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志願兵  作者: 倉名依都
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5.異世界への転移

読んでくださっている方々、ありがとうございます。

すごくうれしいです。

 目と耳を手でふさいで、娘の上に覆いかぶさっていたコンラートは、爆音が聞こえなくなっていることに気付いて体を起こした。

「ドーラ、大丈夫か」

「パパ、重い」

 おお、生きていたか、と安心して急いで娘の上からどいた。


 ほっと一息ついたふたりは、窓から外を見て驚きで声も出ない。

 え?何?


 トラックは、麦畑が両側に延々と続く舗装道路に駐車していのだ。爆撃機を撃墜して、報復爆撃を受けたのだから、道路も麦畑も穴だらけで、麦畑は燃えて煙が立ちこめているはずだ。


 だが、どうだろう。

 外は滴るような緑、小雨が降っている。雨が木々を濡らす柔らかな音と、風に揺れる木の葉が擦れ合う音が森に満ちている。トラックとハマーが止まっているのは、森の中、ぽっと開けた低木混じりの草地だ。呆然として顔を見合わせているふたりの口は、ぱかりと開いている。


 トラック前部に近接して駐車していたハマーから、トーゴが出てきた。軽機関銃を構え、あたりを警戒しながらトラックの助手席ドアの方に来る。

「トーゴ、無事だったか」

「はあ、コンラートさん、何てことをしてくれるかなー、死ぬかと思いましたよ」

「あはは、スマンスマン、頭に血ぃ昇っちまって、思わずなぁ」

「まあ、今更どうしようもないですけどね、今度から対空砲撃つときは声をかけてくださいね、俺逃げときますから」

「おう」


 状況に較べて、しごくのんびりした会話にカッサンドラが苛立った。

「ねえ、パパ、トーゴ、それどころじゃなくない?

 ここどこ?いったいどうなってんの?」

 トーゴが、にやりとした。

「多分異世界だと思います」

「え? イセカイ?何それ」

「まあ、なかなか説明は難しいです。

 何が出てくるかわかんないんで、とりあえず安全確保しましょうか」

「おう、どうすればいい?」

「こういう時は、まずお茶を飲みましょう」

「「はぁ~?」」

 あきれた声が、完全にハモった。


 トーゴがハマーを動かし、トラックに対して直角に駐車した。背後・左右からの奇襲を防ぎ、前方九十度を警戒すればいいようにした、形ばかりだが、お茶を飲む間くらいは心理的な安全感が欲しい。

 小雨でもあり、タープを張ってさらに安全感を作り出し、トラックから折り畳み式のテーブルと椅子を取り出してセットした。

 ハマーからは、これも私物の小型カセットコンロと野営用ケトルを出してきて湯を沸かす。紅茶パックとバターケーキでティータイムとなった。


 どのくらい私物を詰め込んでているのだろうか、まだまだ出て来そうな予感がする。



「なぁ、トーゴ、どういう状況なんだ?俺は茶ぁ飲んでていいのか?」

 まだ呆然としたまま、言われるままにタープを張ったりテーブルと椅子を運んで来たりしていたコンラートは、とりあえず紅茶に口を付けて、ため息をついた。

 カッサンドラはぐったりと椅子の背にもたれ掛かり、父に握らされたマグカップで両手を温めている。ショックで少し寒く感じているのだろう。


「いきなり動くのは危険です。とりあえず落ち着きましょうか。

 三人で仮の共通理解を形成しましょう。それから動く方がいいと俺は思います」

「まあ、確かにそうだなぁ、おまえ、よくこの状況で落ち着いていられるなぁ」

「え?  だってあせって動く方がよほど危なくないですか?」

「そりゃそうなんだが。

 そういえばトーゴ、さっきイセカイとか言っていたか?説明してくれないか。

 俺は何が何だかさっぱりだ」


「ええ、できるだけやってみますけど、わかってもらえるかどうかは……」

 トーゴは、異世界というコンセプト自体、妻の国の人たちにわかってもらえるかどうか疑問を持っていた。あれは遊びの一種で、想像の世界に一緒に飛んでいける人たちだけの特別な世界だと思っていたから。

 けれど、こうなってしまえば、そんなのんびりしたことを言ってはいられない。

 三人は既に運命共同体だ。とりあえず“こんなこともあるかもしれない”という程度でも理解してもらう他はない。


「カッサンドラさん、不思議の国のアリスって本、読んだことありますか?イギリスの本ですけど」

「え? うん、あるわ。英語の勉強をするときに読んだわよ、翻訳があるから突き合わせて読むと楽だったから」

「あれは結局夢落ちっていうか、転寝うたたねしていたアリスが見ていた夢の世界ってことでしたよね。

 異世界っていうのは、あれが夢じゃなくて、現実だった、っていうことなんです」

「?」

 ふたりとも全然わかっていない。


「えーっと、じゃあ、説明を変えると、SFで、並行世界ってわかります?」

「うん、私はちょっとわかる。それって、宇宙はいろいろあって、地球もたくさんあって、それぞれの時間軸が重なりあうことなく、同時に存在している、って、そんな感じ?」

「おい、俺は全然わからねぇぞ」

 コンラートが茶々を入れる。


「そうですね、コンラートさんは、火星のプリンセスって映画見たことあります?

