第14話 「えーと、ルメラだと思う」
「思ったより儲かりました」
騎士団が道路整備工事で得た日銭でダンベルなどをリナから購入してくれたおかげでリナの懐は今までないぐらい温かくなっていたようで、にやにやがどうしても止まらないようだった。
「こっちは商売あがったりだよ」
リナの笑顔とは反対にコレットは渋い表情になっていた。騎士団員たちが街道などの街の外で大騒ぎしながら工事をするものだから、畑を荒らす野獣は来なくなるし、野盗たちは近づかなくなるしで、護衛の仕事が気持ちいいぐらい減ったのだ。
「配達の仕事もそんなになかったよね」
護衛の仕事がなくなると、傭兵は配達の仕事に群がった、重要な書類等の一件当たりの値段の良い仕事はベテランの実績のある傭兵に割り振られ、駆け出しのボクたちには安い値段の仕事、それも少数があるだけになっているのだから。
そのおかげで、今日、ボクらがありつけた仕事は食堂のウェイトレスだった。エプロンドレスを着せられたボクがどれだけ傷ついたか、その傷を「かわいいです」、「似合ってます」とシュマとコレットが、ぐりぐりとえぐってくれたおかげでボクは一日死んだ目で働くことになったのだ。
「お嬢様のウェイトレス姿、もう可愛くて可愛くて、私がお客なら毎日通うよ」
シュマが昼間、ボクが恥を忍んでのウェイトレス姿を思い出してうっとりとした表情を浮かべていた。
そんなモノ思い出す必要もないことなのに。
「絶対に常連になります。風の日も、雨の日も通う事を誓います」
コレットは拳を握りしめて宣誓した。先制する必要がどこにあるのかボクには理解できなかった。
「あたしも商売が無ければ、ご一緒したかった。そして、あたしの素敵なウェイトレス姿をお見せしたかったわ。殿方なら、きっと天を衝くように喜ばれると思いますよ。ね、お嬢様」
リナが妖しいポーズを取りながらボクに迫ってきた。ボクはさりげなくそれをかわした。
「ボクはもう、殿方じゃないから天を衝くことはできないよ」
ボクは敢えて寂しげな表情を浮かべる、逃げるために仕方がなかったと割り切っている積りだが、チェリーなままで生涯を終えることを確約されることになった原因の一つが彼女なのだから、せめて良心の呵責に苦しめ、と黒いことを考えていた。
「天を衝かなくとも、楽しめる方法はイロイロとありますから、女の悦びを手取り、足取り………」
リナの返しはボクの想像を超えていた。彼女は、その過ちからボクの一生チェリーという宿命を負わしてしまった事をポジティブに捉えているみたいで、肉食獣の目でボクを見つめていたが、何かを察したようでさっと振り返った。
「何やっているのかなー」
「若の初めては私だったのに」
彼女の背後には白いのと黒いのが夜叉の笑みをたたえて立っていた。
「若には、全てを包み込む母のような存在が必要なの。貴女たちは若に求めるばかり、だから、とても怖がられている。ね、ロスタ様」
リナは慈母の笑み(彼女はそう思って疑っていないようだけど、ボクには獲物を目の前にした肉食獣の笑みに見える。)を浮かべてこれ見よがしにボクを豊かな胸に抱きかかえた。嬉しくないのかと問われれば、嬉しいと答えるけど、でもこの状況じゃ、嬉しいだけではすまない気がする。
「お嬢様、こっちの方が良いですよね」
ボクをリナから引きはがしてシュマがボクをホールドした。リナより少し硬い感じがするがこれはこれで………、ボクが感触を堪能しようかなと思っているとボクはシュマから引っ剥がされてコレットにしっかり抱かれていた。
リナに比べるとやや小ぶりだけど張りも柔らかさも素晴らしいバランスで、そして匂いも………、ボクの内なる益荒男はもう有頂天になっていた。
「ロ、ロスタお姐ちゃん、こ、これ」
ボクが鼻の下を伸ばしている時、ジャグがいきなり悲鳴に近い声を上げた。
「どうした? 」
ボクがジャグを見ると、彼女は謎の卵を抱えて固まっていた。良く見ると彼女の抱えている卵にひびが入っていた。
「孵るみたいです」
リナが卵に近寄って目を凝らした。そうしている内にもひびがドンドン大きくなっていった。
「ジャグ、卵を貸して」
このままジャグに持たしていて、何かがあるといけない。僕はそう考えると同時にジャグから卵を奪い取っていた。
「シュマ、コレット、危険なモノが出てきたら、始末して。でも、孵ったばかりだから、問答無用は無しだよ」
