第17話 「そんな俗っぽい浪漫など願い下げじゃ」
「お前さんら、今夜はここで泊ると良いぞ。こんな山奥で深夜、幼い子連れの娘をおっ放り出す訳にもいかんからのう」
ヤギ髭の老人に案内されるように、ボクらは燻し銀の疾風団の秘密でも何でもない秘密基地の一室に案内された。
「わーっ、なにこれ、すっごいよ」
部屋の中を見てルメラが歓声を上げた。しかし、逆にボクは完全に引いてしまっていた。
「ここで寝るなんて、おいら今まで生きてきて最高の事だよ」
ジャグもはしゃいでいる。しかし、ボクは完全に後ずさりしていた。
部屋の中は、この屈辱的な衣装を着せられた部屋より明るく、調度類はパステルカラーで統一され、そのデザインも丸っこくて実用性より装飾性に重きを置いているようだし、部屋のあちこちにこれ見よがしに置かれた可愛らしいヌイグルミや、生けられている花より自己主張の強い花瓶が部屋の中の上部が平らな所に見境なく置かれおり、しかもベッドも寝心地より装飾性を重視している、つまり、作為的に作られた少女趣味が悪い意味でメルトダウンしたような状態だった。
「こんな部屋で生活してみたかったなー」
リナがしみじみと呟いていた。確かに彼女の生い立ちを考えれば、自分の部屋を持つことすら贅沢な事だっただろうし、子供らしいこともせず、ずっと働いてきたのだろうから当然と言えば当然かもしれないけど、やっばり趣味は良くないと思った。
「可愛らしいお部屋ですよー」
ボクが感慨にふけっていると、シュマが歓声を上げた。彼女はうっとりとした表情になっている。それ、冗談だよね。君の趣味はそこまでは………。
「素敵ですよね。こんなお部屋に憧れていました」
コレット、君までもそんな事を口走るのか。君らの趣味はどうなっているんだ、と口にしかけた時、ボクは彼女らがブッコワースのお屋敷にいた頃のことを思い出した。
あの頃、彼女たちは随分と質素な部屋で2人で生活していた。清潔だけど実用性を重視したベッド、使用人用として一括購入した飾り気のないクローゼット、壁紙も落ち着いた色、地味とも表現されるような色だった。唯一、女性らしさを演出していたのは丸っこいデザインのテーブルとイスのセットぐらいだった。
ボクは知らず知らずのうちに、彼女らにそんな生活を強いていたのだ。
「すまない」
ボクは思わず彼女らに頭を下げていた。彼女らに少女らしいことをさせず、ずっとボクの世話をさせてきた事に何とも言えない罪悪感を感じていた。
そして、彼女らの趣味について何も知らなかったことについても。
「え、何をいきなり? 」
ボクの言葉にシュマが驚いたような表情を見せた。
「君らに何もさせてやれなかった。同年代の女の子たちは華やかな生活をしているだろうに、ボクは君らを屋敷に閉じ込めてしまっていた。ずっと一緒にいるのが普通だと思い込んでいたんだ。君らには君らの生活があるんだよね」
ボクが改めて彼女らに頭を下げると、身体に衝撃が走った。
「何を今更仰るのです。初めてお会いした時より、この身も心も捧げております。私の最初を捧げることも決まっているのに、何を今更、言われるんですかーっ」
コレットがボクを抱きしめて声を上げていた。確かに、今まで何度もボクの元を離れて行ける機会があったにも関わらず彼女たちは留まってくれていた。
ボクはそれが当然だと思っていた。でも、それはボクの思い上がりだった。彼女たちの好意にどっぷりと甘えていただけなのだ。
「気にしなくていいんですよー。私たちは好きでやっているんですよー。だから、私の身体も自由にしても良いんですよー」
シュマもボクに気にするなと抱き着いてくる。2人ともウサギスーツを着ているから、肌が………、あ、毛皮の感触だった。うん、そこは当然だよね。
一般的な若い女性はこういうのが好きなのかな。元がそうじゃないからこの辺りの感覚は全然分からない、あのルメラですらはしゃいでいるのだからボクの感覚が男のままなのだろう。
思ったより女性化していなくてちょっと安心した。
「気に入ってくれたようじゃな。最近の女の子たちをリサーチしてウケが良い物をチョイスしたのじゃ。調度品から花に至るまでな」
ヤギ髭の老人は自慢そうに話しかけてきた。しかし、何か引っかかる。
