第10話 「お嬢様、出ました」
「ドリスコル商会が商売以外で大きな事をするって、何なのかなー」
宿に戻ったリナはベッドに身体を投げ出して独り言ちた。
「周りに耳を向けても、何をするんだろ、しか聞こえてこなかったよ」
コレットはじっと天井を見つめるリナに大きな収穫がなかったことを告げると、すまなそうな表情になった。
「でも、大きな事があるって事は分かったんだから、それは大きいと思うよ」
そんな2人にシュマが慰めながら、前向きな言葉をかけていた。
「お風呂で待機して、直に聞くと言うのもあると思うよ。今、この宿に泊まっている商人はボクら以外は男ばかりだからね。ここは、ボクらの特性を活かすチャンスだと思うよ」
ボクはリナに次の入浴時間を狙おうと提案したが、彼女は天井を見たまま首を振った。
「昨日の事は、向こうから声をかけてもらっただけです。名のない行商人が声をかけても挨拶で終わるのが関の山です。街中に具体的な事が流れていないことからも、随分と秘密にされていると言う事です」
リナはそう言うとため息をついた。
「じゃ、忍び込んで話を聞いてみるってのはどうかな? 」
コレットが天井を見上げて行った。多分、彼女は天井裏から忍び込むつもりなのだろう。猫族なら国もならないと言うことらしい。
「コレットの命がなくなってもいいならやってもるといいよ。あたしでも専属の護衛がいるんだよ。あそこまでの大商人が丸腰でいるなんてことないでしょ。お風呂でも、あたしらが見えない所に護衛が潜んでいたはずだよ」
「まさか、私たち尻尾持ちですら気づかないって………」
リナの言葉にコレットが驚きの表情を浮かべた。そんな彼女にリナは視線も向けずに背伸びした。
「尻尾持ち、しかも凄腕を雇っていても不思議じゃないよ。そう言う人から見れば、コレットたちは素人に見えるだろうね」
「そうだよね」
リナの言葉にコレットがしゅんとなった。そんな中、ボクは何かを閃いた、と言うか思いついた。
「お友達になると言うか、商人として弟子入りするってのはどうかな。………認めたくはないけど、行商も護衛も女性だけでやっているのって、珍しいんじゃないかな。そこで、女性として成功されている、ネルさんを見習いたいって」
リナはボクの言葉を聞いて難しい表情になった。
「当たりが柔らかそうな人だったよね」
「商人の基本はそれだからね。仏頂面じゃ、売れる物も売れないし、ニコニコしていると案外、相手が油断するもんだよね。でも、ロスタお嬢様、あたしの笑顔には裏はありませんから」
シュマの言うように確かにネルさんの物腰は柔らかったが、リナは同業者として彼女が見た通りではないことを看破していたようだ。と言うか、あれが商人の基本らしい。
「兎に角、明日は商品の仕入れと売れ残りの小商いして、路銀の確保に努めます。お嬢様はご自由になさってください」
リナはベッドの上に起き上がると明日は仕事で動くと告げてきた。旅しているだけでお金は儲からないからね。そうすると、ボクたちも稼がなくてはならない。商工会のおじさんも商工会が斡旋する仕事を請けないと資格が取り消されるらしいから。ボクらは商工会に顔を出さなくちゃならない。
「シュマ、コレット明日は商工会に顔を出すよ。仕事を探さなきゃね」
「お嬢様、どんな仕事があるんですか」
今更ながらなことをシュマが尋ねてきた。ボクはふっとため息をついた。
「あ、それは、えーと」
ボクも具体的な事は知らなかったことに気付いた。
「上は犯罪者の捕獲、下はお手紙や荷物の配達ですよ」
コレットが上手くフォローしてくれた………、否、彼女は呆れたようにボクを見ている。多分、呆れているんだろう。ごめんね、こんな主人で。
「つまり、商工会に行かないと詳しいことが分からないけど。リナはここにどれぐらい滞在するつもりかな。仕事にかけられる日数が決まっているから」
ボクらの主たる仕事はあくまでもリナの護衛だからね。リナから長時間離れるわけにはいかないし、ましてやナンガの街から彼女だけで旅立たせることはできない。
もし、そんな事態に陥ったら、世間知らずのボクたちはあっという間に干上がってしまうのが目に見えている。つまり、生死の問題に直結するからだ。
「うーん、仕入れとか露店を出す許可を申請したりとか………、4日ぐらいかな」
リナは顎に指をあてて暫く考えてから、ナンガの凡その滞在期間を教えてくれた。
「ボクたちが受けられる仕事は4日以内に完了できるモノにしないとね」
ボクはシュマとコレットに仕事を請ける条件を明らかにした。
これを最初に言っておかないと、彼女らは金額だけでトンデモない仕事を引き受ける可能性が大きいと思ったからだ。
「4日以内だったら、配達ぐらいかな」
コレットはちょっとつまらなそうな表情を浮かべた。コレット、君はどんな仕事がしたかったのだ?
