第9話 「何か大きな取引があるのかな? 」
「行商人リナとその手伝いジャグ………、間違いないな」
リナとジャグはナンガの街への入り口となる巨大な門の前にある検査所で、この街の衛士、彼らは門番から治安の維持、袖の下の受領までこなす騎士団員と言う肩書の小役人である。その彼は小役人らしい横柄な態度でリナたちの荷物と鑑札を点検していた。
ボクは彼の横柄な態度にむっとしたが、そこは一応行商人として場数をこなしてきたリナは大したもので、営業スマイルを崩すことなく彼の一挙手一投足を注意深く観察しているように見えた。
「手配書にもない、鑑札に悪行をした実績も記載されていない。よし、通れ」
衛士は尊大な態度で鑑札をリナとジャグに渡すと街に入ることを許可した。
今度は、ボクたちの番だ。
「傭兵ロスタと配下のシュマ、コレット………、最近、傭兵になったのか。その年齢で女ばかり………、大丈夫なのか? ま、いいか。鑑札に問題はない」
その衛士はボクたちの鑑札を面倒くさそうに点検すると、ボクたちの荷物をゴソゴソと点検していた彼の部下であろう若い衛士を見た。
「先ほどの商人が言った通りです。この傭兵たちは専属の護衛の任務と行商の手伝いですよ。問題ありません」
「問題のあるなしは、俺が判断する。勝手に判断するな」
ボクたちの鑑札を点検していた衛士が若い衛士を怒鳴りつけた。怒鳴りつけられた衛士は小さくなって、一言謝罪の言葉を述べた。
「よし、お前らも入っていいぞ。しかし、尻尾持ちとガキか………」
衛士はつまらなそうな顔でめ息をつくと、投げ捨てるように鑑札を返してくれた。
「どうも………」
ボクはむっとしながら鑑札を受け取ると、リナたちの後を追うようにナンガの街に入って行った。
高山地帯の貴重な平地から始まったナンガの街は、パンに生えたカビのようにじわじわと周囲を侵食して現在の大きさになった。と、言うのが一般的に信じられている所だ。
「流石、高地の街だね涼しいよ」
リナは街を吹き抜ける風に髪をなびかせながらニコニコしていた。
「涼しいね」
「黒は熱を吸うから、暑くてきつかったけど、ここは気持ちいいよ。シュマは今まで良く我慢できたね心身とも繊細な私は、辛いし、舌を出して粗い息をするわけにもいかないからね」
リナとコレットも身体全身の毛を涼やかな風に撫でられた上機嫌になっていた。コレットに至っては、黒くなったおかげで、暑さがきつく感じられるのか、少々疲れて見えた。この風は毛皮を着こんでいないボクにも心地よく、ジャグの表情も軽やかに感じられた。
「お嬢様、これからの行動ですが。私とジャグは、商工会に行って、まずは商人宿を確保します。そこには、身体を洗ったり洗濯できる設備があって、商工会に加入していると割安で宿泊できるんです。傭兵だけでは利用できませんが、専属契約している傭兵なら利用できます。問題なければ、ご一緒にいかがですか」
「おいらもちゃんと商工会に入会してるんだよ」
リナの言葉を受けてジャグが誇らしげに胸を張った。
「路銀は節約したいし、リナたちに何かあってもいけないから、一緒に泊まることができたら嬉しいな」
ボクはリナへの感謝を込めて、とびっきりの笑顔、この姿になってから人知れず訓練してきたヤツを披露した。
「うわっ、若………、お嬢様、感謝します」
ボクは自分の笑顔はそれなりの効果があることをリナの表情から読み取って少しばかり、この身体になって良かったと思った。
「お嬢様ー、ステキですよー」
「どこまでも憑いて行きますー」
ボクのスマイルは、標的としたリナだけでなく、シュマとコレットにも効果があったようで、2頭の猛獣にもみくちゃにされてしまった。
「お嬢様、その笑顔、あたしらに使ったから良かったモノの、その辺りの男どもに使ったら、大変な事になりますからね。ご注意ください」
リナは心配そうにボクを見つめると忠告をくれた。確かにリナの言う事には一理ある。実際、鏡を見ながら訓練していて、何度自分に惚れそうになったことか。この事は口が裂けても言う事は出来ないけど。
「前の宿よりシーツもきれいだし、部屋も大きいし、変な臭いもしない」
シュマは床に荷物を降ろすと、ぐっと身体を伸ばして辺りの臭いを拾ってにっこりした。
