81.幼女の魔眼
「つまり……君は俺を色仕掛けで落とすために屋敷に忍び込んできたわけか?」
「…………」
呆れたようなレイドールの言葉に、シャーリー・エラディンは無言のまま唇を尖らせた。
先ほどまでは夜這いをかけるために裸になっていたシャーリーであったが、今は屋敷で働いているメイドの服を借りて身に着けている。
簡素な平民の服はいかにも育ちの良さそうなシャーリーには不釣り合いだったが、状況が状況であるために誰もそのことには言及しなかった。
「シャーリー、殿下に対して無礼だぞ! 態度を改めなさい!」
椅子に座っているシャーリーの隣で、スヴェンが怒りに眉を吊り上げる。
レイドールに対する話し方よりもやや乱暴な口調は年相応の少年のものであり、まるでイタズラした妹を叱るようであった。
2人の関係性だが、どうやら昔なじみの幼馴染とのことである。
アーベイル伯爵家とエラディン男爵家は同じ『東部八家』の貴族であり、領地も近いために親交のある家同士だったのだ。
スヴェンよりも3つ年下のシャーリーは父親に連れられてたびたび伯爵家を訪れており、兄妹のように育ってきた。
そこには将来を見越した大人の思惑があったりなかったりするのだが……それもアーベイル伯爵家が滅亡して、エラディン男爵家が帝国に寝返った今となっては消え去った可能性である。
「だって……このままだと、わたくしの家が無くなって贅沢できなくなっちゃうと思ったんだもん……」
スヴェンに叱られて、シャーリーが渋々といったふうに口を開いた。
先ほどまでの蠱惑的な口調と雰囲気はどこに行ってしまったのだろうか。怒られて身体を縮こまらせるシャーリーは、年相応に幼い女の子であった。
「だからといって殿下を誘惑するなんて……」
「まあ、待て。スヴェン。それよりもさっきから気になっていたんだが、そのガキンチョはどうやってこの屋敷に侵入したんだ?」
王族であり、一軍の大将でもあるレイドールが寝泊まりしている屋敷には、当然ながら昼夜を問わず警備の兵士が門扉を固め、屋敷の中を巡回している。
いくら相手が子供とはいえ、許可なく中に入れるなんてことはあり得ないことである。
「それは……おそらく、魔眼を使ったみたいです」
「魔眼?」
スヴェンの返答にレイドールは首を傾げた。
魔眼というのは文字通りに魔力が込められた眼球であり、一部の魔物が有している特殊能力であった。
『石化』の魔眼を持つゴルゴンや、『死毒』の魔眼を持つバジリスクとはレイドールも過去に戦った経験があり、いずれも容易に倒すことができない難敵だったことを覚えている。
ごくまれに人間にも魔眼が発現するケースもあるのだが、まさか実際に目にすることになるとは予想だにしていなかった。
「この子が持っているのは『魅了』の魔眼です。自分に向けられている好意の感情を増幅させ、相手を虜にする能力を持っています」
「魅了……」
レイドールは先ほどシャーリーに夜這いをかけられたときのことを思い返した。
あの時、夜闇の中でシャーリーの両眼が金色に輝いていたように見えたのだが、どうやらあれは魔力を発していたのだろう。
「たぶん、警備の兵士を虜にすることで殿下の寝所まで侵入したんだと思います」
「……それが事実だとすれば恐ろしいですね。彼女が暗殺者であったのならば、殿下もタダでは済まなかったかもしれません」
隣で話を聞いていたダレンが苦い顔でつぶやいた。
屋敷の警備責任者である男としては、兵士を容易く無力化することができる魔眼の力はさぞや脅威なのだろう。
しかし、千騎長の懸念にスヴェンがゆっくりと首を振る。
「いえ……たしかに魔眼は珍しい能力ですけど、シャーリーの力はそれほど強くはありません。この子の眼はあくまで自分に向けられる愛情や欲望を増大させるだけなので、まったく好意を抱かれていない相手には通用しません。それと僕みたいな子供にも効きませんし、魔術師などの魔法抵抗が強い者にも弾かれてしまいますから」
「なるほどな。それで俺には効かなかったわけか」
レイドールは幼女に対して欲情するような性癖は持っていないし、聖剣の加護により高い魔法抵抗を有している。魅了の魔眼にかかる余地は皆無である。
シャーリーがレイドールの寝所までたどり着くことができたのも、たまたま遭遇した警備の兵士に運良く魔眼が効いてしまったからだろう。
「……ちょっと待ってください。その理屈だと、今日の夜番の兵士に幼女に欲情する性癖を持っている者が混じっているということですか?」
「えっと……」
ダレンが顔を引きつらせて尋ねると、スヴェンは気まずそうに目線を逸らして言葉を濁らせた。
その態度がもはや答えになってしまっている。部下の良からぬ性癖を知ってしまい、ダレンがガックリと肩を落とす。
レイドールは同情した目でダレンを一瞥して、すぐに居心地悪そうに椅子に腰かけているシャーリーへと視線を戻した。
「さて……問題はこの娘の処遇だな」
「ひんっ……」
シャーリーがビクリと肩を跳ねさせる。
子供らしい無鉄砲さで色仕掛けに踏み切ったのだろうが、どう考えても彼女がしたことは極刑に値する大罪である。
王族であるレイドールを魔眼で操ろうとしたのだから、許されるわけがない。
涙目になる幼女の姿に、スヴェンがレイドールとの間に割って入る。
「殿下! このようなことを申し上げるのは無礼かもしれませんが、シャーリーに悪意はないのでどうか寛大なご処置を……!」
エラディン男爵家が帝国に寝返ったことで付き合いは断たれているものの、それでもスヴェンにとっては幼少期を共に過ごした妹分である。
レイドールの前に立ちふさがり、必死にかばおうと言い募ってくる。
そんな微笑ましい少年の姿にレイドールはフッと笑みをこぼした。
「心配せずとも殺したりはしない。その子の力はいずれ役に立ちそうだからな」
今でこそ幼女趣味のある人間にしか通用しないかもしれないが、シャーリーが成長して妙齢の女性となれば、その眼の虜になる人間は大勢いるだろう。
将来への投資として、ここでシャーリー・エラディンという幼女の罪を許して、味方の陣営に引き込むのは悪いことではない。
「エラディン男爵家が取り潰しになって領地を召し上げられるのは避けられないが、大人しく降伏するのであれば命と財産は保障する。俺の下で力と価値を示していけば、いずれ家を再興することだってできるだろう」
「…………本当?」
「本当だとも」
上目遣いで訊ねてくるシャーリーに、レイドールは力強く頷いた。
その態度に安心したのだろう。シャーリーはパアッと花が咲くように笑った。
「わかった……だったら、わたくしは旦那様の配下になりましょう。お父様のことも説得させていただきますわ」
「そうか……ところで、その旦那様ってのは何だよ」
「え? 旦那様は私のことをお妾さんになさるのでしょう? 子供の頃から、自分の好みに育てるってことじゃないのかしら?」
「…………」
シャーリーの返答にレイドールは押し黙り、ゆっくりとスヴェンへと顔を向ける。
「……この子には僕の方から言い聞かせておきます」
「頼んだ」
どうやら、また少年軍師の仕事を増やしてしまったようである。
少しだけやつれた様子のスヴェンに、レイドールは憐憫の眼差しを向けた。
こうして――『東部八家』の裏切り者の2つ目、エラディン男爵家は戦わずして降伏したのであった。
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