凶悪犯の捕縛とか、恨みを晴らすために仕掛けを請け負いたかったんじゃないよね。
「配達なら、量をこなせばいいんですよ。一日に何件も受ければ、お金もその分手に入りますよ」
シュマが彼女なりに、限られた条件内でどうやって稼ぐかを考えているようだけど、力技では解決できないこともあることを知った方が良いと思う。
「さっき言ったように、商工会に行かない限り、どんな依頼があるか分からないから。明日、朝一で商工会に行きましょう。そこで、判断しましょう。そこで、今日は美容のためにももう寝る。肌と毛皮のために睡眠は必要でしょ」
ボクもブッコワースの人間なのか、いくら考えてもらちが明かないことに力を入れない事にした。
「ん………、温かい、ふわふわだー」
朝、ボクはとてもいい気持で目が覚めた。とてもフワフワで温かなモノに包まれている感覚だった。
「? 」
身体を伸ばしたら、むにゅと柔らかいものが身体に当たった。非常に心地よい感触だ。
「! 」
目を開けたら、白と黒の毛皮に挟まれていた。この感触は、健全な男子であれば、絶対に身体が反応しているだろう。幸か不幸か今のボクにその反応をするモノがない。傍から見れば仲良しが添い寝しているように見えるかもであるが、ボクの内心はリアス式海岸の海岸線より複雑だった。
「お嬢様、おはよこざいます」
シュマが目をこすりながらボクに挨拶してきた。
「ああ、おはよう。それより………」
ボクは彼女に挨拶を返し、どうしてボクのベッドにいるか問いただそうとした時、コレットが何か幸せそうな表情で寝言を唸りながらボクの腕をホールドして胸を押し当ててきた。
「コレット、何してるのっ!」
ボクが行動する前にシュマが行動を起こしていた。彼女は幸せそうな笑みを浮かべるコレットにアイアンクローを喰らわした
「い、痛いっ、な、なにするのよ」
コレットが悲鳴を上げてシュマの手を払い、彼女を睨みつけた。
「けしからんことをしたからです。寝ていたとはいえ、抜け駆けは許されません」
「シュマだってべったりくっついていたんでしょ。私より先にお嬢様のベッドに潜り込んでいたんだもんね」
シュマが吠えるようにコレットに突っかかると、コレットも負けじと言い返し毛を逆立てる。
「2人ともステイ、ステイ、落ち着け、よしよし」
ボクは、声をかけながら2人の頭をなでてやると、彼女らはだんだんと落ち着いてきた。
「今日は、商工会で仕事の斡旋を受けるんだから、駆け出しのボクらは、1人じゃ上手くやっていけいから、チームで行動しないとダメなんだよね。今は揉めている時でもないし、凶暴になる時でもないから」
ボクは2人の頭を軽くポンポンと叩いて今日の重要な事項を思い出させると、ベッドから降りて着替えを始めた。
「ロスタお姐ちゃん、おはよー」
既に着替えて、顔を洗ったジャグが部屋に入ってくるとボクに飛びついて朝の挨拶をしてきてくれた。
「おはよー、ジャグは今日も元気だね」
彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でようとしたが、リナがしっかりと梳かして、セットしていたのでぎゅっとハグするだけに留めておく。
「貴女たち、昨夜は随分と羨ましいことしてくれてたよね」
ふと気づくとリナが妖気を放ちながらシュマとコレットの背後にニコニコしながら立っていた。
「リナさんおはよう」
「おはようございます」
シュマとコレットがさっと振り返って挨拶すると同時に2人の顔面にリナのアイアンクローさく裂した。
