3.輸送隊
輸送のトラック隊が出るところだ。
五台のトラックには、医療品、食料、水、毛布、防寒着など、流通が滞っている場所で必要とされるものが満載されている。
カッサンドラは、次から次へと届く物品の入庫管理をしていた。
西の国境、比較的安全とされた場所の小学校の空き教室で寝起きした。送られてくる品物の開梱、リスト作成、物品の仕分けをして、パソコンに数量を打ち込んむ。このリストは直接作戦本部の兵站管理に送られ、そこから物品をどこへ送るか指示が来る。
二週間ほどすべてを忘れて数字と格闘していると、父・コンラートが娘を探してやってきた。
「パパ」
カッサンドラは二度と会うことはできないだろうと思っていた父の腕に抱きこまれて、その涙が再び髪を濡らすのを驚きとともに受け止めていた。
「パパ、どうして」
「探したよ、ドーラ」
「え?」
「俺も志願してきた。昔指導した部下に頼み込んで、ここに送ってもらったんだ
いつの間にか偉くなっててな、恩を返すと言ってくれたよ」
「パパ」
「ドーラ、俺にももうお前しかいないんだ。一緒にママとエリンのところに行けたら、その方がいいんだ、頼む、俺をひとりにしないでくれ」
カッサンドラの瞳も涙で濡れていた。
結局、コンラートとカッサンドラはペアを組んで、物資輸送の任に就くことになった。
カッサンドラが運転と物資の引き渡し管理、コンラートが護衛だ。
女性を戦地に出すのは難しい。まして、男性とペアを組ませるとなると隊も考える。だが、父娘ならば問題は少なくなる。コンラートには戦力として十分な力が認められ、その娘が運転と事務方を担当するなら、比較的安全な地域への輸送を任せることもできる。
志願兵、まして女性と六十三歳の男性ともなれば、これは精一杯の任命だ。徴兵年齢の兵は前線に送り込まれ、志願兵は簡単な訓練の後、後方支援に割り振られた。
出発前の檄が飛び、それぞれのトラックに乗り込んだ。
カッサンドラが左の運転席、コンラートは助手席にフル武装で乗り込む。座席の後ろには改造された武器置き場がある。肩担ぎ式の対空砲、最新式の対戦車砲、軽機関銃、ライフル、手榴弾。
カッサンドラは、慣れた手つきで自分のバックパックを兵器の上へ置いた。ネルシャツのポケットをたたいて、エリンがそこにいることを確認する。
運転席側の窓に、男の顔がのぞいた。
「今日の護衛、トーゴ・スプレスクです。最終目的地まで先導します。
「よろしくお願いします」
「おう、トーゴか。頼むぞ」
コンラートは助手席からトーゴに手を差し出す。トーゴがその手を取って、しっかりと握手した。
「はい」
軽く敬礼し、トーゴは割り当てられた車両へと走っていった。
五台の輸送トラックと四台のハマーで形成された隊のうち、トラック2台が前線方面へ行く。こちらには武器も積まれていて、危険な任務と言える。
残りの三台は、途中で順次分かれて村や町に物資を運ぶ。空っぽになった帰りのトラックで、負傷者や妊婦、子ども、老人を運ぶ任務もある。
トーゴは、衛星通信機器を備えたハマーで、連絡と現在位置情報、安全確認を担当する。防弾仕様の車両には、木箱に詰めた武器・弾薬を積み込んでいる。
幹線道路を五十キロほど走ったところで、カッサンドラとコンラートのトラックは、隊から離れて北東に向かうことになっていた。先頭の指揮車が停止して、最後尾のカッサンドラとコンラートに指示書が手渡される。
物資輸送トラックの車両ナンバー、積載物資一覧表、運転手と護衛の氏名、識別ナンバー、そして先導車の車両ナンバーとトーゴの氏名などが記載されている。身分証明書と通行許可証として使用される。
カッサンドラ、コンラート、トーゴが車両から降りて、指揮官に敬礼した。
さらに西へと進む隊列に帽子を振って、隊列の窓から帽子を振り返されて、任務の完遂と無事を祈り合った。
「さあ、行きますか。この道を三十キロほど、そのあと東方向へ八十キロほどです」
三人はトーゴがアイパッドに呼び出した地図を頭を寄せるようにして見ながら、目的地とそこまでの進路を確認する。
「ええ、わかったわ、大丈夫よ」、とカッサンドラ。
「安全確認はどうだ」、とコンラート。
「はい、途中の村で一度支援物資を下ろします。そこまではクリアです
そこでもう一度情報確認します」
「うむ、わかった、よろしく頼む」
先導車と輸送車、三名の乗員は順調に進んで、流通が寸断されて物資が届きにくくなっている小さな村で食料と医薬品の支援物資を下ろした。
コンラートが物資の受け渡しに立ち会い、カッサンドラが数量を確認して受け側のサインをもらっている間、トーゴは難しい顔で衛星通信機器を操っていた。
