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逃走若様 道中記  作者: C・ハオリム
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第15話 「辛抱できなかったんだよー」

 「あら、尻尾のお嬢さん、もう出発するのね。ナー様のお導きがありますように。貸しは返すのが商人の基本。お互いにね」


 ボクたちが宿を出ようとした時、工事現場の確認に出かけるネルさんたちと鉢合わせになった。


 「ええ、とてもお世話になり、感謝しています。また、お会いできることを楽しみにしています」


 リナはどこかのお嬢様みたいに優雅なお辞儀を披露した。彼女がこんな事ができるなんて、ボクはリナの意外な一面に内心非常に驚いていた。


 「そして、そこの傭兵さんも、良い風が吹きますように」


 「私は、貴女を諦めませんから」


 ネルさんが意味深な笑みを浮かべ、その横でラスさんがボクを思いっきり熱く睨みつけてきたけど、視線は合わせない。合わしたらきっと面倒くさいことになる。かなりの確率で。


 「この度はとてもお世話になりました。また、機会があればっ」


 ボクが別れの言葉を言っている最中にラスさんに両肩をがっつりとホールドされた。


 「なに、視線を合わさないのですか。何度も言います。私は貴女を諦めませんから」


 「あらあら、随分とラスに気に入られたみたいね。この様子だとまた、近いうちに遭えるわね」


 ラスさんの瞳にひきつった表情のボクが映っている。この距離、近すぎる。


 「ラスさんもお元気で」


 ボクができたのは、この台詞を口にする事だけだった。そんなボクの気持なんかお構いなしに彼女はホールドからハグにモードを切り替えてくれた。今度は身体が引きつってきた。この時、どう対処すればいいのだろうか。


 「ロスタ、早く行こうよ」


 ボクが固まっている時、救世主が現れた。ルメラだ。彼女は空気を読むことなくボクの裾を引っ張った。


 「あら、その子は? 」


 ルメラを見たネルさんが珍獣か愛玩動物を見るような視線を彼女に向けた。それに合わせてラスさんの視線もルメラにむいた。チャンス到来、ボクはそっと彼女から身体を離した。