漢の浪漫は女子供の目なんて気にするものじゃない。太く、短く駆け抜け、駆け抜けた後にはペンペン草一本生えないような豪快なモノだとボクは思っている。だから、チマチマと女子供の意見に耳を傾けるのは違うと思う。
「漢の浪漫ですか………」
ボクは思わず嫌味な口調で呟いていた。
「女子の趣味に合う部屋を作り上げる、浪漫じゃろ」
彼の言葉に思わず 違う って叫びそうになったけど、今のボクは生物学的には雌だから漢の浪漫について語るべきでないと言われるに違いないし、それに反論すれば、彼らにボクの情報を渡す事にもなりかねない、悔しいけど黙ることにした。
「これだけじゃないぞ。食事も楽しみにしてておいておくれ。一流の料理人を呼んだからな。風呂は後で案内するぞ。この辺りでは珍しい大浴場じゃ。景色も良いし、風呂も大きいぞ。しかも、温泉じゃ。金を使った甲斐のある良い湯じゃぞ」
ヤギ髭の老人はそう言うと笑い声を上げると、何か用事あるらしく足早に部屋から出て行った。
ボクは何度も これは浪漫とは違う って叫びそうになっていた。
彼らは全く浪漫を理解していない。発火の魔法で火を付けるのでなく、木をこすり合わせて火を起こす事に価値を見つけるようなヤツこそ浪漫を知っている漢だと思うのだけど。
「お嬢様、このヌイグルミ抱き心地が最高ですよー」
ボクが漢の浪漫についてモヤモヤとした気分を抱えていると、クマのヌイグルミを抱きかかえてはしゃいでいるリナが声をかけて来た。
「お嬢様、本当にすごいですよ」
「可愛くて、抱き心地が良くて………」
シュマとコレットもそれぞれウサギやフクロウのヌイグルミを抱きかかえて頬ずりしている。このヌイグルミにマタタビとか干からびたミミズとか入っているんじゃないだろうかとボクはふと不安になった。
「おいら、こんなヌイグルミ欲しかったんだー」
ジャグが感慨深げにつぶやきながら嬉しそうにヌイグルミを抱きしめていた。それがキツネのヌイグルミってことはイロイロと配慮しているのかな。
「この竜、変だよ。こんな所に角ないもん」
ルメラは手にした青い竜のヌイグルミを裏返したり、逆さにしたりしてそれなりに楽しんでいるように見えた。
それぞれが楽しめているなら、それはソレで良いのかもしれない。
彼女らの反応を見ていると、あの老人の浪漫もアリなのかもしれない。ボクはそんな風に思い始めていた。
「ヌイグルミか………」
ボクは手近にあったワニのヌイグルミを手にした。
「え、うそ………」
手にして抱き上げた途端、そのワニのヌイグルミがとても愛おしく感じてしまった。
こんな事、今まで無かった。この自分の心境の変化にボクは思いっきり戸惑っていた。
「このヌイグルミ、いい仕事していますよ」
リナはクマのヌイグルミを抱いてうっとりしながらボクに話しかけてきた。
「………そうみたいだね………」
ボクはそう答えるので精一杯だった。自分自身の心境の変化に戸惑っていると
「ロスタも女の子みたいな表情になるんだね」
ルメラが的を射た言葉を放ってきた。この言葉グサリとボクの心に刺さった。
「ボクが女の子………」
ボクはふと部屋の中にある大きな姿見を見た。そこにはウサギスーツを着た少女がワニのヌイグルミをぎゅっと抱きしめている姿が映っていた。
こんな姿でいくらボクが「男だ」と主張しても全然説得力も何もあったモノじゃない。
ボクの中の益荒男が悲鳴を上げるのを感じた。
「お嬢様、我慢する必要なんてないんです。心の中の内なる乙女に委ねるのです」
リナがボクの表情を読み取ったのか、良く分からないことを言ってきた。彼女が何と言おうが、肉体は兎も角、魂は未だに男だと行動で示そうと、抱いたワニのヌイグルミをぞんざいに投げ捨てようとしたが、何故かそんな可哀そうな事はしてはダメだ、と心の中の何かが囁き、ボクはワニのヌイグルミを何かから庇うように抱きしめていた。
「ウサギ姿のお嬢様がヌイグルミを抱きしめているお姿………尊いです」
コレットがボクに熱い視線を投げてきた。内心の変化に戸惑ってただどうしようもないボクのどこが尊いのかさっぱり分からない。これと言った修行やストイックな生活をしていたわけでもないのに、謎だ。
「日に日にお嬢様が、女の子らしくなっていく姿を近くで見られるなんて、幸せですよ」