「商人宿の品質はその街の商工会の信用に繋がりますからね。汚い商人宿、やたら高値の商人宿は、その街の商工会が信用できない証拠とされます。お嬢様も傭兵ではなく、行商人になられればいいのに」
リナはどうもボクを商売のパートナーとしたいみたいだけど、傭兵から転職するつもりはない、何故なら、ボクの内なる益荒男が冒険を求めているからだ。これは、男子として譲れない。
「傭兵の方が動きやすいと思うんだ、じゃなくて、思うの」
「言葉を随分と意識されるようになられましたね。この調子ですよ」
リナがボクのちょっとした努力を認めてにっこりとしてくれた。この笑みは万の誉め言葉よりボクを奮い立たせてくれた。
「リナが何かいいとこ取りしてる」
シュマが自分の存在を忘れるなとばかりに、ボクとリナの間に無理やり割り込んできた。
「あたしは、ちゃんとロスタ様を見ているからね。ベタベタするだけじゃダメなんだよ」
リナの言葉にシュマが言葉を失った。そして、しゅんとなって今までご機嫌に振られていた尻尾の動きがピタリと止まってしまった。
「リナが言った通りだったよ。大きなお風呂があるよ。入れるのはもう少し後になりそうだけど」
沈んでいるシュマとは正反対にコレットが元気よく部屋に入ってきて、お風呂があることを嬉しそうに話し出した。
猫って普通は濡れるのを嫌がると思うんだけど、獣人は違うみたいだ。
「あたしは、ちょっと商工会に顔を出して、薬草の買い取りの商談をしてきます」
リナはボクたちが休憩しているのを見るとそう言って部屋から出て行った。
「わ、わ、若様ーっ、聞いて下さい。あの薬草が売れて、なんと小金貨3枚分の儲けですよ。今、薬草が不足していて高騰しているってことと、あの薬草の質が良かったからですよ。普通なら小金貨1枚程度なのに」
暫くして、商談から戻ってきたリナはすっかり舞い上がっていた。彼女の商売がうまくいって何よりで、ボクも嬉しかった。
「これで、今夜はあたしの奢りでぱーっと食べに行きましょう」
リナは財布から大銀貨を数枚取り出した。それを見たシュマとコレットの目の色が変わった。
「やっぱりお肉ですよ」
「お魚も捨てがたい」
シュマとコレットが食べ物について盛り上がった。そんな2人の横でジャグがいい商売をしたリナに飛びついていた。
「リナ姐ちゃん、良かったね。おいらもそれぐらい儲けられるようになりたいな」
「ジャグが頑張ってくれているから、売り上げが順調なんだよ。そのおかげで薬草を仕入れることができたんだ。この儲けはジャグの働きのおかげだよ」
リナはそう言うと、しっかりとジャグを抱きしめた。
リナとジャグの関係は店主と従業員と言うより、姉妹の関係に近いようにボクには見えた。
「ジャグも商人らしくなってきたよね。最初の頃はリナの商品を狙っているように見えたぐらいだったもんね」
「ロスタ姐ちゃん、それは酷いよ。おいら、イメージチェンジしているんだよ。だからさ、今のおいらはロスタ姐ちゃんより、女の子っぽいよ」
ボクはジャグの言葉に頷いた。
確かに彼女は変わった。
リナに引き取られた頃のジャグは薄汚れて、髪もボサボサで痩せていた。
今だから言うけどちょっと異臭もしていたぐらいで、男の子とか女の子とか、それ以前の話だった。
それが、時間と共に着ているものも小奇麗になって、髪もそれなりにまとめて、異臭もしなくなってきた。だけど、ボクはつい最近までジャグが女の子だとは思っていなかった。それがバレたせいで、ボクがジャグを女の子だと知った時から、スカートをはいたり、リボンをつけたりと女の子らしくなってきている。確実に、ボクより女の子っぽい、と言うか最初からそうだったから、ボクなんか彼女の足元にも及ばないのだけどね。なんせ、今まで積み重ねてきたキャリアが全く違うのだから。
「そろそろお風呂が沸く頃ですよ」
妙にお風呂好きな猫がそわそわしてボクたちに入浴しようと誘ってきた。
「そうだね。君らが先に………、………だよね」
ボクは、もう諦めの境地に至っていた。それに、何回か体験すると慣れるものだ。慣れと共に益荒男が小さくなっている気がするけど、きっと気のせいだと思う事にしている。
「読みが甘かった」
まず、脱衣場でボクは自分の考えが浅く、甘いモノであることを痛感していた。
脱衣場で、ボクは既に何人かが入浴していることを悟った。つまり、いつもの毛むくじゃらトリオとお子様以外の女性が一糸まとわずに中に居るのである。