ボクは部屋の隅に移動して卵を両手で保持していざとなれば、窓の外に投げ捨てられるように構えた。
「お嬢様、ヒビが大きくなってきていますよー」
シュマが短剣を構え、ボクにさらに身構えるように言ってきた。
「こちらは、準備できています」
コレットは身をかがめいつでも飛び掛かれる姿勢を取っている。
「ジャグ、あたしの後ろに」
リナはジャグを背後に位置させ、護身用のナイフを構えた。
「もうすぐかな………」
卵から手に中から殻を割ろうとする振動が伝わってくる。そして、その振動はどんどんと大きくなってくる。
「ーっ」
卵から大きな欠片が剥がれ落ち、何かが頭を出してきた。
「ゑっ」
それの目とボクの目が合った。ソレは、丸っこいトカゲを思わす頭の両サイドにに小さな白い角がついている見たことがない生物だった。ただ、不思議な事にソレからは敵意も悪意も感じられなかった。
「ふわーっ」
それは伸びをするように殻を割って出ると、ボクの両手に身体を預け、そして改めてボクを見上げた。
「よく寝た。ん、ここは………どこ? 」
トカゲもどきは何と人語を発した。ボクたちは全員、その場に固まり、今何が起きているのか理解しようと頭をフル回転させていたが、全て空回りだった。
「し、喋ったよ」
ボクの声は震えていた。ボクの腕に抱かれているように身体を預けているソレはボクの手の上で半身を起こすと周りを見回した。
「巣じゃない。ここどこ? 」
孵ったばかりのトカゲもどき泣きそうな声を上げた。ボクも驚愕で泣きそうなんだけど。
「えーと、君は誰かな? 」
恐怖、驚愕等々の感情に押し流されたボクの発した質問は間抜けなモノだった。
「我か、我は………えーと、ルメラだと思う。………ルメラ、そうルメラだよ」
トカゲもどきは暫く考えてから自分の名前を名のった。と言うか、産まれてすぐに名のるかな、と言うか普通に考えてあり得ないと思うんだけど。
「ルメラね。ボクはロスタだよ」
「ロスタね。覚えた。我は、由緒正しき古の竜である………多分」
ルメラは小さな体で精一杯ふんぞり返って偉そうにしたが、どうも自信がそう持てないらしい。
「お嬢様、古の竜と言えば、神話や御伽噺の世界の住民ですよ。もし、その子の言葉が真実だとすれば、古の竜は己が生命が尽きる時、卵を産みその中の子に自身の記憶を全て移すと聞いています。お嬢様、古の竜と言えば………」
リナの毛が全部逆立っている。多分恐怖と驚愕のためだろう。シュマもコレットも常の二回りぐらい膨れている。
「天災と同じで、ボクたち人の力も知恵も及ばない存在………」
ボクの腕の中でぐだーっと脱力しているルメラをしげしげと見つめた。確かに孵ってすぐにしゃべったりと常識の範疇にない事をしてくれているが、どう見ても神々しさが微塵も感じられない。
「お腹空いた」
ルメラはボクを上目遣いで見ながら甘えた声で食べ物をねだってきた。
「お嬢様、食べ物を与える時は気を付けないと、食べてはいけない物があるかもしれません」
コレットがボクにそっと注意してくれた。
「イヌやネコにネギ系とかチョコレートは毒だったよね。………シュマもコレットもネギとかチョコレート食べているけど大丈夫なの? 生肉を食べている所見たことがないし………」
ボク改めて彼女らの食生活を思い返していた。彼女ら、玉ねぎとか普通に食べるし、生肉は食べないし、ましてやネズミをそのまま完食することもしなかった。
「獣と獣人は違いますよー」
「そうです。私、柑橘系も好きなんです。お嬢様は知らないかもしれませんが、ちゃんと臼歯もあるんですから」
シュマが口を砥がせら、コレットが口を開いて奥歯を見せてくれた。犬歯は猫系で鋭かったけど、どれも綺麗な歯だった。こんなので思いっきり噛みつかれたら、穏やかでいられないことは断言できる。
「我は、好き嫌いのない良い子だよ。何でも食べる。でも、お肉が好き」
ボクの腕の中で見上げるようにしてルメラが訴えてきた。
「あたし、何か食べられるモノ買ってきます。それまで我慢してくださいね。間違ってもここに居る人を食べちゃダメですよ」
リナが慌てて部屋から飛び出して行った。と言うか、脱出したのかは分からないけど、ジャグを残して行ったから多分、純粋に買い物だと信じたい。
「買ってきましたー」
