87.二人の裏切り者
「はて……それはいったい、何の話ですかな?」
マクベスが驚愕に思考停止していたのはわずかに数秒。狡猾な老人はすぐに立て直して、さも心当たりがないとばかりに首を傾げた。
「私は先々代の国王の頃より王国に仕えていた人間です。今さら、帝国に内通などするはずがないでしょう」
「そうですわね。国王陛下をはじめとして、誰も貴方の忠義を疑うものなどいない。父も……宰相ロックウッド・マーセルでさえ、貴方は自分と同じ忠義の臣下であることを疑ってはおりませんでした」
「……宰相閣下からの信頼は何よりも嬉しいことでございます。しかし、なれば貴方はお父上の命によって来られたわけではないのですかな?」
てっきり、メルティナは父であるロックウッドの命令によって送り込まれたと思っていたのだが、それはマクベスの思い過ごしであったようだ。
「はい、私がこの場に来たのはレイドール王弟殿下のご意思です」
「レイドール殿下の……」
マクベスは訝しげに顔をしかめた。
たしかにメルティナはレイドールに対する無礼が原因で捕縛されており、その後は彼の領地である開拓都市に囚われているはずだった。
ならば、メルティナがレイドールの命令によって自由を得ているのは不自然なことではない。
「ということは、私が裏切り者であると疑っているのはレイドール殿下ということですかな?」
「ええ、そういうことになりますわね」
「ほっほ、なれば勘違いも甚だしいですな。私は殿下が追放されてからというもの、一度も言葉を交わしてはおりません。万が一、億が一にも私が帝国と内通していたとしても、それを殿下が気づくわけがありません」
マクベスは快活に笑いながら、自慢の白髭を撫でつける。
「どうやら殿下は長い辺境生活で疑心暗鬼となっておられるようですな。今日のことは忘れますので、どうぞこのままお帰りください」
「そういうわけにはまいりませんわ。論より証拠。どうぞこちらをご覧になってくださいな」
「ふむ?」
メルティナの背後に立っていたメイド服姿の女性が進み出て来て、無言のままにテーブルの上に書類を並べる。
怪訝な目で書類に目を落としたマクベスであったが、やがて驚愕に顔を歪めた。
「なっ……馬鹿な! どうしてこれを貴様らが持っている!?」
驚きのあまり、好々爺の仮面が剥がれてしまっている。
テーブルの上に並べられているのはこの場に決してあるはずのない書面。この屋敷の隠し部屋にしまいこんだ、マクベスを破滅に導く書類である。
「ふふふ……まさかマクベス法務卿ともあろうお方が、帝国に情報を流し続けていたとは思いませんでしたわ。それも最近のことではなく、何十年も昔から……」
「うっ、ぐ……いや、これは……!」
マクベスは今さらのように取り繕おうとするが、すでに時は遅い。
その書類が本物であることはマクベスの態度からも明らかである。
「屋敷の地下に隠し部屋を作って鍵をかけ、おまけに扉が破られた時には事前に仕掛けた魔術が発動して中の書類をすべて燃やしてしまう……これだけの用心深さ。さすがはお父様をはじめとして、宮廷の全てを騙し続けていただけのことはありますわ。これほどの仕掛け、それこそ伝説の魔女でもなければ破ることはできないでしょう」
「…………」
マクベスは深くシワの刻まれた顔面をこれでもかと歪めながら、黙って拳を震わせる。
真っ白になるほど唇を噛みしめていた老人であったが、やがて諦めたように肩を落とした。
ここでメルティナを始末してしまうことは難しくはない。しかし、メルティナの背後にレイドールがいるとなれば、もはやそんな方法では誤魔化すことなどできないだろう。
「……いったい、どのようにして私が内通者であると気づかれたのですかな」
「気づいたわけではありませんわ。宮廷の高官の中に確実に一人は裏切り者がいると踏んで、一人ずつ順番に屋敷を探っただけです。貴方のことは少しも疑っていなかったので順番は最後になっていたのですが、おかげで余計に時間がかかってしまいましたわ」
「……なるほど。しかし、一つだけ訂正していただくのでしたら、私は裏切り者というわけではありません。最初から帝国側の人間ですよ」
