第13話 「いい風が吹いて来たね」
「旅の商人か? 」
「鑑札はここに」
駐屯地の営門に立つ警備の騎士団員にリナは行商人であることを認めると、手荷物すら確認することなく、さっさと通した。ジャグもボクも特に鑑札を示すこともなくフリーパスのように駐屯地に入ることができた。
この杜撰さは、ブッコワース騎士団に共通している、人を信頼していると言うか、何も考えていないというか、これが彼らの普通なのである。
「………なんか臭い」
駐屯地に入るなりジャグが顔をしかめた。確かに臭い。厳密に言えば体育会系クラブのロッカールームを思わせるような、簡単に言えばすえた汗臭いのだ。
以前のボクなら臭いだけで済んだかもしれないが、今の身体では同じ臭いでも違和感のある臭さだった。
で、ボクらはその臭いの中心地に向けて進んでいくことにした。
「ガド・シウス罷り通る」
ボクたちが騎士団本部に入ろうとした時、背後で大声が響いた。
振り返るとそこには、ほぼ裸体にピッチピチの小さな鎧をまとった大男、ボクを追跡することを任務とされている男が馬上で謎のポーズを取っていた。
「ああ、何と美しい」
そんなガドを見て門番は歓喜に打ち震え悶絶していた。
「もうここまで来たんだ」
これは偶然なのか、それとも誰かがボクたちの行き先を知っているのか、ボクは少し不安になった。
知恵袋のレーペさんの言うがままに彼らは、騎士団本部前まで移動するとガドがひらりと馬から降りて、フロントリラックスを見事に決めた。
そのポージングの美しさに周りが男どもの雄叫びが上がった。その時、レーペさんの顔に隠すこともしない壮絶な嫌悪の表情が浮かんだのをボクははっきりと捉えた。
「貴女たちは………」
顔しかめていたレーペさんはボクたちを見つけると、旧知の友人に会ったかのようににこにこしながら駆け寄ってきた。
「お久しぶりです」
ボクがにこやかに挨拶すると、彼女はどこかほっとしたような表情を浮かべた。
「やっと普通の人たちに会えました」
レーペさんはそう言うとしっかりとボクの手を握ってブンブンと嬉しそうに振ってくれた。
「普通の人? 」
「そうですよー。口を開けば「身体を鍛えよ」しか言わないのと、「大きい」、「キレてる」、「美しい」しか言わない連中とずっと一緒なんですよ。後は意味不明のポージング………、これでどうやって意志の疎通ができるんですか………、すみません、部外者の方に愚痴を………」
レーペさんは随分とストレスが溜まっているようで、その表情はやつれていた。やつれていてもドキっとするぐらいの美女なのだから、もし、元気に微笑みかけられたらボクの内なる益荒男は簡単に転んでしまうだろう。うん、これは自信をもって、大地母神メラニ様にかけて言える。
「随分と苦労をされているようですね」
ボクは彼女の目の下のクマを見ないようにしながら、心からその苦労を労った。彼女がボクの敵であれ、あの筋肉ダルマたちに苦労させられていると言う事では同士なのだから。
「騎士団に何の御用ですか? また、野盗が出たとか………」
レーペさんは知恵袋としてボクに尋ねてきた。本来ならこのような事は、彼女の背後で意味のないポージングをしているガドがするべきことなのだが、彼にはそんな事はできないし、しなければならないとも思っていないだろう。
「新たなトレーニング方法を思いついたんです。建設的なトレーニングをね」
ボクはレーペさんに「建設的」と言う所を強調して説明した。
「建設的なトレーニング? 」
レーペさんはボクを訝しそうに見つめてきた。そこで、ボクは意味ありげな笑みを浮かべた。
「ナンガの隊長さんにお会いしたいんですよ。隊長さんにボクのアイデアを提供したいんです。レーペさんと同行させて頂いてよろしいですか? それと、レーペさんたちやこの駐屯地に必要なモノがあれば、彼女らが手配できると思います」
ボクはリナとジャグを手で示した。
「行商人のリナと申します」
「その手伝いのジャグです」
リナとジャグが恭しく頭を下げると、レーペさんの視線はジャグに釘付けになっていた。
「ジャグちゃん、可愛いわね。むさいのばかり見ていると、本当に癒される」
レーペさんはしゃがんでジャグと視線を合わせると彼女の頭を優しく撫でた。
「ジャグちゃんに癒されたから、お礼という訳でもありませんが、ご一緒にどうぞ。どう転んでも我々の損にはならないと思いますから」