健全な男子なら、一度は夢見たかもしれないシチュエーションである。しかし、ああいうモノは妄想の中にあるから輝くモノであって、現実で、しかも隠れもせず堂々と浴場に入るという行為は、今の姿がどうであれ、犯罪行為に思われ、穏やかな気分ではいられなかった。
サックの温泉では、そこまで気を回す余裕がなかったから、これはボクが成長したと言う事になるのではなかろうか。
「お嬢様、洗って差し上げますので、どうぞこちらへ」
浴場に入るとシュマとコレットがタオルだとかブラシだとかを手にしてニコニコして、襲い掛かってきた。
ボクは助けを求めるようにリナを見ると、彼女はジャグを洗おうとしていて、意識的に僕と視線を合わさいようにして、騒ぎに巻き込まれまいとしているように思えた。
「あらあら、随分と仲の良い主従ね」
湯気の向こうからちょっと間延びしたような女性の声がした。
「? 」
ボクはその方向を見ると、栗色の髪をまとめ、ゆったりと湯船に浸かっている20年程前の娘さんがいた。
「どこの商家のお嬢様かしら? 」
彼女は嫌味などではなく、純粋に好奇心から尋ねてきていることが分かった。
「ドリスコル商会のネル様! あたしは、行商人のリナ、これらの者は手伝いや、専属の傭兵です」
ボクが反応するより早くリナがその声の主を確認して驚きの声を上げると、噛みそうになりながら自己紹介した。
「あらあら、尻尾のお嬢さん、そんなに畏まらなくてもいいのよ。お風呂では皆なにも着ていない、来ていても天然の毛皮だけ、肩書も何もない。………、それとね、尻尾のお嬢さん、こんな所で相手を特定するような事を言うと、言われた相手が危険な目にあうこともあるってこと、覚えておいてね。さ、ラス、のぼせないうちに上がりましょう」
ラスと呼ばれた娘は、ネルさんの20年前の姿があった。今の姿も魅力的だが、20年前の姿はさらに魅力的だった。
「まだ、1人で身体も洗えないの? 侍女に全て任せっきりって、恥ずかしくないの? 」
ラスはボクを仁王立ちで見て、鼻先で呆れたように笑ってくれた。
「お嬢様は、このような事にまだお慣れになっておられないんですよ」
「キャリアが全然足りないから仕方ないんです」
シュマとコレットが庇っているようで、ボクの傷口に塩を塗り込むような所業してくれた。
「慣れてないとか、キャリアが足りないとか、何言ってるの? 」
ラスはボクを見下ろして、口元に蔑みの笑みを浮かべていた。
「ラスさんですね。ボクは、傭兵のロスタです。ラスさんみたいな素敵なお姉さまからすれば、まだまだお子様ですから」
「え? 」
彼女はてっきりボクが反論するかと思っただろうけど、こっちは下手に出て、お姉さまになってもらおうと判断したのだ。
この手のキャラクターは敵に回すと面倒くさいだけだと思ったからね。
それと良く分からないけど、ドリスコル商会って耳にしたことはあるし、そこのエライさんの縁者なら親しくなっていても損はないと考えたのだ。
目の前でステキな身体を拝見させていただいたので、ボクの中の益荒男もご機嫌だったことも原因の一つだった。でも、これは口が裂けても言えないことだ。
「………素直な事は良いことですわ。精々頑張って、貴女の侍女たちが仕えていて恥ずかしくないお嬢さんになることね」
彼女は何とか持ち直して、鼻先で笑うとさっさと浴場から出て行った。
「ドリスコル商会って、すごいの?」
ネルさんの姿が見えなくなったのを確認したシュマがそっとリナに尋ねた。これはボクも聞きたかったことだ。
「ブッコワース伯爵領を中心に大きな街には必ず支店を持つ大商人ですよ。そして、さっきのネル様は、商会の会頭なんですよ。あのような方がこんな所にいるなんて………」
リナはそう言うと首を傾げて考え込んだ。
「何か大きな取引があるのかな? 」
「そうですね。外に食事に出た時、情報を集めます。その時は、協力お願いしますね」
ボクはコレットに髪を洗われながらリナに言うと、彼女はボクたちに聞き込みをお願いしてきた。
ボクに一生童貞という重い十字架を背負わしてくれたけど、何かと世話になっているから断る理由もないし、そのお願いを聞くことにした。
「ナンガは何が名物なんでしょうかね? 」
ウキウキした様子でシュマがボクに尋ねてきたけど、残念ながらその問いかけに答えることができなかった。
