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76.生まれる波紋

 レイドールら王国軍によって逆賊であるウルファート子爵が討ち取られ、ウルフィンの町は制圧された。

 そして、その勝利に大きく貢献したとして、スヴェン・アーベイルは正式にレイドールの軍師として登用されることになった。


 アルスライン帝国との国境を守る『東部八家』――その裏切り者は残すところ五家。


 彼らを打ち倒すべく、少年軍師スヴェンは新たな策略を実行させた。






「私はどうすればいいのだああああああ!」


 ウルフィンから見て南にある町・エクトゥラ。

 その町を治めるエラディン男爵家にて、男が叫び声を上げた。


 部屋の片隅にうずくまり、両手で身体を抱えるようにして絶叫したのは、この屋敷の主であるロイル・エラディン男爵である。


 エラディン男爵は顔を蒼白にして、痩せた肩をガタガタと激しく震わせて滝のように涙を流している。


 先日、男爵が治めるエクトゥラの町にある噂話が流れてきた。

 その噂の内容というのが、隣の町であるウルフィンがザイン王国軍によって制圧されたというものである。

 おまけに、城塞都市であったウルフィンは王国軍によって一日ともつことなくあっさり落とされてしまい、ウルファート子爵も抵抗もできずに殺害されたとのことである。


 その報告を聞くや、エラディン男爵は自室に閉じこもって鍵をかけて、ずっと震える日々を送っていた。


「まさか、まさかウルファート子爵があっさり殺されるなんて! つ、次は私だ! 私が殺される番だ!」


 男爵は頭から毛布をかぶって泣き叫ぶ。


 男爵を苛んで追い詰めている噂であったが、その出所は他でもないスヴェン・アーベイルであった。

 スヴェンはレイドールによって捕縛された密偵を使い、彼らによって『東部八家』の領地に様々な情報をばらまいた。


『王国軍がたった1日でウルフィンを制圧した』


『指揮官であるレイドールに逆らったウルファート子爵は無残に討ち取られたが、大人しく降伏した子爵家の家臣や兵士は全員が許された』


『王国軍はウルファート子爵家の兵士や民兵を吸収してさらに勢力を増やしており、万を超える軍勢に膨れ上がっている』


 グラナード王直属の配下である密偵であったが、彼らをまとめ上げていた上官はすでに戦死しており、レイドールの力を目の当たりにしたことで王に対する忠義をへし折られていた。

 さらにレイドールの呪いによって枷を付けられたことで逆らうこともできず、事実を誇張された情報を忠実に広めてくれた。


 結果、国境の町々を駆け抜けた噂話は、エラディン男爵をはじめとした国境貴族の心に大きな波紋を起こすことになったのである。


「うう……どうして私がこんな目に遭わなければいけないのだ。こんなことなら、帝国に寝返ったりするんじゃなかった……」


 ロイル・エラディンという人物は生来の臆病者だった。

 その小心ときたら国境を預かる貴族としてはあり得ないほどであり、家臣からも秘かに呆れられているくらいだ。


 もともと、ロイルは次男坊であり、エラディン男爵家を継ぐのは兄になるはずだった。

 しかし、兄が流行り病によって急死してしまったために、ロイルはなんの用意も覚悟もないままに領主となってしまったのである。


「だ、だから私は領主になどなりたくなかったのだ! 町を守る責任など背負いとうない! 私は穏やかに、ひっそりと商いでもして生活できればそれでよかったのだ! いったい、どうしてこんなことに……」