ボクたちはレーペさんの後に続いて本部の建物に入った。ボクは建物にこもるすえた酸っぱい臭いでクラッと来そうになった。鼻が利くリナはもう涙目になっているし、ジャグは鼻をつまんでいる。
そんな中、レーペさんは慣れたもので、ハンカチで鼻を押さえてダメージを最小限に抑えていた。
「シドレ様追跡隊の知恵袋レーペです。ナンガ駐屯隊長のジュス・ナブ様ですね」
隊長室に入るなりレーペさんが部屋の中のどっしりした机についている筋肉質の中年男性に声をかけた。隊長は顔を上げるとさっと姿勢を正した。
「そのとおりです。ナンガの街を任していただいております」
ナブ隊長はレーペさんに頭を下げた。良く視ると彼の周りに知恵袋がいない、しかもまともな挨拶ができる、ひょっとするとこの隊長、キレ者かもしれない、ボクは彼を警戒することにした。
「この辺りでシドレ様を見かけた等の情報はありませんか? 」
「トポリで大きな事件があったと聞き及んでおりますが、この辺りに怪しい者を見かけたという情報は届いておりません。………そのお嬢さん方は? 」
隊長はボクたちを見て怪訝な表情を浮かべた。
「行商人のリナとジャグ、護衛の傭兵のロスタです」
リナがボクたちを代表して答えてくれた。
「本日は、二つ用件があり参りました。一つは注文伺いです。もう一つは、この傭兵のロスタから新たなトレーニング方法の紹介です」
ナブはリナが新たなトレーニング方法と口にすると身を乗り出してきた。
「トレーニング方法については、このロスタから細部をお話します」
リナはボクを示すと半歩下がった。それに合わせて一歩前進する。そしてナブ隊長の顔をじっと見つめてから最高の笑みをお見舞いする。そうすると、彼の表情が少し柔らかくなった。
「傭兵のロスタと申します。ここの騎士団員のトレーニングを見ていて気付いたことがあります」
ボクはここで一息ついてナブを見る彼の視線はボクに向いている。そしてレーペさんも興味深そうだ。
「ずっと腕立て伏せ、スクワット、腹筋、駆け足の繰り返しです。ダンベルなども少ないようです。そこで、常に使わない筋肉を鍛え、持久力も付くトレーニングがあります。しかも投資なしです」
ここまで言うとナブ隊長の視線はボクに固定されている。そしてレーペさんまでもがじっとこちらを見ている。よし、掴んだ。このまま、まくしたてる。
「このナンガの街周辺の街道整備の工事です。街道の工事をするにあたっては重量のある石の運搬、固い地盤の掘削、工事現場付近の悪路の踏破
ボクの言葉に2人は集中している、手応えは充分にある。
「街道を整備することにより、この街の住民から感謝されるでしょう。さらに、労働力を提供することにより臨時収入があります。それでトレーニング機材を買えば工事の後も効果的に鍛えられますよ」
ボクはここでニヤッと笑った。すると、ナブ隊長は腕を組んで唸りながら考えだした。
彼は暫く唸っていたが、ボクをじっと見つめて重々しく口を開いた。
「ロスタと言ったな。この提案を我々が採用したとして、お前に何の利益があるのだ」
彼の質問は当然だ。アイデアを出したところでボクは得る物がないように見える。しかし、ここでボクがリナの専属の護衛であることが活きてくる。
「工事で得られたお金でリナからトレーニング機材を買ってもらいたいんです。そうすればリナが儲かります。ボクはリナの護衛を専属で契約していますから、手当もそれなりに上がります。だから、ボクにも美味しいことなんですよ」
ボクは自分なりの理論をぶち上げる、知恵袋をつける必要がないと言えどもブッコワース騎士団員、ややこしいことについては思考を放棄することについては例外ではなかったようで、難しい表情を浮かべながら頷いていた。
「ずっと工事に従事すると言う事は出来ませんが、暫くの間ならシドレ様追跡隊もご協力できると思いますよ」
レーペさんまでもがボクの話に乗ってきた。心なしか彼女の目が輝いているように見える。
「無駄になる労力を正しく、建設的に使用できるなんて、素晴らしいですよ。シウス様たちは新しいトレーニングだって言えば、簡単に乗ってきますから、そこはご安心ください」
「工事の実施日、場所については後日お知らせできると思います。その時に必要な人員数、お手当ての額を示すことができると思います。私たち以外の者が来るかもしれませんが、その時は私たちの事はお話しなさらない様にお願いします。そうじゃないと、私たちが面倒な事になりますから」
