6.異世界の朝
明るくなって目を覚ましたコンラートは、とてもじっとしていられず、外に出てハマーの窓を叩いた。
「トーゴ、起きてくれ」
スモークのかかった後部座席の窓が下がると、驚いて大声になってしまった。
「おい、どうした、武器はどこにある」
「コンラートさん、おはようございます~」
二時間ほどしか寝ていないトーゴが、ぼーっと覗いている。
「武器はどうした、武器は」
「ああ、武器ですね、えーっと、収納しました、えっと、これです」
収納アイテムリストから対戦車砲を取り出した。
「何だ、どこから出した、マジックか」
「あ、いえ、ここが異世界ならもらえてるアビリティがあるはずだから、いろいろ試してみたんです。
これは、次元収納で、命のないものならどんな大きさの物でも収納したまま保存できて、いつでも取り出せるっていう機能なんですよ。
コンラートさんとカッサンドラさんももらっているはずなんで、後で試してみましょう」
「はぁ?なんだそりゃ」
「まあまあ、とりあえずお茶でも飲みますか」
「お前はお茶ばっかだなぁ」
「はあ、すいません、どうも」
そう言いながらごそごそと起きだした。
ふたりでテーブルと椅子を引っ張り出す。雨はやんでいたので、タープを張る手間は省いた。
テーブルと椅子を取り出すためにトラックの荷物室を開いたので、カッサンドラも起きだしてきた。
「おはよう~」
「おお、起きたか」
「パパ、異世界どうなった?」
「そのまんまだなぁ」
「おはようございます、カッサンドラさん、お茶いかがですか?」
「うん、ありがとう」
砂糖を入れた紅茶を出して喉を潤してもらっている間に、ついでに朝食も出してしまうことにした。
少し水を入れてくしゃくしゃにしたアルミホイルを敷いたキャンプ用の鍋に、缶詰のパンとソーセージを出して入れ、蓋をして軽く温める。やはり、朝は暖かいものに限る。ヨーグルトが欲しいところだが、さすがに持っていない。
食べ終わったところでゆっくりとコーヒーを淹れ、トーゴは自分が理解している異界渡りについて精一杯説明した。
「うんじゃ、なんだ、つまり、俺たちは自分の地球から、こっちの地球に来た、と」
「はあ、まあ、たぶん。本当はよくわかんないんですよ。地図があればいいんですけど。
並行世界の地球に転移したなら、少なくとも大陸図は大きく違わないはずなんです」
「えーっと、大量の爆薬のエネルギーが異空間への扉を開いて、私たちを車両ごと吹っ飛ばした、という昨日の話でいい?」
「うーん、そうですね、はっきり言いきれるわけではありませんが。
トラックにもハマーにも傷ひとつないでしょう? 普通は考えられないじゃないですか、何発落とされたかはわかりませんが、一発や二発じゃなかったでしょう? 直撃は免れても少なくともアスファルトの破片くらいは当たっていて、塗装なんか傷だらけになっていませんか。それがないところを見ると、普通じゃないことが起こったと思わざるを得ないです」
「うーん、確かに」
「えーっと、カッサンドラさん、ちょっとキツイ質問なんですけど、爆撃を受けてコンラートさんに庇われた時、死んだ、と思いませんでした?俺は思ったんですけど」
「うん、思った」
「その時、何を考えました、何かを強く望みませんでしたか?」
カッサンドラは、父の顔をちらっと見て、小さな声で答えた。
「エリンのところに行きたいって思ったわ」
「俺は、だからここへ飛ばされたんじゃないかと思うんです」
「え?」
「トーゴ、どういう意味だ」
コンラートが低い声で詰問口調のセリフをぶつけた。
「いや、怒んないで、ね、怒んないでくださいよ。
俺たちは本当は死んでいたはずです。なぜ死なないで飛ばされたか、俺も考えたんです。
俺は死んだと思った時、アンナとカレン、妻と娘ですけど、ふたりの幸せを祈って、死んでしまうけどごめんね、って思いました」
「おお、そうか……」
「コンラートさんは?」
「俺はドーラを死なせないことしか頭になかったな」
「つまりですね、ここのところ何度も大量爆撃があるじゃないですか、すごいエネルギーが爆裂してますよね。
エリン君が亡くなった時、もしかしたら異界と地球の次元に穴が開いてしまって、何人かが飛ばされたんじゃないかと思うんです」
「え、ほんと? エリンは生きている?」
「いえ、もちろん地球ではお亡くなりになっているんです。埋葬なさいましたよね。
でも、カッサンドラさんがエリン君に会いたいと思った時、同時に爆撃のエネルギーが異界との扉を再び開いたなら、可能性ですけど、本当にエリン君が飛ばされた異界に飛ばされてきたかもしれない、と俺は思ったんですよ」
「なんだ、そりゃ」
「すいません、説明不可能です。
要するに、俺は山のようにSFのような、ファンタジーのような本を読んでいて、すごく正直に言うと、そんな本の中には、異界に呼ばれて行った、そして自分の意思で帰ってきた人の実際の体験談も、まあ、デフォルメされてはいるけど、含まれているかもしれないな、とか思って、それを楽しみながら成長したんです。
そんな時には、飛ばされる人や異世界に呼ぶ人の意思が強く影響するんですよね、お話のことで恐縮ですけど。それに倣って、お母さんに助けを求めたエリン君と、エリン君のところに行きたいと強く願ったカッサンドラさんの意思が行き先を決めたかもしれない、と思うんです。
いや、笑ってくれていいです、大人の考えることじゃないですよね」
「うーん」
カッサンドラもコンラートも、この奇妙な日本人が何を言いたいのか本当のところは全然わからないでいる。
だが、この現実だ、どうしたらいいのか。やみくもに動き回ることもできないし、とにかく三人で意思統一しなければ、今度こそ本当に死んでしまうだろうことだけはわかっていた。
「ま、まぁ、とりあえずおふたりともステータスボードを開いてみませんか?」
「何だそりゃ」
「えーっとですね、こう、左手を前に出して」
ふたりは、言われるままに左手を前に出して手のひらを上にした。
「ステータスボード、オープン、って言ってみてください。
あ、恥ずかしいから口に出さなくてもいいですよ、思うだけで十分ですから」
とは言われたものの、おもわず、「ステータスボード、オープン」と声に出してしまうふたりだった。実に恥ずかしいのだが……知らないって怖い。
「あ、なんかある」
「出ました? 読めます?」
「おい、なんだこりゃ」 と、コンラート
「うん、読めるよ、カッサンドラ・エリナート・チェルネフスカ、これは名前だね、年齢は秘密にさせて」
「あの、収納って書いてありませんか?」
「あるよ、ある」
「それが無限収納、異次元収納なんです。石一個でも収納できるし、できたてのスープを鍋ごと収納すれば一年たって取り出しても熱いままです。なんだったら、このトラック丸ごとでも収納できますから」
「お、俺のにも書いてある、ほう、これで武器を全部収納したのか、すごいな」
ふたりも結構夢中になって、そのあたりの葉っぱや石から始めて、コンラートなどはついに対空砲を出し入れして、「おお、こりゃ便利だ」などと騒いでいた。
ふたりの気持ちがすごくわかるトーゴは、とりあえず落ち着くまでコーヒーを淹れなおして、ゆっくりと待っていた。