シュマが何時ものように意味不明な言葉を吐いてきた。
大地母神メラニ様に誓って言おう、ボクの女の子らしい行動は全て演技だって。
魂はまだまだ男のままだって。
「今夜の仕事はお嬢様にも頑張ってもらいますから、いつもより女の子らしく振る舞って頂けると交渉次第ではお手当をさらに上乗せできる可能性があります。シュマ、コレット、絶対に噛みついたり、引っ掻いたりしちゃダメだよ。少々不愉快でもお金になるんだから」
リナが商人の目でボクたちに注意を促してきた。
ボクが頑張って、彼女ら分まで働いて、路銀を増やし一日でも野宿を減らせるようにしたいし、王都に行くための船賃の足しにもしたい。
ここはボクの彼女らの主として、男として良い所を見せる時なのかもしれない。
「ロスタお姐ちゃん、おいらも働くよ」
ボクの悲壮な決意を知っているのか、ジャグが心配そうな表情を浮かべていた。
真人の彼女のウサギスーツ姿はとても背徳的に見えた。ルメラは角やら尻尾やらのおかげで「そんな生き物もいるよね」と納得しそうになるけど、やっぱり幼い姿でその格好をさせるのはヨクナイと思った。
こんな姿の2人を魑魅魍魎の前に差し出すなんて到底できない。
少なくともボクにとってジャグは大切な友人、妹みたいな存在だし、ルメラの保護者としても彼女らを何といても護らないといけないのだ。
ボクはここで、彼女らを護ることができなかったら男として、否、人としてダメだと思った。
ボクがワニのヌイグルミを抱きしめながら、用意されたお菓子を食べたり、ちょっと昼寝したりしている内に日が暮れてきた。
「湯の準備ができたぞ。ゆっくり湯あみして汗を流すと良いぞ。そのウサギスーツは着替えんで良いぞ。若い娘の臭いも良いものじゃからな」
ヤギ髭の老人は部屋に入ってくるなりそう言うと自ら大浴場に案内してくれた。
大浴場は、半分が露天になっていて、高級な宿屋でもなかなかお目にかからない立派すぎるシロモノだった。
「長湯しすぎると湯あたりするからの」
ヤギ髭の老人はそう言い残すとさっさと出て行った。脱衣場にはフワフワで綺麗なタオル、毛皮用のブラシだとかいい香りの石鹸などが置いてあった。
「この石鹸の刻印、最高級の美容石鹸ですよ。これ一つで侍女を2カ月雇う事ができますよ」
リナは石鹸を手にして驚きの声を上げていた。
「このブラシ、中々手に入らない高級品ですよ」
「このタオル肌触り最高です」
シュマとコレットがブラシとタオルを手にしてうっとりした表情を浮かべていた。
「さっさとお風呂に入ろうよ」
ルメラが初めての大浴場に遊園地のアトラクションを見た子供の様にはしゃいだ声を上げていた。
「大きなお風呂って楽しいよ」
あっという間にスッポンポンになったジャグがルメラを手招きしていた。
「ルメラも行く」
着ていたウサギスーツを脱皮するように脱ぎ捨てるとジャグの後を追いかけて行った。
「風呂場で走ると危ないよ」
ボクは2人に声をかけると、猛獣たちに彼女らを見守ってくれと言おうとした。ボクは言葉を発する前に猛獣たちに両脇を固められていた。
「さ、お嬢様もお風呂に入りましょう」
ボクは、天然の毛皮を身にまとっただけのシュマとリナに捕まえられ、これまた身に付けているものと言ったら天然の毛皮のみのコレットにひん剥かれてしまった。
いつもの事だから、もう何も感じない………、そう思い込むことにした。
浴場の湯加減は最高だった。昼間の嫌な気分を一瞬忘れることができた。
但し、両脇に控えた猛獣が身体を擦りつけこなければ、である。
彼女らの熱意あるスキンシップのおかげで内なる益荒男が荒ぶってくれるおかげでリラックスすることは不可能に近いぐらい難しいことだった。
「これを引き続き着るわけだ」
風呂上がりのそう快感を台無しにしてくれるウサギスーツを手にしてボクはウンザリとした気分になっていた。
「似合っていますよ」
そう言うシュマは既にウサギスーツを着ていた。しかし、イヌ獣人のシュマの場合、耳も尻尾も自前だから、この場合はイヌスーツと言うべきなのか、と考えていると、ボクの意志を確認することも無くコレットがボクの手からウサギスーツを取るとボクに着せだした。彼女も既にウサギスーツを着ていた、この場合はネコスーツなのだろう。するとジャグとルメラにウサギスーツを着させているリナの場合はキツネスーツ、ルメラはリュウスーツなのかな、ボクが現実から逃避している間にボクは見事にウサギスーツを着せられていた。
