第一章:第八話
◇ ◇ ◇
「う、ぉぉ……」
俺が叔父さんの家に着くと、目に映ったのは身に覚えの無い門扉だった。
今までよりイカつく、大きく。魂の情報を読み取る高価な最新式の門扉だ。
扉は開けっぱなしか……最新式の意味が無いだろうに。実にアカネさんらしい。
「アカネさーん、どこだーい! 入るよぉー?」
CLOSE……閉店中と翻訳された、見知らぬ文字の看板を無視して敷地に入る。
だが敷地の風景も、前と比べて変わっていた。
「うおぉ、どこの豪邸だよ。叔父さんの家が余計みすぼらしく見える」
素朴な芝生は消えて玉砂利が敷き詰められ、大型機械用の舗装がされている。
花壇には見知らぬ観葉植物が並んでいるが、庭師でも雇ったのだろうか?
「んもぉ、せめて言ってくれよぉ。いや言ってたっけ」
ガレージまで辿り着いたが、そこでも驚かされた。
面積が二倍以上になっていて、構造も変わっている!?
そして入口のシャッターには、ゴーレムのキーパー君……と思われるナニかがいた。
「やぁキーパー君……んん?」
俺が挨拶すると、彼も手を振り返す。
こんな複雑な行動パターンは記憶に無い。
「アカネさんが改造したのかい? 良い体だね」
嘗ては二足二手の寸胴ゴーレムだった癖に、随分と贅沢な装備もしていた。
補助アームが二組に、蜘蛛の様な複脚。肩や足周りには追加装甲まで着いている。
マナの濃度は軍用とまでは行かないが、大企業の警備ゴーレムに匹敵するかもしれない。
「お疲れ様。アカネさんに会いたいから通らせてね」
『ピギ、ピギュ……プチ』
俺が感心しながらガレージに近づくと、キーパー君が異音を鳴らして通せんぼする。
「俺を侵入者と勘違いしてない? 元々の警備モードはこんなもんだっけ」
俺は右腕をだらりと下げ、指先をピンと張る。
するとキーパー君の動きが、滑らかに変わった。
「おぉ戦うつもりか。ちっと感度良すぎるぞ?」
俺が苦笑いした時、庭に探していた声が木霊した。
『やぁ、大屋君。来てくれて良かったよ、どうしたんだい?』
耳元で聞こえる輪唱する声。通信魔術式の反響だ。
音の発生源はガレージ入口に設置されたメディアチューナーだろう。
「どうしたも、こうしたも。メディアチューナーを聞いたんだ」
『あのラジオか。勘違いしないでくれよ大家君。アレはボクの好意だ』
「好意……?」
『性愛的だったり、短絡的ないし刹那的な快楽を追求した様な動物的本能ではなく、親愛と言うべきだろうか。家族や友人に向ける純粋なプラス感情であって……』
「話の腰を折る天才かよ」
彼女の説明はまだ続きそうだ。俺は話を区切って本題に戻す。
「ガレージに居るんだろ? 出ておいでっ!」
『いや、それはできない』
「はぁ? 怒って無いからガレージから出てきてくれよ」
『何度も言わせないでくれ大家君。今は出れないんだ』
「……何で?」
アカネさんの声がワントーン下がる。
俺は彼女の憂いの感情を、メディアチューナー越しに感じた。
『そもそもボクがお金儲けを始めた理由は分かるかい?』
「趣味?」
めっちゃ生き生きしてたよね?
『正直に言うとそうだが、違うって言っとく』
だろうね。間違い無く趣味だったもん。
『僕がお金儲けを始めたのは簡単な事だ……元の世界に帰る為さ』
「そりゃ、家に帰りたいよね」
『当然さ! この世界は悪い世界じゃない、良い世界だよ。でも良すぎる』
「なら。ずっとココにいたら?」
『僕はこの世界に居ると、地球に帰りたく無くなる……って不安になるんだよ』
「ほーん。その位良いなら、ずっとここにいたら?」
『君のそういう脳天気な所が、好きだけど嫌いだよ』
ごめんなさいね。単純で。
何はともあれアカネさんは、元の世界に帰る為に金策をしていたのか。
だがソレが何で、科学技術を使ってメディアに出たんだ?
『僕は天才だよ? 材料さえあれば科学製品は何でも作れる』
話半分に聞いていたが、要約すればこうだ。
アカネさんの頭には、元の世界にある科学機械の設計図が全部入っている。
だから図面を業者に渡せば、機械を作れるし故郷に帰れた。
必要なのはコネ。金銭。人手だけだが……。
『お礼がまだだったからね、受け取ってくれ大家君。僕からのお礼だ』
俺はこの時点で、話が長すぎてガレージに強行突破する事を決めた。
俺はガレージが開くと同時に駆け出す。キーパー君も俺を迎撃する。
彼の油圧で強化された脚力が庭を踏み砕き、四つの腕が俺に狙いを定めた!
「邪魔だってぇ、ったく!」
すれ違い様に……俺は左手で油圧管を引き千切り、右腕で鉄の頭を握り潰す!