大きな包みを持ってリナが息を切らしながら部屋に入ると、ボクの腕で空腹に耐えていたルメラがばっとその包みに飛びついた。
「食べ物ーっ」
ルメラは包みに飛びつくなり、それを爪を立てて破りだした。そのあまりに物勢いにリナはその場に包みを落とし座り込んでしまった。
「おいしいっ、久しぶりの食事ーっ」
ルメラは自ら宣言したように、好き嫌いなく肉から果物、干物に至るまで手あたり次第喰い散らかしていた。その豪快な食べっぷりはルメラが言った「由緒正しき」と言う言葉は感じられなかった。
「ふー、おいしかったー」
ルメラはあっという間にリナが抱えてきた食料を胃袋に納めていた。
なんか変だ、リナが買ってきた食料の体積はルメラの体積より明らかに大きかった。これは見間違いじゃない。
「やっばり竜かな………」
ボクは目の前で物理法則を無視してくれたルメラをじっくり観察しながら呟いていた。明らかに、この生物はボクの今まで知っている生物とは違う。ボクらはとても貴重な体験をしているのではなかろうか。
「竜にしては神々しさが今一つと言うか、感じられませんね」
ポンポンに膨れたお腹を天井に向けて寝ているルメラを見てコレットが首を傾げながら呟いた。
ボクは彼女の言葉に全面的に賛成だ。
「この子どうしますか? 」
リナが膨れたルメラのお腹を撫でながら、困ったような表情を浮かべた。
確かにそうだ。ルメラはトカゲだと言うにはちょっと特異な見かけだし、しかも喋る。放っておくと自らが古の竜だと吹聴して回るかもしれない。これは、非常に不味い、いろんな意味でルメラといると目立ってしまう。
「元は商品だったよね………」
「売るんですか、今は小さいですが、大きくなったら仕返しされるかもしれませんよ。力ない時に売った、と言われたらどうします? 」
リナがボクを見て心配そうに尋ねてきた。彼女の心配は確かだ。でも、ルメラはボクたちの旅に連れて行くには目立ちすぎる。
「目立つことを避けたい私たちからすると、見世物にすることはできませんね」
コレットもこれからの事を考えて不安そうにしていた。
「見世物になんかしたら、どんな仕返しをされるか分かったもんじゃないですよ」
シュマが大きな声で見世物にすることはあり得ないと主張した。
「この子が、おいらたちに大きくなるまで面倒見てって、ついてきた。不思議な事はいっぱいあるから、この子がいても良いと思う」
ジャグが強引な案を出してくれた。こうなったら、強引に力押しで行くしかない、こういう生き物もいるってことで押し通そう。
「この子なら、いい客引きになってくれますよ」
リナがいい考えだとばかりに飛びついて来たけど、それやると絶対に目立つから却下ね。
「明日にはナンガを発つんだから、ここはジャグが言ったように強引に行くから、ゆっくりしている暇はないからね。明日の朝一番にさっと出る」
ボクは皆にそう指示すると荷物の整理を始めた。目覚めてからする事を最小限にしたいからね。
「えーっ、誰、この子」
ボクは寝床の中の違和感で飛び起きた。何かがボクにしがみついている。今日の添い寝係(勝手に造られた)はジャグだけど、ジャグはボクの横で丸くなっている。と言う事は………。
ボクはしがみついているモノの正体を確認しようと毛布を捲った。
そこには、ジャグより年下で、こめかみ辺りから白い角を生やし、トカゲを思わせる大きな尻尾を持った赤毛の幼女がいた。しかも全裸の。
「お嬢様、い、いつお産みになられたのですかーっ」
ボクの奇声で目を覚ましたコレットがボクにしがみついている全裸の幼女を見て目を丸くしていた。
「父親は誰ですか。コレット? リナ? ひょっとして私ですか? 」
混乱したシュマがトンデモないことを口走っている。
「え、私がお嬢様を孕ませたんですか? 責任を取ります。お嬢様を生涯かけて我が伴侶っ」
「させないよ」
「寝言は寝てから言いなさい」
ぱーっと明るい表情を浮かべたリナにシュマとコレットが拳を叩き込んだ。
「うるさいなー、ルメラ目が覚めちゃったよ」
幼女が目をこすりながら半身を起こしてボクを見つめてきた。
「え、君がルメラ………」
ボクはあまりの事に言葉を失った。しがみついている所から察すると昨日のトカゲもどきモードの時から明らかに重さがある。ルメラは、物理法則を完全に無視している、これが古の竜の能力かと呆れたり、驚いたりしていた。