「凄く食欲をそそる匂いがしますよー」
お風呂の後、少女趣味満載の部屋で宴会の開始を待っていると、シュマが鼻をひくひくさせた。
「お肉の臭いがするね」
リナもシュマと同じように匂いを読み取っているようで、涎を手の甲で拭いていた。
「そう言えば香草の匂いがするよ。人の動きも激しくなってきたみたいだからそろそろかな」
コレットが耳をいろいろな角度に向けながら音を拾い上げていた。
彼女ら獣人がボクら真人より優れている所の一つとして、この嗅覚と聴覚の良さがある。ボクが気づかない小さな兆候を逃すことなく気付いている。おかげで何度か危機から逃げることに成功している。
例えば、暇を持て余した父上が剣術の稽古にボクを巻き込もうとする時は特に助けてもらった。
「ルメラも食べたい」
本来なら大地を流れる気を常食としているルメラが涎を垂らしながら訴えてきた。
「ルメラは食べなくても大地の気を吸収できるからお腹空かないんじゃないの」
ジャグは、ルメラの涎を拭いてやりながらボクの感じた疑問を読み取ったように尋ねた。
「うーん、この姿になって、人の食べ物を食べだしたら、気なんて吸収する気になれないんだよ。美味しいご飯があるのに、こっちの方が栄養があるって携行食を食べないよね。それと一緒」
ルメラはそう言うとテーブルの上の籠に残っていた焼き菓子をぐっと掴んで口のなかに突っ込むようにして食べだした。
「あんまり食べると、ご馳走が食べられないぞ」
ルメラが焼き菓子を頬張っていると、ヤギ髭の老人がワゴンを押した執事風の男を従えて部屋に入ってきた。
「小さな嬢ちゃんたちには、この料理じゃ。ちゃんとデザートも持ってくるから楽しみにしておるんじゃよ」
ヤギ髭の老人はまるで孫娘の相手をする好々爺の表情でジャグとルメラに話しかけた。
「わー、おじいちゃん、ありがとう」
「じいじ、好き」
ジャグとルメラは見事におじいちゃんが大好きな孫娘を演じてみせていた。
この攻撃に、老人たちは目尻が地面に突くのでないかと思われるぐらい下げると
「よしよし、良い子じゃ、ここにあるヌイグルミ全部やろう。デザートもスペシャルなのを持ってきてやるぞ」
と、猫なで声を出した。
その姿は、はっきり言って気持ち悪かった。
「お嬢ちゃん方、こっちじゃ」
宴会場はこの自称秘密基地の1階の大ホールだった。常は到底人に聞かせることができない腕前でのコンサートをしたり、三文芝居よりヒドイ芝居を披露するという文化的な行動のために使用されているらしいが、今日は、ずらりと料理を盛ったテーブルを並べて大宴会場となっていた。
「お嬢ちゃん方の来訪を記念しての宴会じゃ。題して、砂漠にもたらされた一滴の雨粒宴会じゃ。お前ら、くれぐれもお嬢ちゃんたちに無礼を働くでないぞ。働いたヤツは燻し銀の疾風団を永久除名じゃ」
ヤギ髭の老人はずらりと集まった十数名の燻し銀の疾風団に警告を発した。
「応っ」
彼の言葉に集まっていた団員たちは拳を上げて大声を上げ、そしてむせ返っていた。
宴会の間、本来ならゲストのはずのボクたちは老人たちが飲み干したグラスに慣れないしなを作りながらお酌したり、引きつった笑顔を張り付けながら、彼らの若き日の脚色されすぎた冒険譚を興味のある風を装って聞いたり、感心したりと精神をゴリゴリと削るような作業をこなしていた。
「こんな事だと思った」
いきなり、昼間会ったお達者冒険倶楽部の老人数名が宴会場に入ってくるなり呆れたような声を上げた。
「招待してやったのに、その言い草はなんじゃ」
ヤギ髭の老人はむっとした表情を浮かべていた。
「俺たちは若いころ夢見た浪漫を求めてお達者冒険倶楽部を作った。俺たちの倶楽部は全て自らの力で作り上げていくことを信条にしている。しかし、お前たちの活動は全て金に物を言わせての俗悪な遊びじゃないか。これのどこに浪漫があるんだ」
頭の眩しい老人がヤギ髭の老人を指さして糾弾しだした。