 アメリカ人が火星に飛ばされて、そこの王女さまを救って王になる話ですけど」

「うーん、知らん」

「じゃあ、指輪物語は?」

「おう、それは名前だけ知ってるぞ。なんか旅をして、指輪を火山に捨てるんだよな」


 トーゴは、うーん、と唸った。何というチョー理解。

 指輪物語を、簡潔にまとめるとこうなるのか!


「わかりました、説明が悪いですよね。

 つまり、ここは、映画のようなことが現実に起こった世界だと思ってください。

 俺たち、爆撃されましたよね、だけど直撃はしなかったみたいです。

 周囲で膨大なエネルギーが爆発して、その力がたまたま俺たち、っていうか、二台の車に集中したんだと思ってください、その力で、俺たちのいた地球からここに吹っ飛ばされたんです。

 わかりにくかったら、なんか、大西洋のど真ん中の無人島にぶっ飛ばされたと思ってください、とりあえずそんな感じです」

「つまり、なんか?えーっと、ここは元の場所じゃなくて、これは映画のセットじゃない。現実だってことで、そこはいいんだな」

「そうよ、パパ、現実なんだよ、たぶん」

「えーっと、そこはもう納得してください。

 この雨も、森の木々も、足元の草も、現実以外の何物でもありませんよ。

 どこの物好きが戦場の真っ只中からわざわざトラックとハマーを運び出しますか? 物資もそのまま載っていたじゃないですか、そんな壮大なイタズラ、ありえないでしょう?」


 うーむ、と腕を組むコンラート。

 落ち着こうとして紅茶を飲み下し、ゴホゴホ咽るカッサンドラ。

 無意識に娘の背を撫でながらも、どこかに映画用のカメラかなんかが設置されていないかと森を見回す。


 トーゴは黙ってコーヒーを淹れる。野営のコーヒーは、鍋に沸かしたお湯にコーヒーの粉を入れ、ストレーナーで漉せば上等、なかったら粉が沈むのを待つだけだ。


 まったく、やってらんないよねぇ、日本人なら異世界くらい常識なのに、とか思ってはみたが、仮に相手が日本人だったとしても、全く異世界作品を読んだことがない人に説明するなら、同じことかもしれなかった。

 はー、と、ため息を漏らしながら三人分のコーヒーを淹れる。金色のコーヒーフィルターがきらりと輝く。ペーパーフィルターがいらないやつだ。


 カッサンドラとコンラートがコーヒーを飲んで、何となく現実を受け入れそうになったところで、トーゴは今日を乗り切るために、眠れることを最優先することにした。

「不用意に動くのは危険です。

 とにかく今日はここから動かないで、安全に眠れるようにしませんか」

「おお、そうだな、うろうろする前にまず安全なヤサとメシを確保だな、後はそれからだ。

 ドーラ、お前は休んでろ、俺とトーゴでなんとかする」

「うん、お願い、パパ。トーゴごめんね、明日は役に立てるようになる、ごめん」


 トーゴは、異世界あるあるの色々な機能、ステータスボード呼び出しや魔法を試してみたくて仕方がなかったのだが、この状態ではとてもふたりには受け入れられないことも確かだった。

 コンラートがトラックの運転席で、トーゴがハマーの運転席で眠り、カッサンドラはトラックの荷物室の救急搬送用の壁釣りベッドを下ろしてできるだけ落ち着いて眠ってもらうことになった。一部救援物資を下ろしていたことで余裕があったが、荷物を動かしてベッドを下ろすには少々時間がかかった。テトリスみたいだね、と、トーゴは思ったのだった。


 タープの下で、インスタントスープと缶詰のパンを食べ、100%オレンジのペットボトルを開けると、もう薄暗くなってしまった。降り続く小雨の中、タープやテーブルをしまい込んで、あとはもう明日まで眠るしか、やることもやれることもない。


 コンラートは手の届くところに軽機関銃を置き、毛布をかぶって浅い眠りについた。とても疲れていたのだ。とくに精神的に。

 カッサンドラは、暗い荷物室に降参、電池式のランタンをつけて今日1日のことを考えていた。よくわからないが、トーゴは異世界に飛ばされたのだと言う。いささか眉唾というか、理解しがたいことだが。そのままでは眠れそうになかったので、リュックをごそごそと探って、入眠補助薬を取り出して飲んだ。エリンを失ってから、この薬に頼ることが多い。

 ランタンを消すと、間もなく静かな眠りが訪れた。


 トーゴが眠るどころじゃなかったのは、当然だ。

 ハマーにひとりきりになると、さっそくステータスボードを呼び出し、大喜びしてしまった。界渡りの特典は、ステータスボード、全言語理解、無限収納、鑑定、のはずだ。それがないと、異界へ渡って来て魔獣に対面する者たちは到底生き延びられない。

 トーゴのステータスボードには、無限収納機能の他に、マップとマーカー機能も搭載されていて、もう欣喜雀躍だった。さっそく探知を掛けて、カッサンドラとコンラートをマークした。これがあれば、いちいち見に行かなくてもふたりが生存しているかどうか確認できる。

 次に収納を試し、身の回りにある武器や食料を出したり入れたりして、安全であることを確認、収納しまくった。広々としたハマーを見て、とても満足だった。

 その後、好奇心に引きずられて、周囲の生き物を探知したり、探知状態で鑑定できるか試したり、夜が白々と明けかけるまで楽しく過ごしたが、やがて寝落ちしてしまった。


 寝落ちしたトーゴの手元から、ステータスボードが音もなく消える。


意外かもしれませんが……主人公は浜崎東吾デス



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