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65.潜入と策略

 ウルフィンの町へと入ってきた村人の一団であったが、彼らは兵士の誘導した広場に向かうことなく町はずれにある屋敷へと入って行った。


 それはかつて町の有力者であった豪商が愛人を囲うために使っていた屋敷で、人通りのない裏通りにひっそりと佇んでいる。

 現在は住む者も訪れる者もない無人の廃墟だったのだが、村人達は当たり前のように屋敷の敷地に入り馬車を停める。

 そして、錆びついた扉をゆっくりと開けて、馬車に乗せていた積み荷を運び込んでいく。


「ふう……意外とバレないもんじゃないか」


 村人の一人が布でゴシゴシと顔をぬぐって顔についた土を落とす。

 畑の土に汚れた村人の顔の下から現れたのは、聖剣に選ばれた王弟の顔。レイドール・ザインでその人であった。


「潜入任務なんて初めてだからな。いやー、ドキドキしたぜ」


「私だって初めてですよ。やれやれ……」


「殿下、ダレン隊長、すぐに桶に水を汲んでまいりますので少々お待ちください!」


 レイドールと同じく村人に変装していたダレンが疲れ切った顔で溜息をつく。

 その副官であるサーラが荷物の中から木桶を取り出し、パタパタと外にある井戸へと駆けていった。


 廃墟となっている屋敷は壁も床もすっかり寂れていて、足を踏みしめるたびにギシギシと不吉な音が鳴る。

 レイドールは床が抜けないように慎重に足を運び、屋敷の階段へと腰かけた。

 ややきつめに締めていた服の胸元を開きながら、この潜入作戦の発案者へと目を向ける。


「スヴェン、お前が言った通りにあっさりと侵入することができたな。正直、国境の町の警備がこんな有様ってのは不安に思うが」


「それだけ警備をしている兵士の士気が落ちているということですよ、レイドール殿下」


 レイドールの言葉を受けて、スヴェン・アーベイルがにっこりと答える。


「大義名分のない裏切りをすれば敵はもちろん、味方であるはずの部下や臣下からも不信感を抱かれてしまうものなのです。主君を裏切った逆賊が配下に見捨てられて命を落とすなんてことは、歴史ではよくあることですよ」


「なるほどな……俺も気をつけるとしよう」


 主君……兄への下克上を心に秘めているレイドールがしみじみと頷いた。

 明日は我が身。同じ末路はたどるまいと深く心に刻み込んだ。


 ウルフィンの町へと侵入したのはレイドールとスヴェン、ダレンとその配下の20人ほどである。

 この屋敷は廃墟だったが、この町に逃れてきたスヴェンがアーベイル伯爵家の生き残りに命じて隠れ家として使用しているとのことである。

 まさかこの事態を予想していたとは思わないが、やたら準備の良い少年にはレイドールも感心させられてしまう。


「さて……それでこれからどうするんだ? ウルファート子爵の屋敷に斬り込むか?」


 レイドールは馬車に積んでいた麻袋を破り、麦の中に隠していた愛剣を取り出した。

 門番の目を誤魔化すために麦をつめた袋に隠しておいたのだが、麦まみれになった漆黒の聖剣はぞんざいな扱いがお気に召さなかったらしく黒い瘴気を噴き出して抗議をしている。


 屋敷のロビーでは村人に化けていた王国兵が次々と麻袋を破り、分解した剣や鎧を組み立てて武装している。

 人数こそ少ないものの、ここにいるのは全員がダレンの腹心の精鋭。

 士気の落ちた子爵家の兵士になど後れを取ることはないだろう。


「そうですね……人数は少々心もとないですが、レイドール殿下さえいれば子爵家の屋敷など容易く落とすことができるでしょう」


 ダレンもまたレイドールの言葉に頷いた。

 同時にサーラが戻ってきて木桶に入った水を差しだしてくる。レイドールとダレンは水で身体をふいて、鎧姿に着替えていく。


 戦の準備は着々と整っていく。

 しかし、作戦の提案者である少年が首を振って水を差す。


「いえ……できれば強硬策は避けたいと思います」


「おいおい、今さら臆したわけじゃないんだろ? たしかに戦力差はあるだろうが、俺とダーインスレイヴがあれば余裕で埋められるぜ?」


「いえ、そういうことではなくて……戦いになればグラナード王が放った火付けの工作員が動き出す恐れがありますので」


 すでにスヴェンにも、グラナードが戦いの混乱に乗じて火を放ってレイドールに悪名を被せようとしていることは告げてあった。

 国王の策略を聞いた少年は驚くでもなく、むしろ得心がいったとばかりに何度も頷いていたのだが。


 スヴェンの懸念を受けて、ダレンが眉間にシワを寄せて難しい表情となる。


「……確かに火付けの存在は気になるところですが、ある程度の戦いは避けられないのではないでしょうか? 軍を動かさずに迅速にウルファート子爵を討ってしまえばそれほど混乱も起こらないでしょうし、火付けが動いたとしても町の人々はすぐに避難できるのでは?」


「そうかもしれません。しかし、そうでないかもしれません。工作員がどの程度の準備をしているのかは不明ですから、できる限り慎重策を取りたいと思います」


「へえ……考えがあるって顔をしてるな。いいだろう、今回はお前の仕込みだからな。我らが軍師殿のお手並みを拝見しようじゃないか」


 レイドールは面白そうに笑いながらスヴェンの頭を手で乱暴に撫でつける。

 髪をめちゃくちゃにかき回されたスヴェンは「あわわっ!」と手足をバタつかせ、レイドールの手から逃れようともがいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いやー面白い王道な英雄戦記で一気読みしてしまいました。
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