 「ルメラはルメラだよ」


 角と尻尾を隠すようにフード付きの外套を着込んだルメラが少しふんぞり返るようになりながら偉そうに答えた。


 「見たことがない種族の子ね。ルメラちゃんお菓子あげるね」


 ネルさんはしゃがみ込んでルメラをしげしげと見つめると焼き菓子が入った包みをルメラに手渡した。

 ルメラはネルさんに感謝の言葉も言わずに、包みを開けて食べだした。


 「ありがとう は? 」


 「ありがとう」


 ボクは思わずルメラの脳天に拳を落としていた。ボクの言葉に自分の頭をさすりながら涙目になりながらペコリと頭を下げた。


 「お礼が言えたねお利口さんね」


 ルメラはネルさんに頭を撫でられて目を細めていた。


 「で、この子はどうしたの? 」


 「街で一人でいる所を保護したんです。彼女の種族がいると思われる南の方に商売をしながら向かいます」


 ボクは貰った焼き菓子を一心にむさぼるルメラの頭を軽くポンポンとしながらネルさんに答えた。


 「そうね、貴女に懐いているみたいだし。早く家族が見つかるといいわね」


 ネルさんはそう言うとルメラの頭を軽く撫でて会釈するとお供を引き連れて騎士団の駐屯地に向けて足を進めて行った。

 ラスさんは名残惜しそうにボクをじっと見つめてから、ネルさんの後を小走りに追いかけて行った。


 「さて、ボクたちも………」


 ボクが振り返って仲間に声をかけようとすると、3頭の猛獣がボクに身体を擦りつけてきた。


 「あの女の臭いがしますよ」


 「私の匂いで上書きします」


 「あんな毛皮も尻尾もない貧相な身体よりあたしの身体の方が良いでしょ」


 ボクは暫く彼女らに身体を預けることにした。ここで下手に抵抗すると、彼女らの狩猟本能を呼び覚ますことになりかねないから。


 「そんなに匂いって大切な事なのかな」


 猛獣たちの行動をジャグが不思議そうに見つめていた。その横で焼き菓子を食べ終えたルメラが猛獣たちの仲間入りをしようとしていた。


 「ルメラの匂いって………、竜の匂いなんてさせていたら大変な事になるかも」


 「そうかー、ルメラは目立っちゃいけないもんね」


 「ルメラってお利口さん」


 ジャグがルメラを制してくれていた。自分より幼い(ように見える)ルメラにお姉さん的に接してくれているのを見て彼女が成長していることを実感した。


 「もう気が済んだかな、ボクたちも出発するよ」


 ボクに気が済むまでマーキングしてくれた猛獣たちに声をかけると、彼女らは渋々ボクから身体を離した。


 「次は、ガザンの街だよ。そこから船に乗って王都に行ってみたいね」


 ボクは船旅をしたことがないので、できれば船に乗りたいと思っている。さらにできれば、船を買って大きく商売出来たらいいだろうな、とぼんやり考えていた。


 「船賃を稼がないといけませんね。それなりの船室を取ろうとすればいい金額になりますよ。最低ランクにすればそんなにかかりませんが、知らない人たちと雑魚寝になります。良からぬ連中も居るので非常に危険です」


 リナが歩きながら船旅について、ボクが考えるようなお気楽なモノじゃない事を教えてくれた。

 危険性もだけど、やっぱり金額が気になる。


 「ガザンでは何が何でも儲けないとダメですねー」


 シュマがのんびりとした口調で他人事のように言うと、コレットがむっとした表情になった。


 「私たちも稼ぐのです。お嬢様の希望を叶えるために、何でもするのが次女たるものの務めです」


 コレットはシュマに対して次女たる者は、と、とうとうと話し出した。


 「そこまで言わなくてもいいでしょ」


 シュマはコレットのお説教にムッとした表情を浮かべた。それを見たコレットはにやっと笑った。


 「ちゃんと侍女として自覚している私こそが、お嬢様の筆頭侍女ですね。そして、私こそが正妻に相応しいということです。シュマは今までの働きもあるから、側室として認めてあげましょう」


 コレットは勝ち誇ったようにシュマに宣言した。と、言うかボクは誰を正室にするとか今まで口にしたことはないと思う。それ以前に今のボクは正室やら側室を迎え入れると言うより、迎え入れられる方にあると思うのだけど。


 「こうやって、直に見ると面白いなー」


 ルメラが楽しそうにシュマとコレットのやり取りを見ながらはしゃいでいた。


 「直に見る? 」


 ボクはルメラの気になる言葉に首を傾げた。すると彼女はニッと笑みを浮かべた。


 「卵の中から見ていたよ。目で見ると言うのとは違うんだけど、何となく分かるって感じかな。竜ってスゴイでしょ」


 ルメラは、竜ってスゴイでしょって感じのドヤ顔でボクたちに説明してくれた。


 「それは、スゴイと思うけど、人の前でその手の話はしない方が良いよ。もし、正体がバレたら、何か良さげなアイテムの素材にされるかもしれないから」


 ボクはルメラがうっかり「自分は竜だ」とカミングアウトしなか不安なのだ。もし、彼女の正体がバレれば大騒ぎになるし、彼女に関わっているボクたちまで絶対にトラブルに巻き込まれることは目に見えているからね。

 そんなボクの心配を察してか、ルメラは素直に頷いてくれた。


 「と言う事は、ルメラは何処にいたか覚えているんだよね」


 ジャグがルメラに尋ねた。しかし、ルメラの第一声は「ここどこ? 」だったから、さっきの卵の中から視ていたという話もアヤシイものである。


 「この子が覚えているとは思えないよ。だって、孵った時、どこにいるかすら分からなかったんだから」


 シュマが残酷な事を口にした。確かにそうだけど、相手は古の竜(自称)だからね。今いいけど大きくなったら何をされるか分かったもんじゃない。ボクは慌ててシュマの口を塞ごうとした。


