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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第18話 「嫌でも来ますよ」

 「良酒は水に似たり」


 誰が言ったのか知らないけれど、それは合っている。

 度数が強くてもそれを感じさせない喉ごし、味わい、そして恐ろしく飲みやすい。

 味が薄いな、とか、味を確認しようとか思って、ついつい杯を重ねてしまって、最終的に、確実に「あかん人」になってしまっているのだ。


 この宴会で供されたお酒が正しくソレだった。

 金に物を言わせて取り寄せたらしく、普通なら小さな瓶1本、香水が入ったボトルが運動不足と暴食で太ったようなヤツにお行儀よく収まったコレの値段が街の衛士の給料と同等とも言われているぐらいである。それが樽で、しかも複数あるのだ。アルコールに全くの縁がなかったボクでもその貴重さは肌で感じられた。

 そして、それを舌、否、身体全身で味わったのだ。


 「湿気た面してないで、飲めっ」


 ボクは最初、慣れない手でエンケラドゥス老人にお酌していたが、ご返杯とばかりに勧められ、いつの間にやら何かのリミッターが外れたようで、何が面白かったのか、全く分からないが呵々大笑しながら彼に酒を進めていたらしい。

 「らしい」と言うのは記憶が抜け落ちているからだ。

 この事は神様に感謝している。


 「おい、お前ら脱げっ」


 ボクはシュマとコレット、あろうことかリナまでにも無理強いをしたようだった。


 「そんな無体な。この身体の純潔はお嬢様のためにだけあるのです。お考え直しを」


 「ちょっと飲みすぎですよー。そんなことできないじゃないですかー」


 「あれは、ちょっとどころじゃないと見たね」


 彼女らは至極真っ当、彼女らからしたらだけどの反応を見せたようだった。


 「君らの言う事は理解した。ならば、君たちの主として率先垂範すべき」


 ………脱いだらしい………。ウサギスーツを男らしくぱっと脱ぎ捨てたらしい。


 「ボクは手本を見せたぞ。どうだーっ」


 と叫んでテーブルの上で一糸まとわぬ姿で仁王立ちしたらしい。

 次の日、二日酔いで苦しんでいるボクに、それこそ包み隠さず彼女らが教えてくれた。


 「嫁入り前の娘が何と言う事を………、しかし眼福じゃ」


 「誰かタオルをかけてやれ、そんなに慌てんでもいいから」


 燻し銀の疾風団の方々から心配やら喝采を受けたらしい。

 自分で言うのもなんだけど、ボクは結構グラマラスな体型をしている。

 胸に関しては、ボクの意志とは全く無関係に強烈な母性を発揮している。悲しいけど、浴場で毎回確認し、その重みで常に存在をアピールしてくるから嫌でも自覚してしまう。

 彼らの反応も男なら当然だ。ボクには良く分かる。


 「うう………」


 ボクはベッドの中で清潔で可愛らしいピンクのパジャマを着せられて横たわっていることに気付いたの次の日の昼前だった。

 ボクがへその緒を切って以来初めての二日酔いに唸っている時、シュマとコレット、そしてリナが包み隠すことなくボクのやらかしを嬉しそうに話してくれた。

 それは、とてもとてもボクを落ち込ませてくれた。


 「ドンマイ」


 「それも人生だね」


 普段着姿のジャグとルメラが可愛そうな人を見る目で見つめたうえで、慰めてくれるのがとても痛かった。


 「皆喜んでおったぞ。良い物を見せ貰った。それでじゃ、魔晶石を1人一つと言うておったが、三つにするぞ。光石も格安で譲ってやろう。嬢ちゃんだけでなく、尻尾の嬢ちゃんたちも良いモノを見せてくれたからのう」


 ボクの気持ちとは全くの逆で、ハイテンションなエンケラドゥス老人は猛獣たちに目を細めた。


 「ボクだけじゃなかったのか………、すまない………」


 彼女らがボクに命じられて脱いだとしたなら、ボクは何てことをしたんだろう。これは許されることはない。


 「負けられないって、尻尾のお嬢さん方も自ら………。それは見事で立派なモノを見せてもらった。冥土への良い土産になったわい。ちと、毛深かったが」


 ん? 何かが違う。ボクが命じたわけじゃない? 自ら? って一体何なの? 


