7.領主の朝とエロメイド
「ん……朝か……」
カタストロ・オルグの襲撃から一月後。レイドールは開拓都市の屋敷で目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込んでくる陽光に顔をしかめて、レイドールはベッドの上で寝返りを打つ。
ザイン王国第二王子であるレイドール・ザイン。開発都市レイドの領主であるその男の生活は決して贅沢なものではない。
レイドールが暮らしている屋敷は領主としてはあまりにも質素なものであり、開拓都市にある一般的な家屋よりも少し大きい程度の規模である。
ときおり酒瓶を片手に招いてもいないザフィスが尋ねてきたときには、大酒を食らって熟睡する師を寝かせる場所に難慮するくらいだ。
「もう朝ではありませんよ? お寝坊なご主人様」
「うおっと!?」
突然、部屋に響いた女性の声にレイドールは思わず上ずった声を上げる。
声の主を探して左右に視線をさまよわせるが、部屋の中にはレイドールを除いて誰もいない。
「まさか……」
そして、ふと身体の上に感じる重みに気がついて布団をまくった。
そこには予想通り。上半身裸のレイドールに密着するようにして黒髪の少女の姿があった。
「あ、おはようございます。ご主人様」
「おはよう……で、何やってる?」
「いえいえ、ちょっと朝の御奉仕をと……ふぎゃっ!?」
「落ちろ」
レイドールは布団ごと少女をベッドから蹴り落とした。
床に転がった少女は、身体の上に覆いかぶさってくる布団の中で溺れるようにもがいていたが、やがてガバリと布団を跳ねのけて顔を出した。
「もうっ! いきなり何をするんですか!」
布団から出てきたのは、長い黒髪を肩まで波打たせているメイド服の少女である。
その少女の名前はネイミリア。レイドールが居住する屋敷で働いている唯一の使用人だった。
色白の肌に幼い顔つきのネイミリアは、一見すると精巧な人形のように整った顔立ちである。
黙って座っていれば数多の男性を虜にするであろう魅力的な容姿なのだが……雇い主であるレイドールはそれが外見だけであることを骨身に染みて熟知していた。
「何をするって……お前のほうこそナニをしていやがる」
「ナニって……それはもうご主人様のご主人様をお口でねぷねぷもねもね……」
「やっぱり言わなくていい、黙れ」
御覧の通り、口を開けば平然と下ネタが飛び出してくる。
花のように可憐な少女の口から放たれる下品な言葉の数々には、レイドールはいつも頭を悩まされていた。
それでも冒険者やならず者ばかりの開拓都市において、彼女のように家事に従事してくれるメイドは非常に希少である。
彼女が抱えている『とある事情』もあって、レイドールは追い出すこともできずにネイミリアのことを雇い続けていた。
ちなみに、一応は領主邸ということになっているこの屋敷にはレイドールのほかにはネイミリアしか住んでいない。
そのためネイミリアは開拓都市の人々からは実質的な妻や愛人として認知されていたりして、それもまたレイドールにとって頭の痛い話であった。
「まあいい……着替えるからさっさと出てってくれ」
「もちろん、お手伝いいたしますよ。手取り足取りおはようからおやすみまで……ぬふふ」
「……いいから出てけ」
レイドールは顔をしかめて、メイド服の少女を部屋から追い出した。
置き時計を一瞥すると、すでに時間は十時を回っている。朝というのにはやや遅い時間帯である。
レイドールは領主であったが、財務や軍務などの仕事は商業ギルドや冒険者ギルドなど、レイドールがこの町にくる以前から運営を携わっている者達に一任していた。
レイドールの仕事といえば彼らの決定を追認すること。そして、外部の貴族や有力商人との交渉で矢面に立つことくらいである。
そのため、生活は不規則で昼近くまで寝ていたとしても咎める人間などいなかった。
「ふあ……眠たい」
さて、今日はどうやって過ごそうか、レイドールは下着を替えながら思案する。
領主の仕事は特になかったし、誰かと会う用事もない。となれば、冒険者の一人として辺境の魔物を間引きに行こうか?
辺境の魔物はどれも希少な素材となるため、開拓都市の重要な資金源になっていた。レイドールが魔物を狩るほどに開拓都市の運営資金が増えることになる。
「ぬふ、ぬふふふっ……ご主人様の生着替えっ……!」
「……だからお前は何をしている」
今日の予定を考えながら着替えるレイドールであったが、扉の影から見つめる視線と目が合った。わざわざ説明するまでもなく、当然のごとくエロメイドであった。
扉越しにこちらを見入っている猫のような瞳を睨み返して、レイドールは頭痛を堪えるように額を抑えた。
「ああ、申し訳ございません。おいしそうな大胸筋につい……」
「よし、わかった。今日は金物屋に行って南京錠を買ってくることにしよう。今日からお前は部屋に入れん」
「ええっ! いやいやいやっ! ちゃんと用事あるんですよ!? 覗きに来たわけではないのですよっ!!」
ネイミリアが慌てたように言い募ってきた。
涙目になっている金色の瞳を半眼で見やり、レイドールは舌打ちを一つする。
「だったらその用事をさっさと言いやがれ。大した用事じゃなかったら承知しないぞ」
「むうっ……ご主人様のサディスト。DV男っ! 今、玄関にお客様が来ているんですー! 王都からご主人様を尋ねてきたようですよー?」
「王都から……?」
「ええ、王都から。確かにそうおっしゃっていました」
「む……」
レイドールは眉をひそめて、毒草を食んだように表情を歪ませる。
レイドールが辺境に追放されてからというもの、王都からは音沙汰が消えていた。どれほど釈明の手紙を出そうと、親交のあった者達に助けを求めようと、一切返事は返ってこなかった。
もはや二度と関わるつもりはないのだろうと思っていたのだが、今さらになってどうして自分を訪ねてくるというのだろうか?
「……わかった。会おう、応接間で待たせておけ」
「かしこまりました。あ、それとザフィス様へ使いを送っておきますね?」
「……そうだな。そのほうがいいな」
王都からの使者がどのような用件であるか想像がつかないが、面倒事であることだけは疑いようがない。
レイドールの後見人ということになっているザフィスがいたほうが、いざというときに問題も減るだろう。
(厄介事でも押しつけようとしているのか、それとも待ちに待っていた報復の好機がやってきたのか……さて、どうなるのやら)
チリチリと心の奥底で炎が燻っているのを感じて、レイドールは掻きむしるように胸を抑えた。
はたしてそれは自分を裏切った者達への憎しみの火なのか、あるいはこれから先に待ち受けているであろう戦いの気配を感じ取った闘争心の火なのか。
「むふふふ、ご主人様がやる気になっている。下もあんなにお元気になって……」
「いいから出てけ!」
レイドールは部屋の隅でヨダレを垂らしているメイドを怒鳴りつけ、上着を身体に羽織って肌を隠した。
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