彼言っている事こそ、漢の浪漫だ。どんなに非効率的で、見てくれが悪くてもそこに浪漫があるのだ。ボクは彼の言葉に頷いていた。
「ふん、何を言うかと思えば、浪漫は何も一つではないぞ。儂はお前らが知っているように儂ことエンケラドゥスは、エンケラドゥス商会の会頭でナンガの街の商工会の会長じゃ。ここに居る面々は皆、大店を構えたり、職人組合の会長だったり、街の裏の顔役だったりとそれぞれ名を上げた者たちじゃ」
ここの老人はそんなにエライ人だったのかとボクたちは驚いて周りを見回したが、そこにあったのは立派な肩書が泣き出しそうなぐらいに鼻の下を伸ばした老人の姿しかなかった。
「ここに居る連中の共通点が貴様らに分かるか」
エンケラドゥス老人は頭の眩しい老人に静かに語りかけた。
頭の眩しい老人はその言葉に訝し気な表情を浮かべた。
共通点は助平な所ぐらいしか思いつかないけど、それは男たるものの共通点だから多分違うだろう。
「皆、独り者じゃ。若いころから仕事だけに生きてきた。お前らが村の娘たちとイイ感じなっている頃、儂らはひたすら働いておった。儂らは若い娘と語らう代わりに財力と権力あるおっさんたちと語り合い、お前らが祝言を上げている横で宴会のための酒を運んでおった。儂らは若さを青春を金に換えた。その金で若い頃夢見てきた事をしておる。歳を喰っても暇なんぞそんなに無い。仕事に追われる日々じゃ、その中で浪漫を求めるには、儂らの力、財力しか無かろう」
エンケラドゥス老人は悲しい半生と自分たちなりの浪漫の求め方について力説すると肩で息をしだした。
アプローチは違えどこれも浪漫だ、とボクは悟った。人生の全てを仕事に投げ出してきた漢たちがここに集っているのだ。
彼らの中に燻っている浪漫を実現するにはこの方法しかなかったのだ。
自らの手で作り上げると言う点では、自ら造り上げた財力で作り上げているので、頭の眩しい老人の言葉に反していない。
「ふん、仕事だけに生きてきたのを後悔しておるのか? 人らしいことを何一つしていないことを後悔しているのか? 」
頭の眩しい老人はエンケラドゥス老人を憐れむような表情を浮かべた。
「ふん、チマチマ、ダラダラと活動している暇なんぞ儂らには無いんじゃ。儂らは生涯現役、たとえ老害と言われようとも最後まで最前線で働くつもりじゃ。早々にリタイアした連中には分からんことかも知れんがのう。それより、お前らも食って、飲んで騒いでいけ。おごりじゃ」
頭の眩しい老人の言葉を意に介すことも無くエンケラドゥス老人は笑い飛ばした。
「そんな俗っぽい浪漫など願い下げじゃ」
頭の眩しい老人はエンケラドゥス老人に一言投げつけると仲間を引き連れて帰って行った。
何がしたかったのか、多分ここに集っている仕事人間の成れの果てに嫌味の一言を投げつけて、この宴席に水を差そうとしたのだろうか。もしそうだとすれば、趣味が悪すぎる。それは男らしくない。
「変なのが来たみたいだけど、宴はこれから。楽しんで行きましょう。つまらない思いをしても、楽しい思いをしても、等しく時間は流れて行くんだから」
ボクは妙な空気が流れないようにと、敢えてテンションを高くして声を上げた。
「言われんでも楽しむわい。嬢ちゃんたちも楽しめ」
いきなりボクは大きなカップを手渡され、それに並々と葡萄酒を注がれてしまった。
「お嬢様、いいお酒ですよー」
「楽しみましょう」
シュマとコレットはボクが気づいた時には完全に出来上がっていた。
彼女らはボクに纏わりつくと、無理やりカップの中身をボクに呑ませだした。
この世界では、13歳ぐらいで成人とされているから特に問題はないんだけど、やっぱり習慣的な事と肉体的な事はズレがあるようで、あっという間にボクは酔いつぶれてしまった。
「みんなー、げんきにやってるー? 」
ボクはハイテンションになっていた。普通なら、何かやらかすとブレーキをかけるのだが。
「お嬢様、良い感じですよー」
彼女も完全に出来上がっていた。ボクは老人たちと肩を組んで呑んでいるリナに囃し立てられている内にドンドンと気が大きくなっていった。
もし、その時の自分に会うことができたなら、思いっきりなぐっていると思う。
ボクの人に言えない歴史に酷い一項が付け足される事になることになるのだから。