 「あたしの方がウケがいいと思ったんだよね。悪いけど、お嬢様より大きいから。負けていられないと思ったからさ」


 リナが少しバツが悪そうに上目遣いでボクを見てきた。負けていられないってどういうことなのか。


 「お嬢様が楽しそうだったから、つい混ざりたくなって………」


 コレットが恥ずかしそうに告白してきた。ボクが命じたわけじゃないらしい。


 「おじいさんたちにとても喜んで頂けて楽しかったですよー」


 シュマが嬉しそうに言ってのけた。

 ボクが無茶な事を命じていなかったことにほっとしたけど、普通ならボクを止めてくれても………、うん、ボクが悪いんです。率先垂範ですから、はい。

 彼女らはそれなりにメリハリのある体型だから、あの老人たちには勿体ないように思えた。


 「そうじゃ、そのウサギスーツは持って行ってくれ。後で血で血を洗う奪い合いが発生するからのう。ヌイグルミも忘れずにな。出発はそこのお嬢さんの宿良いが抜けてからしてくれ。途中でぶっ倒れられると夢見が悪いからのう。報酬は、この秘密基地の使用人から渡す、残念ながら儂らも暇な身じゃないんでのう」


 エンケラドゥス老人はそう言い残すと部屋からで出て行った。確かに彼らは街の顔役で重要な役職を持っている人たちだから、真っ当な隠居生活なんてできないんだろう。


 「何から何まで、本当に感謝します。ありがとうございました」


 ボクは痛む頭でむりやりベッドの上半身を起こすと彼に深々と頭を下げた。それに対して、彼は何も言わず、背中越しに片手を上げただけだった。

 何となく、かっこよく思えたことは胸にしまっておくことにした。



 「ボクだけでなく、君らまでもやらかしていたんだ………」


 ボクはいつもと変りなく振る舞っている猛獣たちにボクは困惑していた。

 本来ではなく、つい最近、彼女らの方の性別になったボクが後悔しているんだから、彼女らもそうなのだと思っていた。


 「あ、私たち、毛皮ですから」


 コレットが事も無げに答えてくれた。うん、確かに毛皮を着ているよね。


 「獣人は毛皮を着ているからセーフなんですよー。真人は妙な所にしか毛が生えていない………、お嬢様はどこにも生えていなかったですね………、」


 「ボクの事はいいんだよ」


 確かに今は毛が生えていないけど、前は生えていたんだから、大切なモノも………。ボクは思わずシュマに強い口調で突っ込んでいた。


 「真人って面白いよね。私たちが生やしていない所に縮れ毛を生やすなんて。毛皮がないって不便そうだね」


 リナが不思議そうな表情になっていた。生物的な事より、問題なのは人としての尊厳なんだけど。


 「人って、酔っぱらうと脱ぐんだね。勉強になった」


 「酔っても脱がないのが一般的だから」


 ルメラが真面目な顔で納得していた。その認識を正すためボクは説明した。酔っぱらう=脱ぐじゃないから、と。


 「ふーん、ロスタは一般的でなんいんだね。理解した」


 「違うって、あれは偶々なんだ。偶々、そうなっただけだから」


 ボクの言葉にルメラは目を細めてふーん、と興味なさげに頷いただけだった。

 多分、ボクの事を信用していないらしい。


 「ロスタ姉ちゃんは綺麗だから、おいらもその内、ボンキュッボンになるから、その時は一緒に脱ごうよ」


 彼女はこの発言が黒歴史になる虞がある事を知っているのだろうか。数年後、こんな事を口走ったことを思い出して悶絶するかも知れない、こんな事を看過できるわけがない。


 「ボンキュッボンは認めよう。でも、脱ぐのは無しだ。お風呂とか着替えとか以外は絶対に無しだからね」


 彼女の未来のためにもボクのしくじりを活かしてもらいたい。


 「皆が素敵な身体を持っていることは十二分に承知している。でも、くれぐれも自重してもらいたいんだ。魅力的な女性と言うのは何かとトラブルを呼び込む要素がそうでない人より多いんだからね」


 この身体になってから、街を歩いている時に時折ぞっとするような視線を感じることが少なからずある。これは、自慢じゃないけどボクの容姿に関わっていると考えている。

 男だったから、その辺りは何となく分かる。そして、その視線が理性と言うリミッターを外した時、大変不愉快な事案が発生するのだ。上半身と下半身、どちらが主導権を取るかが問題なのだ。男と言う生物は、大概は、下半身に呆気なく主導権を手渡してしまうのだ。男だったからその辺りは良く分かる。


