84.決闘の勝利者
久々のバトルパート。難しかった……。
音が鳴る。二つの金属がぶつかる音だ。
レイドールが振り下ろした剣をジャスティは槍の柄で受け止める。
打ち下ろされた斬撃は強く、重く、鋭い。しかし、ジャスティの分厚い筋肉が盛り上がって渾身の攻撃を力強く受け止めた。
「ムンッ!」
「おおっ!?」
それどころか、ジャスティは片手でレイドールを弾き飛ばして後方へと押し戻してくる。
レイドールは後方に飛びながら二度、三度と地面を蹴って勢いを殺して、最初に立っていた位置まで戻されてようやく停止する。
そして、類まれな剛力を見せる男に称賛を込めて唇を吊り上げた。
「さすがの馬鹿力だな! 魅せてくれるぜ!」
「まだまだこれからですぞ! レイドール殿下!」
今度はジャスティが地面を蹴り、レイドールへと肉薄した。
槍を大きく回転させて、遠心力とともに横薙ぎの一撃を放つ。
まるで首を刈り取るように迫ってくる槍をレイドールは姿勢を低くして躱して、そのまま滑るようにジャスティの懐へと潜り込んだ。
「フッ!」
レイドールが下から剣を見舞う。
燕が地面スレスレから空に昇るように、掬い上げる斬撃がジャスティの首に放たれる。
「さすが……!」
そのまま首を斬り飛ばすかと思われた剣であったが、ジャスティは金属製の小手で斬撃を受け止めた。
そのまま剣を握って捕まえようとするが、それよりも先にレイドールが鎧を着こんだ胴体を蹴り飛ばして後ろに飛ぶ。
「グッ……」
「危ない、危ない……油断も隙もねえな」
蹴りを受けた衝撃でジャスティが数歩後退する。
あのまま剣をつかまれていたら、身動きを封じられて今度こそ槍で貫かれていたかもしれない。
あわやのところで難を逃れたレイドールは、わずかに体勢を崩しているジャスティにあえて追撃を加えることなく、慎重にその動きを観察する。
ジャスティもまたレイドールから視線を外すことなく、警戒しながら体勢を立て直す。
レイドールとジャスティは再び距離をとって、まっすぐと睨み合った。
決闘が始まってからわずかに1分ほど。二人は仕切り直しの形になって再び相対する。
一連の攻防で双方が放った斬撃はいずれも必殺。まともに喰らってしまえば、首か手足が斬り飛ばされるような威力である。
レイドールも、ジャスティも、どちらも手加減をしている様子はない。
憎しみがあるわけではない。
禍根があるわけでもない。
それでも、二人の戦士はお互いの力を測るように、真っ向から武器をぶつけ合う。
いつ、どちらが死んでもおかしくはない。
そんな戦いぶりに、決闘を見守っている周囲の人間は息継ぎも忘れて固唾を飲んでいた。
「久しぶりに愉快な気分ですよ、レイドール殿下。さすがは兄王を差し置いて聖剣に選ばれるだけのことはありますな!」
「好きで選ばれたわけではないんだが……今となってはどちらでも同じだな」
ジャスティの称賛に肩をすくめて応えて、レイドールは右手に力を込める。
「俺も楽しくなってきた、それは否定しない。だから……ちょっとばかり本気で行くぞ!」
「む……?」
レイドールの手から黒い瘴気が溢れ出る。
瘴気は剣を水が沁み込むように覆っていき、漆黒に色を塗り固めていく。
「呪剣闘法『蠍突』!」
レイドールが右手を翻し、突きを放った。
距離が開きすぎていて当たるはずのない刺突であったが、剣先から放たれた黒い瘴気が鞭のように伸びてジャスティへと襲いかかった。
放出されたのは呪いの刃。
レイドールが辺境の怪物と渡り合うために、我流で生み出した武技である。
「魔法剣……!」
対するジャスティはずれたメガネを左手で押し上げながら、右手で槍の石突を地面に叩きつけた。
「『石壁』!」
瞬間、ジャスティの前方に地面から突き出すようにして石の壁が出現した。
レイドールが放った魔法剣は石の壁にぶつかってガリガリと壁を削り――やがて無数の黒い粒となって消滅した。
ガラガラと石の壁が崩れ落ちて、その向こうから無傷のジャスティが現れる。
「……そういえば、スヴェンも言っていたな。お前が魔法も使えるって」
「実戦で使う機会はなかなかないのですがね。いや、使わせてくれるほどの強敵と巡り合うことができないというべきですか」
「はっ、だったら一度、辺境の密林に来てみろよ。切り札を出し惜しみする暇なんてないくらい強い魔物と戦うことができるぜ」
「ほう、それは魅力的ですな……しかし」
ジャスティは両手で槍の柄を握り締め、大きく上段に振りかぶる。
そして、今度は穂先の側を地面へと叩きつけた。
「先に貴方を倒すほうが先ですよ――『地走』!」
「おおっ!?」
槍を叩きつけられた地面が割れて、破片が無数の石飛礫となってレイドールへと降りかかる。
どうやら遠距離攻撃の魔法剣を身に着けているのはジャスティの側も同じだったようである。
レイドールは地面を蹴って横へ飛んで、石の弾丸を避ける。
ジャスティが放った石飛礫は一発一発は小指の先ほどの大きさしかない。
