第一章:第五話
◇ ◇ ◇
俺達が帰りに訪れたのは、母方の亡き叔父の家である。
二階建ての煉瓦造りの家で、窓こそ割れてはいないが酷くボロっちい。
だが敷地は広く、やろうと思えば畑だって作れるだろう。
「なんだいここは? 人が住んでないじゃないか」
「亡くなった親戚の家だよ。母さんに相続権が来てからは俺が管理しているんだ」
俺は門に触れてマナを流すと解除コードを呟く。
鉄門に刻まれた魔術式によって、門が久しぶりの仕事に愚痴を言う様に軋みながら開いた。
「大家君の家は資産家だったんだねぇ」
「そんなんじゃないって。叔父さんが安い土地を、安い値段で買っただけ」
中に入ると広がっているのは大きな庭だ。
芝生は一定の高さに刈られ、花こそ咲いていないがさっぱりした景観をしている。
アカネさんは庭を見渡し、次に窓から家を覗いて首を傾げた。
「庭だけ立派なのが不思議だろ?」
「むしろ家を何で放置してるんだい? みっともないじゃないか」
「理由があるんだ。今から見せるよ」
俺達は家の裏手にある、古いガレージに向かった。
築十年は経つガレージは今でも荷物を守っており、俺は扉代わりのシャッターを開く。
埃が心配だったが定期的に掃除のお陰と、『彼』の存在もあって大丈夫だな。
「……」
「どう? アカネさんが喜びそうだけど」
「ここは何なんだい?」
「ゴーレム工房を持ってた叔父さんのガレージだよ」
ガレージの中には型落ち品だが高価な工具の数々が眠っている。
物体に魔術式を刻む加工機から、金属を熱する鍛冶具。小型整備工具等々。
工具は俺が使う事もあって、定期的に整備もされている。
「いや言い方を変えよう。これはなんだい……?」
「何って……」
だがアカネさんの視界には、自慢の工具は映っていない。映っているのは『彼』だ。
まぁある意味、一番の自慢ではあるし工具と言えるソレは……。
「この家の庭師。キーパー君さ」
アカネさんの興味を引いたのは、作業補助や庭の管理をさせている旧式ゴーレムだった。
見た目はずんぐりした体躯に顔の無い米形頭部。腕は伸び縮むする為にバネ状をしている。
特徴は魔術式を刻んだ鉄板を背中に差し込む事で、作業の用途を変えられる事か。
「ロ、ロボットかいっ!?」
「いやゴーレムだよ?」
「ロボットじゃないかっ!」
アカネさんはキーパー君に駆け寄り、観察を始める。
喜ぶ彼女を見て、俺は連れてきて良かったと一息つく。
年頃の女の子を家に閉じ込めている事に、罪悪感があったからだ。
「これって動くのかいっ!?」
「よしよし、今動かすから待ってね」
「早くしたまえ!」
木箱に入れておいた、キーパー君に命令を下す魔術式が刻まれた鉄板をセット。
キーパー君はその命令を受信。目に光が宿り即座に行動を実行した。
騎乗モード。キーパー君が四つん這いになり、人間が乗れる姿勢に変わる。
「キーパー君は旧式だけど、魔術式を入れ替えれば色んな事を手伝ってくれる」
「つまり……今は何をしているんだい?」
「騎乗モードだから、行き先を言えば連れてってくれるよ」
「まさかの馬枠っ!?」
アカネさんはクルマと言葉を発したが、俺には馬と聞こえた。
クルマとやらは異世界のモノだろうか?