 「そこまで凄かったら、キャラバンの宿営地で焼かれたりされていないんじゃないの」


 ボクがシュマに気を取られている隙を狙ったように、コレットが現実を叩きつける。


 「コ、コレット言っていいことと………」


 「古の竜って、ふかしているだけなんじゃないの」


 リナが疑惑の視線をルメラに叩きつける。この容赦ない仕打ちにルメラの目に涙が湧いてきた。


 「だって、切羽詰まりながらどこに産もうか悩んでいる時にくしゃみしたら………」


 お腹が緩い時に、そんな悲劇が起こるよね。それは、うん、分かる。と言う事は、ルメラが産み落とされた状況は随分とキツかったことが分かった。


 「ちょろっとって感じ? 」


 ジャグが悪意もなく無邪気にルメラに尋ねた。その無邪気さはとてもとても残酷だった。

 それが証拠にルメラは声を上げて泣き出したんだから。


 「君ら、ちょっとはものの言い方を考えてよ。竜とは言え、まだまだ幼体、子供なんだよ。ボクたちが守ってあげないとダメなんだよ」


 気づけば、ボクはルメラを庇うように彼女を抱きしめていた。さっきのボクの台詞は言いたいことの半分だった。

 もう半分は

 【メルらが成長した時、生きていることを後悔することになる。反撃できないからってマウントをとるんじゃない】

 と言いたかったけど、これを聞かれたらボクも同罪と思われてしまうかも知れない、そんな恐怖からボクはその言葉を飲み込んだんだ。


 「仕方ないよ。まだ完全体じゃないんだから」


 ボクはぐずるルメラの頭を撫でながら、点数を稼ごうとしていた。

 卑劣な事かも知れないけど、ボクも命は惜しいから。


 ボクがルメラを宥めながら街の衛士にボクたちの身分証を見せたら、何の突っ込みもなく全員が気持ちよく街の外に出ることができた。

 あからさまに見慣れない種族のルメラを目にしても、彼らは何の疑問も持っていないように見えた。


 「ルメラ、彼らに何かした? 」


 ボクはひょっとするとルメラが精神に作用する術を使ったのかと思って聞いてみた。


 「ううん」


 ルメラは首を振って答えた。つまり、あの衛士の仕事っぷりはブッコワース領では極普通の事だった。

 つくづく、この領が破綻せずに経営されているのか不思議に思えてきた。

 そんなボクの考えを邪魔するかのようにむさ苦しい声と臭いが飛び込んできた。


 「これは、負荷がかかるぞ」


 「効いてる、効いてるぞ」


 街から出て街道を歩て行くと、むさ苦しい連中が大騒ぎしながら街道を整備していた。それは、あまりにも異様な光景だった。


 「騎士団の連中が工事をしていますよ」


 シュマが珍しいものを見た観光客のような声を出した。


 「騎士団が筋トレ以外の事をしているのって異様ですね。と言うか、彼らが建設的な事をしているって信じられません。何か怖いです」


 コレットの顔に驚きと言うか恐怖に近い表情が浮かんでいた。あり得ないことを目の当たりにして恐怖を感じるのも不思議じゃない。実際、このアイデアを発案した僕ですら引いてしまった。

 筋トレ以外の、しかも人のために役立つことをするとは、現場を見るまで誰も信じられないだろう。


 「ロスタさんっ」


 驚きのあまり固まってしまっていたボクたちにレーペさんが嬉しそうに駆け寄ってきた。


 「私、初めて、知恵袋を拝命してから初めて、領民の方にありがとうって言われました。今まで、じゃまにされて来たのに………、ロスタさんのおかげです」


 レーペさんは感極まって泣き出してしまった。今までの彼女の苦労が少しでも報われればそれに越したことはない。ボクは彼女の手を静かにとった。


 「レーペさんの手綱さばきがあってこそですよ。あの連中を良くここまで調教するって、並大抵の事じゃありませんよ。アイツらは多分、自分たちが何をしているのか、領民の方に感謝されている事すら理解していませんよ。領民の方は、レーペさんに感謝しているんですよ」


