表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

第一章:第八話


 ◇ ◇ ◇


「う、ぉぉ……」

 俺が叔父さんの家に着くと、目に映ったのは身に覚えの無い門扉だった。

 今までよりイカつく、大きく。魂の情報を読み取る高価な最新式の門扉だ。

 扉は開けっぱなしか……最新式の意味が無いだろうに。実にアカネさんらしい。

「アカネさーん、どこだーい! 入るよぉー?」

 CLOSE……閉店中と翻訳された、見知らぬ文字の看板を無視して敷地に入る。

 だが敷地の風景も、前と比べて変わっていた。

「うおぉ、どこの豪邸だよ。叔父さんの家が余計みすぼらしく見える」

 素朴な芝生は消えて玉砂利が敷き詰められ、大型機械用の舗装がされている。

 花壇には見知らぬ観葉植物が並んでいるが、庭師でも雇ったのだろうか?

「んもぉ、せめて言ってくれよぉ。いや言ってたっけ」

 ガレージまで辿り着いたが、そこでも驚かされた。

 面積が二倍以上になっていて、構造も変わっている!?

 そして入口のシャッターには、ゴーレムのキーパー君……と思われるナニかがいた。

「やぁキーパー君……んん?」

 俺が挨拶すると、彼も手を振り返す。

 こんな複雑な行動パターンは記憶に無い。

「アカネさんが改造したのかい? 良い体だね」

 嘗ては二足二手の寸胴ゴーレムだった癖に、随分と贅沢な装備もしていた。

 補助アームが二組に、蜘蛛の様な複脚。肩や足周りには追加装甲まで着いている。

 マナの濃度は軍用とまでは行かないが、大企業の警備ゴーレムに匹敵するかもしれない。

「お疲れ様。アカネさんに会いたいから通らせてね」

『ピギ、ピギュ……プチ』

 俺が感心しながらガレージに近づくと、キーパー君が異音を鳴らして通せんぼする。

「俺を侵入者と勘違いしてない? 元々の警備モードはこんなもんだっけ」

 俺は右腕をだらりと下げ、指先をピンと張る。

 するとキーパー君の動きが、滑らかに変わった。

「おぉ戦うつもりか。ちっと感度良すぎるぞ?」

 俺が苦笑いした時、庭に探していた声が木霊した。

『やぁ、大屋君。来てくれて良かったよ、どうしたんだい?』

 耳元で聞こえる輪唱する声。通信魔術式の反響だ。

 音の発生源はガレージ入口に設置されたメディアチューナーだろう。

「どうしたも、こうしたも。メディアチューナーを聞いたんだ」

『あのラジオか。勘違いしないでくれよ大家君。アレはボクの好意だ』

「好意……?」

『性愛的だったり、短絡的ないし刹那的な快楽を追求した様な動物的本能ではなく、親愛と言うべきだろうか。家族や友人に向ける純粋なプラス感情であって……』

「話の腰を折る天才かよ」

 彼女の説明はまだ続きそうだ。俺は話を区切って本題に戻す。

「ガレージに居るんだろ? 出ておいでっ!」

『いや、それはできない』

「はぁ? 怒って無いからガレージから出てきてくれよ」

『何度も言わせないでくれ大家君。今は出れないんだ』

「……何で?」

 アカネさんの声がワントーン下がる。

 俺は彼女の憂いの感情を、メディアチューナー越しに感じた。

『そもそもボクがお金儲けを始めた理由は分かるかい?』

「趣味?」

 めっちゃ生き生きしてたよね?

『正直に言うとそうだが、違うって言っとく』

 だろうね。間違い無く趣味だったもん。

『僕がお金儲けを始めたのは簡単な事だ……元の世界に帰る為さ』

「そりゃ、家に帰りたいよね」

『当然さ! この世界は悪い世界じゃない、良い世界だよ。でも良すぎる』

「なら。ずっとココにいたら?」

『僕はこの世界に居ると、地球に帰りたく無くなる……って不安になるんだよ』

「ほーん。その位良いなら、ずっとここにいたら?」

『君のそういう脳天気な所が、好きだけど嫌いだよ』

 ごめんなさいね。単純で。

 何はともあれアカネさんは、元の世界に帰る為に金策をしていたのか。

 だがソレが何で、科学技術を使ってメディアに出たんだ?

『僕は天才だよ? 材料さえあれば科学製品は何でも作れる』

 話半分に聞いていたが、要約すればこうだ。

 アカネさんの頭には、元の世界にある科学機械の設計図が全部入っている。

 だから図面を業者に渡せば、機械を作れるし故郷に帰れた。

 必要なのはコネ。金銭。人手だけだが……。

『お礼がまだだったからね、受け取ってくれ大家君。僕からのお礼だ』

 俺はこの時点で、話が長すぎてガレージに強行突破する事を決めた。

 俺はガレージが開くと同時に駆け出す。キーパー君も俺を迎撃する。

 彼の油圧で強化された脚力が庭を踏み砕き、四つの腕が俺に狙いを定めた!

「邪魔だってぇ、ったく!」

 すれ違い様に……俺は左手で油圧管を引き千切り、右腕で鉄の頭を握り潰す!