馬と翻訳された事を考えると乗物かもしれない。
「馬程高くは無いけど、便利な代物だろう?」
「もしかして……高価な品なのかい?」
「もっと高性能で低燃費な魔道具なんて、幾らでもあるから……」
「重機みたいなもんか」
またアカネさんの口から、馴染みの無い単語が漏れる。
だが翻訳はされない事から、この世界に該当する単語は無いらしい。
異世界にはゴーレムはいないって事だろうか。
「それで大家君は、キーパー君を見せに来たのかい?」
「いいや違うよ。ガレージは自由に使って良いから、何か始めてみない?」
「僕も家に毎日缶詰では、知的好奇心は満たせないけど……」
アカネさんは気乗りしない顔をして、首を傾げた。
まぁこの世界は危ないと言ったのは、俺だからね。
今更どういう事だと言いたいのだろう。
「まぁアカネさんが一人で歩いてたら、野良犬にも殺されるからね」
「こ、この世界ハードモードすぎない?」
「うーん。俺はそっちの世界の方がハードだと思うけど」
ヒュージンの赤子未満の戦闘力である、アカネさんを一人で歩かせるのは怖い。
だがキーパー君がいるなら別だ。
騎乗、重作業、護衛。何でもできるキーパー君が居れば、野良犬位は何とかなる。
勿論。幻獣相手では消し飛ぶだろうが……ここらへんの幻獣はそんな事はしないし。
「よしっ!! 本を見て試してみたい事もあったんだ。お借りするよ!!」
「どうぞ。あぁ、無いとは思うけど家は壊さないでね」
「勿論だとも!」
そうして俺はアカネさんにガレージやキーパー君の操作方法を教える事にした。
彼女はおっちょこちょいだが頭は良い。俺の拙い説明でもすぐに覚えてくれる。
だが嬉しそうに魔道具を弄る調子の良さに、俺は一抹の不安を感じていた。
◇ ◇ ◇
更に二週間が経った。
俺は変わらず大好きなマギサックラーの仕事に努めている。
主にはルシア社長に諭され、カスパル十人長に怒られ、モニカさんに慰められる毎日だ。
最近では日課として、アカネさんの魔道具開発の苦労や自慢話を聞く事も増えた。
その延長線上なのか、今日は彼女の発明品を見せて貰えるらしい。
「やぁやぁ、良く来たね大家君!」
「一国一城の主になったアカネさん。楽しみだから予定より早く来ちゃったよ」
「あぁ、君は実に幸せ者だ。何たって僕の作品を第一に見る権利があるんだからねぇっ!」
叔父さん宅に訪れた俺を、アカネさんが無い胸を張って出迎える。
彼女は珍しく白衣では無く、オイル塗れの作業服を着ていた。
……幼い容姿も相まって、随分微笑ましい。
「もう作品は見せてくれるのかい?」
「まぁ待ってくれよ。その前に開発の経緯を聞いてくれたまえ」
俺はアカネさんに案内され、門をくぐって庭に入る。
……庭が焦げており、芝生は荒れていた。
アカネさんの試作品の運転で、庭は犠牲になったらしい。
「まず困った事に、この世界はボクの知っている物理法則とは違う」
「そうなの?」
「そうだ。航空力学を調べた所、まるでデタラメだった」
何でも物理学や科学とは、世界の法則を見つけて利用する技術らしい。魔術式に近いか。
だが二つの世界の法則はまるで違う。
彼女にとっては相当なカルチャーショックだったと、前々から聞いていた。
「物理法則が違う。どちらの世界が違うかは割愛するが、動物が住める環境では無かった」
「神様方が俺達が住める様に、上手い事やってくれてるんでしょ」
「はははっ! そりゃぁ良い。神様か……天界に居る彼らが上手くやってるのかもねぇ」
アカネさんがはっはっはと笑うので、俺も大きく笑った。
一頻り笑った後に突然、アカネさんが家の壁に頭をぶつけるっ!
唖然とする俺の前で、彼女は押し黙るとぷるぷる震えだす。
「だ、大丈夫? アカネさん。重い音がしたけど……」
「そんなんだからっ、ボクがどれだけ苦労したとぉおおおおおっ!!!」
「ちょっ、待っ」
アカネさんがまた頭を振りかぶった為、俺は羽交い締めにして止める。
彼女はじたばた暴れるが、その力は子猫よりも弱々しい。
「ふざけるなぁっ! なんでマナなんてエネルギーで空を飛べる!?」
「そりゃ、そういうもんなんだからっ! 当然でしょ!?」
「うわぁあああああ」
彼女が「なんで引力が無い」とか「なんで僕らは地面に足をついてるんだ」と騒ぎだす。
俺は彼女が落ち着くまで抑えて、正気を取り戻した彼女は乱れた衣服を直しつつ続けた。
「はぁ、はぁ。とにかくボクは、科学技術をこちらの技術で応用する事を諦めた」
「まぁ妥当だよね。何も分からない所からスタートする訳だし」
彼女が言う技術とは、高等教育を受けた者なら一笑に吹くモノばかりだ。
だが細かい物理法則や機械の説明を聞く限り……彼女の世界には本当にあるのだろう。
「代わりに魔術式を利用して、科学技術の見た目に寄せた」
アカネさんは自慢げに鼻を鳴らし、ガレージのシャッターをノックする。
するとシャッターが一人でに開き……見覚えのあるゴーレムが現われた。
そのゴーレムはキーパー君の面影があるが、要所要所が違う。
腕にはチューブが巻き付き、下股と上股を繋ぐ鉄管が刺さっている。
「キーパー君を油圧で強くした。魔術式で動かすのは便利だが、出力が足らないからね」
「ゆあつ? 油の技術かい?」