 「そうですね。この身体は全てお嬢様のモノですから。他の嫌らしい男どもに触らせるつもりはありません」


 キリっとした表情でコレットが決意を述べてくれるが、今のボクに君をどうこうする力もモノもないからね。


 「そうですよー。お嬢様がお望みなら、全身を剃毛してもいいぐらいですよー」


 毛皮の下がどうなっているかは興味はあるけど、敢えて命じたりすることはない。これは無くなったモノに誓って言える。


 「あたしは全て、お嬢様に無償で提供させて頂く覚悟はありますよ」


 リナ、今脱ごうとしていないかな………。それに、君にそこまでお願いしないからね。


 「うーん、皆の覚悟は嬉しいけど、君らが少しでも傷ついたり、不快な事に遭うのは嫌だからね。絶対に無理しないで欲しいんだ」


 これは、嘘偽りのないボクの心からのお願いだ。今回は皆、ある程度枯れた老人で良かったものの、これがギラギラしたおっさんたちだったらどうなっていた事か、考えるだけでも恐ろしい。

 そんな事を考えていたら、残ったアルコールがボクの脳を苛んできたので、敢えて我慢することなくボクは横になり、不快感と闘う事にした。


 宿良いが抜けたのは、次の日になってからだった。

 エンケラドゥス老人をはじめとする燻し銀の疾風団員たちはもう仕事に戻って行ったようで誰も残っていないようで、ボクたちに褒賞として魔晶石を渡してくれたのは秘密基地の維持要員と言う名の執事たちだった。


 「我が主が昨夜非常に喜んでおりました。あのように、溌溂とされた主を見るのは久しぶりでした。余程良いものをお目にされたのでしょう」


 執事の人たちは皆ニコニコしていた。彼らは何を見たのか、さっぱり分からない。うん、分からないことにしておく。

 

 「行商人のリナ様、主から契約書を預かっております。条件がよろしければ取引できます。光石はこちらでございます。契約は、品質を確かめて頂いてからで結構でございます」


 執事の人が一抱えぐらいある布袋を恭しく差し出した。リナはそれを受け取ると彼女はそっと開いた。


 「これね」


 リナは袋の中から薄緑色の小さな丸い石を取り出して朝日にかざし、そして石を手で覆ってその隙間から意思を確認した。


 「綺麗に光っている。こんなに光るのって質が良いよ」


 リナが肉球のついた指で小石をつまみ上げて目を細めた。そして、石をそっと袋に戻すとにっと笑みを浮かべた。


 「お嬢様、契約書をご確認ください」


 リナがボクに契約書を手渡してくれた。中身を確認すると光石を一袋を相場の三分の一の価格で卸すというモノだった。金額はちょっとキツイけど、儲けはありそうだった。


 「どう思います。あたしはとてもいい契約になると思うんです」


 「商人のリナが言うなら、それで良いよ。ボクはリナを信用しているから、商売について口を挟む気はないからね。阿漕な商売をしない限りは」


 リナがボクに許可を得るように言ってきたので、商売に関しては彼女に任せているので、危険なクスリや奴隷なんかの道徳的でないとされるモノを売買しない限り何も口出ししないことにしている。

 だから、今回の事も彼女に一任した。

 彼女はボクから契約書を受け取ると、素早くサインをし、そしてゆっくりと現金を取り出して支払った。


 燻し銀の疾風団の秘密基地を後にする時、ルメラとジャグはお気に入りなったドラゴンとキツネのヌイグルミを抱っこし、ボクらは思ったより嵩張る魔晶石、コイツは正六角錐が底面でくっついてひし形になっている形をしている。魔晶石と言っているが実は結晶のようなモノで、大概が自然の影響で尖った部分が折れたり、摩耗しているのだが、リナが手にしているのは綺麗に尖っている。純度云々より形だけでも価値があるのだ。

 で、コイツを雑に扱うと尖っている部分が欠けたり、折れたりするのでそれなりのケースに収めることになる。で、これが思いのほか嵩張ってくれるため、魔晶石の重さと相まって結構いい感じになってくれていいるのである。


 「この魔晶石と光石で、王都への船賃は稼げますよ」


 重い荷物とは裏腹に軽い足取りでリナが歌うように話しかけてきた。


 「お嬢様と旅に出て、何かといい儲け話に出会えているんですよ。ネル様との繋がりができましたし、今までにないぐらい、いい感じの商売ができているんですよ」


 お世辞にも商いのセンスが良いとは言い難いリナがホクホクしていることは幸先がいい事と思うか、これから降って湧いてくる悲惨な事項の前触れと思うか。

 取りあえずボクは前者であることを祈るような気分で彼女の言葉を聞いていた。


 「それは、いい事ね。良い船に乗れればいいわね」


 ボクは慣れないお嬢様的な喋り方で彼女に応えた。周りがボクの事をお嬢様と言っているんだから、ボクもそれにあわさないといけない、と思った。でも、ボクと言う人称は捨てる気はない。


