第一章:第六話
◇ ◇ ◇
「いやぁ!! やっぱりどこの世界も、異世界に飢えてるんだねぇ!!」
「まぁSFは根強いジャンルだしな」
「ふふふ、現代社会がファンタジー社会ではお伽噺の世界か。面白いな」
俺達はお披露目会が終わり、家に帰って豪勢な食事を楽しんでいた。
アカネさんが作ったヘリコプターが、臨時収入になったのである。
「ボクも誤算だったよ。ヘリコプターがあんなに高く売れるとは」
「SF小説の道具が目の前に現れたら、ファンなら大喜びするのは当然じゃない?」
「僕の発明が欲しいっていう気持ちは、凡人としては当然だろうしねぇ」
そう例の盗み見おじさんの目的は、アカネさん開発のヘリコプターだった。
彼は重度のSFオタクであり、アカネさんの怪しい開発を知って気になったらしい。
そこで現われたヘリコプターに、彼のハートは撃ち抜かれた。
目を輝かせるおじさんから売ってくれと頼まれ、俺達も否やは無く言い値で売ったのだ。
「このシチューの肉、肉屋で買ったけどボク好きだなぁ。猪肉かい?」
「いや封の肉だけど?」
「ホウ……? こっちの世界の生き物かい?」
封は別名をぬっぺふほふと呼ばれる幻獣である。
遠い土地の珍味で高価だが、柔らかくて美味い。
脂っこくないスジ肉。食感がバラ肉に近いホルモンと言うべきか。
なので野菜をゴロゴロ入れて、たっぷり甘みを出したクリームシチューにしてみた。
「さて大家君。改めてお礼をしよう……と思ったけど、もう少し待ってくれないか?」
「俺は君と居るのが楽しいから、家賃は気にしなくて良いよ」
「ふふふ、言うじゃないか。だが何もしないのは、僕の気がすまないんだ」
おじさんから貰った金額は、中々な金額だった。
俺はお小遣いや服にするのかと思ったが、彼女の使い道は違うらしい。
「変な事とか、お金の無駄遣いはしないようにね?」
「無駄遣いはしないさ。無駄遣いはね……」
彼女の言葉に俺は嫌な予感を覚える。
だがアカネさんが稼いだ金に口を出すのも悪い。
不安ながらも俺は黙認する事に決めた。
◇ ◇ ◇
一ヶ月が経過したが、俺達の日々は変わらない。
アカネさんはおじさんから貰ったお金を、結局開発費につぎ込んだらしい。
発明が彼女のライフワークなのだろう。
今日も俺が仕事から帰った時には、まだ帰っていなかった。
仕方なく俺は風呂焚き等の家事を魔道具に任せて、疲れた体で夕飯を用意する。
当初こそ料理当番は、アカネさんだったのだが……。
素人が未知の食材で作った料理は、ゲテモノになる事を学んだ。
「おーい、帰ったぞ。大家君!! お風呂をやってなくて悪かったね!!」
「アカネさんも何か頑張ってるみたいだし構わないよ。それより風呂とご飯どっちが良い?」
「風呂で。ちなみに今日の夕飯は何だい?」
「セーフ肉の炒め物だよ」
「あの猪肉か……良いじゃないか。辛口にしてくれよ!」
アカネさんの言葉が翻訳され、「ぶたにく」が「猪肉」に翻訳される。
異世界の言葉で翻訳された事から、ブタとは異世界の猪の事だろうか。
庶民の主食であるセーフリームニルは、異世界には居ないのか……もしかして猪も?
「分かったよ、その間にお風呂でも入っておいで」
「あぁ行ってくるよ。大家君!」
俺はアカネさんが風呂場へ急ぐ姿を見て和んだ。
彼女は笑顔で帰って来て、美味しそうにご飯を食べる。その姿が俺に元気を分けてくれた。
その後は二人で食事をしてお風呂に入り、二人で洗濯物を畳む。
その間に互いの近況報告をするのが通例だ。
家事さえ終われば趣味の時間だが……今日は彼女から報告があるらしい。
「さて大家君。コレをあげよう!」
「……何これ?」
俺はアカネさんから、重そうな革鞄を渡された。
鞄はずっしりと重く、何やら金属音が聞こえる。
「開けてみたまえ。毒なんかじゃない」
「毒ですって言われたらビックリするわ」
アカネさんが得意げな顔で革鞄を指すので、俺は戸惑いつつ開けた。
中に入っていたのは……まさかの黄金である。
「どうしたのこれ」
「僕が稼いだに決まってるじゃないかっ!」
イノセンスではSF小説で用いる紙幣は使われない。
代わりに金貨や黄金。魔法鉱物を使う……のだが、トンデモ無い量だな。
「いやぁ量産体制に入るのに二週間もかかったが、マザーマシンがあれば楽なものだよ!」
「……犯罪行為はしてないよね?」
「安心したまえ、犯罪では無いとも。正当な対価としていただいたモノだ」
俺の年収の半分はある黄金について、アカネさんがタネを語り出す。
曰く。イノセンスには彼女の故郷にもある、魔道具が沢山あるらしい。
具体的に言うとマギストーブや工具等である。
それらの外装を科学製品に似せて、売りに出す事でボロ儲けしたそうだ。
「売りにだしたって……どこに?」
「最初はフリーマーケットさ。SFファン達がこぞって買っていった」
「なるほどなぁ。これからもそうするのかい?」
軽い趣味くらいなら、何の心配も無い。
アカネさんの暇潰しになるなら、むしろ応援したい位だ。
だが自称天才がそんな事で満足する事は無かった。
「いいや。業者にマザーマシンは発注したから、これからは完全受注制でやるよ」
「つまりSF界隈のプロデザイナーか。良くそこまでいけたね?」
マザーマシン云々は聞いた覚えが無いが、まぁ良いか。
アカネさんが楽しくやっていて、誰の迷惑にもなってないなら構わない。
俺が感心してると、アカネさんは心苦しそうに俯いて続ける。
「それでだね、心苦しいのだが……」
「うん? 何か欲しいの?」
「いや、ガレージを派手に使わせて欲しくて……」
「そんな事か。好きにして良いよ」
どうせ置きっぱなしの資産だ。役に立つのならその方が良い。
アカネさんは俺の言葉を聞くと、向日葵の様に可憐な笑顔で笑った。
「ありがとうっ!! 大家君にはしっかりお礼するからね!!」
「こうしてお喋りしてるだけでも、良いんだけどね」
嬉しそうなアカネさんを見て、俺は更に心配になった。
おっちょこちょいな彼女の事だから、失敗しないと良いけど……と。
次話は明日の朝に投稿致します。