「顔、売りませんか」
「顔、売りませんか」
ゼミのサークルの飲み会帰り道、きれいな女性が話しかけてきた。けどこんな夜遅くに同姓とはいえ赤の他人に急に言われたらとても不気味で気味が悪い。
「あの、何ですか?」
少しイラつきも合った、私は余り恵まれた容姿でもなくそのせいで苦労もした。そして頑張って入った学校でも容姿のせいか話しかけられることもなく。恋人や友人ができるかもと思って入ったサークルでも浮いた存在の私を馬鹿にしているようにも感じたからだ。
「顔、売っていただけませんか」
少し丁寧な言い方に変えたようだがそんなの関係ない、そもそもそんなにきれいな顔なら十分じゃないの。私の顔の何が欲しいというのだろうか。
「すみません、急いでいるので」
予定も何もないのにかかわらず嫌気がさして踵を返し歩き出そうとすると、彼女は話し始めた。
「すみません、偶然先ほどの居酒屋でお見掛けしまして。……あまり楽しそうには見えず解決する手助けができるかと思って……」
何なんださっきからこの女は。突然意味の分からないことを言い出したかと思うと、勝手にあの飲み会の様子での私を馬鹿にして。
「ええ!そうですよ!それが何!?」
怒りで彼女に近づいて言い放つ、近くで見るとますますわかるのがこの女の美しさだ。白くてシミのない肌に大きな目、長く黒いきれいな髪はいったい何人の男を魅了してきたのだろうか。こんな女に私のつらさの何が分かるというのだろうか。
「ごめんなさい、貴方を怒らせるつもりでは無くて」
「私も、昔顔を売って今の顔を手に入れました。貴方の悩み解決できるかもしれませんよ」
馬鹿馬鹿しい誘い文句だったが、容姿に苦しみ私にとってそれは殺し文句でもあった。
近くのファミレスに案内されて付いて行き話を聞くことにした。私自身なんと馬鹿なのだと感じたがそれでもどうしても気になった。
「で、どういう事なの?」
「はい、私もとある方に『顔を売らないか』と持ち掛けられこの容姿を手に入れたんです」
「……どうやって?整形?」
「いえ、私の顔を触っていただいてこの顔が欲しいと思っていただいたらその瞬間、私とあなたの顔、顔だけでなく全てが入れ変わります」
「はぁ?そんなこと起きる訳ないでしょ」
馬鹿らしくなって鞄を持ち帰ろうと立ち上がる。無駄な話に時間を割いてしまった、この女はどうやら頭がおかしいようだ。このまま私に執着するようになったら面倒だ。
そう思い立ち去ろうとすると女は鞄から何か塊を取り出しテーブルに置いた。
「200万あります」
それは札束だった、突然現れた札束に私は驚き動きを止めた。
「200万、もちろん本物です。このお金で貴方の顔を買い取らせてください」
この女が言ってることが妄想ならとても危険な人だが、200万という金を見て何故だか妄想ではないような気がしだす。
「こんなところでそんなの出すのやめなさいよ…」
「すみません…」
女はゆっくりと札束を取ると鞄にしまった。
「顔と体を入れ替えるなんて、もし本当なら私は別人じゃない」
「はい、別人になっていただきます。私も経験があるのでわかりますが顔を入れ替えると、もともとの私の知識の一部もあなたに移ります」
「どういう事?」
「そうですね、私は余り頭がよくはないですが。男性が喜ぶしぐさや、男の人が好む化粧の仕方などは詳しい自信があります」
「それがこっちに移るってこと?」
「はい」
なんだか癪に障る知識ではあるが、私は大学で生活してその知識の強さを身をもって知っていたので魅力的なモノではあった。
「私の場合は?」
「貴方はあの大学に所属している時点で多くの知識を持っていると考えています。私も知識が欲しいのです」
なるほど、自分が頭の悪いことや学歴がコンプレックスだったのねこの女は。ならちょうど良いじゃないの私はそんなもの今となっては価値があるとは思えない。
対して頭がよくもないのに、見た目だけで金持ちと結婚して楽な生活をしている女を腐るほど見てきた私からしたら私には大学に行くための知識なんて物は今ではたいして大事とも思わない。
「いいわ。交換してあげる」
「ありがとうございます」
そもそも彼女の言っていることが本当かもわからないが試してみるのもいいかもしれない。それに彼女のいう事は変な説得力があった。
「私と入れ変わったらもうあなたは自分の人生をを歩めなくなりますがよろしいですか?」
「家族や今までの人間関係は全て切れ、今後は私として生きていくことになるのですから」
無駄な忠告だと思った。こんな見た目に産んだ両親を感謝していないし、私は人の繋がりなんてもともと希薄だ。
「ええ、いいわ」
私は彼女の顔を手で触り目を閉じながら、この顔が欲しい。と、強く願った。
何も変化がないと思いながらゆっくりと目を開けると、目の前には私がいた。
「えっ…あっ…あっ…」
驚き慌てていると私だった者は
「ありがとうございます」
私がそう深く頭を下げ出て行ったが、驚きで動くことが出来ず唯々その様子を眺めていた。どれくらいか時間が経ち200万円の事を思い出した。
「あっ…お金…」