 ボクは嬉し涙を滲ませているレーペさんの両手をしっかりとに握りしめた。


 「この調子で、頑張ってくださいね。応援しています。シドレ様を追いかける事より行く先々で領民の方に役立つことをしていく方が良いかも知れませんね」


 ボクがそう言うとレーペさんは真剣に考え込んでしまった。


 「そうですよねー、見つかるかどうかわからないシドレ様を探す事より建設的だと思いますよ」


 ボクはレーペさんに言うと、彼女は真剣に考え込んでしまった。


 「あら、その子は? 」


 悩んでいたレーペさんがふとルメラに気付いた。


 「ルメラだよ」


 泣きはらした目でルメラはレーペさんに答えてくれた。どう見てもこの状態では、ボクたちが彼女を虐待しているように見られてしまうのじゃないだろうか。


 「ルメラちゃん、何かされたの? 」


 レーペさんはボクたちを睨みつけると、ルメラの頭をなでながら優しい声で彼女に尋ねた。


 「………」


 ルメラは恨みがましい目で猛獣たちを上目遣いで睨みつけた。


 「こんな小さな子に何をされたのでしょうか? 現状はどうであれ、騎士団は力なき人たちをいわれなき暴力から護るために存在します。理由次第で、私は、あれらを貴女方にけしかけますよ」


 レーペさんは鋭く猛獣たちを睨みつけると、道路工事に従事する筋肉ダルマたちを指さした。その迫力に猛獣たちは耳を伏せたり、尻尾を丸めたりして小さくなっていた。


 「ちょっとした認識の行き違いですよ。からかい過ぎんたんです」


 ボクは何とか取り繕ってその場をごまかした。ボクが誤魔化している時にこれ見よがしに猛獣たちはルメラを抱っこしたりして中の良さをアピールしてくれた。どう見ても三文芝居よりヒドイ有様だったが、なんとレーペさんは納得してくれた。


 「そうなんですね。でも、小さな子を泣かせるのはダメですから。ルメラちゃん、何かあったらこのレーペお姉ちゃんに言いなさいね。近くにいない時は騎士団に行って、知恵袋のレーペに用件があるって言えば大概通じるから、心配しなくてもアイツらは難しい話だと言えばすぐに動いてくれるから。アイツら難しいことは嫌いなのよね」


 確かにレーペさんの言うとおりだ。アイツらは身体を動かすことは理解できても、何のために動かすかが理解できない、と言うか、する努力を放棄してしまうのである。


 「そ、そんな大げさな。ルメラはちゃんとボクたちが責任をもって彼女の仲間を探しますから」


 ボクはこれ以上、ボロを出したり、下手をこいたりしたくなかったから、レーペさんにひきつった笑みを見せながら挨拶すると、次の目的の街であるガザンを目指して歩き出した。




 「ガザンまでまだ3日程度かかります。宿の使用は節約のために最小限にします。幸い、ここに誰もいない隊商用の宿営地があります。今日はここで如何でしょうか」


 日が暮れかかった頃、リナが街道わきにある井戸やら竈がある宿営地を指さしてボクに尋ねてきた。

 確かに、これからの船賃の事を考えると路銀は節約したい、これが不快な野宿をする唯一の目的だった。勿論、目的を達成するためなら、ボクは彼女の考えには賛成だ。


 「それじゃ、あの木陰にテントを設営しましょう」


 リナは宿営地の隅にある一本の木を指さした。近くにイイ感じに井戸もあるし、竈もあるこれは、ここで野宿しろと言わんばかりの場所だった。これだったらリナでなくても、誰でも薦めるだろう。


 「そうだね。ここにしよう」


 ボクはリナに頷くと彼女は早速テントをジャグと一緒に設営しだした。そんなリナを見ていたコレットも荷物を降ろすとシュマに今夜の準備を進めようと声をかけた。


 「私は、料理の準備をしますね。シュマはお水と食器の準備をお願いね」


 「分かったよ。お水汲んで来るね」


 コレットの言葉にシュマは大きめの鍋を手にして井戸に向かっていった。

 皆が食事だとか宿営の準備をしている間にボクは焚きつけに出来るようなモノを集め出した。

 誰かが捨てて行った壊れた荷箱、破れた籠、使いきれなかった薪なんかがあちこちにあったので、探す手間はそんなにかからないものの、集めるのには随分と体力を必要とした。多分、ブッコワース騎士団員なら嬉々として取り掛かっているだろう作業だった。