そのまま布を振り回す様に、キーパー君を地面に叩きつけて粉砕する。
鉄製の重量物が地面に叩きつけられ、勢いを殺しきれずに跳ね上がった!
『大家君っ! 凄い音してるけど大丈夫っ!?』
「あぁ大丈夫だよ。ごめんね、機械を一つ壊しちゃった」
アカネさんはガレージが開く音で、上手く聞き取れなかった様だ。
そして俺の足元では、半壊したキーパー君がまだ動こうとしている。
「後で直すから大人しくしてくれ」
俺は彼を蹴り飛ばし、生垣に埋め込ませる。
視線を戻すと……ガレージにはアカネさん曰く、科学機械が詰まっていた。
「……何これ?」
「放送は聞いてただろ? これが科学製品と設計図だよっ!」
向日葵みたいな形で、ヘリコプターの刃が着いてる変なの。
四角い枠の中にガラスがハマった、姿鏡みたいな変なの。
梨みたいな形の硝子やら、ドラム缶にチューブの着いた機械やら……。
「言葉を変えるわ。何やってるの?」
「君へのプレゼントさ! 大発明の数々だ」
違う。それは一旦置いといても良い。もっと重要な事がある。
俺はガレージの中央に鎮座する物体に絶句した。
「……」
「お金にするなり、社会の役に立てるなり。好きにすると良い」
「ごめん、それどころじゃない」
アカネさんが楕円形にヒレを生やした装置の中に乗っている。
装置には円形硝子の窓がついており、そこから覗く彼女の顔は憂いを帯びていた。
俺はアカネさんを刺激しない様に、丁寧さを心がけて話かける。
「アカネさん。そこから出てこよう、ね? 良い子だから……」
「止めないでくれ大家君。寂しいのがお互い様さ」
彼女の手には見覚えのあるスイッチが握られていた。魔道具の起動スイッチだ……。
俺はゆっくり近づくが、感極まるアカネさんは話を聞かない。
「僕はもう行く!! すぐに帰って来るからぁ!!」
「……っ!」
アカネさんが覚悟を決めた声を発して、目を強く瞑った。
マズイっ。スイッチを押させる訳には―――っ!
駆け出す俺を無視して装置は起動し、膨大な熱量と閃光がガレージ全体に溢れ出す。
爆発したのだ。機械なんてモノを起動させたから。
◇ ◇ ◇
俺は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、アカネさん共々庭に倒れている。
濛々と立ちこめる煙が俺達に絡みつき周囲が見えない。
オマケに触覚・聴覚・嗅覚が、爆音と閃光でイカれている。三半規管もだ。
視界は船上の如く揺れ、周囲の焦げる匂いで不快感が際立つ。
数分が経ち、視界と聴覚が回復してきた頃……懐から声が聞こえた。
「な……何が」
「電気機械の爆発だよ」
消えてしまいそうな声の主は、アカネさんだ。
気絶していた彼女は、焦点の定まらない瞳で俺を見上げて首を傾げる。
「イノセンスじゃ常識過ぎて、本にも載ってないよね」
「……?」
「工場のおっさん達も言えば良かったのに。いやわざわざ言わないか」
この世界には魔界と天界から漏れ出す異界法則。魔法が存在する。
魔法により物理法則が変動する訳だが……電圧等も例外では無い。
その結果、精密機械は変動するエネルギーに耐えられないのだ。
「だからイノセンスは、非効率だけど魔法で変動しづらいマナをエネルギーに用いるんだ」
「……この世界は基本的な物理法則以外は頼れないって事?」
「場所によってはそれも例外では無くなるね」
「そ、それじゃぁ……」
「機械技術が無いんじゃない。使えないんだ」
引力がイノセンスには無い事を、アカネさんは知らなかった様に。
機械を作る事は出来ても使う事は出来ない事を、彼女は知らなかったのだ。
周囲に立ちこめる煙が晴れていく……叔父さんのガレージは半壊していた。
屋根は砕けて散らばり、部屋内は煤けて荷物は木っ端みじん。
そしてダイナミック自殺処刑具こと、ワープ装置はクレーターを作って消えている。
「……ごめんね、大家君」
「何がだい? それよりも怪我はある?」
「……無い」
俺は抱き抱えたアカネさんと、廃墟を見つめる。
後半秒遅れていれば爆発に巻き込まれ、彼女はひとたまりも無かっただろう。
機械が指先で引き千切れる、鉄製品だった事にも助けられた。
魔法鉱石が使われていたら、間に合わなかったな。
「無事で良かったよ。すぐに警兵も来るだろうし、あぁ何て言うかなぁ」
「……」
「アカネさんも一緒に考えてね……アカネさん?」
煤塗れのアカネさんが、ぼそぼそと何かを言った。
「どうしたの?」
「……なの」
「……?」
「発注してた商品、全部ガラクタなのっ!?」
うわぁああああ、と嘆きの叫びをあげるアカネさん。
頭を掻いて絶望している彼女を見て、俺は溜息と共に警兵への言い訳を考えた。
次章
旅行編は明日の朝に投稿します