ボクと言えば伯爵家の長男なのではあるが、屋敷の周辺から出たことがなく、割と近くのナンガの街にも行ったことがなかった。
父上に直訴したけど、遠出する暇があれば筋トレしろ、と言われて却下される、の繰り返しだった。。
「シュマ、私たちずっとお館とその周辺から遠出しなかったでしょ。遠いところの話は書物か、リナから聞いたぐらいしか耳に入らなかったでしょ」
コレットは呆れたように言うと、ボクを見て「ちゃんとフォローしたから誉めて」と言うような目でじっと見つめてきた。
だから、ボクはヨシヨシと彼女の頭を撫でてやった。それが嬉しかったのかコレットは目を細めて喉を鳴らした。
猫族も喉を鳴らすんだよね。これは獣人の礼儀的にどうなのか、ボクはちょっと考えてしまった。
「この辺りは、川魚と葉物と根菜、そして羊ね。それらを使った料理になると思うけど。お店に入ってから決めようよ」
リナは楽しそうに、宿の近くにある商店街をボクたちの先頭に立ってを先導してくれた。彼女が目的地をしっかりと定めているのかは分からないけど。
「ここがなんか良さげです」
リナが入ろうと言った店は、中から喧騒が聞こえてきた。その音を聞いたボクたちは眉をひそめた。
「こういう所の方が安くて、情報も手に入りやすいんですよ」
彼女はそう言うと、さっさと店の中に入って行った。ボクたちは互いに顔を見合って中に入った。
「何名? 」
店に入ると店員らしきドワーフ族の女性が尋ねてきた。リナは彼女にさっと片手を見せた。
「5名ね。じゃ、こっち」
彼女はぶっきらぼうにボクたちを奥の方のテーブルに案内してくれた。
個人的な感想だけど、接客業ならもっと笑顔があっても良いと思うんだけど。
「ごばっ」
いきなり、彼女の横から悲鳴とも呻きともつかぬ声が上がった。
「何度言わせりゃ気が済むんだい。触るなら、銭を出してからだって」
さっきの音は、彼女に不埒を働こうした者が、彼女に成敗された男の断末魔だった。
「嬢ちゃんたちも気を付けな。ここにいる野郎どもはさかり付きのサルより性質が悪いからね。触ってきたら問答無用で成敗しても誰も咎めないよ。で、注文は何だい? 」
ボクは彼女が何故、ぶっきらぼうにしているか分かった。ここでニコニコ愛想よくしていたら、何をされるか分かったものじゃない、男は常に内なる益荒男に操られているようなものだから。この事は、体験的に知っている。そして、これからは他人の益荒男の危険に身をさらす事になることを自覚した。
鳥肌が立った。内なる益荒男についてはここにいる誰よりも知っていたから。
「そうね、果実酒1本と、それに合うお料理、お肉とお魚が入っているのを、まだ小さな子がいるから、この子も食べられるようなモノとジュースをお願い」
リナはジャグの頭を撫でて、手慣れた様子で注文した。ボクはそれを見て思わずカッコイイと思ってしまった。何か、大人っぽいし。
最初に合った時はとてもじゃないけどそうは見えなかった。
あれは、母様が亡くなった年の秋だった。
その頃既に、ボクはいないモノとして扱われていたボクは既に離れで生活していた。
「誰? 」
シュマとコレットと一緒に夕食を楽しんでいると、いきなりコレットが立ち上がって声を張り上げると、牙を剥き、爪を出した。
「見つかった………」
小さな声が聞こえたと思うと、厨房にある食品の木箱の影から人影フラリと現れた。
「何者っ」
シュマがナイフを構えるとその影に向かって牙を剥いた。その横でコレットがシャーっと唸り声をあげていた。
「戦う気なんてもうないよ。好きにしていいよ」
そう言いながら現れたのは、全てを諦めたようなシュマやコレットより少し年上にみえる狐族の少女だった。
「では、ここで捕えて、母屋に突き出しましょう」
「侵入者を捕まえたことで、若様の株も上がりますよ」
コレットとシュマが殺る気満々でその少女を見つめていた。その殺気に少女は全てを諦めた上に絶望まで味わっているようだった。
「ステイ、ステイ。落ち着け。牙と爪を納めよ。突き出すことはいつでもできる」
とりあえずボクは2匹を落ち着かせて少女に対面した。
「何故ここにいる? 何が目的だ? 」
ボクはシュマとコレットを後ろに立たせ、出来るだけ威厳があるように見せながら彼女に尋ねた。
「お金………、お金が必要なんです」
