64.破滅へ向かう町
ウルファート子爵家が治める地方都市ウルフィン。
数ヵ月前まで王国領の一部だった町には厳戒態勢が敷かれており、町を囲む城壁の上を多くの兵士が行き来している。
ウルフィンの町は国境近くの町ということもあって城壁は高く、外に巡らされた堀も深い。
たとえ帝国軍に囲まれていても一月は籠城できるように造られた堅牢な町であったが、現在は味方であったはずの王国軍を迎え撃つべく準備が進められていた。
「いいぞ、通れ」
「あ、ありがとうございやす……」
鷹揚に頷く兵士に頭を下げて、みすぼらしい服に身を包んだ一団が城門をくぐった。
町の入口である城門には長い人の列ができている。
それは周辺の村に住んでいる村人の行列であり、ウルファート子爵の命によってウルフィンに避難してきた人々だった。
それは表向き戦場となるかもしれない村から逃げるようにという避難命令であったが、一部の兵士達はその本当の目的を知っていた。
「隊長……やっぱり、心が痛むんですけど」
村人の一団への審査を終えて城壁の中へと誘導した兵士の一人が弱音を漏らした。
隊長と呼ばれた男はうんざりした顔になり、若い兵士の頭をはたく。
「言うなよ。今さらどうしようもねえじゃないか」
「だって、この人達は騎士でも傭兵でもないタダの村人ですよ!? 女子供だっているのに、それを無理やり戦わせるなんて……」
ウルファート子爵が周辺の村人を集めたのは決して村人を救うためではない。
むしろその逆。彼らを兵士として徴用して、王国軍と戦わせるためである。
「いや、兵士としてならまだいいです! 子爵様は彼らを人質に……」
「それ以上言うんじゃねえ! 誰が聞いてるかわからねえんだぞ!?」
思わずといったふうに秘密をばらしそうになった兵士を隊長が怒鳴りつける。
村人達が集められたもう一つの目的。
それは、王国軍が攻め込んできた際に肉の盾として扱うためだった。
ウルファート子爵は王国軍を裏切って帝国についた逆賊である。
しかし、それでも子爵領に住んでいる領民はれっきとした王国国民なのだ。
彼らを人質として城壁の上に並べれば、王国軍も積極的に攻撃することはできないはず。
そして、そうやって時間を稼いでいるうちに王宮にいる貴族に賄賂を送り、王を説得して恩赦と本領安堵を勝ち取ることがウルファート子爵の目的だった。
『私のような有能な人間を失うのは王国の損失だ! ここにやって来る王国軍を退ければ、国王も私の力を認めて再び王国貴族に迎え入れるに違いない!』
――などという言は、ウルファート子爵が自信満々に口にした妄言である。
若い兵士はワナワナと拳を震わせて、内にため込んだ不満を上司へとぶつける。
「自分は帝国からこの国を守るために兵士に志願したんですよ!? それなのにどうしてこの町が戦いもせずに帝国のものになっていて、味方の王国軍と戦わなくちゃいけないんですか!? おまけに守らなきゃいけない村人を盾にするなんておかしいじゃないですかっ!」
「……俺だっておかしいと思ってるさ。だけど、俺達はウルファート子爵に雇われた兵士。王国兵じゃなくて子爵の私兵なんだよ。この槍も鎧も、飯だって子爵が用意したもんなんだ」
「だからって……」
「ほら、次の村人が待ってるぞ! さっさと行きやがれ!」
なおも言い募ろうとする兵士の尻を蹴飛ばして、隊長は強引に話を打ち切った。
どれだけ納得がいかずとも家族を養い、食わせていくためには泥にまみれなきゃいけない時もある。
未だ自分のように清濁を併せ呑むことを知らぬ若者を、さっさと仕事に戻す。
「ううっ……」
若い兵士は納得いかないという表情をしながらも、自分の仕事へと戻った。城壁の前で待っている村人の下へと駆け寄っていく。
兵士の審査を待って待機していたのは十数人の村人。後ろには荷物を載せた馬車が続いている。
「君たちはどこの村の者だ?」
「東のギザ村のものです。避難命令を受けてきました」
村人の一団、先頭に立っていた年配の男が丁寧な口調で答えた。
十数人の村人の中には子供もいる。先ほどの上司との会話を思い出して、兵士の胸がズキリと痛んだ。
「そうか……そっちの馬車の中身は」
「備蓄していた麦と粟です。非常食として持って来ました」
兵士は馬車に詰まれた麻袋を一瞥した。
本来であれば荷物の中身はきちんとチェックしなければならない。
しかし、そんな真面目に働こうという勤労精神はすでに若い兵士の中から消え失せていた。
「通っていいぞ。広場に天幕を張って、しばらくそこで暮らすように」
「……あ、はい」
あっさりと入門の許可をもらった村人は一瞬だけ拍子抜けした顔をしたが、やがて他の村人を率いて町の中へと入って行った。
「待て!」
「っ……!」
しかし、彼らの背中に鋭い声が放たれた。声の主は先ほど若い兵士を叱責していた隊長だった。
声をかけられた男がゆっくりと振り返る。
「どうかしましたか、兵隊さん」
「……いや、麦が余っているようだったら後で兵士の庁舎へと持ってくるといい。色々と便宜を図ってやる」
「……そうですか、わかりやした」
男は深々と頭を下げて、今度こそ町の中へと入って行った。
「…………?」
妙に緊張した様子の村人にわずかに疑問を覚えながら、若い兵士はその背中を黙って見送った。