「はい?」
きょとんと眼を丸くしているメルティナに、マクベスはふふんと鼻を鳴らす。
「私の来歴については御存じでしょう? もともとは旅の冒険者であったのを、偶然に下級貴族であるマクベス家の令嬢が暴漢に襲われているところに出くわして、彼女を助けたことがきっかけとなりマクベス家に婿入りをした」
「ええ。貴族の生まれでないため、若い頃は随分と苦労されたそうですね?」
「そこから全ては始まっていた。最初から私は帝国側のスパイとして王国に潜り込んだのですよ」
「……まあ!」
事情を察して、メルティナは思わず感嘆の声を上げた。
恐らく、マクベス家の令嬢を襲ったという暴漢もまた帝国側の人間なのだろう。
下級貴族の婿としてザイン王国に入り込み、帝国が有利になるようにずっと暗躍を続けてきたに違いない。
「そのために下級貴族であったマクベス家を法務卿を務めるまでに大きくしたのですか? いったい、どれほどの苦労を……」
「すべては我が祖国のため。我が身を粉にして国に奉公するのは当然のことではありませんか。王国一の忠臣であるロックウッド家の令嬢であれば理解もできるのでは?」
「……かつての私であれば頷いていたでしょうね。本当にお見事です」
「……最後にお褒めいただき、嬉しく思いますよ」
メルティナの素直な感嘆に、マクベスは自重の笑みを浮かべた。
「……長い長い任務も、これで終わりですか。王国の滅亡が見られないのは残念ですが、少しだけ肩の荷が下りてほっとしましたよ」
どうやって入手したのかわからないが、証拠品を暴かれてしまった以上は見苦しく悪あがきをするつもりはなかった。
マクベスは素直に自分の敗北を認めて、両手を上げた。
「さて……私はこれからどうすればよいのですかな? 王宮に連行されるのか、それともこの場で自害をすればよいのか」
「どちらでもありませんよ、マクベス卿」
しかし、マクベスの敗北宣言にメルティナは穏やかな微笑みを浮かべた。
裏切り者を追及するにはあまりにも似合わない表情に、マクベスは瞬きを繰り返す。
「ふむ? 私を見逃すということですかな。それで君に何の得が……」
「マクベス卿、貴方にはこれからレイドール殿下のために動いていただきたいと思っています。これからも法務卿としてグラナード王に仕えながら、王宮の貴族がレイドール殿下の側に付くように根回しをして欲しいのです」
「何……?」
耳を疑うような言葉にマクベスは両目を見開いた。
メルティナはレイドールの命令によってこの場に来ているとのことだったので、レイドール側に付けというのは不自然な要求ではない。
しかし――その言葉を吐いたのはロックウッド・マーセルの娘であるメルティナ・マーセルなのだ。
王国一の忠臣の娘が、グラナード王を差し置いて王弟を利する行動をとっている。
それは天地がひっくり返ったような衝撃をマクベスに与えた。
「君らしくない発言だ、メルティナ嬢。いったいこの数ヵ月で何があった?」
「……それを尋ねるのは無粋というものですわ。マクベス卿」
メルティナは頬に手をあてて、ほう、と溜息をついた。
肌を桃色に染めて息を吐くメルティナの顔は十代とは思えないほどに艶があり、とうに性欲など枯れ果てているマクベスであってもドキリとさせられるものだった。
「それに私は父上やグラナード王の意思に背いていますが、別に王国を裏切ってはおりませんよ。レイドール殿下が新たな王となることが真にこの国のためになると信じているからこそ、殿下のために働くと決めたのです」
「…………」
「殿下は帝国と争うつもりはない。場合によっては、帝国の下についてもいいと考えておられます。殿下を利することは帝国の利益にもなると思いますが?」
「…………」
マクベスは黙ったままメルティナの言葉に耳を傾けていた。
長年、帝国に内通していた老人は目を伏せてしばし考え込んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。
いつも応援ありがとうございます。
よろしければ下の☆☆☆☆☆から評価もお願いします。




