90.血色の祭典
時間は少し遡り、ザイン王国東部国境の町の一つであるカルトリス。
『東部八家』の雄であるカルシファー伯爵家が治めるその町には多くの兵士が集っており、レイドール軍を迎え撃つ準備を整えていた。
カルシファー伯爵家は領内にいくつもの鉱山を抱えており、上質な金銀が産出されている。潤沢な資金源により強固な軍隊を抱えており、その軍事力は同格の貴族であるアーベイル伯爵家をも凌ぐものであった。
帝国との戦いでは早々に敵国に寝返ったカルシファー伯爵家であったが、もしも彼らが王国の盾として立ちふさがっていたのであれば、帝国軍も容易に王都まで迫ることはできなかっただろう。
そんな東部国境屈指の実力者である伯爵家の屋敷では、一つの集会が開かれていた。
「それでは、我等の戦勝を祈って……」
『乾杯!』
壇上に登った年配の男の号令とともに、集まった人々が一斉にワイングラスを掲げる。
屋敷の広い応接室には20人ほどの男女が集っており、グラスを傾け、テーブルに並べられた豪奢な料理に舌鼓を打っている。
集まっている人々はいずれも質の良いスーツやドレスを着こんでおり、上品な所作で料理を口に運ぶ仕草からも上流階級の人間であることがうかがえる。
それもそのはず。
彼らはいずれも『東部八家』に名を連ねるカルシファー伯爵家、キルギス男爵家、クベルトス子爵家の3つの貴族家の関係者なのだから。
カルシファー伯爵家に集まった彼らは、自分達を粛清しようとしているレイドール軍に立ち向かうため、戦勝を祈ったパーティーの真っ最中であった。
「いやあ、戦時中にもかかわらずこれほどの規模のパーティーを開かれるとは……さすがはカルシファー伯爵家! やはり大貴族は資金力が違いますなあ!」
「うむ、これほどの経済力を持った貴族は王宮にだって数えるほどしかおるまい。本当に頼もしいことだ!」
そんな風にあからさまなお世辞を口にしたのは、キルギス男爵家、クベルトス子爵家――その2つの家の当主である。
「はははは。この程度、大したことではないわ。むしろ、時間がなくて十分なもてなしができずに恥ずかしいくらいだ!」
乾杯の音頭を取っていた男が得意げに笑いながら謙遜をする。
ロマンスグレーの髪をオールバックにして、紫のスーツに身を包んでいる男の名前はブルトス・カルシファー。
カルシファー伯爵家の当主であり、このパーティーの主催者であった。
「もっと準備をする時間があれば伯爵家にふさわしいパーティーが開けたのだがな。やれやれ……やはり戦争などするものではない」
「全くもってその通りですな!」
カルシファー伯爵の言葉に来賓の一人が追従する。
貴族らしくでっぷりと太った男はふふんと鼻で笑って、侮蔑の言葉を吐き出した。
「帝国といい王宮といい、国同士で争いなど馬鹿なことをするものです! 戦争なんて血生臭いことは我ら選ばれた血筋の人間にはふさわしくない」
「然り! 戦争など野蛮な輩のすること。そんなものに巻き込まれてしまい、なんと不運な事か!」
口々に戦争批判をする彼らは、いずれも貴族家という尊い血に生まれた自分達が選ばれた存在であると信じきっている。
自分達はタダの民衆とは違う。決して害されることなど許されない、尊い血筋の人間なのだ。
そう信じているからこそ、帝国に攻め込まれそうになった時も迷うことなく降伏することを選んだ。
貴族であることを誇りに思いながら、貴族としての義務を果たそうとしない。
そんな矛盾に、自分を顧みることのない彼らは決して気づくことはなかった。
「我らはこの地を治める選ばれた存在。人の上に立つべき存在だ! 生き残るために降伏をして何が悪い! それをあの王宮め……!」
上機嫌に乾杯をしていた表情から一変、カルシファー伯爵は怒りに顔面を歪める。
すでに伯爵家にも、ウルファート子爵家が王国軍によって滅ぼされたという知らせは届いていた。
そして、密偵から王国軍が間近に迫っているという報告も受けている。
眼前に迫る粛清の刃に、伯爵は忌々しそうに奥歯を噛みしめる。
「この私がウルファートごときと同じようにやられるとは思うなよ……! 一度は追放された田舎育ちの王子など、返り討ちにしてくれる!」
「聞くところによると敵はたったの五千とか……いや、カルシファー伯爵家の力であれば容易く撃退することができるでしょうな!」
「然り、然り! キルギス男爵家と我がクベルトス子爵家の力が加わればなおさら! 地の利も天の時も我らにあり! 寄せ集めの王国軍など蹴散らしてくれようぞ!」
『おお!』
三人の貴族の言葉に、来賓が高々と盃を掲げる。
そして、人々は酒を呷り、料理をたいらげていく。
宴もたけなわ。裏切り貴族達の戦勝会はさらにヒートアップしていき、自称・尊い血筋の者達は酒精に顔を赤くして自分達の勝利を声高に叫ぶ。
その時――
「遅れました。父上」
すでに盛り上がりの絶頂に達しているパーティー会場へと若い男が入ってきた。
白いスーツを身に着け、胸に赤いバラを飾るという結婚式のようなタキシードを着た青年である。
「なんだ、遅いぞ! ブラッド!」
「申し訳ありません。少々、仕事が立て込んでおりまして……」
ブラッドと呼ばれた青年が丁寧に腰を折って頭を下げる。
ブラッド・カルシファー。
ブルトス・カルシファーの一人息子であり、伯爵家の次期当主である青年であった。
金色のクセ毛を揺らして頭を下げている息子に、伯爵は鼻を鳴らしてワインの入ったグラスを差し出した。
「まあよい。貴様も飲め。今日は王国軍に勝利するための戦勝会だ! 伯爵家の後継ぎとして、お前も恥じぬところを見せよ!」
「ええ、わかりました」
ブラッドは父親の手からグラスを受け取る。
しかし、それに口をつけることなく、瞳を糸のように細めてパーティー会場の入口を見やる。
「東部国境地域でも有数の実力者であるご来賓の皆様と、是非とも一献お付き合いをしたいところですが……それよりも先に、紹介したい女性がいます」
「女性……ブラッド、お前は何を……」
「さあ、お入りください!」
訝しげに眉根を寄せる父親を無視して、ブラッドが左手を扉の方へと向けた。
会場に集まった人々の視線が入口に集中する。
「なっ……!」
「あれは、まさか……!」
ゆっくりと扉が開かれて、ドレスを着た1人の女性がパーティー会場に入ってくる。
ブラッドが着ているものと同色の白いドレス。膝上ほどの裾から伸びた白い右足と、金属で作られた義足の左足。
背中に垂らした赤毛は血のように鮮やかで、顔には包帯を巻いて左目を隠している。
異様な風体の女性の登場に、会場にいる者は一様に息を飲んだ。
「そんな馬鹿な……何故、どうして生きて……」
カルシファー伯爵が呆然とつぶやく。
そんな父親を横目に、ブラッドが口端をつり上げる。
「ご紹介いたします。彼女はアンジェリカ・イルカスーー私の愛しい婚約者でございます!」
「…………」
ブラッドの隣に並び、アンジェリカと呼ばれた一足一眼の女性は空虚な右目で会場を睥睨した。
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