14.スキル・調剤とナイフ術
六日目、カッサンドラは鑑定と収集で午前中を過ごし、午後はスキルで調薬を試した。
トーゴは小川沿いにドローンを飛ばし、右岸を行くか左岸を行くか決めるために地図を作ってその日を過ごした。
昼過ぎに、カッサンドラがトーゴのところにやってきた。
「トーゴ、ちょっと聞いていい?」
「はい?何でしょう」
「あのね、調薬にトライしてるんだけど、なんだかほとんどが水薬みたいなのね。それで、材料の薬草なんかはあるんだけど、水がね」
「水が?」
「えーっと、飲み薬でしょ?」
「いや、飲むとは限りませんけど、一応飲むこと前提で」
「飲まない?」
「はい、単に患部に掛けることもあると思います。完成品ができたら試してみたいです」
「ふーん、そうなのね。
でも、毒消しポーションとか、飲むよね」
「飲みますね」
「つまり、えーっと、できた薬をどうやって保存する? ガラス瓶ないのよね」
「ああ、なるほど。そうですねぇ」
「水も、聖水とか、薬用水とか、書いてあるんだけど、どうしよう」
「あ、それなら、とりあえずペットボトルの水を使ってみたらどうでしょう。
別に問題ないと思いますよ。質的には多少聖水より劣ると思いますけど、薬用水なら十分です。きちんと飲用に検査してある水ですから、十分に使えると思います。
保存にも、水を飲んじゃって空いたのを収納してるペットボトルを、軽くすすいで使ったらどうでしょう」
「え?それでいいの?瓶って書いてあるのよ?ガラスじゃなくていい?」
「いや、単にこの世界にプラスチックがないってことでしょ?
プラスチックがどうこうなるような、酸性やアルカリ性の強い薬品なんか人間が飲めるはずないですし」
「あ、そうか!」
「水のペットボトル、グロス単位でありますよね、大丈夫ですよ、薬作ってもダース単位です」
「だよね、ありがとう」
こうして、貴重なはずの上級回復ポーションも、最上級毒消しポーションも、スキルの練習の成果として、二リットルのペットボトルに納められて次元収納に放置された。
この森の中の材料では、初級のポーション類はできなかった。いきなり上級から始めることになったので、効果のほどはまあ、まずまずだ、何しろ材料がいいから、という程度だろう。
ただ、スキル経験値は爆発的に上がった。ほぼ経験値ゼロ状態から上級の材料を使い放題なのだから、当然のことだ。面白いように腕が上がった。
後になって、この頃作った贅沢ポーションを思い出し、ガラスのポーション瓶に小分けにして売るのだが、もちろん大儲けだ。
それはまだ、少し未来の話。
夕食時、トーゴがコンラートに頼みごとをした。
「コンラートさん、頼みがあるんですけど」
「なんだ、うん?」
「すいませんけど、俺に短剣術というか、ナイフの近接戦を教えてください」
「お?なんだ、やる気になったか」
「はい。わりとなりました。
この状況です。銃器だって弾が切れたらちょっと丈夫な棍棒ですからね、余裕があるうちに刃物の扱い方を教えてもらった方がいいですよね」
「当然だ。ただ、なんでナイフなんだ?」
「はい、考えたんですけど。
俺たち、体育の授業で剣道、これはフェンサーですね、それから柔道、これは体術です、その二つは習うんですよ。だから、その二つで強くなろうとするとすごく大変だってことだけは知っているんです。
剣道なんて、少し上手の人が相手だと軽くコンと当てられてすぐ負けです。柔道もあっという間に一本です。気が付いたら天井向いて寝転んでますから」
「ま、そうだろうな、おまけに実践向きじゃないだろう?」
「はあ、そう思います。ルールのあるスポーツと、命のやり取りとは別物ですから」
「それで、昔見た映画を思い出したんです。右手にナイフを持って、左は素手なんですね。
武器はナイフで受け流すか弾いて、左手で相手を掴みに行くんです。利き腕を取ってもいいし、前に出てくるなら胸元に入り込んで背負い投げに持ち込んでもいい。隙があれば足を払う。あれは実践向きだと思ったんです」
「うーん、なかなかそこまではいけないだろうがな、型は教えよう。軍隊格闘術の一種だからな。
中距離向きに何かを投げる練習もしたらどうだ」
「あ、はい。そうですね、どこでもできるし、それはいいですね」
こうして、コンラートはトーゴにナイフの扱いと、戦い方を教えることになった。
ナイフ戦では、一撃必殺に持ち込むのは難しく手数勝負になるが、相手に触れさえすれば血を流させることができ、その流血と痛みが体力と気力を奪う効果がある。
トーゴとしては、自分が不意の接近戦を余儀なくされた時、コンラートが助けてくれる間、あるいは対物バリアを張れるまでの間、ほんの数秒稼ぐことを第一目標にしている。
投げる方にもナイフを選び、木の幹を的にして、木切れを削ったものから練習を始めた。
ナイフによる接近戦を想定している以上、手に馴染んだ武器を投擲するというのが合理的だ。相手も、主武器を投げつけてくるとは思わないだろう。どうせナイフはダース単位であるのだ、失くしたとしてもそれほど痛手にならない。
なかなか当たるようにならなかったが、持ち方、投げ方、腕の振りなど、様々に工夫して、座ったところからでも命中することを目標にした。
トーゴは理解していた。
このチームでは自分が行動指針の要である情報収集を担当していて、決して死んではならないことを。そして、最大戦力であるコンラートは、カッサンドラが倒れれば、前に進むことを諦めるであろうことも。
三人のうち誰が欠けても、この暑く湿った密度の高い森の中で魔獣のエサとなるだろう、確実な未来を。