狐族の少女はぺたんと床に座り込むと、俯いたまま絞り出すように彼女がここに来た目的を話し出した。
「あたしがお世話になった孤児院が………、寄付金が減って。ここで、一番のお金持ちと言えば………」
成程、運営の厳しい施設に恩返しするために盗みに入ったようだ。彼女か嘘をついている世にも見えなかったのでボクはそのまま彼女の言葉を聞いた。
「食べ物の値段は上がるし、建物は痛むし、子供たちに服も………」
「それで、ここに忍び込んだってことだね」
ボクが尋ねると彼女はコクンと頷いた。
「何を盗んだのですか」
コレットが厳しい口調で尋ねると彼女は首を振り、一気に話し出した。
「何も盗ってないよ。最初に忍び込んだのがここなんだから、何よここ、使用人の家かなと思ったけど。違うよね。使用人に仕える使用人なんていないし。何なのよ」
「確認もせずに忍び込んだのか? どうやって忍び込んだかは知らないけど、ここは、ブッコワース家嫡男のシドレ・ブッコワースの住まいだ。そして、僕がそのシドレだ」
ボクは彼女が委縮しない様に出来るだけ優しく話しかけた。
彼女はボクの正体を知ってか目を見開いてポカンとしていた。
「………忍び込むのは難しくなかった。衛兵たちは皆、腕立て伏せしていたし、巡視も凄い速度で走り回っているだけだし………。それで、あたしをどうするの? 」
少女はもう開き直っているようだった。この切り替えの早さは素晴らしいとさえ思った。
それと、同時に我が屋敷の警備について致命的な欠陥が存在していることも知らされた。
「うーん、このまま突き出しても彼らは何をしていいのか分からないと思う。その場合、多分3日ほど腕立て伏せやら腹筋させられると思うよ。下手すると面倒くさいから死刑にするかも。これ冗談じゃないから、あの連中ならするから」
ボクが彼女に説明するとシュマとコレットも納得したように頷いていた。ボクの言ったことは決して誇張でも盛ったものでもない。ここでは現実なんだ。
「………貴女のお仕事は何なのですか。盗賊ですか? 」
腕組みしたシュマが少女をじっと見つめて尋ねた。
「こう見えても、あたしは商人なのよ。今はまだ、そんなに儲けられないけど」
ボクはその言葉を聞いて何か閃いた。外との繋がり、情報、いざとなった時の脱出のための協力者の獲得、ここで彼女を只で逃すのは勿体なさすぎる。
「そうか、商人か。それなら、僕の所に定期的に商売に来てくれないかな。商品は特に指定しないけど、シュマとコレットが喜びそうなものだったら歓迎する。それと、態々、ここまで来て商売してくれるんだ。出張費もだそう。いいかな」
ボクはそう言うと彼女に手を差し出した。彼女はボクの申し出に驚いていたようだけど、納得してボクの手を握ってくれた。
「契約完了、あたしはリナって言います。若様、これからも御贔屓に」
これが、大まかなボクたちとリナとの出会いだった。確認はしていないけど、リナの中ではその事は随分と美化されているみたいだけど、実害がないのでそのままにしている。
「お嬢様、料理が来ましたよ。シュマとコレットのリクエストのとおり、お肉とお魚だよ。お行儀よくだよ。がっついたらロスタお嬢様の恥になるからね」
湯気を上げた料理が運ばれ、野生の目つきになっているシュマとコレットにリナが注意を促した。
「それぐらい、分かってます」
シュマがぷーっと膨れた。ふっくらしたシュマが膨れるとこれで耳が立っていれば白熊みたいに見えたけど、言わないことにする。
「お嬢様の分、取り分けますね」
コレットが小皿を手にして、ボクの分を早速取り分けてくれた。それを見たシュマが果実酒をボクのコップに注ごうとした。
「ボクはお酒には弱いの。だから、それはリナたちで楽しんで」
ボクはシュマを傷つけないようにやんわりと断ると、彼女はそっと果実酒の瓶を置くとジュースをたっぷりと注いでくれた。
「………ドリスコル商会がナンガの街で大きなことをしようとしているらしいぜ」
「それ聞いた、物を売るという話でもないらしい………」
ボクたちが食事を楽しみだした時、ふと周りから興味深い話が聞こえてきた。
これが、リナが言っていた、情報が手に入る、と言う事なんだとボクは悟った。
こういう時のリナはカッコいいと思った。でも、口にするとのぼせるから、これも黙っておくことにした。