今更気が付いてあたりを見ようとすると服装や持ち物まで入れ替わっていることに気が付いた。バッグには先ほど見せてくれた200万円が入っている。
「なんか、あんまり『もらった』って感じじゃないけどまあいいわ」
私はお金よりもこの素晴らしい見た目を手に入れたことで頭がいっぱいになっていた。財布の中にある免許書で彼女の情報を探す名前は『加藤 玲奈らしい。可愛らしく昔の私なら鼻について嫌っているような名前だったが今の私はとても気に入った。
その後の私の人生は180度変わった。最初は慣れなかったが道を歩く男が振り返るのは気分が良かったし、バイトなんかしなくてもスマホを使っておじさんたちに会いお金をもらう生活で、優雅な暮らしを実現することが出来た。
化粧の価値も再認識した。世の見た目に嘆いている女性はそういった気配りができないからダメなのだ。今昔の私のような女性を見たら間違いなく小ばかにするだろう。
「やあ彼女かわいいね」
今日も道で話しかけられる、今までそんなことに無縁だった私だが今では日常茶飯事だ。まったく鬱陶しいわね。
新作のワンピースにバッグ。今までは『高いから』と言い訳をしながら『私がそんなものを買っても』なんてネガティブなことを思い遠慮していたけど、今ではもうそんな事をする必要なんてない。
けど最近物を買うときの計算が出来なくなってきた気はする。以前に比べて物事を考える能力は減ったと思うし、ニュースの人が喋る経済やら政治やらも理解が出来なくなった。
でもそれでもいい。昔の私は確かに賢かったかもしれないが今のほうが圧倒的に幸せだ。気づけば高いマンションに住みキラキラとしたものに囲まれて生きている、なんて素敵なのかしら。
そして、昔の私には想像もできないとてもカッコイイ男性とお付き合いすることが出来た。お金とか学歴だなんて関係ない、この人の顔だけでもなく優しくて気遣いができるところをとても愛している。
けど、かわいそうな人でもあった。こんな頑張っているのに立ち上げた会社で大きな損害が出たらしい。色々話をしてくれたけどお金さえあれば元に戻るという事で、私の持っているお金を全部あげようと思った。
しかし不思議と彼女にもらった200万円は渡す気になれず、それだけ残し後の貯金は全て渡した。
しばらくすると会社の経営が元に戻ったらしい。そして大きな取引のためにお金がさらに必要だと言った。彼の話によると2倍にして返せるとの事だったから私は色々な場所に借金をしてお金をあげた。
そのあとすぐ、彼は消えた。大きな借金だけ残って。借金取りが押しよせ私で金に変えるために夜の仕事をさせるつもりだった。この美貌はそのために培ったものではないのに。けど私は大したスキルも持ち合わせていないため、それ以外の仕事は出来そうにもなかった。
マンションも車も売りそれでも残った物は借金取りの言う通りに夜の仕事をした。返し終わるころには心はぼろぼろで何のためにこの美貌を手に入れたのか分からなくなっていた。
昔の私ならあの男の話に騙されなかったのだろうかと考える。彼の会社の話は正直今の私にはよくわからず、それなのにお金を出した馬鹿さ加減にあきれた。すべて失って残ったのは顔を変えるときにもらったバックだけだった。
そんなときに私の心に出てきたのは情けない話両親の顔だった。今ならわかる、高い学費を出して愛する私に尽くしてくれた。両親に会いたい、私を顔で見るのではなく愛してくれた家族に会いたかった。
懐かしい実家に帰ると明かりがついており、涙が出そうになる。震える指で呼び鈴を鳴らすと
「はい」
出てきたのは私だった。
「あ……あの……あっ……」
思いもよらず口ごもり狼狽えていると、昔の私が『ニッ』と口角を上げて見下すようにこちらを見てきた。
「久しぶりね、けどもう駄目よ。ここは私の場所になったから」
奥から昔の私の名を呼ぶ声が聞こえる。懐かしい声に飛び出し『私よ!』と叫び両親を抱きしめたい欲求が胸の底から湧くが動かなかった。
その声は明らかに私ではなく目の前の彼女に向けられていた。
「私就職したの。中々いいところよ。今日は家族で就職祝いのパーティーしてたところ」
「ごめんなさいね。けどわかるでしょ」
彼女は諭すように私に言う、もはや私に帰る場所などないのだ。ゆっくりと彼女は扉を閉めた。その後家族の楽しそうな声が一層大きくなりいたたまれなくなり家をあとにした。
肩を落として歩き続ける。お酒を飲みたかった。適当に近くにあったチェーン店の居酒屋に入ると、中で何やら大学生のグループが騒いでいるがどうでもよかった。
しばらく飲んでいるとグループ内に昔の私のように誰にも相手をされず、つまらなさそうにしている女を見つけた。その時すべてを理解した。なぜ私が顔を売られたのかという事が。
グループが解散したところで女の跡をつける。すべて失ったが私のバックには200万だけ入っている。
貴方苦しいでしょ。今の顔を変えたいでしょ。不思議と優しくも残酷な気持ちで私の心は満たされていた。
「顔、売りませんか」
長々と駄文を読んでいただきありがとうございました!