「あたしが忍び込もうとする前にお嬢様の寝床を占拠するとは、良い度胸ね。あたしとジャグがどんなに寂しい思いをしたことか………」
リナは恨みがましい目で2人を睨みつけている。狐族ということもあるけど、この凄みはちびってしまいそうになる。いや、ちびってはいないけど。
「そこは、早い者勝ちですよ」
「今夜は私が1番ですから」
「いいえ、今日はお嬢様にワタシのベッドに来て頂くの。こそこそと忍び込むなんて………。お嬢様、今日は隅々まで身体を洗って、ステキな下着をつけてお待ちしていますから。来ないと言われれば、実力を行使してでも着て頂きます。ジャグも待ってますからね。ね、ジャグ」
「おいらも、ロスタお姐ちゃんと寝たいよ。シュマ姐ちゃん、コレット姐ちゃんいいでしょ」
ジャグが下心がない、穢れ泣き純真な瞳でボクを見つめてきた。
「そうだね。今日はジャグと一緒に………」
と、ボクが言いかけた時、リナがジャグの背後から期待を込めた視線を送ってきた。
「リナもジャグと一緒が良いんだよね。そうだよね。昨日はシュマとコレットが一緒だったから、今日はジャグたちと一緒かな………」
リナの圧に負けました。ここで、ジャグだけと言えば、リナが絶対にご機嫌斜めになったり、哀しそうにするからボクには断ることはできなかった。
「今日は、それぞれ忙しい日だったよね。ボクたちは朝食後、商工会で仕事を探して、請けられる仕事があれば、それをこなす予定だから、ここに戻ってくるのは早くても、夕方になると思う。リナはどうするの? 」
このまま放っておいたら、いつまでもぎゃあぎゃあと騒いで何もできなくなると判断したボクは無理やりに話題を仕事に向けた。
「そうでした。あたしはこれから商品の仕入れに朝市の方を見てきます。ここの名産品なんかがあると思いますから。ジャグの商品を見る目も養いたいですからね。あたしたちは食事を済ませましたから、これから出て行きますね。返るのはお嬢様方と同じで夕方になると思います」
リナはそう言うと、背負子を背負い部屋から出て行った。ボクらはこれから朝食、そして仕事探しだ。
「人探し、配達、採取………、どれも日数がかかりそうだな」
商工会の掲示板に貼り出されている依頼表の人探しは、十数年前に別れた恋人の捜索、配達は、ボクたちが住んでいたトポリの友人あての手紙の配達、採取は、どこにでもありそうな特徴がはっきりしない薬草を植え替えられる状態での採取、しかもその薬草があるのは結構な山の中だそうで、どれも出発までに完了できそうにない仕事だった。
「お嬢様、これなんかどうでしょうか。お手当はそれなりですけど、日帰りできますよ」
シュマが掲示板に貼り出されている依頼表を指さしていた。コレッとはその依頼表を見て腕組みして考え込んでいた。
「シュマ、これ日帰りは出来るけど、1人当たりたったの中銀貨5枚だよ。普通の宿賃にもならないよ」
確かにコレットの言うように普通に宿に宿泊していれば足が出てしまう仕事だけど、今はリナの伝手があるから、その3割の料金もかかっていない。つまり、ボクたちも稼ぐことができるのだ。
「金額はちょっと、なんだけど、日帰りができるのが大きいよ。野宿とかは嫌だから」
ボクは仕事の内容をじっくりと看た。やる仕事は護衛、街を囲う城壁の外の畑での農作業中に野獣や野盗に襲われないようにすると言う奴だ。しかも、狩った獲物は狩った者に全ての権利があるとのことだし、昼食は支給される。これは結構おいしい仕事じゃなかろうかとボクは思った。
「よし、この仕事を請けよう。経験も特に問われないようだし」