しかし、数えきれないほど大量に放たれたそれは、正面から喰らってしまえば身体中が穴だらけになってしまうに違いない。
「痛っ……! やってくれるじゃねえか……!」
レイドールは地面を転がり、奥歯を噛みしめて唸った。
完全に躱しきれなかった弾丸が肩に突き刺さり、わずかに血が流れている。
「攻防一体の魔法戦士か。本当に厄介だな」
どうやらジャスティは『地』の属性を得意とする魔法戦士のようだった。
地属性は攻撃、防御ともにもっともバランスのとれた属性である。地水火風の中で圧倒的に質量が大きいため、防御は固く、攻撃は重い。
同じく魔法を用いた戦士だったが、呪いという特殊攻撃に偏っているレイドールとは大きく異なるバトルスタイルである。
「聖剣保持者である殿下にお褒めいただけるとは光栄です。しかし、まさか降参などなさらないでしょうな!」
「当然だ!」
レイドールは剣を構えて、魔力を込めていく。
ジャスティは槍を構えて、魔力を込めていく。
「呪剣闘法『終末の大蛇』!」
「『地走・極』!」
二人の攻撃は同時に放たれた。
レイドールの剣から放たれた大蛇のごとき漆黒の嵐。かつてブレイン要塞で数百の帝国兵を飲み込んだ呪いの斬撃である。
ダーインスレイヴを手にしていないため、かつてブレイン要塞で放ったものよりも一回りも二回りも小さくなっている。それでもジャスティ一人を喰らい尽くすなど容易いサイズであった。
対するジャスティは槍を地面に叩きつけて、再び石飛礫を飛ばしてきた。
先ほどと異なるのは飛礫の大きさ。渾身の魔力が込められた槍から放たれたのは一発一発が拳大ほどの弾丸であった。
一撃受ければ骨まで砕けてしまいそうな弾丸が数十から数百、迫り来る黒い大蛇へと突き刺さる。
「くっ……!」
「わあああああああああっ!?」
岩の弾丸がぶつかった瞬間、黒い大蛇が大きく破裂した。
漆黒の風が天へと巻き上がって上昇気流が生じて、吹き荒れる風に決闘を見守っていた人々から悲鳴が上がる。
「『石壁』……!」
ジャスティは石の壁を作ってしがみつき、黒い嵐から身を隠した。
レイドールはどうなったのかと壁の影から視線を走らせるが、黒い嵐に邪魔されてその姿を見ることはできない。
地面に槍と突き立てて、ひたすら衝撃を堪えることに専念する。
「くっ……聖剣なしでこの威力とは、やはり恐るべきお方だ……!」
グッと奥歯を噛みしめて耐えること十数秒。やがて嵐が止んだ。
ジャスティは石壁の影から出て来て深々と嘆息した。
「やれやれ、周りに人がいるというのに無茶なことをしてくれる。他人の屋敷だと思って好き勝手を……む?」
ジャスティはきょろきょろと周囲を見回して、首を傾げた。
オイギスト子爵家の屋敷の庭であったが、思いのほかに被害は軽いようだった。
植木が倒れていたりするが、建物に壊れた様子はない。
人的被害はどうかというと、決闘の観衆らが地面に尻もちをついていたり、うずくまって震えていたりするものの、大きな怪我をした者はいそうもなかった。
レイドールが放った斬撃は呪いの風だったが、呪いによって深刻なダメージを受けた者も見当たらない。
(……呪いをあえて弱めて、巨大な風を巻き起こすことに力のウェイトを割いたのか? いや、待て……!)
問題はそこではない。
被害の大小よりも、気にするべき問題がある。
「殿下は…………どこだ!?」
周りに鋭く視線を走らせるが、レイドールの姿はどこにもなかった。
倒れた植木の陰にでも隠れているのかと注意深く観察してみるが、どこかに潜んでいる様子もなかった。
「消えた……いったい、どこに……?」
「呪剣闘法……」
「っ……!?」
不吉な旋律が鼓膜を震わせる。背筋を凍りつかせる悪寒に、ジャスティはガバリと天を仰ぐ。
見上げる視線の先――ジャスティのちょうど頭上に高々と舞うレイドールの姿があった。
「いくら何でも、頭の上にまで石の壁は作れないよな?」
黒い瘴気を翼のように広げて、レイドールは天に立ってジャスティを見下ろしている。
練り上げた魔力が右手に集い、剣を漆黒に染めている。
「なっ……まさか……!?」
先ほどの魔法のぶつけあい。レイドールが放った呪いの嵐であったが、その目的はジャスティを倒すためではない。
その真意は上昇気流を巻き上げるためであり、レイドールは空に巻き上げられる風に飛び乗って天高く舞い上がっていたのだった。
ジャスティは慌てて槍を構えて上空からの攻撃に備えようとするが、それよりも先にレイドールが剣先をジャスティに向けて振り下ろした。
「『蠍突』!」
「グッ……!」
漆黒の刺突が稲妻のように落ちてきて、ジャスティの肩へと突き刺さる。
先ほどの嵐とは違ってたっぷりと呪いが込められた一撃を浴びて、鎧に覆われた巨体がゆっくりと傾く。
メガネがポロリと外れて、激しい痺れと悪寒とともにジャスティは地面に倒れて気を失ったのであった。
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