67.火喰い鳥
ウルフィンの町の一角には、他の町から流れてきた行商人などが利用する貸倉庫が集まる区画があった。
ウルフィンが帝国に占領されてからは行商人が来なくなり、すっかり人気が無くなってしまった倉庫街であったが、その倉庫の一つへと集まっている一団があった。
「全然、気分が乗らねえ。燃えない仕事だぜ」
貸倉庫の中、荷物が入れられた木箱に腰かけて男がぼやいた。
無精ヒゲを生やした中年男の口には紙タバコがくわえられており、白い煙が天井にうっすらと昇っている。
そんな紫煙を吐き出す男を見咎めて、彼の上役にあたる男が眉をつり上げた。
「何を言っているんだか。燃えないのではなく、燃やすのが貴様の仕事だろうが」
「そういう意味じゃねえ……ったく、何が楽しくてこんな汚れ仕事をしなきゃいけないんだっての」
「おいおい、まさか稀代の放火魔。『火喰い鳥』ともあろう者が臆病風に吹かれたのか? いくつもの町や田畑を焼き払ってきたくせに何を今さら」
「人を血も涙もない殺人鬼みたいに言うなっての。俺が火付けをしてるのは、たんに一番得意なことを仕事にしてるだけだっつーの」
上司からの皮肉に『火喰い鳥』と呼ばれた中年男がタバコの火を揉み消しながら反論した。
この貸倉庫に集まっているのは、国王グラナードによって送り込まれた隠密の工作員だった。
ウルフィンにおける彼らの任務は、レイドール・ザインが軍を率いてこの町に攻め込んでくるタイミングで町中に火を放つことである。
その作戦の中心人物として抜擢されたのが、隠密の中でも特に火付け・焼き働きを得意とする魔術師『火喰い鳥』であった。
『火喰い鳥』はもともと宮廷魔術師の一人であり、炎の魔法に関しては右に出る者がいないとされるエキスパートだった。
しかし、新しい魔法の実験中に起こしてしまった事故によって宮殿の一部を破壊してしまい、それがきっかけで宮廷魔術師を追放されることになった過去を持っている。
紆余曲折あって国王直属の工作員となった『火喰い鳥』は、敵国の拠点や田畑を焼き払うことを専門として王国の陰で暗躍をするようになったのである。
そんな炎のエキスパートである『火喰い鳥』がこの作戦を任されたのは必然的なことであったが、肝心の男の顔は浮かないものだった。
(火が好きだからって何でも燃やすわけじゃあねえっての……どうして味方の町を焼かなきゃいけないんだか)
宮廷魔術師だった頃も含めて色々とやらかしてきた『火喰い鳥』であったが、決して血も涙もない非道な悪党というわけではなかった。
かつて新魔法の開発で宮殿を吹き飛ばしたのもザイン王国を守る武器を増やすためだったし、敵国の拠点を焼き払ったのも祖国を敵に踏み込ませないことが目的である。
やや歪んではいたものの、『火喰い鳥』には彼なりの正義と倫理をもっており、燃やしていい物とそうでない物をきっちりと線引きしていた。
(これは明らかに『燃やしちゃいけない物』なんだけどなあ)
「それはそうと、『火喰い鳥』よお。タバコを吸うのなら外に出てくれねえか。油に引火したらどうするんだよ」
貸倉庫の中には天井に届くほどの木箱が積まれていたが、その中身は彼らが現地調達した油と薪である。
「俺を誰だと思ってんだよ。そんなヘマはしねえっての」
『火喰い鳥』はふふんっと鼻を鳴らして、新しい紙タバコを口に運ぶ。
人差し指をかざすと、そこに小さな火種が宿ってタバコの先端に火を点す。
当たり前のような仕草で無詠唱魔法という優れた技術を使って見せた『火喰い鳥』に、工作部隊の隊長である男が目を細めた。
「……随分と緊張感がないんだな。この作戦がグラナード陛下の進退を決める重要なものだとわかっているのか?」
「陛下の進退ねえ……」
「レイドール殿下を生かしておけば必ず陛下の未来に害をなすだろう。それを未然に防止し、王国の行く末を影から守るのが我ら隠密の使命。お前もその一人であるならばもっとそのことを自覚しろ」
「へいへい……肝に命じましたよっと」
『火喰い鳥』がヘラヘラと笑いながら紫煙を吐き出した。
そんな道化のような男の仕草に眉をひそめながら、隠密頭はいくら言っても無駄だろうと説教を切り上げる。
呆れかえって首を振っている上司を横目で一瞥して、『火喰い鳥』は鬱屈した感情とともに紫煙をプカプカと吐く。
(結局、お偉いさんの権力争いってことかい。それに巻き込まれるのは俺みたいな下っ端と、わけも知らない民衆だけ………人間ってのは醜いねえ。やっぱり綺麗なのは炎だけってことかよ)
現在、この町には『火喰い鳥』の指導の下であちこちに油や薪が仕込まれた発火装置が置かれつつあった。
火を知り尽くした魔術師によって各所に置かれた発火装置は、火の勢いや煙の流れる方角まで完璧に計算されており、作戦が始動すれば町の半分が燃え尽きて大勢の命を奪うだろう。
罪のない多くの人間の命を奪い、そして、その罪をなんの恨みもない王弟にかぶせてしまう悪魔の仕掛け――それを生み出したのが他ならない自分であるという陰鬱な事実を考えると、『火喰い鳥』の眉間に自然とシワが寄ってしまう。
「……おー、怖い怖い。怖いから外で吸ってくるとしようかね」
『火喰い鳥』はイスの代わりにしていた木箱から立ち上がり、工作員の仲間達に背を向けて倉庫から出て行こうとする。
しかし、男が扉に手をかけるよりも先に、入り口が横にスライドして外から開かれた。
「邪魔するぞ。行商人御一行さん」
「おっと!」
突然、開かれた扉に『火喰い鳥』は思わず後ろに飛びのいた。
横開きの入口の隙間から外の光が差し込んできて、逆光の中に一人の男のシルエットが浮き上がる。
「あー、勝手に入ってきちゃ困りますよ。ここはウチが借りてる倉庫なんですから」
工作部隊のリーダーが人好きのするよそ行きの仮面をかぶって、不法侵入をしてきた人物へと応対しようとする。
その背後で、他の工作員が扉のほうから見えないように武器を取り出した。
「ほらほら、出てってくださいよ。今は商品の棚卸をしているところなんですから」
「へえ、棚卸ねえ。てっきり悪巧みの準備でもしているのかと思ったんだが……違うのかよ」
「……他の誰かと間違えちゃいませんかい? うちは衣類を扱っているタダの行商ですよ」
リーダーが警戒心も露わに言い訳をする。
そんな問答をしているうちに、徐々に外からの明かりに目が慣れてきて目の前に現れた人物の顔がはっきりとしてくる。
「あー……死んだわ、俺ら」
その人物の正体に真っ先に気がついたのは『火喰い鳥』だった。
すっかり短くなってしまった煙草を地面に捨てて踏みにじり、新しい煙草を取り出して口をつける。
まるでそれが最後の一服だと言わんばかりに、じっくりと、それはもうたっぷりと味わいながら煙を吐く。
「いや、間違ってないだろ。ここが火遊び大好きのエセ行商人のアジトだよな?」
そう言って、男はピシャリと後ろ手に扉を閉めて工作員の逃げ道をふさぐ。
漆黒の剣を腰にぶら下げたその男は、今回の謀略の標的であるレイドール・ザインその人だった。
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