ボクは早速、商工会の受付に依頼を請けるための用紙に依頼表の番号を記入して提出した。
「傭兵、ロスタ、シュマ、コレットの3名だね。この仕事は請けてが少なくてね。じゃ、すぐにこの紹介書を持って南の門に行って、門番に聞いてくれ」
受付のおじさんは紹介書にボクたちの名前と商工会が依頼したことを示すスタンプを押して、ボクたちに手渡してくれた。
「今日は3人か………。しかも嬢ちゃんたちばかり」
門番に紹介書を見せると彼は早速一人の若い農夫を連れてきて、ボクに引き合わせてくれた。彼がこの依頼の主なのだろう。そして、彼はボクたちを見てあからさまに落胆していた。
「見た目はこんなんですけど、シュマもコレットも身体能力に優れた尻尾持ちですよ。彼女らの耳と鼻は心強い味方になります」
ボクはその若い農夫にがっかりする必要はないと説明したが、彼は疑惑の視線を投げつけて来てくれた。
「畑も結構広いし、獰猛すぎるイヌとか、デカすぎるネコがウロウロしていたり、頭の部品がぶっ飛んだ傭兵崩れが出たりするが、大丈夫か? あんたらが仕事してくれないと、俺らがエライ目に合うんだ。頼むよ………、いないよりマシだと思うけどな」
若い農夫は、肩をすくめるとボクたちを畑へと案内してくれた。
「ここだ。あの森から質の悪い生物が作物や、俺たちを狙って出てくる。そいつらを仕留めてくれ。依頼にあったように毛皮も肉も、持ち物全てあんたらの物だ。頼むぜ」
彼は、もう諦めたような口調でボクたちに良く質の悪い生物が出てくる森と畑の境目を指さして教えてくれた。
彼らが働く畑は、街の門から出て徒歩30分ぐらいの、ちょっと平らな所を切り開いて造ったようで、畑と森の境目はあぜ道一本ぐらい、街道から少し入った所にあるから目立ちにくい場所にあった。
「シュマとコレットは、畑の対角で見張りをして、ボクは動きながら見張りをする。これでいいかな」
「それでいきましょう。シュマ、あっちの角に、わたしはあそこに位置するから」
コレットはボクの言葉を聞くと、シュマに持ち場を示し、それぞれの位置について周囲を警戒し始めた。
ボクは、辺りを警戒しながら畑の周りをぐるぐると歩き出した。
ただ歩いていれば、じっとしていれば、それで終わるはずだった。
現実は厳しいことをボクはすぐに思い知った。
今日は、雲一つない良い天気で、お日様の光が容赦なく降り注ぐ、非常に暑い。じりじりと身体を焼いて来る、結構ツライ。
水分補給用に水ガメが置いてあるが、生ぬるい、そして自然の要求。
屋外用のトイレがあるが、この暑さで、今まで出されたモノが凄まじい臭気を放っている。以前なら、息を止めて、ちゃっちゃとすますことができたが、今の身体は構造的にそう言う事は出来ない、用を足す準備とその後の後始末、その間ずっと臭気の中に身を置くことになる。これは、ボクより鼻の利くシュマとコレットには拷問であったに違いない。
「お嬢様、出ました」
暑さでぼーっとしかけていた時、シュマが声を上げた。ボクがシュマのいる方向を見ると、ヤマイノシシのデカいのがシュマに向かって突進していく姿が見えた。それと同時にコレットが全速力で駆けだした。彼女は全身のバネを使って駆けていた。その姿はまさしく、得物を追う猫の姿だった。
「シュマ、よけろ。正面からぶち当たるな」
ボクは大声を上げていた。その時、突進しいるヤマイノシシの動きが揺らいだ。
全速力でヤマイノシシを追いかけていたコレットがヤマイノシシの背中というか*に向けて斬気を十字型に放ったのが、見事に*辺りにさく裂したのであった。
