10.森へ
らせんを描くように、できるだけ広範囲にドローンを飛ばした。森を出るために、進む方向を決めなければならなかった。
「どうだ、なんかわかったか」
夕食に呼びに来たコンラートが尋ねる。
「ええ、川を探していたんです。川沿いに下流に歩けば、やがて開けると思うんですよ。森を出てしまえばハマーで進めますからね」
「ああ、そうだな。それでどうだ、川はあったか」
「はい、南西の方角です。明日は川まで行きませんか」
「ああ、メシを食いながら打ち合わせようぜ」
「はい」
トーゴはドローン一式を慎重に納めて夕食に向かった。
明日はここを離れて川まで行くことでまとまった。
川の傍にいれば少なくとも水に困ることはないから、そこで二、三日野営をして場慣れしようということになった。トーゴの慎重な意見が場を支配していた。
サバイバルの最大の敵は、一刻も早く楽になりたい、この場から脱出したい、という悲観的な未来予測と、それに引きずられ焦りに支配された心理状態だ。これが生存確率を下げる。まず、足元を固めて、落ち着いてまわりを見る余裕を作り出せれば、凡ミスで死に直面する可能性は確実に下がる。
環境に心と体がついてくるまでに時間をかける。
食べ物が十分あるのだから、余裕のあるスケジュールを組む。
これがトーゴのストラテジーだった。
「服装ですけど、長袖、長ズボン、ブーツ、帽子、手袋です。上から虫が落ちてきますよ、森ですからね、首にタオルかバンダナを巻いてください。
背中を護るために、一応何か背負ってくださいね。
野営と山歩きの経験はありますか」
「ええ、大丈夫」
「もと軍人だ、問題ない」
「カッサンドラさん、そのスニーカーでは歩けませんよね。落ち葉に足が潜り込んだ時に、靴の中に虫が入ってきます。
ほかに靴はありますか?」
「そうね、支援物資の中に安全靴があったから、山歩きの時の雨よけカバーをかけて保護するのでどうかしら」
「安全靴なら大丈夫でしょう。ですが、長靴の方がいいと思います。ありませんか?」
「探してみるわ。確かに安全靴は少し重いかもね」
「ええ、無駄な疲労は避けたいですから」
コーヒーを飲みながら、コンラートがちょっと弱音を吐いた。
「なぁトーゴ、俺な、あのでっかい飛ぶ奴、倒せるか?」
トーゴの回答は簡潔だった。
「楽勝です。
コンラートさん、単騎で爆撃機を落としたじゃないですか。
今度の相手はデカいだけの、ただのトカゲですよ。ドビシューとか、対空砲で一撃です」
「そういうもんか?」
「間違いなく楽勝です。コンラートさんは水魔法と火魔法も使えますけど、生半可な魔法なんかより、対空砲一発です、問題ありません」
「あいつなぁ、火ぃ吹いたりしねないか?」
「吹く前に当てましょう。準備行動があるはずですよ、すぐには吐けないでしょう?
俺が索敵をやります、絶対に先制させますから。
コンラートさんの集中力と対敵での冷静さがあれば、わざわざこっちに向かってきてくれるトカゲ一匹、外したりしませんよ」
「そういうもんか?」
「保証します」
「そうか。信じてるぜ、トーゴ。俺は気合い入れていくからな、頼んだぞ」
支援物資を次元収納に入れてしまったトラックの荷物室は広々としていた。コンラートとカッサンドラは簡易ベッドを広げて、毛布を使い、ゆっくりと眠ることができるようになった。
トーゴは相変わらずハマーの後部座席に横になる。分配して収納したアイテムの中から毛布を取り出し、こちらも今日は眠る気になっていた。明日は異世界の森を歩くのだ、睡眠不足はよくない。
ようやく落ち着いて夜空を見る余裕もできた。
森の木々の隙間から見える範囲には、地球で見慣れた星座配置はどこにもない。あるいはここは並行世界の地球ではないのかもしれない、いや、いわば”南半球“に来ているのかもしれないから、言い切ることもできないか。
それにしても美しい。どこにも空からの光を薄めてしまう照明がないのだ。
月を探したが、それも見つからなかった。
そろそろ異界渡りの次元の揺れが解消されてきたのか、どこかから「ギャオー」だの「キキキリー」「ギョエギョエー」など、聞いたことのない雄叫びや警戒音が届く。
ああ、出発するべき時が来ていたな、と思いながら、トーゴは意外とすぐに眠りに落ちた。
次話から、魔獣の森深部でのハード・サバイバルが始まりますが、
食料がたっぷりあるだけに、体力温存最重視で進みます