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93.腐った果実

「復讐達成おめでとう、アンジェリカ……今はどんな気分かな?」


 目の前で父親が惨殺されたというのに、ブラッドは気にした様子もなく平然と尋ねた。

 カルシファー伯爵を爆砕させた姿勢のまま立っているアンジェリカの前へと回り込み、腰をかがめてその表情をうかがう。

 興味深そうに顔を覗き込んでくる婚約者を単眼で一瞥して、アンジェリカはポツリとつぶやく。


「想像していたほどの感慨はないわね。つまらない……いいえ、違うわね。虚しいのかしら?」


 カルシファー伯爵は盟友であるイルカス家の援軍要請を拒み、その結果としてアンジェリカの家族を死に追いやった人物である。

 帝国に次ぐ仇を討ち取ったというのに、アンジェリカの心は不思議なほどに凪いでいた。


「復讐なんてそんなものじゃあないかな?」


「そうじゃないわよ。復讐が虚しいのではなくて、あっさりと終わってしまったことが物足りないのよ」


 アンジェリカは思う。

 もっと抵抗して欲しかった――と。


(悪辣なる帝国に与した裏切り者がこの程度だなんて……敵はもっと強く、強大であるべきでしょう?)


 自分の家族を殺した相手がこの程度だなんて許しがたい。

 こんなつまらない小悪党にイルカス家が滅ぼされたなどと、それこそ家の恥だ。


「やっぱり、帝国を滅ぼさないと私の気持ちは収まらないのかしら。イルカス家の仇、王国の敵を打ち滅ぼさなければ満たされない」


「そうかい? 仮にも東方国境の最大貴族である我が家を前菜扱いとは、僕の花嫁は強欲なことだ」


 微笑ましそうにブラッドは言って、アンジェリカの手を取った。

 血まみれの右手に口づけを落としゆっくりと片膝を床へと落とす。


「ああ、我が愛しの花嫁――赤き死天使・アンジェリカ。君の復讐がどんな結末にたどり着くのか、僕は最期まで見届けさせてもらうよ」


「最期まで……」


 まるでプロポーズでもするかのように跪いて口ずさむブラッドを、アンジェリカは冷たい眼差しで見下ろした。

 そして、右手を翻して首に短剣を突きつける。


「っ……!」


「わかっているのかしら? 貴方だってカルシファー伯爵家の一人。私の仇の一人だってことを」


「……そうだね、僕は君の仇。君の家族を奪った人間の一人だ」


 ブラッドはアンジェリカの右手をつかんでグイッと引き寄せた。

 短剣の細い切っ先が首筋に浅く突き刺さり、一筋の血が流れ落ちる。


「君に殺されるのならそれでも構わないよ。ただ……一つだけ欲を言うのであれば、こんな無粋な刃ではなく口づけで殺して欲しいね」


「…………気持ちが悪い」


 アンジェリカは包帯が巻かれた顔を気味悪そうに歪めて、婚約者の手をぞんざいに振り払った。

 生理的嫌悪すら感じているアンジェリカにブラッドは苦笑して、首を袖で拭って血を拭き取る。


「……ブラッド。貴方にはまだ利用価値があるから生かしておいてあげるわ。殺す順番を最後にしておく。貴方が私の復讐を見届けたいというのなら、王国の敵を全員、始末した後で殺してあげる」


「光栄だね。君に最期まで寄り添うことができるなんて最高の幸せだ」


「そう、だったらせいぜい、私の役に立ってから殺されなさい。綺麗に跡形もなく爆砕してあげるから」


 吐き捨てるように言い残して、アンジェリカはスタスタと歩いて行ってしまう。

 ロックされていた扉が開かれて、アンジェリカと入れ違いに部屋を封鎖していたブラッドの部下が入ってくる。

 口と鼻を布で覆った部下が掃除道具を手にして、事前に受けていた指示通りに虐殺の跡を片付け始める。


 ブラッドは立ち尽くしたまま陶酔した目でアンジェリカの背中を見送り、やがてテーブルに置かれたフルーツの大皿からリンゴを一つ手に取った。

 リンゴの実は使用人のミスなのか、少し古いようである。熟しすぎており皮が変色してしまっていた。

 しかし、ブラッドは熟しきった果実を躊躇いなくかぶりついて皮ごと果肉を噛み砕いた。


「……果物も女も腐りかけが一番美味い。君は昔よりもずっと魅力的になったよ。愛しい愛しいアンジェリカ」


 王国への忠義を栄養にして育ち、復讐に腐敗した愛しい女性。

 美しくも恐ろしい花嫁の行く末に思いを馳せて、ブラッド・カルシファーは唇を三日月型に歪めて笑ったのであった。


いつも応援ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] Fateでいうバーサーカーとアヴェンジャーですね
[一言] これ1番腐ってるのブラッド君じゃないかな
[一言] 割れ鍋に綴じ蓋 この2人は粛々と傘下に降るのかな
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