79.積まれた書類。重なる疲労
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レイドールは占領したウルフィンの町を拠点として、『東部八家』の残る裏切り者を粛清するために活動を始めた。
最初に行ったのは軍の再編成である。
元々、レイドールが率いているのは千騎長であるダレン・ガルストと配下の兵士1千人という小規模な軍である。
しかし、ウルフィンで傭兵、義勇兵を募集することによってその数は3千人にまで膨れ上がっていた。
兵士を増やすことで問題になるのは、やはり資金である。
軍というのは何もしなくても金を消費するものだ。
兵士の給与。食料に武器防具。住居。軍馬の飼料。衣服などの日用品――兵士が増えれば、それだけ物資の消費も大きくなってしまう。
ただでさえ国王に疎まれているレイドールには、最低限の準備金しか王宮に出してもらっていないのだ。
軍を再編するうえで、軍資金の調達は避けて通れない問題であった。
「とはいえ……その問題はあっさり片付いたな。子爵が随分と貯めこんでいてくれて助かったぜ」
ウルフィンの中心にある旧・ウルファート子爵邸にて、レイドールはのんきな口調で言ってのけた。
軍拡張のための資金調達であったが、子爵邸の地下にあった隠し財産によって拍子抜けなほど容易く解決してしまった。
いったいどんな手段を使って、どれほどの時間をかけて集めたのだろうか。ウルファート子爵邸の地下には、一辺境貴族としてはあり得ないほどの金銀財宝が貯めこまれていたのである。
「ウルファートは色々と後ろ暗いことをして金を集めていたようですね。不正で稼いだ金銭を根こそぎ殿下に奪われるのだから、さぞや悔しがっていることでしょう」
ソファに座るレイドール。その対面に腰かけているスヴェンが答えた。
現在、レイドールとスヴェンは向かい合わせに座って、テーブルの上に積まれた書類の山を片付けていた。
町を1つ手中に収め、さらに兵士が3千人に増えたため、書類仕事などのデスクワークもまたネズミが繁殖するように増大しているのだ。
現在、この軍で政務や財務を行うことができるのは、王子として英才教育を受けていたレイドールと軍師のスヴェンだけである。
必然的に、この2人に増えたデスクワークの重圧がのしかかってきていた。
「一緒に隠してあった裏帳簿によると、どうやらウルファートは戦争が起こる以前からずっと帝国と内通していたようですね。王国の情報や物資の横流し、違法な薬物の売買。領民を商品として人身売買までしていたみたいです」
スヴェンの説明にレイドールは顔をしかめた。
知られざる王国の闇――その一部を暴き出してしまったようである。
「なるほど……ウルファート子爵は根っからのクズだったわけか。それにしても、獅子身中の虫を長年、泳がせていたとは……我らが国王の目は完全な節穴だったわけだ」
王である兄を批判するレイドールに、スヴェンは困ったように苦笑した。
「グラナード王は内政に関してはかなり優秀だと思うんですけどね。さすがに国の端までは目が届かなかったということですかね」
レイドールと会話をしながらも、スヴェンは机の上に並べられた書類に目を通していく。
ウルファート子爵を討ち取ったことで、スヴェンは正式にレイドールの家臣として迎えられることになった。
元々、レイドールの下についていたのはダレンをはじめとした武官や兵士ばかり。内政に従事することができる頭脳労働者が決定的に欠けている。
その点で考えても、スヴェンは良い拾い物であった。
スヴェンはアーベイル伯爵家の三男として生を受け、いずれは当主となった兄を支える補佐官のような立場につくはずだった。
そのため、幼い頃から内政や経済について学んでおり、歴史や軍事にも明るかった。
レイドールも追放されるまではそれなりの教育を受けていたのだが、生来の資質なのか、内政に関してはスヴェンが上回っている。
とはいえ……やはり2人で処理をするには無理のある仕事量である。
レイドールは一向に減ることのない書類の山を見て、辟易して溜息をついた。
(人材不足は今後の課題だな。兵士が増えても指揮官が不足しているし、何とかこの戦いを通じて使える人間を増やさないと)
レイドールが兄王の命令に素直に従って『東部八家』の粛清を任された理由の一つは、戦いを通じて人材の発掘ができると考えたからである。
レイドールとグラナードが交わしている誓約の一つに、『捕虜の生殺与奪』に関するものがある。
これによりレイドールは捕らえた人間を自分の好きなようにする権利を有している。
捕虜という名目で『東部八家』の有能な人材を引き抜き、兄に立ち向かうための勢力を構築することを目論んでいたのだった。
(優秀な軍師、密偵、そして3千の兵士を手に入れた。あとは軍の指揮ができる武官と、内政を任せられる文官が欲しいのだが……)
武官と文官の補充は、ウルファート子爵領では難しいことである。
子爵の配下の兵士は野盗や山賊を相手にしたことはあるが、実戦経験は乏しく戦場で指揮をとることは難しい。ましてや雇い入れたばかりの新兵など、まともに使い物になるまでは1月以上はかかるだろう。
また、文官はこれまで子爵の不正に手を貸していた奸臣ばかりで、腐りきっていて信用できたものではなかった。
(より広く人材を募るためには、ウルファート子爵領の外にも目を向けなければいけない。しかし、軍の再編はまだ途中で攻め込むには時期が早すぎる……)
レイドールは眉間にシワを寄せて考え込む。
そんな主君の心中を読み取ったのか、スヴェンが書類から顔を上げた。
「今は少しずつでも力を蓄える時期です。焦っちゃいけませんよ。幸いにも、僕達が広めた噂によってエラディン男爵やオイギスト子爵などは浮足立っているようですし、こちらから動かずとも向こうから何かを仕掛けてくるんじゃないですか?」
「……何か、ねえ。結託して立ち向かってきたらどうするつもりだ?」
「その時は殿下の御力で薙ぎ払っていただければ済む問題ですよ。殿下の御身体は1つきり。敵がバラバラに動くのであれば対処に困りますけど、まとまって攻め込んでくれるのだったら、かえって潰しやすい」
「……まったくもって末恐ろしいガキだよ。お前は」
レイドールは呆れながら肩をすくめる。
スヴェンが密偵を使って広めた噂によって、『東部八家』の家々では少なからず混乱が生じている。
彼らが恐怖に駆られて降伏をしてくれるのならば、戦わずして勝利を収めることができるので良し。
結託してウルフィンへと攻め込んでくるのならば、聖剣の力でまとめて撃ち滅ぼしてしまえば良い。
それを見越して策を打った少年軍師の策謀には、背筋に寒気を覚えるばかりであった。
「……敵が動き出すまでどれくらいかかるか。気長に待つとしようか」
「はいはい、今は我々のできることをしましょうか。例えば、目の前に広げられた書類仕事とかね」
「…………」
レイドールは「ふう」と息をついて、スヴェンの言うとおりにテーブルの書類へと向き直った。




