど、明日の朝までには毛の色は変わっているはず。そうだよね。リナ」
魔法薬と巻物を手配したリナに僕は確認する。
「そのとおりです」
「僕の渡したお金で足りたかな」
僕はリナにこの魔法薬と巻物を購入するために安くない金額のお金を渡したのだが、果たして足りたのか心配になって、彼女に確認した。
「同じものが三つなので、割り引てい貰って、見積もりより安くしました。浮いたお金は路銀に回せます」
リナはそう言うと僕に微笑んでくれた。これからの旅に彼女のようなしっかりした人が一緒なら非常に心強い。
「シュマ、コレット、準備しよう」
僕は巻物を展開し床に敷いた、そこには赤いインクのような物で複雑な紋様が描き込まれていた。意を決してその中心にどっかりと僕は腰を降ろした。
シュマとコレットを見ると彼女らも同じように魔法陣の中央に腰を降ろしていた。
「若様、その魔法薬、サービスでストロベリー味にしてもらっていますから、飲みやすいはずです」
「ありがとう」
僕はリナの心遣いに感謝して魔法薬の入った瓶の蓋を開け「ままよ」とばかりに一気に飲み干した。
確かにリナが言った通り、ストロベリー味だった。
「ーっ」
飲み干して暫くすると身体全身に猛烈な違和感が襲ってきた。それは熱となり僕の体の内側から作り変えていくような感触で特に、下腹部あたりが猛烈に熱かった。
「う………」
柔な僕はいとも簡単に意識を手放すことにした。
こんな場合、無理に我慢してもしんどいだけだから。
「きつかった………」
意識を取り戻した時、もう外は明るくなっていた。何故か僕はベッドに寝かされ、朝日の逆光のなか見慣れたシルエットが僕を心配そうに見ているのに気づいた。
「若様、大丈夫ですか。とても、とても心配しました。若様に何かあったら私………」
そう言って僕に覆いかぶさるように抱き着いてきたのは真っ白なモフモフ、一瞬コレットかなと思ったけどこのモフモフはシュマだった。
「若様ーっ」
シュマと同時抱きついてきたのは、影のように真っ黒なモフモフ、コレットだった。
「気づかれて良かった、なにかあったらどうしようと………」
コレットの目は涙で濡れていた。
そんな彼女らの隙間から、僕は土下座しているようなリナの姿ををチラリと見えたので、はっきりと彼女を見ようとして、いったん彼女らを身から離した。
「若様、申し訳ありません」
やはり、リナは土下座していた。しかも、彼女の体毛は随分と乱れていて、服もあちこち汚れていた。
「若様、リナ姐を許しいあげて、わざとじゃないんだ」
僕が不思議そうにリナを見ているとジャグが泣きながら訴えてきた。
「一体、何があったって………、あれ、声がおかしい」
僕は無意識に喉に手をやろうとした時、ふわさっと何かが手に絡まった。
それは良く視ると黒い髪の毛で、何気なく引っ張るとそれは僕の頭から生えていることを痛みと共に知らせてくれた。
「そっか、黒髪………、えっ? 」
僕は自分の神を手に取ってしげしげと見つめていた時、胸に本来あるべきはずでない二つの膨らみを、それも細やかではない大きさのを確認した。そして、おそるおそる触ると何とも言えない素晴らしい感触が手に伝わると同時に胸にも触られているという感触があった。
「まさか………」
僕は股間に手を伸ばして、我が息子の安否を確認した。しかし、いつもの位置に彼の存在は無く、あれれと探っている内に何やら今まで触ったことがないモノがあったけどそこにも彼は存在せず、気づけば*の位置まで確認していた。だけど、彼はいなかった。
「な、な、なにが………」
僕は甲高くなった声で狼狽えた。僕の惨状を見かねたコレットがそっと手鏡を僕に手渡してくれた。
「この人、誰? 」
鏡の中には黒髪で黒い切れ長の目をした少女が目を見開き、驚愕の表情で僕を見ていた。
「申し上げにくいのですが、それ若様です」
コレットがまるで死を宣告するように僕にはっきりと言ってくれた。
「あの、若様、非常にかわいいですよ。魅力的です」
シュマも何とか慰めようとしているようだけど、それ、慰めじゃなくて傷口に塩、いや唐辛子をぬりこんでいるような行為だから。
「なんで、こんな事に、あ、シュマもコレットも毛の色が変わったけど、他は大丈夫か? 」
「私たちは大丈夫です」
「毛色が変わっただけです」
僕はシュマとコレットが大丈夫そうなのでほっと安心する。そして、土下座しているリナを見た。
「何が起きたんだ? リナを攻めているわけじゃないよ。薬の副作用かも知れない、体質にあうあわないかもしれないからね」
僕は土下座しているリナを見つめて、できるだけ穏やかに話しかけた。
「毛の色を変えるモノでした。その薬を注文した時、魔法使いに誰の毛の色を変えたいのかって聞かれたので、侍女の獣人の方ですって答えたんです。若様の事を口にしたら大変な事になると思って………、で、同じのを三つ作ってもらったんです」
リナは土下座したまま一気に話し出した。表情は見えないだろうけど多分、自責の念でいっぱいなんだろうと声の調子から判断した。
「説明書を見たら「女性の髪の色を変化させる」って書いてあったんです。男性の若様は女性となって髪の色などが変わったと推測されます。いまの所不可逆なので、若様が男にお戻りなる手法はありません。………ごべんなざーい」
彼女は土下座したまま大声で泣きだした。そんなリナをシュマとコレットが取り囲み、僕を見つめてきた。
「若様、この女狐、どのように処理しましょうか」
シュマがにこやかに、でも目は笑っていない状態で僕に尋ねてきた。
僕は、彼女の毛皮が乱れたり、汚れているのは、シュマとコレットが何らかの物理的な作用を実施したためだと悟った。
「この場合、命をもって詫びるのが良いかと」
コレットが怒りを隠さずに床の上で土下座しているリナをじっと睨みつけた。
「わ、若様、リナ姐は、ワザとじゃないんです。このお薬とても高いんです。それを買える値段になるまで、魔法使いと駆け引きしたんです。若様のために………、だから、リナ姐を許してあげて」
ジャグはリナの背中に彼女を庇うように抱き着いて、泣きながら僕に懇願してきた。
「………リナを処罰した所で僕が男に戻れるわけがない。いい方向に考えると、屋敷の連中からするとますます僕を見つけにくくなった。おかげで逃げやすくなった。悪いことばかりじゃないよ。だから、リナ、顔を上げて、君を処罰しないから」
僕は出来るだけ優しくリナに語りかけた。そして、周りの面々を見回した。
「ちょっと1人にしてくれないか。イロイロと心の中を整理したいんだ………」
僕の言葉に皆は渋々ながら従ってくれた。そして僕は部屋の中に一人になった。
「………一回も使用せず、逝ってしまった………」
僕はかつてマイサンが鎮座していた辺り、今はツルンとなってしまった股間を触ると、声を殺して泣いた。
女の子の姿になっても、女性の前で涙は見せたくなかったから。
男の意地は、無くしたくなったんだ。