「どうだ、トーゴ」
「あ、コンラートさん、どうも。
しばらくは問題なく進めそうです」
「なんだ、何かあるのか」
「はい、ここなんですけど」
トーゴは、目的地の手前五キロほどの路上画像をメモリーから呼び出す。
「うむ、これは放置車両か」
「ええ、そうなんですけど」
「なんだ、トラックが通れない幅なのか」
「いえ、そうでもないんですけど」
カッサンドラが、サインをもらい、トラックの後ろ扉に鍵をかけて合流した。
「どうかしたの?」
「うむ、トーゴがな」
「うん?」
「あ、カッサンドラさんお疲れさまでした。
これなんですけど」
「これ?道路に自動車が雑然と並んでいるわね?」
「はい、そうなんです。
周辺は大体麦畑か果樹園です。一部まだ種蒔き前の野菜畑もありますよね。これなんかは作業小屋みたいです。
そして、ここ、放置車両の向かい側ですけど、ちょっとした林になっています」
「どれどれ、おお、確かにな」
「何が問題なの?」
「はい、あたり一面畑なんです、路上に自動車を放置する必要ありますか? こんなにもたくさん。ちょっと脇によけてまっすぐに並べるとか、むしろ林側に寄せて道路を開けておきませんか、普通。
どう思います、コンラートさん」
「つまり、トラップだと?」
「考えすぎでしょうか」
「どうかしら?」
「トーゴ、何か考えがあるのか」
「この街にはまだ大規模な攻撃はありませんよね、小規模な空爆だけです」
「ああ」
「大規模空爆前に、偵察員が入っていないでしょうか」
「そりゃ当然入っているだろう。2,3年前から入っていても不思議じゃない
そうでなくても、敵国に友好的な住民が密かに徴用されるなんてのは当たり前だ」
「そうですよね。
それでですね」
口ごもるトーゴを、カッサンドラが促した。
「なに?遠慮しないで」
「はい。つまりですね、間もなく空爆があることを知っている誰かが、補給のトラックが来る情報を得て……」
「待ち伏せている」
「ありうるかと」
「うむ、そうかもしれん。
何しろ食料、医療品、大型テント、寝具、防寒衣料。物資満載だ、このトラックは」
「普通に補給トラックを強奪したら犯罪になりますが、すぐに空爆になると知っていたら。空爆後には混乱の中、トラックのことなど忘れられるでしょう。
問題になったとしても誰がやったかわかりません。
数は大したことありませんし極秘ではありますが、ハマーに最新鋭の武器も積んでいますし」
「そうか。俺の方にも対戦車砲と迫撃砲が乗っている。対空砲もある」
「はい、略奪したくなるのも無理はないです」
しばらく難しい顔で考えていたコンラートが決断したようだった。
「この街の防衛隊にチェックしてもらおう」
「誰か心当たりがありますか、待ち伏せしている人たちと知り合いだと意味がないです」
「ああ、確かにそうだな。
よし、まだるっこしい、権利の乱用だ。コネを使うぞ」
そういって、コンラートは衛星通信仕様のスマホを取り出して直通番号を入力した。
ニマリと笑い、ふたりに背を向けて低い声で話をしていたが、向き直った時は少々顔色が悪かった。
「俺のコネに直接連絡したんだがな」
「どうかしたの、パパ?」
「トーゴの言う通りかもしれん、と」
「そうですか、大規模空爆でしょうか」
「ああ、その線が一番ありそうだな」
「え?大規模空爆?」
カッサンドラの顔が青白くなった。エリンが死んだ空爆と、抱きしめた冷たい体を思い出したのだろう。
「ドーラ、これが予告になったんだ、気を楽に持て。
俺のコネが、空襲の可能性ありとして避難勧告を出すそうだ。
地下室があるところはすでに避難場所になっている。心構えをする時間があれば、外を歩くこともない、大丈夫だ」
「ええ、パパ」
トーゴが、うーん、と唸って手で目を覆った。
兵役のない日本に生まれて育った。戦闘訓練の経験のない外国籍の志願兵として、妻の実家の姓を名乗って軍に入り、初日から銃を持たされて射撃訓練をした。わずか三日で護衛の任に就いたが、正直に言うと、まだ人に向けて発砲したことはなかった。
主として、通信機器の操作や情報端末の扱いを評価されて護衛のハマーを任されている身の上だ。
「トーゴ、どうした」
「はい、まだ人が殺されるところを見たことがなくて、想像すると……
すいません、カッサンドラさん。申し訳ない」
トーゴはカッサンドラとコンラートの事情を簡単にではあるが聞かされていた。
「ええ、私だって初めてだったのよ、気にしないで」
「ありがとうございます」
ハマーは、アメリカ製の車両で、ジープやランドクルーザーのような道がないところも行ける設計。このお話で出てくるのは軍仕様で、防弾。