 そのまま布を振り回す様に、キーパー君を地面に叩きつけて粉砕する。

 鉄製の重量物が地面に叩きつけられ、勢いを殺しきれずに跳ね上がった!

『大家君っ! 凄い音してるけど大丈夫っ!?』

「あぁ大丈夫だよ。ごめんね、機械を一つ壊しちゃった」

 アカネさんはガレージが開く音で、上手く聞き取れなかった様だ。

 そして俺の足元では、半壊したキーパー君がまだ動こうとしている。

「後で直すから大人しくしてくれ」

 俺は彼を蹴り飛ばし、生垣に埋め込ませる。

 視線を戻すと……ガレージにはアカネさん曰く、科学機械が詰まっていた。

「……何これ?」

「放送は聞いてただろ? これが科学製品と設計図だよっ!」

 向日葵みたいな形で、ヘリコプターの刃が着いてる変なの。

 四角い枠の中にガラスがハマった、姿鏡みたいな変なの。

 梨みたいな形の硝子やら、ドラム缶にチューブの着いた機械やら……。

「言葉を変えるわ。何やってるの?」

「君へのプレゼントさ! 大発明の数々だ」

 違う。それは一旦置いといても良い。もっと重要な事がある。

 俺はガレージの中央に鎮座する物体に絶句した。

「……」

「お金にするなり、社会の役に立てるなり。好きにすると良い」

「ごめん、それどころじゃない」

 アカネさんが楕円形にヒレを生やした装置の中に乗っている。

 装置には円形硝子の窓がついており、そこから覗く彼女の顔は憂いを帯びていた。

 俺はアカネさんを刺激しない様に、丁寧さを心がけて話かける。

「アカネさん。そこから出てこよう、ね? 良い子だから……」

「止めないでくれ大家君。寂しいのがお互い様さ」

 彼女の手には見覚えのあるスイッチが握られていた。魔道具の起動スイッチだ……。

 俺はゆっくり近づくが、感極まるアカネさんは話を聞かない。

「僕はもう行く!! すぐに帰って来るからぁ!!」

「……っ!」

 アカネさんが覚悟を決めた声を発して、目を強く瞑った。

 マズイっ。スイッチを押させる訳には―――っ!

 駆け出す俺を無視して装置は起動し、膨大な熱量と閃光がガレージ全体に溢れ出す。

 爆発したのだ。機械なんてモノを起動させたから。


 ◇ ◇ ◇


 俺は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、アカネさん共々庭に倒れている。

 濛々と立ちこめる煙が俺達に絡みつき周囲が見えない。

 オマケに触覚・聴覚・嗅覚が、爆音と閃光でイカれている。三半規管もだ。

 視界は船上の如く揺れ、周囲の焦げる匂いで不快感が際立つ。

 数分が経ち、視界と聴覚が回復してきた頃……懐から声が聞こえた。

「な……何が」

「電気機械の爆発だよ」

 消えてしまいそうな声の主は、アカネさんだ。

 気絶していた彼女は、焦点の定まらない瞳で俺を見上げて首を傾げる。

「イノセンスじゃ常識過ぎて、本にも載ってないよね」

「……?」

「工場のおっさん達も言えば良かったのに。いやわざわざ言わないか」

 この世界には魔界と天界から漏れ出す異界法則。魔法が存在する。

 魔法により物理法則が変動する訳だが……電圧等も例外では無い。

 その結果、精密機械は変動するエネルギーに耐えられないのだ。

「だからイノセンスは、非効率だけど魔法で変動しづらいマナをエネルギーに用いるんだ」

「……この世界は基本的な物理法則以外は頼れないって事?」

「場所によってはそれも例外では無くなるね」

「そ、それじゃぁ……」

「機械技術が無いんじゃない。使えないんだ」

 引力がイノセンスには無い事を、アカネさんは知らなかった様に。

 機械を作る事は出来ても使う事は出来ない事を、彼女は知らなかったのだ。

 周囲に立ちこめる煙が晴れていく……叔父さんのガレージは半壊していた。

 屋根は砕けて散らばり、部屋内は煤けて荷物は木っ端みじん。

 そしてダイナミック自殺処刑具こと、ワープ装置はクレーターを作って消えている。

「……ごめんね、大家君」

「何がだい? それよりも怪我はある?」

「……無い」

 俺は抱き抱えたアカネさんと、廃墟を見つめる。

 後半秒遅れていれば爆発に巻き込まれ、彼女はひとたまりも無かっただろう。

 機械が指先で引き千切れる、鉄製品だった事にも助けられた。

 魔法鉱石が使われていたら、間に合わなかったな。

「無事で良かったよ。すぐに警兵も来るだろうし、あぁ何て言うかなぁ」

「……」

「アカネさんも一緒に考えてね……アカネさん?」

 煤塗れのアカネさんが、ぼそぼそと何かを言った。

「どうしたの?」

「……なの」

「……?」

「発注してた商品、全部ガラクタなのっ!?」

 うわぁああああ、と嘆きの叫びをあげるアカネさん。

 頭を掻いて絶望している彼女を見て、俺は溜息と共に警兵への言い訳を考えた。


次章

旅行編は明日の朝に投稿します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