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75.主を失った屋敷

 かくして、ザイン王国東方の町・ウルフィンは血を流すことなく王国軍に制圧された。

 また、ウルフィンに潜んでいたグラナード王の工作部隊は一人残らず捕縛され、町の人々を虐殺することによってレイドールを貶めるという謀略もまた闇へと葬られることになった。

 工作部隊を壊滅させたレイドールは、町の人々の視線を浴びながら、悠然とした足取りで子爵邸の敷地へと足を踏み入れる。


 門をくぐったレイドールを出迎えたのは、屋敷を制圧した張本人であるスヴェン・アーベイルだった。


「お待ちしておりました。どうやらそちらも首尾よくいったようですね」


「ああ、問題ない」


 少年軍師にレイドールは短く答えて、親指で背後を指さした。


 レイドールの後方に続くのはダレンとその部下。そして、縄を打たれた工作部隊のメンバーである。

 圧倒的な力の差を見せつけられた密偵は、もはや逃げ出すことも諦めた様子で暗い表情で続いていた。

 唯一例外なのは、『火喰い鳥』と呼ばれていた魔術師の男だけである。

 捕虜とは思えないような気の抜けた顔をした男は、愛用のタバコの代わりに道に生えていた草を噛んで顔をしかめている。


「子爵家の兵士はどうした? 随分と大人しくしているみたいだが……」


 レイドールは門番の兵士を横目に、スヴェンに尋ねた。

 ウルファート子爵の配下であるはずの兵士は、主人であるはずの人物が討たれたというのに平然とした様子で己の職務を果たしている。

 領主の死に動じた様子のない子爵邸は、混乱が生じていないことが逆に異常事態であった。


「子爵はお亡くなりになりましたが、叔母……子爵夫人は健在ですから。夫人が兵士を説得して、大人しく屋敷と町を王国軍に明け渡すように言い聞かせてくれました」


 ウルファート子爵夫人はアーベイル伯爵家から嫁いだ女性であり、スヴェンの叔母にあたる人物である。

 夫とはいえ、自分の生家を裏切って帝国に売り飛ばした子爵に対して怨嗟の感情を抱いていたらしく、町の制圧と兵士の説得に喜んで協力してくれた。


「まさか本当に兵士の一人も殺すことなく無血開城できるとは思わなかったな。大した策略家だよ、お前は」


 たった一日でウルフィンを落とす策略を立てた軍師を讃えて、レイドールは心からの称賛を送った。

 厳密に言うのであれば、ウルファート子爵と工作部隊のリーダーが命を落としていたが、これだけの規模の町を落とした戦果を思えば塵芥のような被害だろう。


「お褒めいただき心から光栄です。レイドール殿下。つきましては一つお願いがあるのですが……」


「ん? 言ってみな」


「子爵家の人間、叔母とその娘は今回の反乱にはいっさい関与しておりません。できれば殿下のお力で保護していただきたいのですが……」


 国家反逆罪は一族全体にまで罰が降る大罪である。

 王国の法に照らすのであれば、ウルファート子爵の裏切りによって妻子も処刑されることになってしまう。

 しかし、スヴェンにとって子爵夫人は叔母であり、その娘は従妹だ。

 一族の裏切り者であるウルファート子爵への憎しみは仇を討った後でさえ消えてはいないが、罪もない親類まで手にかけたくはなかった。


「いいだろう。俺が兄貴から与えられている権限――『捕虜となった人間の生殺与奪』をもって子爵の妻子を守ることを約束しよう」


「ご慈悲に感謝いたします。殿下」


「構わない。お前の働きと比べれば軽いものだ」


 レイドールは鷹揚に頷きながら手を叩く。

 この話はこれで終わり。戦いを終えたこれからのことを話し合うことにする。


「さて……ウルファート子爵を倒して、粛清対象である国境貴族は残り5人。我等が軍師殿には何か腹案があるのかな?」


「もちろんですよ。僕にお任せください!」


 スヴェンは得意げに胸を張って、人差し指を立てた。


「せっかくですから、殿下の捕らえた密偵を使わせていただきましょう。立ってるものは親でも使え。とはいえ、僕に親はいないんですけどね?」


 スヴェンは返しに困る冗談とともに、悪戯っぽく言ってのけたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 早いよ早すぎる、1話から75話まで3日くらい読むのにかかるかなとおもってたのに面白かったので1話から75話まで一気読みしてしまいました。
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