ヤマイノシシは悲鳴のような声を上げ立ち止まり、振り向いてコレットを睨みつけた時、シュマの斬気がヤマイノシシの側頭部を貫いた。そして間髪おかず、正面、背後と2方向からシュマとコレットが駆け寄って短剣をヤマイノシシにめり込ませた。
ヤマイノシシは、悲鳴を上げるとその場に倒れ動かなくなった。
つまり、ボクが現場に到着した時には全てが終わっていたのだ。なんとも居心地が悪い。
「尻尾の姉ちゃんたち、なかなかやるねー、そのヤマイノシシの肉も皮も尻尾の姉ちゃんたちの物だぜ」
農夫のおじさんが楽しそうにシュマたちに声をかけている。ボクはと言えば彼女らから離れたところで膝に手をついて喘ぐように息をしているだけだった。この炎天下、走るだけでもダメージが入るのだ。
ボクの専属の侍女であるシュマとコレットは家事全般の他に戦い方も身につけている。普通の侍女なら、身を護る程度の戦い方を身につけている程度だけど、彼女らは騎士団員と同じように敵を斃す戦い方を身に叩き込まれている。
伯爵家で冷遇されているボクの使用人は彼女らしかいないのである。屋敷全体はザルだけど騎士団が警備している。父上や継母様、ダグはそれぞれ身辺警護の要員が常に張り付いている。ボクにはそのような配慮はされていない。だから、彼女らは自らの必要のため戦い方を覚えたのだ。勿論、ボクも非力ながら身を護り、できれば彼女らを護れるように脳筋型剣術の稽古以外に、身にあった剣術を我流で稽古していたのである。ボクに興味のない継母様たちは知り様がないと思うけど。
因みに、ブッコワース流剣術の極意は、攻撃を真正面、正中線に叩き込むことにある。そのために敵を誘導したり、牽制したりはしない。敵の攻撃は漢らしくよけることはせず、受け止めるのである。
勿論、生身で剣を受けると大怪我をするため、手甲や小型の盾で受け止めるが、父上クラスになるとを筋肉と言う鎧を全身に纏っているため、普通の斬撃は通じない、らしい。
「これ、後で血抜きしてお肉と皮にして商工会に売りに行こうか」
シュマが斃したヤマイノシシを木陰に引っ張って移動させながらコレットに提案した。
「そうすれば、今日のお手当とコレでいい感じなりそうね」
コレットが嬉しそうに仕留めた獲物を見つめている。その様子を見ながらボクはそんなに上手くいくかなと不安を感じていた。
「不思議な事もあるもんだ。大体、ヤマイノシシは暴れはするが臆病で、基本的に人のいる所に姿を見せないんだ」
ボクたちが斃したヤマイノシシを眺めながら、畑に案内した農夫のお兄さんが首を傾げていた。
「来ます。足音多数っ」
コレットがいきなり警告を発して短剣を引き抜き、先ほどヤマイノシシが飛び出てきた辺りを見つめた。
「皆さん、逃げて。ここは私たちが食い止めます。臭いからオオヤマイヌと見積もられます」
シュマも短剣を抜いて唸り声を上げると農夫たちに避難を呼びかけ、ボクに近づいてきている脅威について報告してくれた。
「撃退する。奴ら必ずリーダーがいる、ソイツを真っ先に処理する。あまり無茶するな。取りこぼしはボクが処分する」
ボクも剣を抜いて、シュマとコレットに指示を飛ばす。この辺りは、離れで独自に不審者対処の君レ銭をしていた賜物だと思う。そして、訓練と同じようにサクサクと終わってくれると期待している。
「来ました」
コレットは叫ぶと同時に飛び出てきた1頭目を伐り伏せた。図鑑以外でオオヤマイヌを見たのは初めてで、連中は大人の腰ぐらいの体高のくすんだ灰色の目つきの悪いイヌのようだった。
「行かせないっ」
