92.イルカスの虐殺姫
「アンジェリカ……! 何ということを!」
悲鳴と怒号が響く中、戦慄の声を上げたのはブルトス・カルシファーだった。
目の前で行われた殺戮劇に背筋を震わしながら、毅然と声を張り上げる。
「どうしてキルギスを殺した! いったい何が目的で……!」
「帝国に寝返った裏切り者を殺しただけのこと。いったい、それ以上にどんな目的が必要だというのだ。私は国境守護を担うイルカス家の人間としての務めを果たしているだけ」
アンジェリカが単眼をカルシファー伯爵へと向けて怪訝に反論する。
「すでにイルカス家は滅んでいる! こんなことをしても無駄だ!」
「滅んではいない。私がいる」
アンジェリカは迷うことなく断言する。
一つきりになってしまった眼差しに狂気に近い輝きを宿らせて、躊躇いなく言い切った。
「私がいる限りイルカスは終わらない。たとえ一人きりになったとしても、私は最後まで帝国と戦い続ける」
「この……! 乱心したか!」
伯爵は奥歯を噛みしめながら息子へと目を向ける。
どうしてこんな女を連れてきたのだと睨みつけるが、ブラッドは何でもないことのように肩をすくめる。
「もういいじゃないですか。父上。もうカルシファー伯爵家も店じまいの時がやって来たということですよ」
「ブラッド。貴様まで何を……!」
「わかっているでしょう? たとえ万の兵士を集めたとしても、ここに迫ってくるレイドール殿下を倒すことはできない。帝国軍ですら打ち破った彼らに、帝国と戦わずに降伏した我々がどうして勝てるというのです? まさかそんな簡単な計算もわからないほどに耄碌しましたか?」
「ふ、ふざけるな! 貴様はそれでもカルシファー家の後継ぎか!?」
「これから滅びる家の跡目になんて興味はないですよ。どうせ滅びるのであれば、僕の妻の糧になってくださいよ」
「なにを……!」
「ぎゃああああああああああ!?」
親子の口論を身の毛もよだつような悲鳴が斬り裂いた。
伯爵が慌てて振り返ると、アンジェリカが次の獲物へと短剣を突き刺している。胸を貫かれたのはクベルトス子爵家の従者の男だった。
男は痛みと恐怖に悲鳴を上げて、次の瞬間バラバラに吹き飛んだ。
「裏切り者は殺す。一人残らず殺す」
アンジェリカは次々と短剣をパーティーの参列者に突き刺していき、帝国に寝返った裏切り者を爆散させていく。
アンジェリカ・イルカスという女性は剣技に優れた女騎士であると同時に、『水』の属性に長けた魔法使いである。
剣と魔法の両方を研鑽させた末にアンジェリカが到達した魔法剣こそが『爆砕剣』。
剣を通じて敵の体内に魔力を打ち込み、血液などの水分を操作することによって相手を身体の内側から吹き飛ばす一撃即滅の殺人剣である。
「ま、待て! アンジェリカ! やめてくれ!」
「やめない。裏切り者は殺す。髪の毛一筋も生き残らせない」
カルシファー伯爵が悲痛な懇願を上げるが、アンジェリカは殺戮の手を止めない。
逃げ惑う貴族の背中を刺して、テーブルの下に隠れている従者の尻を刺して、泣き叫びながら命乞いをする使用人の頭を刺して、まるで作業のように淡々とした手つきで爆砕させていく。
当然ながらパーティー会場から逃げ出そうとする者もいたが、ブラッドが事前に手を回していたのか、外側からロックされていて逃走することすら叶わない。
「このっ……!」
クベルトス子爵がアンジェリカに後ろから飛びかかる。
クベルトスは体格も良く、一応は国境貴族ということもあって武術にもそれなりに精通していた。
しかし、アンジェリカは右足を軸に回し蹴りを放ち、金属製の義足をクベルトスの頭部に叩きつける。
「ごべっ……!」
頭蓋骨を陥没させたクベルトスが頭から血を流しながら床に倒れる。
アンジェリカはご丁寧に、すでに絶命しているであろう男にも剣を突き刺して粉々に吹き飛ばす。
万が一にも助かることを許さないという、丁寧すぎる殺しであった。
やがて、パーティー会場は血の海となり、その場に生き残っている者はわずか三名になってしまった。
すなわち、アンジェリカとブラッド――そして、カルシファー伯爵である。
「さて……残るは父上、ただ一人ですね?」
「ヒッ……!」
白いタキシードを着たブラッド。ウェディングドレスを着たアンジェリカ。
二人とも吹き飛んだ被害者の血によって真っ赤に染まっている。伯爵の目には、彼らの姿が地獄からの使者のように見えていた。
「ま、待て! 殺すな! 私を殺さないでくれ!」
カルシファー伯爵はみっともなく床に這いつくばり、命乞いの言葉を絞り出した。
「家督が欲しいのであればやる! イルカス家の復興にも協力する! だから、どうか命だけは……」
「いりませんよ、そんなもの」
「いらないわ、そんなもの」
ブラッドとアンジェリカが即答する。
同時に同じ返答をした男女であったが、前者は小動物をいたぶるような愉快そうな目をしており、後者はひたすらに無感情でつまらなそうな目をしている。
「言ったじゃないですか。僕はカルシファー伯爵家になんて興味はないんです。すぐそこまでレイドール殿下の軍が迫っていて、頼みの帝国からの援軍もない。滅びる以外に道のない家よりも、可愛いお嫁さんの方が大事なので」
「一度裏切った人間は何度だって裏切るわ。イルカス家は復興するけれど、信用できない貴方はいらない」
「あ、ああ……!」
二人から同時に死刑宣告を受けて、カルシファー伯爵はとうとうその場に崩れ落ちてしまった。
身体からあらゆる体液を垂れ流した無残な姿となり、絶望に言葉を失くしている。
アンジェリカはゆっくりと廃人となった伯爵に歩み寄り、躊躇いなく短剣を額に突き刺した。
「カッ……」
「さようなら。私の義父になるはずだった人」
「っ…………」
伯爵が言葉もなく吹き飛んだ。
かつて東方国境地域において最も力を有していた大貴族は、原形も残さず粉微塵になるという末路をたどったのであった。
いつも応援ありがとうございます。
よろしければ下の☆☆☆☆☆から評価もお願いします。