 「魔晶石って魔道具の動力ですよね。となると、魔道具を作るのが盛んな土地で売った方がいいかもですよー」


 「魔道具を作るのが盛んな場所なら、光石も需要があるはずです」

 


 シュマとコレットも商売について興味を持ったらしい。お金があればそれだけいい生活ができるから、とてもいいことだと思う。


 「こんなに嵩張って重いものを」


 「安くで売られたらたまりませんよー」


 これが本音だったようだ。ボクも苦労した分は儲けたい。誰だってそうだと思う。だから、彼女らやボクの考えは間違っていないはずだ。

 だとすると、旅の目的地は単純に港街ではなく、工業やら職人たちが集っているような街が良い、高く売れる所で売る、行商ならではの儲け方だ。


 「それじゃ、マーヅルの港街じゃなくて、モルカ河を遡った所にあるワイスの街に行きましょう。街道をまっすぐ行くと河を運航している船に乗れますよ。………多分」


 リナが随分とアバウトな地図を片手に説明してくれた。この辺りで野垂れ死ぬ行商人や旅人がいればこの地図のせいだと思ったけど、ボクたちが持っているこの辺りの土地勘なんて、家畜小屋の鶏が王宮の間取りについて知っている程度もないのが現実だから、嫌でもこの地図しか頼るモノがないのが現実だった。


 「旅慣れているリナの言う事だから間違いないですよー」


 シュマが何の不安も感じずににこやかに言い退けた。その信頼感は何処から来るんだろうか。


 「私たち獣人は野生の感覚を持ってますからね」


 コレットが自慢げに胸を張った。その野生の感覚って………、どう見ても君らは飼いならされた動物にしか見えないんだけど。


 「イヌやネコみたいな人に近い動物ですら持ってますからね。キツネのあたしの感覚は更に鋭いですから」


 「ボクが大切なモノを無くしたのも、その感覚のおかげなのね」


 ドヤ顔を決めるリナに思わずボクは思わず嫌味を口にしていた。

 マイサンを失った原因の大部分を占めているんだから。


 「ソレはソレですよ。お嬢様も可愛い下着を穿いたり、お洒落したりでいい経験で来ているでしょ。街では特別にサービスしてもらえるし。悪いことばかりじゃないと思いますよ」


 リナはあっけらかんと言い放ちやがった。大体「悪いことばかりじゃない」と言うのは被害にあった方が言う台詞だ。ボク知らずの間に剣に手をかけていた。


 「リナっ」


 ボクの内心がどうなっているなんて全く気付かないリナにコレットが鋭く呼びかけた。

 ボクが手を汚すまでもない、ボクには多少アレだけど、忠臣が2人もいるのだ。


 「それだけじゃないでしょ。お着替えを手伝ったり、御髪を梳かしたりと、侍女としてやりたかったことができるようになったし、お風呂までご一緒できるようになったのは、やっぱり鋭い野生の勘のおかげだったのね」


 「若様の時も凛々しくて良かったですけど、お嬢様になられたら可愛くて可愛くて、もう一緒に溶けてしまいたいくらいですよー」


 コレットとシュマが互いに見合って「ねーっ」と言っている。こいつらは一体何を言っているんだ。主の不幸は従者の不幸じゃないのか。君たちの忠誠は何処に向けて捧げられているんだ。


 「でも、若様が女の子になったから、おいら御手付けなれなくなった………」


 はしゃぐ猛獣たちの横でジャグが寂しそうに呟いてくれた。御手付けとか聞き捨てならない言葉があったけど、良いことばかりじゃないのを彼女は幼いながらもしっかりと認識している。その点は猛獣たちより物事を良く視ていると褒めたくなった。


 「ジャグはまだまだお子様ね。やり様によっては、お嬢様であっても御手付けにしてもらえるんだよ」


 「男の子とよりバリエーションは豊富ね」


 シュマとコレットのアダルトな説明にジャグは首を傾げている。多分、お手付きと言う言葉も理解していないのだろう。


 「人間は、子をなす事にすら娯楽にするんだねー」


 ルメラが見た目とは裏腹な大人な事を言って薄ら笑いを浮かべている。

 猛獣たちはボクの喪失感について何も感じていないようだった。


 「君らがどう認識しているか知らないけど、ボクの喪失感は君らには想像できないほど大きいんだ。笑えるようなモノじゃないんだよ」


 「喪失感って、新しくあちこちにでっぱりやらへっこみができたでしょ。あと一月もすると女の子ならではのイベントがありますから感慨にふけっている暇はありませんよ」


 ボクの怒りとは裏腹にリナは冷静に返してきた。確かに彼女の言うとおり、胸が出たり、股間が大変な事になったりでボクの日常は大きく変化し、その上追われている身とあっては喪失感に浸っている暇はなかった。でも、気になることを言っていた。