 男爵は涙目で叫ぶ。

 貴族としてはあり得ないほど臆病で功名心のないこの男は、そもそも自分が貴族であるという自覚はなかった。

 命懸けで領地のために尽くす覚悟などない。戦う覚悟などない。

 だからこそ、帝国軍がエクトゥラの町にやって来た際には戦うことなく無条件で降伏したのだから。


「絶対に殺される……王宮が帝国に寝返った私を許すわけがない!」


 エラディン男爵は自分を待っているであろう未来を思い浮かべて、紙のように白くなった顔面を震わせる。


 小心者の男爵は怯えきっており、もはやレイドールら王国軍を迎え撃つことができるような精神状態ではない。

 スヴェンの策略は見事に功を奏しており、このままいけば遠からずエクトゥラも戦わずして陥落することだろう。


 しかし――


『ダンダンダンダンダンッ!』


「ひいいいいいいいいいいいっ!? なんだああああああああああっ!?」


 突如として、男爵が引きこもっている寝室の扉が叩かれた。

 鈍器を打ちつけるような音が立て続けに響いて、やがて扉が外から破られていく。

 何者かが扉を壊して部屋に押し入ってこようとしていた。


「お、王国軍だ! 王国軍が来たああああアアアアアアッ!」


 破壊されていく扉に男爵が恐慌の悲鳴を上げる。

 バタバタとみっともなく部屋の中を転げまわり、ベッドの下へと潜り込んで隠れようとする。

 しかし、子供ならばまだしも、成人男性である男爵の身を隠せるほどのスペースはベッド下にはない。

 男爵は上半身だけをベッドの下に潜り込ませて、頭隠して尻隠さずの状態で両足をバタつかせる。


「……いったい何をされているのですか? お父様?」


「…………へ?」


 いよいよ扉が完全に破壊されて、侵入者が部屋へと入ってきた。

 しかし、侵入者の口から放たれたのは聞きなれた女性の声である。


 呆れかえった声にベッド下から出ようとする男爵であったが、無理やり身体をねじ込んだせいで変に嵌まってしまい、両腕に力を入れても一向に抜ける様子はない。


「まったく、なんて無様な……貴方達、お父様を出してあげてちょうだいな」


「はっ!」


 女性が配下の男達に指示を出す。

 女の配下が男爵の両足をつかみ、力づくで引きずり出した。


「あだだだだだだっ! うう……何が起こったのだ?」


「いい加減に正気に戻りまして? お父様」


「お、お前は……シャーリー?」


 ベッド下から脱出を果たした男爵の目前に立っていたのは、男爵の一人娘であるシャーリー・エラディンであった。

 深々とスリットの入った扇情的なドレスを着たシャーリーは、左右にハンマーを持った男爵家の兵士を侍らせて、極彩色の羽の扇で顔をあおいでいる。

 そして、無様極まりない格好で床を這いつくばる父親を冷たく見下ろした。


「仮にも王国領地の一角を預かる領主ともあろう者がなんという体たらく。それでよく恥ずかしくないものです」


「し、仕方がないではないか……」


 娘の酷評に男爵はそれだけ口にする。

 男爵とて阿呆ではない。自分が領主にふさわしい人間ではないことは重々承知していた。

 しかし、自分の命がかかっている場面で冷静でいられるほど、ロイル・エラディンは強い人間ではなかった。


「も、もうじき王国軍が来るのだぞ? 私を殺すために、町を奪い返すためにやって来るのだ! それでどうして落ち着いていられるというのだ!?」


「それを何とかするのが領主というものでしょう? 非常時に冷静に指揮をとれないのであれば上に立つ資格はありませんわ。お父様には貴族の誇りというものはないのかしら?」


「うう……」


 冷え切った娘の正論に、男爵は言葉にならないうめき声を漏らした。

 恨めしげに娘の顔を見上げ、しかし正論であるがゆえにぐうの音も出ない。


 小心者の男爵に対して、娘のシャーリーは非常に気が強くて傲慢な性格をしていた。

 二言目には『貴族の誇りが』などと口にする娘に男爵は主導権を握られており、もはや頭が上がらない人物の筆頭になっていた。


「まったく……お父様がこの有様では本当にエラディン男爵家が滅んでしまいますわ。ここはわたくしが何とかしませんと」


「な、何とかできるのか!?」


 扇で口元を隠しながら言ってのける娘に、男爵は希望に瞳を輝かせた。


「もちろんですわ。わたくしに必勝の策がありましてよ?」


 ふふん、とシャーリーは傲然と笑う。

 その顔に勝利への確信が込められている。


「わたくしがレイドール・ザイン殿下を色仕掛けで落としてしまえばいいのです。殿下さえ篭絡してしまえば、もはや王国軍など恐れるに足りませんわ!」


「…………は?」


 娘の予想外の返答に、男爵はポカンと呆けた顔になった。


「お、お前が色仕掛け? そんな馬鹿な……」


「待っていてくださいな、レイドール殿下! この私、未来の妻であるシャーリー・エラディンがお傍に参りますわ!」


 呆然とつぶやく父親をよそに、シャーリーは「おーほっほっほ!」と屋敷中に響き渡る哄笑を上げるのであった。


いつも応援ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドリル髪娘だとさらにポイント上がるかもしれない
[良い点] ポンコツ娘が出てきたな。
[一言] なるべくしてランキング1位になった作品
2020/07/29 21:51 退会済み
管理
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