 

 「皆で食べると美味しい」


 携行食糧で作られたごった煮と固いパンを食べながらルメラが嬉しそうな声を上げた。


 「竜って、普通は何食べてるの? 家族はいるの?」


 ルメラにジャグがボクたちが聞きにくいことを聞いてくれた。食事の疑問については、その答えがルメラたちの主食が知的生命体とか言われると怖かったからだ。もし、そうだったら速やかに逃げなくてはならないから。


 「うーん、この世界のあちこちを流れている気脈からエネルギーを摂っているけど、全然味気ない。家族はね、ずっと一人だよ。あんまり他の竜とは付き合いはないの。だから、こうやって皆で物を食べるって初めての経験なの」


 ルメらは嬉しそうな表情を浮かべた。ボクが知る限りでは竜は単体で一つの種族のような存在で、ボクたちが知りえる限りの生物の範疇に入らないというモノぐらいだ。


 「ルメラを産んだ竜はお母さんじゃないの? 」


 ルメラが迷子にならない様にお姉さんぶって、小さな彼女の面倒を何かとみているジャグが尋ねた。

 ジャグは物心ついた時には一人っきりだったようだから、両親の顔を見たことがない。

 家族の事についてはリナも同様らしい。だから、ジャグに対しては他人事のように思えず、引き取って妹のように接しているのだろう。

 ジャグもリナと同様の心境からルメラに対しても他人事とは思えないのだろう。人としての常識があからさまに欠落している彼女の面倒をみていた。

 


 「うーん、そこは人間とは違うから。ルメラを産んだのは前のルメラ。その前もそう、これからもそう。だから、ルメラはこの世で只一頭の存在。だから、家族はいないの」


 ルメラの話を聞いて、つくづく竜とはぶっ飛んだ生態をしているんだなとボクは感心していた。と、言うかそれ以前に竜とこんなに近くで生活しているなんて人間は今までいたのかな。


 「そうすると、今までルメラは小さい時も一人で生活していたんだー」


 シュマが不思議そうな表情を浮かべた。


 「だとすると、私たちに保護を求める必要はなかったのじゃないの? 」


 コレットがシュマの後を継ぐように彼女の感じている疑問を口にした。それについてはボクも聞きたかったことだ。

 ボクは何故ルメラが保護を求め、行動を共にしているのか、ひょっとして深遠な竜の策略と言う名のタペストリーの一本の糸にされているのではないか、と考えた。

 そうなると、とても恐ろしい事に巻き込まれていると言う事になる。


 「うー、それ聞くんだ………」


 ボクたちが知らずの間に真剣な表情でルメラを見ていた。その視線に気づいたのか彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 竜も恥ずかしいと言う感情があるんだ。


 「前にも言ったけど、辛抱できなかったんだよー」


 これが、ルメラの答えだった。全く意味が分からない。何が辛抱できなかったのだろうか?


 「ルメラ、どこかの異端審問並みに訳が分からないよ。辛抱とルメラの現状がどう関係しているの? 」


 顔を赤くして、恥ずかしそうにしているルメラにボクは食いつき気味に更に尋ねた。


 「うう、言わなくちゃダメなのかな………? 」


 ルメラはさっきまで一言も発せず事の成り行きを見守るように見えたリナをすがるように見つめた。


 「商人としては、ルメラの食費、今着ている服などの経費を出費している身だから、どんな相手にお金を使っているか知っておきたいし、ルメラのこれからを見越してもっと投資することもできるから」


 リナは腕組みをしてルメラを値踏みするような視線を投げかけた。

 竜とは言え、小さな子にそんな態度はないと思うけど、ここで水を差したらきっとルメラの事を知るチャンスを失すると考えたので、リナの言葉にボクは頷いた。


 「うう、そこまで言うなら仕方ないよね。言うからさ、誰にも言わないでね」


 ルメラは真っ赤になりながらポツリポツリと話し出した。


 彼女が言う事には、竜はその個体として存在する期間、最後の時にその生涯で一度だけ卵を産むようだ。彼女らはその卵に今までの経験、知恵、能力を全て渡すそうである。

 しかし、そんな彼女らも生まれて落ちてから暫くの間、暫くと言っても竜の感覚だからボクたちの寿命より長いかも知れないけど、厳密にどのくらいだと聞いても「割と長いかも」のほわっとした答えしか返ってこなかった、だけど長いのだろう。