 「女の子ならではのイベントって………、まさか」


 「嫌でも来ますよ」


 ボクは女性ならではの現象を思い出して背中に冷たいものが走った。間違いであってほしい、その思いはリナの簡単な一言で確実に潰えた。


 「魔法と薬で後天的に変化したんだから、そこまで変化していることは………」


 「ありますよ。お嬢様からは女性の臭いしかしませんから」


 リナが当然の事を何を今更、みたいな表情で返してきた。


 「匂いが変わっていますから、多分、中身も変わっていますよ」


 「中身の変化が外に現れますからね」


 シュマとコレットもボクの思いを砕いてくれた。そうか、今まで外見が変わっただけと思っていたけど中身まで変わってしまったのか………。

 そう思った瞬間、ボクは恐怖に捉われてしまった。中身まで変わるなんてあの薬、どこまで凶悪なんだ。それを飲んだシュマとコレットにも何か悪い影響がないかという不安も襲いかかってきた。


 「シュマ、コレットもあの薬呑んだよね。身体は大丈夫? おかしな事はない? 」


 「至って健康ですよー」


 「とっても調子が良いです」


 「安心したよ。何かあったら隠さずに伝えてほしいんだ。大切な人たちを失いたくないから」


 ボクの不安は空振りに終わりそうでほっとしたが、それより、なによりあの日が訪れたらどうなるのか想像もできない。果たしてボクに耐えられるのだろうか。


 「いいなー、ロスタ姐ちゃんはあと一か月かー、おいらも早くならないかなー。ねーリナ姐」


 ジャグが将来の希望に満ちた目をして話しかけ来てくれた。


 「ジャグはまだまだ先かな。好き嫌いなくちゃんと食べて大きくならないとダメだからね」


 うん、ジャグに対しての答えはそれでいいかも知れないし、彼女は生まれながらの女の子だ。ボクみたいな俄かな存在とは違うんだから。


 「お嬢様安心してください。その日が来ても、ここには3人も経験者がいますから」


 コレットがボクを安心させるように覗きこむようにして笑顔で話しかけてきてくれた。


 「そのための用品も持ってますから、今すぐになっても大丈夫ですよー」


 あの日のための用品もあるのか、これで安心できる………かな。それより、今すぐは無いと思う。


 「その日が来たら助けを求めるから、ボクは君たちみたいに生まれた時から女の子じゃないから」


 「ええ、その時は大船に乗ったつもりで気楽にしてもらえるようにしますから」


 「怖がる必要はありませんよー。安心してくださいね」


 ボクの気持ちを察してか、2人は安心させるように笑顔で答えてくれた。


 「痛み止めに身体を温めるお茶、腹巻もちゃんと準備してますから。ドンときてもらっても大丈夫です」


 何をドンとするのか分からないけど、こんな事になる状態にしてくれたのはリナだからね。


 「人と言うのは不便なんだねー」


 ルメラが不思議そうな目でボクらを見つめていた。


 「竜には無いの? 」


 ボクは竜の生態について知らないので、と言うか竜の生態に詳しい人がいるとは思えないので思わず彼女に尋ねてしまった。


 「分からない」


 「………分からないのね………」


 「うん」


 だったら、その偉そうな態度は何処から来るのだろうか。彼女らの中には竜こそ全てという価値観が根付いているのかもしれない。が、今のルメラは能力的には普通の見た目ぐらいの子どもと同じぐらいにしか思えない。その辺りを自覚しているのだろうか。


 「お嬢様、何か叫び声がしますよ」


 ボクがルメラを不思議そうに眺めていると、いきなりコレットがボクに話しかけ、声のした方向を指さした。


 「襲われているみたいですね」


 リナがコレットが指さした方向に耳を向けて何が起こっているか教えてくれた。


 「このまま見過ごすことはできない。助けに行くよ」


 ボクは猛獣たちに声をかけると剣に手をかけて走り出していた。

 少なくとも、戦っている時は自分の身体や将来について考えている暇がないので、危険な現実逃避ともなった。

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