「そだよ。我がルメラ。由緒正しき古の竜だよ」
ボクのベッドの上でスッポンポンの幼女が仁王立ちして偉そうに言い放った。
「由緒正しきはいいけど、何か着ないと」
ボクはそう言うとルメラに毛布をかぶせた。その時気付いた。
「あ、付いていない」
ルメラは雌と言うか女の子だった。そう言えば竜は、命尽きる時に自分のすべてを伝えるため、卵を産むってリナが言っていたような………。
「我は雌だよ。見て分からなかったかな」
ボクの言葉にルメラはむすっとしていたが、トカゲの雄雌なんてボクには分からないんだよね。
こうやって人の姿になってくれても、幼すぎて付いているか、付いていないかで判断するしかないのが正直な所だった。
「着る物が必要だし、身分を証明する者が必要だけど、この角と尻尾………」
ボクはルメラをしげしげと見た。腰のあたりまであるストレートな赤毛、白い角、赤くて太い尻尾以外は可愛い女の子なんだから。
「ルメラはこれからどうするの? 」
ボクはベッドの上で偉そうにふんぞり返っているルメラに尋ねた。もし、彼女が竜の世界に戻ると言って出て行けば、それでこの問題はクローズとなる。そうすれば、今まで通りの旅ができる。
「ルメラはロスタたちについて行く。ルメラはまだ小さいから一人で食べ物を見つけることもできないし、力もそんなにない。だから、保護が必要。ルメラが大きくなったら恩返しするよ。もし、見捨てられたらずっと忘れないから」
ルメラは曇りのない笑みを浮かべてボクたちを見つめてきた。この笑みはとても神々しく見えた。昨日のヘソ天している姿から想像もつかなかった。
彼女の話からすると、ボクたちは彼女が独り立ちするまで面倒を見ることになりそうだった。
「古の竜の恩返しですよ。絶対に凄いことになりますよ」
リナは目を輝かせながらボクに訴えかけてきた。
「酷いことをしたら忘れないって、きっと仕返しされます」
コレットの目に恐怖の色が滲んでいた。こうなると、もうルメラを連れて行かないという方針はなくなった。そうなると、連れて行くことを前提とした行動が必要になってくる。
「うーん、商工会で稀少民族の子を保護したって言い張って、身分証を作ってもらう。名前もあるし。ルメラ、良いかな。絶対に、自分の事を古の竜なんて言わないこと。種族とか聞かれたら、分からないって答えて。じゃないと、私も貴女も困ったことになる。貴女は何も覚えていない。ここにどうやってきたのかも知らない。親も分からない、そう言う事にする。いいね、約束できるかな」
ボクは半ば強引にルメラに噛んで含めるように約束事を伝えた。もし、彼女がこの約束事を守れない場合、彼女の忘れないとする事項はどんどん増えるだろう。
「うーん、難しそうだけど、できなかったら野垂れるもん。ルメラ、ガンバル」
スッポンポンのルメラは腕を組んで暫く考えてから、約束を守ると言ってくれた。
「リナ、この子の服を一式お願いしていいかな」
ボクはリナに手を合わせるようにしてお願いした。このルメラの登場は想定外だったから。
「任せてください。ジャグ、行くよ」
リナはまだ寝ぼけ眼のジャグを強引に着替えさせると、凄い勢いで部屋から出て行った。
「人って不便」
そんな様子を見ていたルメラはぽつりと呟いた。
「一々服を着るなんて、頑丈なウロコも温かな毛皮もないからかな。………ねぇ、何で服着ているの? 」
ルメラはシュマとコレットに尋ねた。確かに彼女らはモフモフとしているが、全身がそうではなく、概ね人の生えている部位は毛が無い仕様になっている。だから、スッポンポンでいると何かと問題になるのだ。
「文化ですよー、獣人ですから」
「※を見せていいのは、動物だけです」
シュマとコレットは有り得ないことだとルメラの問いかけに答えた。
「良く分からない。ルメラも人みたいな姿をしているから服を着なくちゃいけないってことかな? 竜は基本服着ないから」
ルメラは首を傾げているが、全裸の幼女を連れているだけで犯罪者だ。いくらボクが女の子になっているとは言え、そこは関係ない、こんな事をする奴は老若男女問わず外道として処罰されるのが世の常だ。
ボクはひょっとして、ルメラには人としての常識がおもいっきり欠落しているのではないかと。そうだったらトラブルの種になることは必然と思われた。