ボクは最後に少し困ったような表情を浮かべ、深く頭を下げた。
「日を改めて、御用を伺いにまいります」
リナとジャグが一礼するとボクをじっと見てきた。ボクは軽く頷くとナブに面会してもらえたことについて礼を述べると彼女らと一緒に騎士団の本部から転げるように飛び出て、逃げるように駐屯地から離れた。
あの臭いの中に心臓が一拍する間も居たくなかったのだ。これについてはリナとジャグもボクと同じみたいだった。
「さて、これからネルさんを探して、人手の確保の方法を教えてあげなくちゃね」
駐屯地から出てボクは思いっきり深呼吸した。前の身体だったら、あの臭いはそんなに気にもならなかったかもしれないけど、今の身体ではとても気になる。悪い方向に。
「ネルさんから報酬の話が出たら………」
「騎士団にトレーニング機材を卸すことを認めてくれ、それ以外はいらないって事ですよね」
リナがボクの話を継いで、これからしようとしていることを口にした。
「現金がそんなに手に入らないのは残念ですが、それ以上に大きな貸しを作れますから。商人としては良い取引ですよ」
「いい風が吹いて来たね」
ニコニコしているリナにジャグが嬉しそうに飛びついた。こうやって見ると、尻尾の有る無しなんて関係のない仲の良い姉妹に見えてしまう。
それから、ネルさんを探したのだが、中々見つからなかった。目立つ人なのに………。
「お腹空いた………」
ナンガの街を歩き回っていると、ボクを見上げるとジャグが心細そうな声を出した。確かにボクのお腹の虫も不満の声を上げだし始めていた。
「この近くに食べる所ないかな」
「そうですね。こういう時は、匂いを辿ります。ふふ、尻尾のない人にはできない芸当です」
リナはクンクンと鼻を鳴らしながら匂いを拾い集めだし、暫くするとピンと耳を立てた。
「こちらですね。良い匂いがします」
彼女は嬉しそうにボクに言うと、ジャグの手を引っ張って速足で歩きだした。
彼女が匂いを辿ってボクたちを案内してくれた場所にとても庶民的な食堂があった。
「どうです。これが尻尾持ちの能力の一つです」
リナは自慢そうに豊かな胸をグンと張った。そのために、彼女の胸のボリュームが凄いことになっていた。
店の中は、どうやら価格とボリュームが売りの店だったようで、店内の調度から店員に至るまで徹底されていた。
ボクがあまりにも庶民的すぎる店内を物珍し気に眺めていると、どこかで聞いたような声がボクたちにかかってきた。
「あら、尻尾のお嬢さんじゃないの。奇遇ね。こっちのテーブルで相席は如何かしら」
声をかけて来たのはネルさんだった。しかもその隣に仏頂面のラスさんがいた。
「その顔からすると、商いの神ナー様のお導きがあったみたいね」
「ええ、お導きのおかげで良い取引ができました」
ネルさんにリナはニコニコしながら応えると、彼女が示した席に腰を降ろし、ボクとジャグもそれにならった。しかし、ネルさんみたいな人がこんな店にいるなんて、ボクはこの取り合わせがどうもしっくりこなかった。
「尻尾のお嬢さん、良かったら今日の取引についてお話してもらえるかしら。お商売の話に向かないようなお店だけど、この辺りでちゃんと食事ができるお店はここぐらいなのよ。気取ったお店より、こんなお店の方が気が楽でいいのよね」
ネルさんは微笑みながらリナに尋ねると、この店に来た理由を教えてくれた。リナは一瞬ボクの方に視線を移した。そしてボクは頷くと、リナは話し出した。
リナが話している間にボクたちはネルさんと同じものを不愛想なオバさんに注文した。
「ナンガの騎士団にトレーニング機材を卸すことができそうです」
リナは言葉少なめに結果だけをネルさんに話した。
「騎士団ってそんなにお金持ってないでしょ。卸したところでそんなに儲けにならないわ」
ラスさんがリナの商売が上手くいかないと断言するように口を挟んできた。
「そこは、ドリスコル商会の動きにかかってきます」
「あら、どう言う事かしら」
ボクがリナの後を継ぐように言うと、ネルさんが猟師が獲物を狙うように目を細めて見つめてきた。
ラスさんはボクの話が気に入らないのか、むっつりしていた。
「人手の話です………」
ボクは辺りに聞かれないように小さな声でネルさんに話しかけた。
「騎士団はトレーニングとして身体を酷使する仕事をしたいそうです。それの手当てをトレーニング機材を購入するのに充てたいそうです。騎士団の隊長のジュス・ナブ様、シドレ様追跡隊のガド・シウス様………、知恵袋のレーペさんも乗り気ですよ」
