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志願兵  作者: 倉名依都
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9.出発の準備

 ステータスボードに慣れ、この世界を受け入れる気になったコンラートとカッサンドラを前に、トーゴはこの先どうするかという問題を話し合う時が来たと思った。

「あのですね、このままここに居続ける訳にもいきません。

 この先どうするか、明日はそれを話し合いませんか、明日までに自分の意見をまとめておきましょう。それぞれ一番いいと思える道を話して、どうするか話し合いましょう」

「おう、わかったぜ、考えてみるわ、俺はパン屋がやりたいけどなぁ」

「パパったら、もう。

 大体ここにはパンを食べるような人、住んでいるのかもわかんないのに」

「そうだよなぁ」



 異世界も三日目になって、ようやくこの先のことを話し合える状態になった。

「誰からいきます?」

 朝食の後のコーヒーを楽しみながら、話し合いに入った。


「俺からでいいか」

 コンラートが一番手になった。

「俺はな、ドーラがいるならそれで不満はねぇ。

 ただ、トラックの物資にも限度があるからな、仮にトラックの荷物庫に住むにしても、食い物と着る物は手にいれなくちゃぁなんねぇ、それをどうするかが課題だな。

 この森で手に入れられるものは水、肉、川か湖が見つかれば魚、ドーラの知識と鑑定があれば野草というところだ。

 衣類が足りないし、死ぬまで三人きりで過ごすわけにもいかねぇだろう。

 この森を出て、人がいるところを探すのがいいと思う。

 無事にどこかの街にたどり着けたら、昨日も言ったが、おれはパン屋をやりたい。パン屋は俺の生業なりわいだからな」


 二番手はカッサンドラだ。

「私は、エリンを探しに行きたい。ごめんね、自分の都合だけど、もしトーゴが言うように、エリンがここにいるなら、会いたい。

 今はそれしかないかな。

 もちろん、すぐにできないことはわかってる。

 パパの言うように、街に行って生活環境を整えた方がいいっていうのもわかるわ。

 だから、無理はしたくないけど、エリンが生きているなら、いえ、生きているうちに探し出したいの」


 最後はトーゴだ。

「俺はまずは森を出べきだと思います。

 ここは一時的に安全ですけど、それも長いことはないのじゃないでしょうか。おそらく次元接触のショックで、この周りは一時的に立ち入りできなくなっているんだと思うんですよね、でも、時間が経てば元に戻って、この世界に凶暴な人や動物、あるいは魔獣がいれば、命のやり取りになるでしょう。

 安全なうちに準備を整えて、どうしようもなくなって追いつめられるより前に、こちらから積極的に出ていくべきだと思います。

 目的地は、小さすぎない街がいいでしょう。この世界の人にうまく紛れ込むことができればそれが一番です。

 コンラートさんがパン屋をやりたいなら協力します。

 カッサンドラさんは治癒の魔法が使えるし、薬を売ることもできるでしょう。

 異界渡りや、渡ってきた人の情報を集めてみれば、意外とすぐにエリン君の消息が分かるかもしれません。

 俺自身は、異世界に行けたらいいな、っていう子どものころからの願いが叶ったし、どうせ地球じゃもう死んじゃったんだから、この世界を楽しみたいと思ってます」



 三人それぞれに考えたことを述べたところで、要するにここを出発して街を目指すことでは一致していたので、「出発の準備をする」という意思統一は簡単だった。

 次は具体的な行動計画だ。


「トーゴ、ハマーとトラックはどうする?」

「えーっと、ですね、まずは持っている物のリストを作りましょう。食料は何日分ありますか?」

「あ、それならリストがあるよ、全部支援物資だから」

「そうでしたね、どうです? 三人で何日くらい食べられそうですか?」

 カッサンドラがリストを見ながらざっと計算した。


「そうねぇ、水のペットボトル、オレンジジュース、小麦粉に砂糖、塩、オリーブオイル、まあかなりの量よ。オイルサーディンやツナ、コーンビーフ、ソーセージの缶詰、パンも缶詰ね、プラスチックバッグ詰めのミネストローネもあるわ、お湯で温めるやつね。あとは粉末のポテトスープとかね。ただ、大勢の人に配る前提だから、種類はないのよ、同じものがたくさん、ね。

 そうねぇ、三人なら一年以上かな」

「はい、わかりました。

 他の物資は?」

「防寒ジャケット五十、毛布百、大型テント十、組み立て式の簡易ベッド二十,レスキューシート二百、軍手と軍足、安全靴とマスクがかなりあるわ、ガレキ撤去作業用ね。

 女性用の衛生用品、ティッシュペーパー、赤ちゃんの粉ミルク、石鹸、タオル。

 抗生物質、風邪薬、軽い火傷用の塗り薬。

 点滴や注射器のような医療用具が二箱ね、中身は開けてみないとわかんないわ、病院に箱ごと届けるようになっているのよ。

 他に、降圧剤、インシュリンのような特殊な病気のための薬ね、これはリクエストを受けて必要量を届ける予定だった」

 カッサンドラの顔が暗くなった。この薬を必要としていた患者さんたちのことを思ったのだろう。


「すっごくありますねぇ、大きいですもんね、このトラック。

 カッサンドラさん、よくこんなに大きなトラックを運転できますよね」

 トーゴは上手に気をそらした。

「ええ、パパのカーゴ車とはずいぶん違ったわ。でもまあ、まっすぐ走るのと角を曲がるのができれば何とかなるってことで。カーブの時の前後輪差は練習でなんとかなったけど、バックの方はかなり危ないわよ、私の腕じゃ。

 バックの時はパパにちょっと替わってもらうの」


 品目と数量を打ち出した紙を渡してもらい、トーゴはテーブルで計算していた。

「おまえ、計算機なしでやってんのか、暗算か?」

 トーゴは結果を書き出すだけで、計算機は見当たらない。

「あ、はい、足し算とおよその割り算ですので、暗算の方が早いです」

「そういうもんか?」


「あの、カッサンドラさん?