「ルメラ、ボクたち以外の人の前ではあまりしゃべらないで欲しいんだ。もし、君が古の竜だなんて知られたら、何をされるか分かったものじゃないよ。武器や薬の材料にされるかもしれないから」
ボクはルメラに注意しないと大変な目にあう事を警告すると、彼女は毛布を頭からかぶって震えだした。
「な、なにそれ。ルメラを材料にするの? 竜は強いけど、生まれたばかりの時はとても弱いから。ロスタ、ルメラを護ってくれる? 」
彼女は毛布から恐る恐る顔を出してボクに聞いて来た。
「ルメラが約束したことを守っている限りはね。でも、自分を竜だとか、自分は人じゃない、とか言い出したら守りようがないから」
「分かった………」
ルメラはボクの言葉に素直に頷いてくれたけど、果たしてちゃんと理解してくれているのか確信が持てなかった。
「おまたせしましたー。この時間、店を開けているのは朝市の露店ぐらいだったから、流行とかおしゃれとかは二の次で、堅実なデザインのものを選定してきました。古着ですからお安く手に入れることができました」
荷物を背負ったリナが元気よく戻ってきた。彼女は背負ってきた包みを床に降ろすとルメラを手招きした。
「獣人用だから尻尾の穴はあるけど、ルメラの尻尾は大きいからちょっと手直しが必要だから。取りあえず穿いてくれるかな」
リナは慣れた手つきでルメラにパンツを穿かせると尻尾穴の大きさを確認してから、ナイフの刃先で印をつけ、穴を大きくし、素早く解れ止めの処置をしてみせた。まさか、彼女にこんな能力があったなんて今まで知らなかった。
「リナ、凄いね」
シュマがリナの手際の良さに感心していた。リナはそんなシュマににっと笑って応えた。
「古着を商う事もあるから、ちょっとした手直しぐらいできないとね。はい、これでいい感じなっていると思うよ」
リナは手治したパンツをルメラに穿かせた。見事に尻尾穴は機能していた。
「服を着るって、変な気持ち。絶対に服を着なくちゃダメかな」
ルメラはあまり気に入っていないようで、ボクに少しむくれながら聞いて来た。
「着なきゃダメ」
その場にいたルメラ以外の全員が一斉に彼女の要望を否定した。
「分かったよぅ」
ルメラは渋々頷くと、今度は新品の頃は綺麗な青色だったと思われる色褪せたワンピースを大人しくリナに着せられていた。勿論、尻尾穴はリナにより処置済みのモノが。
「違和感は少なくなった。遥か南方にいて、滅多にお目にかからない爬虫族ってことにしよう。ナンガの街で行き倒れていたのをボクたちが拾って、行商しながら彼女の仲間を探すというストーリーで行こう。細かいことはいいから、これで押し通す」
ボクの言葉に誰も異議を申し立てなかった。これ以外の方法も思いつかないし、ま、何とかなるでしょ。
「何とかなった………」
ボクたちは何だかんだと突っ込まれたらどうしようかと身構えて商工会に行ったが、案外あっさりと認められ、ルメラの身分証も作ってもらえた。この辺りの簡易さと言うか、杜撰さはブッコワース領ならではだと思った。
「お嬢様、ナンガの次は港の有る、ガザンの街に行こうと思います。そこから船に乗れば王都や外国まで行くこともできますから。逃走先は選びたい放題ですよ」
ボクたちがナンガの街の門で検査を待っている間、リナが楽しそうに話しかけてきた。
「美味しいものがある所が良いですよ」
シュマが何を想像しているのかぺろりと舌なめずりをした。
「可愛い小物も欲しいですね」
コレットはどこか遠い目をしていた。
「おいらはロスタお姐ちゃんと一緒ならどこでもいいよ」
ジャグはいつも変わらず、ボクの腕をとってしがみついてきた。
「そうだね。ガザンに着いてから決めようか」
ボクがそう言うと、リナに手を引かれていたルメラが不思議そうな表情を浮かべた。
「ここ以外にも街があるんだ」
「そうだよ。世界には沢山の街があって、それぞれ違う表情があって、名物も違って飽きることはないと思うよ」
ボクは不思議そうにしているルメラに言うと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。
「人の世界を見てまわるって、今からワクワクするよ」
多分、ワクワクだけじゃなくて、ドキドキとかソワソワの方が多いような気がするけど、それは言わないでおくことにした。