シュマが飛び出てきたオオヤマイヌの1頭を斬ると、他の1頭を蹴り飛ばした。イヌは悲鳴を上げあぜ道を転がるとそのまま動かなくなった。
「犬小屋に戻れっ」
コレットは斬気を次々と飛ばして、オオヤマイヌの鼻っ面を斬り裂いていた。鼻先を斬り咲かれたオオヤマイヌは一瞬怯んだモノのそのままコレットに飛び掛かったが、彼女は華麗に彼らの攻撃を躱すと的確に頸動脈を切断した。
オオヤマイヌから噴き出した血が畑の葉物野菜の一部を染めた。
「若っ、1頭討ち漏らしました。そっちに行きます」
シュマが1頭を大地に叩きつけながら叫び声を上げた。ボクは、大口を開けて飛び掛かるオオヤマイヌに一足飛びで接近するとヤツの胴体を斬り上げた。リナが見繕ってくれた細身の剣は見事な仕事をしてくれた。力のないボクがオオヤマイヌを前と後ろに分断したのだから。
「ねぇ、シュマ、こいつら貴女の親戚でしょ。ちょっと引かせてくれないかな」
「ちょっと遠縁すぎるんですよ。誰かが盛っている臭いをだしているんじゃないのかな」
コレットが襲い掛かるオオヤマイヌの脳天に短剣を叩き込みながら軽口を叩くと、オオヤマイヌの顎を蹴り上げて首を歪にさせたシュマが軽口で返す。
「気を抜かない。でも、こいつらアホだぞ。戦力を逐次投入しているよ。ま、イヌだから仕方ないか」
ボクも軽口をたたいて彼女らを心配させないようにする。暫く、突っ込んでくるのを斬り伏せたり、突き刺したりしていると、漸くちょっと大きめのオオヤマイヌがのそりと姿を表した。
彼(何も身に纏っていないから、イヌにしては立派なモノ、ボクが失ったモノが見えた。)は牙を剥くと親しみを感じているのか、シュマに飛び掛かった。
「臭いっ」
シュマはヒルトで襲い掛かってきたリーダーのマズルを横殴りにした。殴られ横っ飛びになる彼をコレットが斬り裂くように斬りつけた。彼は横腹を深く切り裂かれ、中身をぶちまけながらあぜ道に転がった。
リーダーが転がった後、暫く無音の状態が続き、これ以上の襲撃はないことをボクたちは悟った。
「さっきのヤマイノシシは、こいつらに追われていたのか。朝はすまない、あんたらがここまで腕が立つとは思わなかったんだ」
農夫のお兄さんが部品をばらまいて横たわるオオヤマイヌたちを見て納得していた。
「何頭処理したかな………、えーと11頭か。毛皮が随分と破れているから皮としての価値は下がったかな」
ボクは処理したオオヤマイヌを数えながら皮をはぐのにどれぐらいの手間がかかるか考えていた。
「尻尾の姉ちゃん、これ使いな」
農夫のおっさんたちが皮を干すための竹竿や板を持ってきてくれた。鞣す前に乾燥させたりするのに使ってくれというこらしい。おっさんたちの目つきがアレなので、これは下心からの親切だとボクは判断すると、営業スマイルで礼を述べた。
しかし、おっさんたちの反応は薄かった。その後、シュマとコレットが顔はにっこり、尻尾で最大限の喜びを表現してお礼を言うと、おっさんたちの表情が面白いぐらいにやけた顔になっていた。
発展途上のボクの胸より、大きい胸の方がウケが良いようだ。男だったから分かるけど………。
その日はオオヤマイヌの襲撃を最後に平和に過ごすことができた。産地直送、地産地消の野菜をふんだんに使った野趣あふれる昼飯を頂き、懸命にオオヤマイヌの皮を剥いでいるボクたちを仕事を終えた農夫のおっさんたちが助けてくれた。おかげで暗くなる前に街に戻ることができた。
こういう時は、女性でいる方が便利な気がした。
ちょっと日に焼けたけど、これはこれでおいしいかも知れない、とボクは思った。