 この、ブリキのバケツって?」

「それは、水洗トイレの水が出なくなった時のためね。雨水や川の水を運んでくるためのものね」

「ああ、なるほど。

 では、こっちの衣装ケースってのは?」

「ああ、それは私も初めて。

 聞いてみたら、赤ちゃんのグッズ、紙おむつやガーゼ、タオル、離乳食、粉ミルク、果汁の缶詰、哺乳瓶なんかを月齢に合わせて詰めて、お母さんに渡すんだって。

 避難してきている赤ちゃんを個別にリストアップして、係の人がリストと照合しながら居場所確認をして、衣装ケースごと渡して回るらしいよ。

 衣装ケースで清潔を確保する名目で、中身を見えにくくするのかもね。

 係の人が気を付けていて、定時には保温ポットでお湯を配るそうなの」

「ふーん、気を使っているねぇ」


「避難者への援助経験がある人たちからのアドバイスで始めることになったそうよ。

 赤ちゃんは普通に育っていても熱を出しがちだもんね、特別に注意するみたい」

「なるほどねぇ、俺の娘も熱で真っ赤になって泣いていたよ、アンナと交代でつきっきりだったなぁ、夜間救急に連れて行ったこともあったよ。

 実家の母が、電話で「赤ちゃんは成長するときに熱が出るだけよ、普通だから」とか励ましてくれたよなぁ、懐かしいなあ」

「いいおかあさまなのね」

「ああ、ありがとう」


 しばらくして、ふたりをテーブルに呼んで収納配分を行った。

 小麦粉や砂糖など、パン屋を開業できたら使いそうなものはすべてコンラート。

 食料は三分割して、運悪くはぐれてしまっても相当期間持つようにした。

 他の物資も大体均等に分け、医療品の大部分はカッサンドラが持った。

 武器は軽機関銃2丁をカッサンドラに渡し、トラックの物はコンラート、ハマーの物はトーゴが持つ。使い方に慣れているものがいい。


 最後にトラックとハマーをどうするかということになったが、森の中で車両を使うこともできないから、トラックはコンラートが、ハマーはトーゴが収納することでまとまった。



「それじゃあ、明日は出発しましょう。

 俺はこれからドローンをアクティブにして、周囲の情報を地図にしますから、おふたりはのんびりしてくださいね」

「ああ、すまんな、頼むぜ。今日は俺が飯を作るから、そっちに集中してくれ」

「はい、お願いします」


 トーゴはガムテープを米字に巻いて補強した段ボール箱を注意深く開梱し、緩衝材の間からノートパソコンとドローン本体をはじめ、操作に必要な機器を慎重に取り出して組み立て始めた。

「なぁ、これは? ドローンなのか?」

「はい、上から偵察しようと思って」

「こんなものまで持たされてたのか」

「いえ、これは俺の私物です」

「はぁ? おまえなぁ、まさかだぞ」

「そうですか? これ役に立ちますよ?」

「そりゃもちろん、役に立つだろうさ、しかしなぁ」


「いや、俺だって本当に使うとは思いませんでしたよ。でも日本には“備えあれば憂いなし”ってことわざがあるんですよ。いやー、よく持って来たよね、俺、とか思ってますけど、ダメですかね?」

「ダメっていうか、まあ、びっくりさせられっぱなしだよ、おまえにはなぁ。

 ゴールドコーティングのコーヒーフィルターだったか?あの金色のやつにもいい加減驚いたがなぁ、ドローンだってか、なんてっか、もう。他にも何だかいろいろありそうだなぁ」

「まあ、備えすぎだって自覚はありますよ、一応俺にも。

 でも、家に残してきても盗まれるか、部屋ごと爆砕されちゃうかもでしょ?」

「そりゃまあそうだがなぁ。

 ドローン持って志願か、面接官も驚いたろうよ」

「はあ、まあ、それで、これが操れるのならとりあえず情報収集をやってみろ、ってことになったんですけどね」


 質問されるだけでは息が詰まるので、巧みにパン屋の経営などについて質問したり、奥さんの思い出話を聞いたりしながらトーゴは手を動かし続けた。

 時間をかけて確実に組み立て、ドローンを軽く操作してみる。車輛のバッテリーから充電するのに時間がかかり、飛ばした時にはもう午後になっていた。



 ドローンから送られてくる映像に三人は目を見張っていた。

「おい、これって?」

「ねえ、ここって本当に異世界なのねぇ、どうする?  森から出られるの、本当に?」

 まるでプテラノドンのような空飛ぶ何かが、足に巨大な蛇を掴んで飛んでいた。

「うおー、やった、本物だ! あれワイバーンかな」

 喜んで、鑑定を発動しているのはもちろんトーゴだ。

 その空飛ぶ何かは餌を運んでいるのでドローンに興味を示さないだろうが、素早く方向転換して森を撮影しながら帰還させた。


「いましたねぇ、凄かったですねぇ」

「いや、それ? 感想はそれなの?」

「まあ、こんな感じかも、って、一応覚悟してたんで」

「はあ、“こんなかんじ”なのねぇ」


「大物なんかなぁ、よくわからんが」

「かもねぇ」

 父娘の誉めてんだかどうだかわかんない系のひそひそ声は、大興奮中のトーゴに届くはずもなかった。


日本じゃ割と見かけるタイプだと思いますけど、珍し系ですかね?

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