「ええいっ! なんで携帯はあるのに、油圧技術も蒸気機関も無いんだっ!?」
「過程を飛ばして結果を出力した方が、魔術式だと簡単だからかなぁ」
それにゴーレムに力仕事を頼む事って無いんだよな。
ヒュージン以外の種族は、やるのかもしれないけど。
アカネさんが呟きだしたのを尻目に、俺はキーパー君を観察する。
本来キーパー君は摩耗部品を交換して、長期間使える事が売りのゴーレムだ。
その点、強化されたキーパー君は随分と整備性が悪そうだった。
「おいおい。キーパー君は良いから、こっちを見たまえ」
俺はキーパー君に興味津々だったが、見せたい発明では無いらしい。
彼女が俺に見せたかった発明は……変な塊だった。
「……何それ?」
ソレは魚に似た鉄塊をベースに、背中に棒が刺さっている魔道具だった。
棒の先端にはうねる刃が垂直に装着されているが、固定されてはおらず、くるくると回る。
そんな棒とは逆。腹の部分には長いチューブが魔術式のスイッチに繋がっていた。
「ヘリコプターだ」
「……何それ?」
俺はヘリコプターなるものを、裏返したり触ってみる。
刃の部分に溝が掘られている。コレは魔術式だな。
他にも球体を傾ける魔術式や、刃や魚の尾にあたる所にも細工がある様だ。
「起動スイッチはマナを自力で流せなくても使える様にかい?」
「あぁそうだよ。悔しいけど天才の僕でも、マナなんてモノは感じられないからね」
「……驚いたな」
「そうだろう。この世界には無いデザインと発想だ」
彼女は勘違いしている。俺が驚いたのはたった三週間で彼女が魔術式を編んだ事だ。
子供騙しの簡単な魔術式とはいえ、独学で自作を編むなんて……。
俺が感心していると、彼女が自慢げに説明を続ける。
「コレが何か分かるかい?」
「球体を傾ける魔術式以外はさっぱり。他に魔術式が刻まれてもないし……」
「まぁ見れば分かるよ。大喜びする準備をしておいてくれ」
アカネさんが庭の芝生にヘリコプターを置く。
球体が目立つヘリコプターだが、ヒレの様な鉄棒が胴体を支えて直立している。
次に起動スイッチが押され、内蔵した魔法鉱石からマナがチューブ内を通って流れだす。
すると金属表面に青緑色の幾何学模様が走った。魔術式が起動したのだ!
刃付きの棒が回転し、竜巻を思わせる円運動を始め……。
「アカネさん、これって何の意味が……」
「危ないっ!! ヘリを覗き込んじゃダメだっ!?」
「へぁっ!?」
怒鳴られて驚いた俺が首を引っ込めた、瞬間。
金属の球体がビュンッと、アカネさんの鼻ほどに飛び上がった!
見れば刃が丸ノコギリの如く回転する円盤に変わり、風を切り裂いている。
俺は余りの情報量に、瞬きをして驚き固まった。
「どうだいっ!? 航空力学は息をしていないが、揚力があればヘリは飛べるっ!!」
「あ、あぁ……驚いた」
「しかも水平に動くっ!」
アカネさんがスイッチを弄ると、尾が動きヘリコプターが旋回する。
尾の細工は、旋回する為の細工だったらしい。
更に球体が傾くと、ヘリコプターが上下降もしだす。
「驚いた顔が見たかった!! フフフっ、科学を舐めてはいけないよ?」
「本当に驚いたよ。飛行魔術式を組んでる様には見えなかった」
飛行する魔術式はサイズや重量毎に、専用の術式を数十人で描く。
当然だが二週間足らずで編める術式じゃない。
「ふふふ。揚力という概念はあるが、全く研究されてなかった。ボクの世界とも揚力や航空力学に差があるのは驚いたが……まぁざっとこんなもんだ!」
「凄い早口で喋るじゃん」
高笑いするアカネさんを見ながら、俺は指で飛行物体を突っつく。
見れば見る程、不思議な物体だ。
世の中には風で飛ぶ花弁や、種等はあるが……金属が飛ぶなんて。
「異世界でもボクは天才なんだなぁっ!! フハハハハっ!!」
「これを学会で発表したら、面白い事になりそうじゃない?」
俺はそれに相槌を打ちながら、とある事実を胸に秘めた。
確かに玩具としてコレほど優れた物は無い。飛行できる魔道具は高価だった。
だが実は……瞬間移動の魔道具や、飛行という概念を与える魔術式が既に存在する。
つまりこの発明は騎乗用としての意味は無い。安価だとしても事故性が高すぎるのだ。
「さーてこれで遊びたまえよ。家賃代わりだ」
「あぁ。どうやって動かすのか、教えて貰える?」
「一度しか言わないからしっかり聞けよ?」
俺は内心を隠し、自慢げな彼女の説明を聞いて操作方法を覚える。
その時、視線を感じた。どこか執念にも似た粘り気のある視線だ。
アカネさんは無防備な子だから気づいて無いな……俺は視線の方向へ目を向けた。
「おい大家君。聞いているか? 全く、初めから説明をするかい?」
「一度って言っても、もう一度してくれるんだね。でもちょっと待っててくれ」
俺はアカネさんに一声かけると、生垣越しの気配へ近づく。
そこに居たのは……近所に住む中年男性だった。
小太りで頭頂部が後退している彼は、生垣からアカネさんを見ている。
「どうしたんですか?」
「いやぁ、えっと。その」
「?……何か用事です?」
「……実は」
その中年男性が口にした言葉は、俺の予想通りだった。
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