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8.王都からの客人

 王都からの客人に会うためによそ行きの服へと着替えたレイドールは、ネイミリアを引き連れて応接間へと向かった。

 応接間とはいったものの、ここはロクに客人が訪れることのない狭い屋敷である。リビングを急ごしらえで片づけて即席の応接間として仕上げたものである。

 レイドールが扉を開けるや否や、すでに部屋に入っていた客人が頭を下げて挨拶をしてきた。


「お久しぶりでございます。レイドール王弟殿下」


「王弟……? いや、お前は……」


 レイドールは部屋に一歩足を踏み入れた体勢で固まり、限界まで目を見開いた。

 王都からの客人と聞いて顔見知りの顔をいくつか思い浮かべていたが、そこにいたのは予想外の人物である。

 即席の応接間には、水色の清潔そうなドレスを身にまとった紫髪の女性が椅子に座ることなく立っていた。


 忘れたくても忘れることなどできない、彼女の名前はメルティナ・マーセル。

 ザイン王国の宰相であるロックウッド・マーセルの一人娘であり、レイドールにとっては幼少時から親交のある幼馴染であった。


「……まさか、君が来るとは思わなかったな。よくぞまあこんな田舎町まで来てくれたものだ」


 聖剣に選ばれなければ伴侶となっていたはずの女性であり、辺境に追放される自分をあっさり見捨てた女との再会に、自然とレイドールの声も険しいものに変わっていく。

 念のためにと腰に差してきた剣に右手が伸びそうになるのを必死に堪えながら、ふう、と大きく息を吐いて高ぶる感情を鎮める。


「……息災そうでなによりだ。幼馴染殿?」


「昔のようにメルティナと呼んではいただけないのですか、殿下?」


「……それで? いったいどうしてこんな辺境まで来たのかな?」


 メルティナの言葉を無視してどっかりとソファに腰かけ、レイドールは顎でしゃくって彼女にも着座を促した。


「…………」


 メルティナは無言のまま対面のソファに座り、まっすぐな眼差しでレイドールを見据える。

 彼女の背後には護衛と思われる騎士が二人並んでいる。騎士達は二人とも高級そうな鎧を着こんでおり、装飾の施された剣を腰に下げている。

 対するレイドールの背後にはメイドが一人きり。護衛の一人すらここにはいない。これではどちらが王族かわからない状況である。


(変わったな……この女も)


 辺境で五年の月日を過ごして、かつてただの子供であったはずのレイドールは一流の戦士へと成長した。

 しかし、成長したのはレイドールだけではなかったようで、メルティナもまた五年前とは様変わりしている。

 もともと可愛らしい美少女であった相貌はすっかり大人の女性のものに変貌しており、スラリと伸びた鼻筋とふっくらとした唇、アーモンド形の大きな瞳は驚くほどに魅力的である。

 首から下の身体つきも大人の女性のそれに変わっており、特に胸元の二つの果実は生唾を飲むほど豊かに実っていた。


(ああ、クソッ! なんでこんないい女になっていやがる!)


 レイドールは奥歯を噛みしめて、内心で悪態をついた。

 かつて自分を捨てた女が、とんでもなく魅力的な女性へと成長を遂げている。それが悔しくて仕方がなかった。

 心から憎んでいるはずの女に対してわずかでも情欲を掻き立てられてしまったことが、生涯消えない汚点のようにさえ思えてしまう。


「……変わったな。お互いに変わった」


「ええ、五年間とは存外に長いものでしたわ」


 レイドールは悔しさを気づかれないように注意しながら、そっけない口調でつぶやいた。メルティナもまた感情の読めない声で応じる。

 幼馴染であった二人はしばし無言で見つめあい、やがてメルティナが先に口を開いた。


「このたびは突然の来訪、誠に失礼をいたしました」


「そうだな……五年も音沙汰なしで、ずいぶんと急な来訪だ」


「それに関しましては、後日、父のほうから正式に謝罪させていただきます。王弟殿下」


「……さっきから気になっていたんだが、その呼び方はなんだよ」


 薄々、答えに感づきながらもレイドールは尋ねる。メルティナは一瞬だけ目を伏せて、すぐに顔を上げて答えた。


「先王陛下……レイドール殿下のお父君がお亡くなりになりました」


「…………そうか」


「現在はグラナード様が新王として即位されています。これにより、レイドール殿下は王弟となられました」


「…………」


 なかば予想していた答えにレイドールは目を伏せる。

 父王はまだ五十代と若いが、レイドールが追放された時点で重い病に臥せっていた。むしろ五年間もよく生きながらえたというべきだろう。

 レイドールは数秒だけ目を閉じて、結局再会することがなかった父親の冥福を祈る。

 若き王子の追放は国王代理だった兄と側近達が決定したことである。父王はそれに関与してはおらず、レイドールと父王との間に遺恨などなかった。


「…………それで、わざわざそれを伝えに来てくれたわけじゃあないんだろう?」


 短い黙祷を終えて、レイドールは改めて用件を尋ねる。

 父が逝って、兄が新たな王として即位した。それは国の一大事には違いないが、五年間も音沙汰のなかった王都の者達がわざわざ伝えに来てくれるとは思えない。本題は別にあるはずだ。


「それでは……レイドール王弟殿下に、新王グラナード陛下より勅命を伝えます」


「…………」


「王弟レイドール・フォン・ザインは、直ちに開拓都市の領主の任を外れ、王都に戻るように……とのことです」


「なんだと……?」


 レイドールは目を細めて、苛立った口調で訊き返す。

 剣呑な視線を向けられながらも、メルティナは一切たじろぐ様子はなく見つめ返してくる。感情の読めないガラス玉のような瞳にレイドールはさらに目元の険を深める。


 レイドールの頭の中でカチリと何かの部品が嵌まる音がした。


 運命の歯車は再び動き出して、辺境へ追いやられていた聖剣保持者は歴史の表舞台へといざなわれた。


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