 そんな彼女らだから、卵を産む場所に拘る、幼い身体でも生きていけるぐらい大地の気が漲っていて、人が踏み込まない所が理想的らしい。


 「卵を産む竜たちが多くて、いい場所が見つけられなくて、あちこち動いている時に我慢できずにポロっと出ちゃって、どこかの森みたいだったけど、人に見つかっちゃってね、食べようにも殻が硬くて割れないし、見た目も割と派手じゃないからって、すぐに飽きられて、ロスタたちと出会った場所に捨てられてね。………ルメラを商品としてあそこまで真剣に売ろうとしたのはリナだけだったよ。ここは巣じゃないって言ったのもね、奪われた卵ってしたかったからなの。だって、せき込んだら思わずポロって、かっこ悪いでしょ」


 ルメラはちょっと恥ずかしそうにしながらも、ニコニコしながらリナを見つめた。リナはその表情の裏に何があるのか掴めなくてちょっと強張っていた。

 ひょっとすると、黒歴史を本人の口から話させたのかも知れない、そうだとすると随分ときついことをさせたような気がした。


 「言いたくないことを聞いたみたいで、ごめん」


 ボクはルメラに頭を下げた。しかし、当の本人はニコニコした表情を崩していなかった。


 「ルメラはずっと一人で今まで生きてきたから、こうやって仲間といると楽しいから、ポロっとなんて小さい事だから」


 ずっと単体で生きてきた竜にとって周りに人がいると言うのはとても珍しく、興味深いことなのだろう。


 「ルメラが気にしていなかったら良いけど。気に入らなかったら自由にして良いんだよ」


 ボクはルメラの事を心配しながら言うと、彼女は真剣な表情になった。


 「自由にしろって、ルメラに出て行けって事? 何度も言ったよね。幼体で人の世界で生きていくのは厳しすぎるの。ロスタも言ったでしょ、あっという間にちょっと素敵なアイテムの素材にされちゃう。だから、ルメラが大きくなるか、大地の気が満ちている場所に行けるまで付いて行くか、してもらわないと困るの。この事は大きくなっても忘れないから。良いことも、悪いことも」


 ルメラはじっとボクを見つめた。ちょっと人の瞳とは違う色と形だけど、その目は嘘をついている眼じゃなかった。


 「分かったよ。でも、ボクは逃走中の身だからね。ルメラをお姫様みたいに扱う事は出来ないから」


 ボクは彼女の事を思って心苦しく思いながら口にすると、ルメラはとびっきりの笑顔で頷いてくれた。


 「竜のお世話ができるって、そうない事だから。自慢できるよ」


 自慢できるか、そうでないかは分からないけど、竜の世話をした人間なんてボクは聞いたことがなかった。


 「確かに珍しいことだと思うね、ルメラのお世話をするなんて。よろしくね」


 ボクはルメラに手を差し出すと、彼女はぎゅっと握ってくれた。竜にも握手って言う風習は理解できるんだと、ボクは改めて不思議な感覚にとらわれていた。


 その後は、何故かボクはテントの中で、ジャグとルメラに両サイドを固めら、その脇を猛獣たちが寄り添うって形で眠りにつくことになった。

 とても暑苦しかった。




 「いんやー、最近、騎士団が煩いから仕事しておらんかったら、こげな上物がウロウロしておるとはのう」


 翌朝、ボクたちがテントを片付けていると、いつの間にか高齢化の波がここませてきたのかと思われる山賊のような老人たちに取り囲まれていた。


 「不埒なっ」


 コレットが唸って抜刀すると老人たちは少し後ずさりした。


 「お前らは、年寄りを敬おうという気持ちはないのかっ」


 老人の1人が大声を上げた。彼らが何者かは良く分からないけど、面倒くさい事だけは確実に分かった。 

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