77.広がる波紋
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エラディン男爵邸にシャーリーの高笑いが響いているのと同時刻。
同じくザイン王国東方国境。ウルフィンから見て北方にある町・オブルト。
『東部八家』の貴族の1つであるオイギスト子爵家の領地であるその町にもまた、懊悩に頭を抱えている人物がいた。
「……ウルフィンが落ちたか。早すぎるな」
白髪頭を抱えて唸ったのは、この町を治める領主であるベンジャミン・オイギスト子爵である。
御年50を超えた中年の貴族は、年齢以上に白くなっている髪を神経質に掻きながら理不尽を嘆く。
「まさかこんなにも早くウルファートが討たれるとは思わなんだ……いや、そもそも予想外というのであれば、王国軍が帝国軍を追い払うことができたことからすでに始まっているのだが……」
オイギスト子爵の元にも、すでにボバルト・ウルファートが討たれてウルフィンの町が制圧されたという噂は届いていた。
オイギスト子爵はエラディン男爵のように動揺して泣き叫ぶようなことはなかったものの、やはりその顔には渋い表情が浮かんでいる。
勝ち馬に乗って滅亡を逃れたつもりが、その馬がまさかの奈落行きだったのだ。理不尽を嘆きたくなるのも無理ないことである。
(私は間違っていたのか? アーベイル伯爵のように、降伏することなく帝国と戦うべきだったのか?)
それは何度となく繰り返している自問自答である。
そして、そのたびに応えは同じ――『どちらも変わらない』
(いや……仮に最後まで帝国と戦ったとしても、アーベイル伯爵がそうであったように圧倒的な戦力差で攻め滅ぼされただけだ。そうなれば私や家族の命だけではない。家臣や領民の命運すらも危ぶまれることになってしまう)
子爵は決して己の保身や、帝国への恐怖から寝返ったわけではない。
ザイン王家から受けてきた父祖伝来の恩義と、領地と領民の安全を天秤にかけ、悩んだ末に後者を選んだだけである。
領地と領民のためにやむを得ず『逆臣』の汚名を被ることを選んだというのに、結果として帝国は敗北して、再びオイギスト子爵領は破滅の危機を迎えることになってしまった。
子爵は必死に頭をひねって破滅を回避する方法を思案するが、一向に答えは出てこなかった。
(旦那様……なんと御いたわしい)
子爵がいる執務室には彼を除いて一人の人物がいた。それはオイギスト子爵家に仕える兵士長である。
兵士長は頭を抱えている主君を痛ましげに見やり、意を決したように口を開いた。
「旦那様……ここはやはり若旦那にお知恵を借りてはどうでしょうか?」
「それは……」
「若旦那であれば、この状況を回避するための妙案を思いつくやもしれませぬ」
「そうだな、そうなんだが……」
兵士長の提案を受けて、子爵はさらに顔を苦々しくさせる。
その提案は、子爵も何度となく考えたものだった。
そして、『とある理由』から却下したものでもある。
「しかし……私はジャスに顔向けできないことをしてしまった。あの子は許してくれるだろうか?」
子爵は不安に揺れる声でつぶやいた。
オイギスト子爵は数ヵ月前、嫡男である息子と決別しており、それからというものほとんど口をきいていなかった。
子爵の顔にはありありと罪悪感が浮かんでおり、息子に危機を相談することを躊躇っていた。
「若旦那は恨みを引きずるようなお方ではありません。それに、旦那様の苦労もご理解されているはずです。それよりも、この状況下で何の相談もされないほうが後からお恨みになるのではないでしょうか?」
「…………」
兵士長の上奏を受けて、子爵はしばし瞳を閉じた。
子爵家の執務室に暗い沈黙が下りる。
そのまま黙って考え込んでいた子爵であったが、しばらくして重々しく口を開いた。
「……ジャスに会いに行く。供をせよ」
「はっ! 承知いたしました!」
子爵の返答に、兵士長が嬉しそうに背筋を正す。
あからさまに表情を明るくさせる臣下に苦笑をしつつ、オイギスト子爵はどこか肩の荷が下りたような晴れ晴れとした顔つきで椅子から立ち上がった。




