第一章:第一〇話
◇ ◇ ◇
「おい、ワーク。もう体は大丈夫なのか?」
「えぇ。おかげさまで。皆さんにはご迷惑をおかけしました」
カスパル十人長へ頭を下げつつ、長期休暇のお礼にケーキを渡す。
「皆でおやつの時間にでも、食べて下さい」
「おいおい……甘ぇのじゃねぇか。酒の方が良かったなぁ」
「ドワーフの人でも好きな、ウィスキー漬けのパウンドケーキもありますよ」
「それを早く言えよ!」
頬を緩ませたカスパル十人長が俺の背を叩き、衝撃が全身に響く。
ドワーフの短身ながら強力な張り手は地味に痛い。力加減を考えて欲しい。
むせる俺に皮肉げな十人長から、予定表が渡される。
暫くは残業続きになる覚悟をしていたのだが……皆が仕事を分担してくれていた。
「お前みたいな未熟者に、お返しなんて求めて無ぇ。休んだ分は働きで返せよ」
「はい。ありがとうございますっ!」
魔術式は他人が手を貸す事が難しい。俺だって手を出したく無い。
だが予定表には俺が休暇中の進歩と、今後の予定について記されていた。
この仕事量なら、残業も少ないだろう。
「スティっ! 珈琲持って来たわよ?」
「モニカさん。久しぶり」
「もう……いつも通りなんだから」
俺が席に戻って書類を捲っていると、モニカさんが飲み物を持って来てくれた。
彼女は相変わらず清楚な服装をしている。流行には乗らず、古くからの正装を好むらしい。
具体的には季節花の刺繍入りの黒生地を基調とし、白い腰帯で蝶を再現している。
髪はポニーテールにして、柔らかい雰囲気を凜々しく見せていた。
ネマキ? とアカネさんが呼ぶ事から、異世界にもあるファッションらしい。
「落ち込んでるんじゃないかって、皆も心配したのよ?」
「落ち込んだのは当たってるよ」
「そうよね。何があったか聞いても良い?」
ニュースにもなってたから、流石にモニカさんも知ってる筈だ。
俺が落ち込んでるなら、愚痴を聞こうとしてくれているのだろう。
「友達が魔道具の研究中に、魔法の暴発を起こしただけさ」
「あら、可愛そうに。その子に怪我は?」
「間一髪ね。今日辺りは買物でもしてるんじゃない?」
「そう……掃除とか困った事があったら呼んでね? 私達、お友達なんだから」
「ありがとう。そちらこそ何かあったら呼んでくれよ」
その後は休んでいる間にあった事を聞いていると、ルシア社長からの呼出が来る。
実は社長から助言を貰った事へ、お礼が言いたかったから丁度良かった。
でもランチタイム以外で、俺を呼び出すなんて珍しい……何かご用かな?
◇ ◇ ◇
「社長。スティール・ワークです」
「入り給え」
俺が所長室に入ると、寝っ転がるルシア社長の姿があった。
社長は俺を見ると、目を細めて口角をあげる。凜々しいと言うより暴虐的な笑みだ。
「もう一週間、休んでも良かったんだぞ?」
「いえ。一秒でもマギサックラーとして居たいので」
「そうかね? ドラゴンとして勤勉さは好ましいが、会社の福利厚生は使う様に」
ルシア社長は俺が頷いたのを見て、満足げに頷くと話を進める。
話とはアカネさんについて、俺が相談した内容の確認だった。
「それで例の彼女の様子は?」
「やはり政府に不信感があった様です」
「ふんっ、異界存在は世情に疎い。安全だと宥めても無駄だ……君は女の趣味が悪いな?」
放っておいて下さいと言いたいが、お口はチャックだ。
ドラゴンにとって社員は自分の財産。自分の趣味に染めたいのは、生理的なものだろう。
俺は無意味な口答えを避け、話を変える。
「社長は前から、政府に言っても大丈夫だと仰ってましたよね。何故です?」
俺は爆発事件後。アカネさんを隠しきれなり、ルシア社長に相談をした。
神話より生きるルシア社長にとって、大抵の事は経験済みで対処可能だからだ。
対するルシア社長は「役所に話せばカタが着く」と仰り……俺には不思議でならなかった。
「彼女がヒュージンに良く似た生命体だからだ」
「……?」
ルシア社長は理解出来ない俺の様子を見て、呆れた声をあげた。
すみませんね、どうにも鈍感で。
「役所の神官にとって悪魔よりも人間に近い存在等、税金さえ支払えばどうでも良いのだ」
「そんなもんですか……」
「そんなもんだ。私も異世界への好奇心はあるが、原罪なぞ背負ってる奴は気が合わん」
「悪い子じゃないんですけどねぇ。何にしてもありがとうございました」
社長が機嫌を悪くしたのを見て、俺は急いで話題を変えた。
ルシア社七不思議に、社長を不機嫌にした奴は三ヶ月以内に消えると噂されている。
俺は消えた奴らが、社長のランチになっていても驚かない。
「それで社長。今日はどうしました?」
「用事は二つある。一つ目は君の体調と経過について聞きたかった」
「後で報告書をあげましょうか?」
「君の顔色を見れば大体の事は分かる……お人好しが過ぎるぞ、気を付ける様に」
アカネさんを甘やかすなと、言外に警告されてしまった。
甘やかしてる自覚は無いんだが……ドラゴンの警告は未来予知に等しい。
心に留めておこう。俺とて確定した不幸や、幸福を逃したくないのだ。
「ありがとうございます。社長」
「うむ。資産については残念だったな、ドラゴンとして沈痛に思うよ」
ルシア社長はとても同情的に鼻を鳴らす。
エゴイストなドラゴンにとって、財宝と英雄こそが全て。寝床や食事は二の次。
俺も財宝の一部である以上、銅コイン以下の価値でも煤ける事が嫌なのだろう。
「それでカスパル十人長より、仕事の予定は受け取ったか?」
「はい。まだ中身は読んでませんが」
「そうか……ならココで説明しよう。出張して貰いたい」
「へぇ、珍しいですね。ルシア社は出張なんて無いのに」
ルシア社は効率主義者である、ドラゴンが社長なだけあって顔合わせや伝統は無い。
そこがカスパル十人長とは合わないのだが……閉話休題。
このご時世。通信魔法で大抵の業務はできるので、出張は必要無い。
なのに出張の指示者が、ルシア社長なのが更にらしく無かった。
「君が知る必要は無い。まぁ私の胃の中でなら聞かせてあげるがね?」
「いえ、結構です」
俺の畏れ戦く表情が愉快なのか、ルシア社長の口元からチッチッチと火花が散った。
今のがドラゴンジョークなのか、知ったらマジで消されるのか分かりづらくて困る。
まぁ別に良い……監査役と同じで、言う事を聞きそれで怒られるのも給料の内だ。
「君の彼女も出張先に連れていくと良い」
「アカネさんですか?」
「精神的に参ってるだろうからな」
「助かります。それで何処で、何をすれば?」
「うむ。場所は観光地でな……二泊三日で歴史的な建築物を見てきて欲しい」
あっこれ。今年の社内旅行の下見だな?
下見だった。
同時掲載の時間間違えてたので今、掲載致します