85.生き延びた者達
新しくレビューをいただきました!
素敵な紹介文をありがとうございます!
「う……ここは……」
うめき声を上げながら、ジャスティ・オイギストはゆっくりと瞼を開く。
身体が重くて思うように動かない。まるで手足に鉄球でも括りつけられているようだった。
どうやらジャスティはベッドで寝かされているようである。
上半身は裸で肩の部分に包帯が巻かれていた。手で触れると、ズキリと鋭い痛みが走る。
「そうか……私はレイドール殿下に決闘で敗れたのだな……」
「目を覚ましたみたいですね、ジャスティさん」
「む……?」
横からかけられた声に視線を動かすと、ベッド横に置かれた椅子に小柄な少年が腰かけていた。
眼鏡のないせいでうまく相手を見ることができない。枕元を手で探っていると、グッと顔に眼鏡を押し付けられた。
レンズ越しに相手を見やる。腕と足を組んで、いかにも不機嫌ですという表情をして座っている少年の顔には見覚えがあった。
ジャスティと同じく東方国境の貴族であるスヴェン・アーベイルだった。
「……スヴェンか。元気そうだな」
「ええ、貴方と違ってね。殿下から呪いを受けた効力が完全に抜けていないようですから、あまり動かないほうがいいですよ。それと……」
「んぐっ!?」
「少し水分補給をした方がいいですね。飲ませて差し上げます」
スヴェンは見下げ果てたとばかりに侮蔑の目をしながら、ジャスティの口に水差しを突っ込んだ。
グイグイと強引に流し込まれる水に、ジャスティは苦しさを訴えるようにベッドを叩く。
普段であれば力づくで押しのけられるものだったが、呪いのせいで満身創痍に近い状態ではスヴェンの細腕を振り払うことすらできなかった。
やがて水差しの中身を半分空けて、口に入り切れなかった水がベッドのシーツをジャブジャブと濡らす段階になり、ようやくスヴェンはジャスティを解放する。
「ぶっ……ハアッ……ハアッ……く、苦しいではないか……!」
「苦しいのは生きている証拠ではないですか。お互いに生き残ってなによりです」
「そうだな、お互いに……」
ジャスティは決闘の敗者。あのまま命を奪われても文句を言える立場ではない。
スヴェンもまた帝国との戦争の敗北者であり、運が悪ければ殺されていてもおかしくない命である。
両者ともにここに生きているのが不思議な状態であり、こうして顔を合わせることすら難しかった二人である。
ジャスティはしばし目を閉じて黙り込んでいたが、やがてポツリと口を開いた。
「息災で本当に良かった。そして、すまぬ。アーベイル伯爵家の危機に駆けつけることができず、申し訳なかった」
「貴方が気にすることではありません。ジャスティさんはオイギスト子爵家が帝国に寝返ることに反対していたと聞いていますから」
「それでも、オイギストが裏切りを働いたことに違いはない。仇と思うのならばこのまま討ち取っても構わんぞ?」
「まさか。仇討ちはもうお腹いっぱいですよ」
スヴェンはおどけたように両手を広げた。
アーベイル家を売り飛ばしたウルファート子爵はまるで悪びれた様子はなかったというのに、どうして関係のないジャスティに謝罪をされなければいけないというのだろうか。
「それよりも……そろそろ聞かせてくださいよ。どうしてレイドール殿下に決闘を挑んだりしたんですか?」
「む……」
「まさか本当に聖剣保持者と戦ってみたいだけだったんじゃないですよね? この筋肉メガネ」
「お前、その言い草はいくら何でも……」
「…………」
じっとりとした目で睨みつけてくるスヴェンに嘆息して、ジャスティは視線をそらした。
「無論、武人として英雄であるレイドール殿下と戦って見たかったというのはある。しかし、オイギスト子爵家の存続のために必要だと思ったからだ」
ジャスティはゆっくりとした口調で語りだした。
ベッドに再び横になり、呪いが抜けきっていない身体から力を抜く。
「レイドール殿下がお前を雇ったという話を聞いて、すぐに気がついた。殿下は己の派閥を作ろうとしており、有能な人材を求めているのだと」
どれほど知略に優れていたとしても、スヴェンは12歳の少年である。
家臣として、軍師として迎え入れるなど本来であればあり得ないことだった。
にもかかわらず、わざわざスヴェンを幕下に入れたということは、レイドールが実力を重んじる人間であり、そして貪欲に人材を求めているということになる。
「……つまり、決闘で戦うことによって自分の力を見せつけようとしていたと? 他に手段はなかったんですか?」
「あったかもしれん。しかし、しょせん私は武人でしかない。槍でしか未来を切り開くことなどできぬ。それ以外の生き方などない」
「……頭がいいくせに馬鹿だから嫌になるんですよ。あのまま死んでいたかもしれないんですよ?」
「このまま敵国に寝返った逆賊として生きながらえるよりも、英雄の剣の錆になったほうがマシであろう? そして――もしも万が一、レイドール殿下が私に討たれる程度の実力であるならば仕えるつもりはない。ましてや、国王陛下への反逆に協力するつもりもない」
「……やはり気づいていましたか。レイドール殿下がグラナード王に反逆を目論んでいることを」
「無論だ。一度は王宮を追い出された人間が己の軍と派閥を作ろうとしているのだ。反逆以外に目的など考えられまい」
何でもないことのように言って、ジャスティはフッと笑みを浮かべた。
「……どうせ一度は捨てた命。私もレイドール殿下の野望に付き合わさせていただこう。もちろん、殿下が助命を受け入れていただけるのであればだが」
「それは問題ありませんよ。レイドール殿下は懐が深いお方です。色仕掛けを仕掛けてくるマセた子供すら見逃すほどにね」
「む……何の話だ?」
「こちらの話ですよ……殿下には僕の方からお願いしておきますから、安心してください。僕の方が先輩ですから、馬車馬のようにこき使ってあげますから」
スヴェンは小馬鹿にするように「ふふんっ」と笑って、ベッドに横たわる年上の後輩を見下ろした。
こうして、オイギスト子爵家もまたレイドール軍の支配下に置かれることになった。
『東部八家』の裏切り者は残すところ三つ。東方国境地域を巡る粛清の戦いは、終盤へと差しかかっていた。
いつも応援ありがとうございます。よろしければ下の☆☆☆☆☆から評価もお願いします。