ボクはニコニコしながらネルさんに騎士団本部で話し合ったことを伝えた。
「………騎士団の方たちが工事に従事して下さるのですね。明日にでも騎士団の本部に伺わせてもらいますわ。貴女たちはトレーニング機材を卸す以外に何か利益があるのかしら? 」
ネルさんは訝しそうにボクたちにを見つめた。
「ドリスコル商会とお近づきになれるなら、それに越した報酬はありません」
リナがきっぱりと言い切った。この辺りの思い切りの良さは天然なのか、それとも計算してなのか、ボクには良く分からない。
「ふふ、中々度胸のある尻尾のお嬢さんね。気に入ったわ。これは、貴女からの借りと言う事にしておきましょう。さ、お料理が来ましたから、冷めないうちに頂きましょう」
店が料理を出すタイミングを図ってくれたのか、ネルさんたちとボクたちの料理は同時に提供された。
よく確認せずに注文したけど、良い感じの量で聊か胃袋が小さくなったボクにはちょっと多すぎたように思えた。
「ここのお勘定は、お礼の一つとして取っておいてね」
食事を終えるとネルさんはボクたちの食事代を持ってくれた。これで、借りを返したことになったとしたらたまったものじゃないけど。
食事を終え、店先でネルさんたちと別れ、これからどうしようかな、と考えていると
「これから、ナンガの名産とされるお薬と、小物を仕入れようと思います。後は、トレーニング機材の入手経路の確保ですね。工房街の方にも行こうと思います。護衛をお願いしますね」
リナが商人として仕事をするのに同行してもらいたい旨を話してきた。
彼女はボクといるのが嬉しい様でニコニコしながら、ボクの手を引っ張った。
それから、ボクはリナとジャグにあちこと連れまわされて、日が暮れて宿に戻った時は農家の護衛の時より随分と身体と精神に堪えた一日となった。それとは逆にリナは新たな取引先の開拓に成功していたようで、それはそれで良かったことにしておく。
「寂しかったですよー」
宿に戻るなり、白いモフモフがいきなり飛びついてきた。彼女の体格と勢いのおかげで思わずよろけてしまう。
「やっと、お会いできました」
ふらつくボクに黒いモフモフが身体をこすりつけてくる。
「他の女の臭いがする」
「私の匂いで上書きします」
彼女らはボクの身体に鼻をつけるようにして臭いを嗅ぐと、ムッとした表情になった。
彼女らはボクについた臭いが気に入らないようで、ボクは2頭の猛獣にもみくちゃにされることになった。そんな中でも、ボクは彼女らに毅然とした態度を取ろうとした。実際は無理だけど気分だけでも。
「ステイ、やめろ。君らの今日の仕事はどうだった? 」
ボクは彼女らから無理やり身体を離しながら彼女らに尋ねた。ボクの本業はこちらだから。
「ヤマイノシシが2頭ですよー」
「血抜きしていますから、明日には毛皮とお肉の代金が手に入ります」
シュマとコレットは、投げられたボールを取ってきて「ほめて、ほめて」と催促したり、投げた人の前でポトリとおもちゃを落として「投げて、投げて」と際するイヌやネコのように見えた。
ボクは猛獣使いよろしく彼女らを落ち着かせ、それぞれのベッドに座らせた。
「ヤマイノシシも良い値段になるからね。頑張ってくれてありがとう。こちらも、うまい具合に話が進みそうだよ」
ボクは、ドリスコル商会のネルさんとリナの間でいい取引ができそうだと彼女らに簡単に説明した。
「ロスタお嬢様のおかげで、ドリスコル商会との繋がりができました。これは大きいですよ。それと、お嬢様とお食事したり、一緒に買い物したり、とても充実した1日でした。ありがとうございます」
「とっても楽しかったよ。騎士団は臭かったけど、美味しい物も食べられたし、なによりロスタお姐ちゃんと一緒にいられたのが嬉しかったよ」
リナとジャグが今日の出来事についてシュマとコレットにニコニコしながら話し出した。彼女らの話を聞いている内に、シュマとコレットの顔に夜叉が浮かび上がってくるのをボクは認めた。
「あ、そうだ。そろそろお風呂が沸く時間だよ。皆で入りに行こう」
ボクはここで3頭の猛獣がバトルを繰り広げるのを身をもって阻止することにした。
「お風呂ですよ。お風呂、今日は髪を綺麗に洗いますからね」
ネコとしては如何なモノかの、お風呂好きのコレットが早速飛びついてきた。
