80.夜半の訪問者
夜遅くまで書類仕事に打ち込み、ようやくレイドールは寝室として使っている子爵家の一室へ戻ってきた。
部屋に入るや、服を脱ぎ捨ててベッドに飛び込んだ。
「冒険者生活が長すぎたな。久々の頭脳労働は堪える……」
王子として王宮で生活していた頃は家庭教師に囲まれて勉学に励んでいたものだが、そんな記憶は遠い昔のものである。
現在のレイドールはタダの剣士であり、そして冒険者だった。
机に向かって書類を片付けるくらいなら、荒野や密林で魔物を狩ったほうがはるかに楽に違いない。
「……本当に、早く文官を登用しないと過労死しちまうな。ああ、まったく。帝国の聖剣保持者に勝った俺がデスクワークに勝てないとはな」
そんな風にぼやきながら、レイドールは重い瞼を閉じた。
明日も朝から政務である。少しでも休息を取らなければ、本当に身体を壊してしまうだろう。
睡魔の誘いに逆らうことなく、レイドールは瞳を閉じた。
慣れないデスクワークのせいで疲労がたまっていたのだろう。ベッドに入って10分もしないうちに、レイドールは深い眠りの中に沈み込んでいた。
「すう……」
レイドールが眠りについてしばらくして…………部屋のドアノブがゆっくりと動き、ギイッと扉が開いた。
「…………」
月明かりが窓から差し込む薄暗い部屋へと、抜き足、差し足で人影が入ってくる。
部屋に侵入した人物が左右に首を巡らせて、やがてベッド上のレイドールを発見する。
「ふふっ……」
人影が小さく笑い声を漏らした。
そして、ベッドの端に向けて歩いて行く。
「ん……」
布団にくるまったレイドールも人の気配を感じたのか、わずかにむずかるような声を出す。
しかし、目覚めることはない。
溜まりに溜まった疲労が危機感を削ぎ落としているのか、依然として瞼は落ちきったままである。
謎の人影が布団をめくり、そろりとベッドに忍び込んできてもまだ寝息を立てていた。
ベッドに侵入した人物は布団の中をスルスルと移動しながら、レイドールの足元から腰。さらに胸元へと這い上がってきた。
「んん…………ネイミリア?」
そこまで来て、ようやくレイドールが寝ぼけた声でメイドの名前を発する。
熟達した剣士であるはずのレイドールがここまで侵入者に寝込みを許してしまったのは、普段から寝込みを襲ってくるメイドがいるからである。
メイドの日常的な行いによって、部屋に入ってベッドにもぐりこんでくる人物に対して警戒心というものが失われていたのであった。
「ふふっ……他の女の名前を呼ばれるなんて屈辱的ですわ。旦那様」
「っ……!?」
聞きなれない声に、ようやくレイドールは異変に気がついた。
右手で布団をつかんで、むしり取るようにして投げ捨てる。
「やんっ! そんな恥ずかしいですわ……!」
「お前は……!?」
布団に侵入していた曲者の姿があらわになる。レイドールは目を見開いて息を飲んだ。
レイドールにまたがっていたその人物は、一糸まとうことない裸の女だった。
見慣れない女はレイドールの胸元にウェーブを描く金髪を垂らして、厚い胸板へと指先を這わしている。
「鍛え抜かれたたくましいお身体。惚れ惚れしてしまいますわ」
「……お前、誰だ?」
己の肌を撫でる女へと、レイドールは短く問いかけた。
目の前にいるのは間違いなく初対面の女である。
一瞬、何者かが放った刺客ではないかと疑ったものの、女は丸腰で殺気も感じられない。
刺客であれば剣で切り捨ててやるところなのだが、どうしてよいかわからずにレイドールは困惑した。
女は嫣然とした笑みを浮かべて悪戯っぽく舌を出した。
「私が誰かなんて今はどうでもいいではありませんか。わたくしは女。あなたは男。そして、ここはベッドという名の愛の巣の中……自己紹介よりも、やるべきことがあるでしょう?」
「うぐっ……!?」
女がペロリとレイドールの胸元を舐めた。
さらに、愛しい男の唇にするようにキスまで落としてくる。
「本当に美しく、完成された殿方の身体ですわ。私の夫にふさわしい。まさに英雄の肉体……」
「…………」
「さあ、2人の愛を育みましょう。私の愛しい旦那様」
女が濡れた瞳をレイドールへと向ける。
猫のように夜闇で輝く、金色の眼にレイドールの顔が映り込む。
「………………そうかよ」
レイドールはしばしの思考の後、拳を振り上げた。
そして、握った拳骨を容赦なく女の頭に叩き込んだ。
「ふぎゃあっ!?」
女が尻尾を踏まれた獣のような悲鳴を上げて、ベッドから転がり落ちた。
レイドールは起き上がってベッド上にあぐらをかき、女の『小さすぎる裸体』を見下ろした。
「それで……これは何の遊びだ、ガキンチョ」
「うー……私の魅力が通じないなんて……」
「いや、そんな貧相な身体で何を言っていやがる」
ガキンチョ呼ばわりされた女が涙目になって頭をさする。
ベッドから転がり落ちて床に座り込んでいるのは、女には違いなかったが、どう考えても子供であった。
レイドールの腰に届くかどうかというほどの小柄な背丈。全く凹凸のない円筒のような胴体。
スヴェンよりもさらに幼い。少女……いや、幼女と呼んでも差し支えのない年齢の女に、レイドールは呆れた視線を向ける。
「……生憎とガキに欲情するような趣味はねえんだよ。10年経ってから出直してきやがれ」
「あうー……」
「殿下! 何事ですか!?」
廊下からドタドタと足音が響いてきて、部屋の扉が外から開かれた。
異常に気がついて部屋に飛び込んできたのは、ダレン・ガルストと警備の兵士である。
ダレンはベッドの上に座っている傷一つないレイドールに安堵の息をついて、次に床に座り込んでいる裸の幼女に凍りついた。
「あ……」
しばし固まっていたダレンであったが、やがて引きつった笑みを浮かべた。
「……申し訳ありません。邪魔をしてしまったようですね。引き続きお楽しみください」
「待て待て待て! お前は絶対に勘違いをしているからな!?」
「ご心配なく。貴族や王族の方々にそういう趣向があることは存じておりますので」
「やっぱり勘違いしてるだろ!? コラ、扉を閉めるな!」
やけに温かい笑みとともに部屋から出て行こうとするダレンを、レイドールは慌てて呼び止める。
そんなやり取りをしていると、ダレンの背後からひょいっとスヴェンが顔を出した。
「こんな夜更けに何の騒ぎですか…………眠れないじゃないですか」
キッチリとパジャマを着たスヴェンは寝ぼけ眼をこすりながら部屋を覗き込む。
そして、床に座って頭をさすっている幼女に目を見開いた。
「は……? シャーリー……シャーリー・エラディン!? どうしてここに!?」
「……あら? スヴェンじゃないの。生きてたの?」
眠気を吹き飛ばして叫ぶスヴェンに、痛みで涙目になったまま幼女が小首を傾げる。
「エラディン……?」
聞き覚えのある家名にレイドールは訝しげに幼女に目を向けた。
ダレンや、配下の兵士も裸の幼女をまじまじと見る。
部屋にいる一同からの視線を一身に受けて、幼女……エラディン男爵の娘であるシャーリー・エラディンは気まずそうにシーツを手繰り寄せて身体を隠した。
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