95.ブラッド・イルカスという男
「詳しい説明は屋敷でいたしましょうか。どうぞこちらへ」
レイドールはブラッドの案内で、かつてカルシファー伯爵家が暮らしていた屋敷に迎えられた。
護衛としてダレンと数人の兵士を伴って屋敷に入り、応接室へと通される。
「どうぞ、こちらへおかけになってください」
「…………」
ブラッドは護衛の一人もつれずに部屋に入り、レイドールへとソファを勧める。
レイドールはやや警戒した目をブラッドに向けながら、勧められるがままに腰かけた。
「さて……どこから説明いたしましょうか」
レイドールが座るのを見計らってブラッドも対面のソファに座り、口を開いた。
「まずはこの町の現状についてご説明いたしましょう。すでに報告が入っているかもしれませんが、この町を支配していたカルシファー伯爵家は当主であったブルトス・カルシファーの死によって滅亡いたしました。同様に、キルギス男爵家、クベルトス子爵家もすでに滅んでおります」
「……それを証明する方法はありますか? お父上の遺体を改めさせて欲しいのですが?」
レイドールの後ろに護衛として侍っているダレンが尋ねる。
もっともな要求を受けて、なぜかブラッドが困ったように手で顔を覆う。
「そうですよねえ、もちろんそうしなければいけないんですが……彼らの遺体は見るも無残な有様でして。はたして検分ができる状態か……」
「……要領を得ないですね。まさか、死を偽装しているのではないですか?」
「そんなことは滅相もありませんとも! 三家の当主の遺体は全て保管してありますので、もちろん改めていただいても構いません。私の父のものは比較的、形を残している部分が多いですから、何とか確認できるかと」
「……ならば結構」
どこか道化じみたブラッドの口調に、真面目な性格のダレンはあからさまに顔をしかめていた。それでも場をわきまえて不満を口に漏らすことはなく、目を細めて睨みつけるだけに留めている。
二人の会話が終わったことを確認して、レイドールは気になっていたことを尋ねた。
「それで? 三家がまとめて滅んだことはわかったが、お前はどういう立ち位置なんだよ。イルカス家の家名を名乗っていたようだが……?」
イルカス子爵家はアーベイル伯爵家と同様、帝国に降伏することなく戦い続けて滅亡位に追いやられた貴族家である。
カルシファー伯爵家の嫡男であるはずのブラッドが、どうしてイルカスの名前を名乗っているというのだろうか?
「簡単な話ですよ。イルカス家の娘と結婚をして、婿養子になっただけです」
「婿養子?」
レイドールの疑問に、ブラッドが気軽な口ぶりで答えた。
「私の妻はイルカス家の令嬢であるアンジェリカ・イルカスです。彼女は元々僕の婚約者でしたから、結婚しても不思議はないはずですよ?」
「だからといって、次期当主のお前が婿養子に? 他に狙いがあるとしか思えないのだが?」
「いやいや、すでに滅んだ家に婿入りするのも、これから滅びる家を継ぐのもそれほど変わらないでしょう? アンジェリカはイルカス家の復興を譲らないですから、彼女と一緒になるには婿養子しかなかったんですよ」
「フンッ……」
レイドールはブラッドの言い分を鼻で笑う。
どれほど虚言を並べていても、目の前の道化男の狙いは明白である。
(つまり、自分はイルカス家の人間だからカルシファー伯爵家の裏切りについては関与しないと言いたいわけか)
うまい手段だ――レイドールは呆れながらも嘆息する。
最後まで帝国に屈することなく抵抗をしたイルカス家の名声を考えれば、ブラッドを無下にすることもできなくなる。
実家であるカルシファー伯爵家を滅ぼしたのも、自分はすでに無関係であると主張するためなのかもしれない。
(さらにキルギスとクベルトスまで倒したとなれば、称賛されることはあっても責められることはないだろう。大した謀略家じゃないか)
信用できるかどうかを問われれば、ブラッド・イルカスという人間は明らかに信用できない。
しかし、だからといって切り捨てるには惜しい人材には違いない。
「……ブラッド・イルカス。お前は俺の味方か?」
「もちろん、イルカス家はザイン王家の忠実な臣下でございますよ」
「…………」
そういう意味ではない、そう言いかけてやめた。
この男の言葉がどこまで信用できるかわからない。
ここでレイドールの味方をすると言質を取ったところで、時が来ればあっさり翻される恐れがある。
「……まあいいさ。その回答で満足しておいてやる。三家の領地を明け渡すつもりはあるんだろうな?」
「ええ、元々貴族の領地は王家から預かったもの。家が断絶したとなれば、王家にお返しするのが道理でしょう。ただ……イルカス家の復興と、新たな領地をお与えいただけると有り難いのですが?」
「兄貴に進言しておこう。イルカスの忠義を考えれば、間違いなく受け入れられるはずだ……ところで、お前の妻――アンジェリカ・イルカスと話すことはできるのか?」
アンジェリカ・イルカス――稀代の女騎士『虐殺姫』の噂はレイドールでさえも耳にしたことがある。
できれば、彼女が王家に対して、そしてレイドールに対してどのような感情を抱いているのか確認しておきたいところである。
「無論、妻も殿下に面会したがっていましたから構いませんよ。というよりも、イルカス家の当主は妻ですから。きちんと挨拶しなければいけませんよね」
「ん? だったらどうしてこの場に連れてこなかったんだよ。ケガでもしているのか?」
イルカス家が滅亡した経緯を考えると、アンジェリカも無傷でいられるとは思えない。
あるいはケガをして身動きが取れないのかもしれない。そんなことを考えてレイドールが尋ねるが、ブラッドは唇を三日月のように吊り上げて肩をすくめた。
「いえいえ、妻は先に旧友に挨拶をしてくると言っておりまして……」
――と、ブラッドがそこまで口にしたところで、屋敷の外から轟音が響いてきた。
明らかに戦闘を思わせる破壊音に、レイドールもすぐさま立ち上がる。
「っ……何事だ!」
「妻は少々、過激な性格ですから。大事にならないといいんですが……」
神妙な顔つきで頭を振るうブラッドであったが、その目元はどこか楽しげである。
レイドールは舌打ちをして、ダレンを連れて部屋から飛び出した。
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