このチャンスを逃してはならない、ボクはタオルやら未だに何に使って、どのような効果が得られるのか今一つ分からない溶液が入ったボトルを手にして、さっさと部屋を出た。ボクの読みのとおり、コレットがすぐさまついてきて、遅れてはならじとシュマとリナが追いかけてきた。その後をべそをかきながらジャグが付いてきてくれた。
ジャグには後で何か奢って機嫌を直してもらおう。
怪獣大戦争を回避したものの、その代償は大きかった。
ボクは未だに自分の身体なのに、しっかりと確認していない部分、人前でその部位の名を叫ぶことすら躊躇われる部位を3匹の猛獣によってしっかりと洗われてしまった。しかも、丁寧に、念入りに。
ボクの中の益荒男はもうピクリとも動かなくなっていた。
「湯当たりしたみたいだから、ここで身体を冷ましてから戻るよ」
ボクはお風呂からあがると、「では、ご一緒に」と言ってくる猛獣たちを何だかんだと言って遠ざけ、漸く1人になり、宿の中庭でベンチに腰掛け黄昏れることができた。
「お付きはいないの? 」
黄昏ているボクにいきなり声がかけられた。声の主を確認するとそこには、暗くなりつつある空を背景にしたラスさんがボクを見下ろしていた。
「偶には、独りになりたい時もありますよ」
ボクはむっと来て、思わずキツイ口調で答えていた。
「いつもちやほやされて、ご機嫌でいるんじゃなかったんだ」
ラスさんはそう言うとボクの横に腰を降ろした。
「今日の人手の件だけど、早速騎士団に掛けあって来たわ。明日から工事に来てもらえることになったわ。あの連中を旨く使おうなんて中々ね。あの連中は腕立て伏せしかしないと思い込んでいたから」
ラスさんは暗くなっていく空を見上げてため息交じりに呟いた。
ボクのことを認めてくれているのかな、と思ってしまった。
「騎士団を使うアイデアって、あの尻尾の人じゃなくて貴女のアイデアでしょ」
ラスさんはそう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた。ボクはその笑みに曖昧な笑みで応えた。
「お母様も言ってたけど、貴女、傭兵より商人の方が向いているんじゃなくて。目の付け所が違うわ。私たちの所に来ない? 商人としてちゃんとした勉強もできるわよ」
「素敵なお話、ありがとうございます。でも、ボクは自由な傭兵の身分が良いんですよ。しょうばいなら、リナの手伝いで動くこともできるし、自分の思いで動くこともできる。籠の中はもうこりごりなの」
ボクはラスさんに申し訳なさそうに言うと、彼女は肩をすくめた。
「多分、断ると思ってた。でも、貴女には何が何でも私の商売のパートナーになってもらうからね。もう決まったことだから。ここまで言ったんだからね」
ラスさんは意味不明な事を顔を真っ赤にしながら言うと逃げるように中庭から走り去っていった。
「解せん………」
ボクは暫く中庭で混乱していたが、ボクもブッコワース家の者なのだろう。途中で思考を放棄した。考えても始まらないことに時間をかけるのは得策ではないと思うからだ。
「あの女、ラスさんですね。嫌な臭いがします」
「馴れ馴れしい、許せません」
部屋に戻るとシュマとコレットの機嫌が悪くなっていた。ボクがラスさんと話をしているのを見ていたらしい。彼女らは牙を剥いてボクを睨みつけている。
「私たちとリナがいながら、まだ新しい女をひっかけるんですか」
コレットがボクに飛び掛かってくると、ボクを押し倒してくれた。そしてボクの胸に顔をうずめると泣き声を上げたした。涙は出ていないけど。
「私、待ってますから。こちらに振り向いてもらえるまで」
シュマがコレットを押し退けてボクにしがみついてきた。そして2頭の猛獣は互いに睨みあい、牙を剥きあった。
「野蛮な生物は置いておきましょうね。さ、お嬢様こちらへどうぞ」
リナが器用にボクを猛獣たちから離してくれた。そしてそのふくよかな胸にボクの顔を押し付けるように抱きしめてくれた。今まで萎びていた内なる益荒男が少し息を吹き返したように感じられた。
「リナっ」
彼女らがリナとボクを見つけて唸り声を上げた。ボクは内なる益荒男の反対を押し切ってリナから身体を離して近くのベッドに逃げ込んだ。
「ロスタお姐ちゃん、大丈夫だよ」
それはジャグのベッドで彼女は息を喘がせているボクを優しく抱きしめてくれた。
「………」
ジャグと一緒の時が一番心が安らぐように感じられた。